第二話 『背徳城の戦槌姫』 その25


 リエルと一緒に空中回廊から飛び降りていた。ガンダラに出来ることが、オレたちに出来ないわけがない。床に鉄靴で着陸したよ。赤い絨毯をダメにしちまったな。でも、構わないさ。


 損害を請求されることもなかろう。あったとしても、ルード王国のクラリス陛下に、必要経費として支払ってもらうさ。貧乏性なのか、体勢を整え直す一瞬のあいだに、そんなことを考えていた。貧しさが血肉に染みついているのさ。この病は一生モノだろうな。


 先にリエルが走る。彼女は呪文を使うこともない、『雷』を放つ。あれでは殺すほどの威力はないが、ドワーフたちの牽制に使えるからな。器用なもんだよ。『雷』をムチのように使ってるイメージだ。


 オレは正妻エルフさんの勇姿を追いかけるようにして、最後尾をひた走る。仲間が優秀すぎると、仕事が無くなっちまう時があるよな。今、オレはまさにそんな状況だ。でも、やることがゼロってワケじゃない。


 全員の背後を守るってのは、とても重要な役目だ。誰のフォローも期待できない、過酷な状況じゃあるからな。ドワーフたちの怒声を、背中に浴びる。


「待ちやがれええええッ!!」


「ぶっ殺すぞおおおおおおおおおッッ!!」


 相手をしてやってもいいが……作戦の方が重要なんでね。ガンダラの作戦を、オレは遂行するよ。巻き込まれることを恐れて、壁に抱きつくように左右に分かれちまっている人混みに、オレは『それ』を投げ込んでいた。


「ほーら。死ぬなよ?」


 不吉なメッセージと一緒にね。『それ』は人混みの中で炸裂する。手投げ爆弾の一種だが……ヒトを肉片に変えるような効能はないよ。


 シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンッッッ!!!


 だが。爆音と閃光だけは強力だった。『こけおどし爆弾』。オレたちの背後で、それは爆発して、パニックになった男たちが逃げ惑い……追跡してくるドワーフの戦士たちの障害物へと変わった。


 こちらに来ないように、二個目を、背後に投げ捨てていたよ。再び閃光と爆音が『背徳城』に響き……悲鳴が周囲を埋め尽くしていた。


「順調だぞ!」


「ああ。当然だ。オレたちは少数精鋭、大陸最強の傭兵団だからな!!」


 ガンダラが門番たちをハルバートでブン殴り、出口を確保していたよ。


「近寄れば叩き斬る!!」


「接近、すなわち、死であります」


 シアンとキュレネイが両サイドを威嚇の悪態と実行力を宿した暴力でカバーしながら、十人の娘たちと共に『背徳城』の外へと抜け出していく。


 イシュータルの葉っぱと鶏肉が燃えている屋台がある、あの場所だ。肉と薬草から出る煙の霧を突破しつつ、我々はさらに走る。


『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンッッッ!!!』


 オオカミの声を聞く。


 いや、猟兵、ジャン・レッドウッドの声だ!!


 『背徳城』を囲む壁の向こう側。表門の先から、巨大なオオカミが突撃してくる。門を守っていた『マドーリガ』の戦士たちを蹴散らしながら、巨狼へと化けたジャンは、牙を剥き、うなり声であらゆる接近者を威嚇している。


 体長四メートルを超える巨狼だからな。『ヴァルガロフ』の闘犬を見慣れている『マドーリガ』のドワーフたちでも、さすがにビビるようだぜ。


「な、なんだ、このオオカミは!?」


「モンスターか!?」


「並みの大きさではないぞ……ッ!?」


 ―――うむ。期待の若手が、屈強なマフィアの男どもを恐怖に陥れている。ああ、ようやくジャン・レッドウッドのカッコいいところを見せてもらった気がするな。


「―――だ、だが」


「負傷しているのか?」


「は、鼻血が垂れているぞ……っ?」


 ……前言を撤回しなくてはならないのか?……あいつ、この売春婦だらけのスケベな空間に来ちまったからって、鼻血を流していやがるのかよ?……まったく。カッコ悪いぜ、ジャン・レッドウッド。


「ハハハハッ!!団長、みんな、こっちすよー!!」


 門の先には、ギンドウが笑っていた。作戦通りに……いや、作戦以上だぜ。四頭引きの大型馬車を盗んで来てくれていたよ。『ゴルトン』の紋章が、大きく側面に描かれた豪華なシロモノさ。


「皆さん、あの馬車に乗って下さい」


「そうそう。早く乗るっすよ。怖い顔したマフィアのオッサンども、あっちからもこっちからも、近づいているっすから」


「……不安にさせることを、護衛対象の前で、吐くな」


「へいへい。うちの女たちは、あっちの馬車に乗るっすよ」


 自前の馬車だな。ヴェリイ・リオーネから提供された馬車だよ。その御者席には、来た時同様にガンダラが乗った。猟兵女子たちも、素早く車内に飛び込んでいく。


「団長、早く!!」


「ああ!!……オレで、全員だな!!」


「そうですな」


 そう言いながら、ガンダラは『こけおどし爆弾』を投げ放っていたよ。ジャンに怯えるドワーフ戦士たちの前に、その爆弾が落下する。それと同時に、ジャンはこちらへ向かって跳んでいた。


 爆音と閃光が、『ヴァルガロフ』の堕落した夜の闇を切り裂く。巨狼は大地を蹴り、二台の馬車の前方に位置取るのさ。


『ボクに、ついて来て下さい!!』


 頼り強い言葉を聞く。オレが、あの鼻血さえ見なければ……ドワーフの言葉さえ耳に拾わなければ、完璧だったのだがな。どうにも、自分の感覚の鋭さが悲しいよ。知らなくていいことまで知っちまう―――!?


「どうしたのだ、ソルジェ?」


「……犬が来るぞ」


「……『ヴァルガロフ』の、闘犬どもか」


「数は多くない。だが、馬の脚を食い千切られでもしては厄介なことだ!!ガンダラ!!急げ!!」


「ええ!!ギンドウ、行きなさい!!」


「了解っすよ!!そら、行くっすよ、馬ども!!」


「ヒヒヒヒイイインンッッ!!」


 ギンドウの馬車が動き始め、オレたちの馬車もその後を追いかける。二台の馬車を先導するように走るジャンが、その巨体から恫喝の歌を放ち、『ヴァルガロフ』の夜を楽しもうとしていた大人たちを恐怖のどん底に叩き込んでいく。


 悲鳴が、『ヴァルガロフ』の街に響き渡っている。大混乱だがね、『マドーリガ』のドワーフたちは、あくまでも紳士的な連中だった。状況を把握しきれていないせいだろう。あちこちの屋上にいる弓兵たちは、この馬車を射ることはなかったよ。


 ……規律の正しさが災いしてもいるのさ。


 さまざまな指示が前もって与えられているのだろう。その指示が無ければ、この馬車に威嚇射撃ぐらいするはずだ。だが、それをしない。


 ということは、テッサ・ランドールから与えられた、細かな命令が存在し……そいつが、ドワーフの弓兵たちの指を凍りつかせている。


 どんな命令を、彼女は部下に与えていたか……?


 想像は容易いな。『ゴルトン』とは、もめるなってことさ。だからこそ、『ゴルトン』の馬車に攻撃することを弓兵たちはためらっている。おそらく、この馬車が『北』に向かっていることも、大きいのだろうな。


 『ザットール』のいる西と、『アルステイム』のいる南に対しては、弓兵たちの警戒も強かった。しかし、北への警戒は薄い……『ゴルトン』とは友好的……あるいは、対立したくない相手というわけだよ。


 鋼を向ければ、鋼を向けられるものだ。


 それは戦士も軍隊もマフィアも、変わらないルールだろう。


 敵対感情というのは、合理的なんだ。やられれば?同じぐらいは、やり返さなくてはならない。そうじゃないと、バランスを欠いてしまう。一方的に攻撃されることになるものさ。舐められるといのは、良くないことだな。


 ……『マドーリガ』のボスの考えなのか、その代行であるテッサ・ランドールの考えなのか―――どちらかは知らないが、『マドーリガ』は『ゴルトン』と敵対する意志はないんだよ。


 だからこそ、『ゴルトン』の紋章を腹に掲げ、北に向かうこの馬車を攻撃できない。すれば、必ず『ドルトン』の報復を受けることになるだろう。そいつは、『マドーリガ』にとっても、やはり致命的なダメージにつながりかねないことだ。


 この『ヴァルガロフ』の覇権は、すでに『ゴルトン』……おそらく、アッカーマンに掌握されてしまっている。厄介なことのようにも感じるが、まあ、今夜はその力学を利用させてもらうとしようじゃないか。


 ……今夜の事件のせいで、『マドーリガ』と『ゴルトン』はもめちまうかもしれない。ガンダラを『目立たせた』ことは、それを目的としてもいる。巨人族の戦士が、『ゴルトン』から買った女を強奪していった。


 真実がどうあれ、巨人族が『マドーリガ』を襲うという状況を、『背徳城』にいた大勢のヤツらが見ていたことには違いない。この街で、巨人族といえば『ゴルトン』だし、『ゴルトン』の紋章がついた馬車で、『ゴルトン』の縄張りである北へと逃げ去った。


 ケンカする口実には持って来いだよ。


 というか。


 ケンカを仕掛けなければ、『マドーリガ』のメンツは潰されてしまうな。軍隊もマフィアも、暴力を実行する組織というものは、バランスを求める。舐められっぱなしでは、権威を保てないからな。


 テッサ・ランドールは、アッカーマンを攻撃しなければ……失脚するだろう。同じ規模の報復を与える必要がある。そうしなければ、彼女は『マドーリガ』のボスを継ぐ資格がなくなっちまう。


 真実は異なるが―――少なくとも、認識の上では、今夜の襲撃は『ゴルトン』による犯行だと、『ヴァルガロフ』の住民たちは考えているさ。舐められっぱなしを許すようでは、乱世の指導者の器ではない。


 『仲直り』をするためにも、トラブルがあった時はもめるべきだよ。痛み分けにして、交渉する。そいつが最良の道だと、経験値のカタマリだったガルフ・コルテスはオレに教えてくれているのさ……。


「……どう転がるかな」


「心配事があるでありますか?」


 キュレネイ・ザトーが無表情で訊いてくる。オレは首を横に振ったよ。


「いいや。順調だからね。この状況は、理想的だ」


 『ヴァルガロフ』の北の領域に、『ゴルトン』の縄張りに入っている。ここまで来れば、かなり安心。何せ、繁華街が広がっているわけじゃないからね?ヤツらの商売道具である、馬車を運び込みやすくするために、道が広く、馬車を走らせやすいのさ……。


 速度が出て来た馬車は、犬の追跡も躱してしまうのさ。


「いい速度だ。犬も、この速度で走りつづけるのは厳しかろう」


「……長よ、犬どもは迫っているのか?」


「いいや。順調そのもの。まだ、距離を詰められてはいない。犬どもも、有能なのは『ドッグ・オブ・グラール』の犬たちばかりなのかもしれないな」


「ふむ。私の秘薬が活躍していたという店だな?」


「そうだよ」


「むふふ。私は、活躍しているのだな」


 ドヤ顔モードのエルフさんがそこにいた。


「ああ。見えないところでも色々とね。しかし、猟犬の血を引く犬どもだ……このまま隠れ家に向かっちまうと、嗅ぎ当てられてしまうかもな」


「……殺しておくべきだったな、あの犬どもを」


「敵にすると厄介だが、味方にすると頼もしいぜ」


「『自由同盟』に組み込めてから、言うべきハナシだ」


「……たしかに。でも、追跡してくれるのなら、それはそれでいい。実際、会ってみたくもあるのさ。テッサ・ランドールに」


「なかなかの女傑のようだな。強くて、『背徳城』の女たちにも、愛されているようだった」


「……どんなヤツなのか、ちょっと気になるだろ?アッカーマンと組めないオレたちは、他の『ヴァルガロフ』の顔役と組むべきだ。ハント大佐との橋渡しになる役目を持つ、好人物が欲しい。さて……ガンダラ。風はどちらから吹いている?」


「……東風ですな」


「……くくく。それなら、東に逃げれば犬どもを誘導出来る。元々のプランにも外れてはいない。彼女が『マドーリガ』最強の戦士だというのなら……部下たちでは絶対に敵わないオレたち相手に、戦槌担いでやって来てくれるかもしれないな」

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