第二話 『背徳城の戦槌姫』 その26


 テッサ・ランドールが一体どれぐらいの切れ者なのか、興味はある。彼女はこの襲撃をいつ知るだろうか?……『背徳城』の上層階で、高級な料理でも食べていたとすれば、すぐに知るはずだ。


 『ヴァルガロフ』の西地区のどこかに潜んでいるとしても、そう時間はかからない。本当に有能な女なら、すぐに行動し、対処するだろう。最高のカードを切ってくるんじゃないか?……『マドーリガ』最強の自分というカードを。


 ……だとすると。


 ……楽しみだな。


 『ヴァルガロフ』最強のドワーフと、戦うチャンスがある……悪い癖だ。ストラウス家の野蛮な血が喜んでるよ。


 ……戦槌姫か。


 良い名前だ。


 ……まったく。


 未熟者め。雑念が多い。彼女が、アッカーマンの代わりとなって、ハイランド王国と友好的な関係を築ける人物なのかを、考えるべきだというのに……戦士としての、楽しみについて考えちまってる。まあ、余裕があるからだろうな。


 オレたちは、すでに一つの勝利を手に入れてはいる。破壊工作の勝利と言えるだろう。『別働隊』の二人は、よく働いてくれたよ。


 ギンドウ・アーヴィングとジャン・レッドウッドが、何をしていたのか?……あの二人には、『ゴルトン』を襲撃してもらっていた。ああ、マフィアの総本山じゃなくて、運輸会社としての基地をね。


 駅馬車、荷馬車、セレブ用の高級馬車。そういうたくさんの仕事道具が置かれている場所に、盗みに入ってもらったんだよ。馬車を盗ませるためにな。仕事は成功したようだ。ギンドウには、泥棒としての才能があるらしい。


 初めて会ったときも、泥棒まがいという詐欺師まがいのようなコトをやっていたな。『飛行機械』の研究費用に困ったヤツは、あるところから盗んじまった―――うん。間違いなく泥棒の前科があるよ。


 複雑な金庫も開けちまうしね。手先の器用さだけなら、間違いなく『パンジャール猟兵団』でも一番だ。性格も、あまり善良とは言えないトコロもあるからさ?……そういう行いに向く。


 大勢乗れる馬車を盗んで来いとは指示を出していたものの、あんな貴族が舞踏会にでも出かける時に使うような大型かつ、豪華な馬車を盗んじまうとはな。良心の呵責とかが無いのだろう。盗むのなら、大物を。犯罪者らしい傾向だよね。


 まあ、おかげで助かった。


 全員が乗れそうになければ、そこらの馬車をかっぱらい、オレたちは馬に乗って馬賊のように荒野を走り回らなければならなかったところだ。それはそれで楽しそうではあるが、弓兵の攻撃に晒された可能性もあるからな。


 ギンドウが馬車を盗み、ジャンは馬車を走らせるための北門を開放する役目だった。ジャンなら、簡単な仕事だよ。門番をブン殴って気絶させて、縛り上げればいいだけの楽なお仕事さ。


 『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』たちのテロに怯える、四大マフィアの連中は、北門の警備もしていたらしいがね。巨人族の戦士たちだろう。巨狼に化ける必要はない。鈍重な戦士では、ヒト型のジャンの動きに対応できない。


 貧弱な体形をしているが、ジャンの筋力は人類を超越している。パワーもスピードも、巨人族のそれを超えているのさ。よほどの達人でもなければ、あんな規格外の身体能力に対応することは出来ない。


 力とタフさ。そして、サイズが売りの巨人族の戦士ってのは、ジャン・レッドウッドにとっては、いいカモだったはずだ。スピードで圧倒されるし、パワーでも負ける。どうにもならない相性の悪さだな―――ガンダラに、ジャンが勝てるか?


 今のところ、絶対に勝てないね。


 ガンダラは武術の達人でもある。巨人族にしては、かなり身軽な方だしね。対戦しても、あのハルバートにしこたまぶちのめされるだけさ。技巧と経験値の差ってのは、フィジカルの差を克服しちまうこともあるんだよ。


 やがて、ジャン・レッドウッドが経験を積み、技巧を磨ききれば……ガンダラはおろか、オレも危ういかもしれん。楽しみな若手ってことさ。鼻血オオカミという、新たな不名誉を手に入れたものの、何十人ものマフィアを、たった一人でぶちのめしてみせたからね。


 まあ。


 部下を褒めておこう。


 ギンドウが馬車を盗み、ジャンが脱出経路を確保してくれた。おかげで、オレたちはあのまま『ヴァルガロフ』の北地区を走り抜けて、こうしてゼロニア平野のまっただ中を馬車で走り抜けているのさ。


 馬車の窓を開けて、併走する四頭引きの馬車を見る。夜の荒野の冷たげな風を浴びながら、盗賊としても一流だということを証明してみせた悪友くんは、御者席でニヤニヤしていたな。


 きっと、あの馬を売ったら幾らだとか考えているに違いない。とんでもなく分かりやすい俗物なんだ、オレのトモダチはね。とりあえず、褒めておいてやろう。おかげで仕事が楽だった。


「ギンドウ!!いい仕事だったぞ!!」


「へへへ!!そう思うんだったら、今度、いい酒おごるっすよ?……あるいは、特別なボーナスがいいっすわ」


「考えておく」


 ギンドウと酒を呑むのも、楽しいんだ。本当に下品な男だが―――そこが、男心に響くよね。シャーロンと三人で、バカなことばかりを語りながら、夜が明けるまで酒と友情にひたりたい。オレたち三人ではないと、やれない飲み会ってものがあるんだよね。


 下らなくて、とても素晴らしい酒の席がよ。


 ……ああ。


 もちろん、こちらをチラチラと見ているジャン・レッドウッドのことも褒めてやらなくてはな。


 荒野を馬たちと同じ速さで走るアイツの鼻血は、もう止まっている。良かったよ。狼男の生命力をもってしても、あんなにダラダラ鼻血が流れ過ぎると、さすがに死ぬかもしれないと考えていたから。そんな死は、恥ずかしすぎる。


「ジャン!!」


『な、何ですか!?』


「最高の仕事をしてくれたな」


『は、はい!!あ、ありがとうございます!!』


「こっちに乗るか?」


『え……き、鍛えているんで、ぼ、ボクはこのままでいいです!!』


 ……なんだか、女子チームに対して苦手意識が強まってしまっているような気がするぞ。良くない傾向だが、オレでは解決困難な問題だ。この走る密室の中に、ジャンが来る。リエル、シアン、キュレネイ。露出の多い服をした、キレイどころが詰まっているな。


 鼻血もんだ。


 ああ、もしも、あのシアンお嬢さまが御自らの指で切り裂き、白いふとももが剥き出しになっているスカートを見たら、悲劇が始まりそうだ。この密室で、鼻血オオカミが再臨したら?シアンのふとももにでも、鼻血をかけちまったら?


 ……オレは、見たくもない光景を見るハメになりそうじゃないか。シアンは手加減しないだろう。荒れた故国の持ち主で、発想も荒れているんだ。同じく荒れ果てた故郷と幼少時代をお持ちなキュレネイと協力して、ジャンを処刑するだろう。


 殺しはしないだろうが、脚をロープで結び、この馬車で引きずるということぐらいはやるだろうさ。


 ジャンのためだな。ここに招くべきではない。


「―――そうだな。敵が早馬で近づく可能性もある。見張っていてくれ」


『は、はい!!了解です、ソルジェ団長!!』


 いい建前を与えてやれたようだ。経営者も大変だ。部下たちのあいだのトラブルを未然に察知して、悲劇が起こらぬように配慮するんだから。


「安全圏まで抜けれたな」


 リエルがギンドウ製の懐中時計を見つめながら、そう語ったよ。時間と馬の走り方で距離を計算していたらしい。ガルフ・コルテスが教えた、古来からの技巧だ。リエルは、ガルフの教えをよく覚えていてくれる。


 そこが、オレには嬉しい。


 死んじまった、あの酒呑みジジイの気配に出会えるからね。


「……どうしたのだ?」


「いや。上手く行ったから、安心している」


「うむ。もう少しトラブルが起きるかとも考えていたが、スマートに進んだな」


「『背徳城』を、かーなり荒らしちまったがな」


「悪人の城だ。少々、破壊したところで、正義の範疇に含まれるのだ!」


「いい主張だ。その考え方を、オレも採用するよ」


「団長。もうしばらく走ってから、一度、停車させましょう。馬たちを休ませてやりたいですし……難民の娘たちにも、事情を説明してやりたい。ギンドウとは喋れるでしょうが、彼は、説明にも説得にも向かない」


「……ヤツは、ダメな大人だからな……」


「ギンドウは、そこそこクズであります」


 シアンとキュレネイの、ギンドウへの評価が悪い。まあ、そのダメなところも男からすると魅力なんだが―――いいや。オレのトモダチ、女にクズ呼ばわりされるヤツってのも、笑えるしな。


「……どうあれ。今夜もいい仕事だった。ガンダラ、その策で行こう。これだけのアドバンテージがあれば、テッサ・ランドールが有能そうな部下を連れて来るまで時間がかかりそうだ」


「来ますかな?」


「ガンダラも、来ると思っているだろ?」


「……ええ。彼女の評価は、ドワーフたちに高かった。前線に出ることを、恐れるような人物ではなさそうです」


「そうだな。それに、『マドーリガ』の戦士たちの振る舞い……」


「見事なものでした。統制が取れていましたね。私は、矢を射られることを覚悟してもいたのですが」


「ヤツら、撃たなかったな」


 ……そうだ。ドワーフの弓兵たちは、結局、オレたちの馬車を射ることがなかった。よく訓練されている集団という評価が出来るよ。マフィアのくせに、かなりの秩序だった行動を選択していたな。


 指揮官であるテッサ・ランドールに忠誠を誓っているようだ。そうでなければ、粗暴なドワーフどもが、弓矢の一本も放たないということがあるかよ?テッサ・ランドールが、『ゴルトン』に手を出すなと言い聞かせておいたからこそだ。


「……秩序ある武装集団。それだけに、行動が一つ読めましたな」


「ああ。連中、『ゴルトン』と、かなりの仲良しちゃんだ」


 ……少なくとも、もめたくはないと考えていたのだろう。『背徳城』を運営するためには、かなりの物資をそろえなくてはならないからな。比較的、良好な関係を築いているのかもしれない。アッカーマンは遊び人らしいしな……。


「……ジャン!!」


『は、はい!?なんでしょうか、ソルジェ団長!?』


「アッカーマンは、『背徳城』に来ていたか?」


『い、いいえ?……今日の夕方には、どこか街の外へと出かけました。追跡は、そこで打ち切っています……ま、マズかったですか!?』


「いや。そんなことはない。十分、参考になったよ。警戒を続けてくれ」


『は、はい!!』


 ……遊び人のアッカーマンが、『背徳城』のイベントに現れなかったか。遊び人ってのは、顔が広い分、マメなもんだがな。今夜、他に行くことがある?……ビジネスかな。ヤツの動きも気になるが、とりあえずはテッサ・ランドールの方に集中しよう。


 彼女が有能なら、そのうちやって来るはず。


 犬をまくためにも、こちらにも準備がいるからな。このまま、アジトに帰るわけにはいかないのさ。『ヴァルガロフ』の闘犬は、オレたちの臭いをどこまでも追跡しようとするだろう……犬対策が必要だな。

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