第二話 『背徳城の戦槌姫』 その24


 コソコソと小さな言葉で戦術を練り上げていきながら、オレたちは時を待つ。女たちが運ばれてくるまでは、そう時間はかからなかったよ。『背徳城』における、今夜、最大のイベント……その始まりは静かに、しかし、男どもの欲望をかき立てる。


 錆び付いた鉄が、ギギギギギと軋むような歌を上げていた。階下に動きがある。多くの人々が、地下から上がってきているのさ。鉄の歌は、逃亡防止のための鉄製の門が開かれた音だった。


 あえて、重苦しい音がするようにしているのだろう。ドワーフの職人たちが、鉄を意味なく錆び付かせることはない。いわゆる演出さ。すんなり出てくるよりも、あんな音がした方が背徳感が増すのかもね。


 貴重な処女の売春婦たちを求めて、『背徳城』へと集まって来た男どもは、大騒ぎすることはなく、むしろ静かに獲物を品定めしようとしていた。己の性欲のために、大金を投入するわけだからな……失敗はしたくないってわけさ。


 気持ちは分かるが、気持ち悪いもんだ。


 性欲に忠実な男どもの血走った目玉ってのは。邪欲に満ちた視線が、『背徳城』のあちこちから鉄門の奥へと集中しているのが分かる。


 鉄門から、供物が運ばれて来た。


 ……悪趣味ではあるが、うつくしくもあったね。その若い娘たちは。


 露出は多いが、無垢を思わせる白いドレス。つまり、アレは花嫁衣装ってことさ。彼女たちの初めての夜というわけか。そいつを金で買うってわけだ。


 男どもの視線の雨を浴びながら、ドワーフの戦士にはさまれて、花嫁たちの哀れな行進は続く。怯えて泣いている娘もいれば、自分を見つめる視線をにらみ返す娘もいる。あきらめと絶望にうつむく娘もいるし、縛られた両手で己の神に祈る娘もいたさ。


 哀れな者や、悲惨な者に、ヒトは魅力を感じてしまう。誰の心にも、残酷を喜ぶ悪意は潜んでいるものさ。そして、それには大きく劣るかもしれないが、善意の心も確実に存在してはいるんだよ。


「……見ていられん、ソルジェよ」


「……命令しろ、長よ」


 娘たちへの同情に、オレの猟兵たちが怒りの熱をたぎらせる。いいモチベーションだが不満もある。


「冷静に動けよ。オレたちはプロフェッショナル。ガンダラのくれた作戦を忠実に実行する。それが、最良の道であることを忘れるな」


「……うむ」


「……ああ」


「……いい返事だ。さて、花嫁泥棒を開始しようぜ!!」


「了解!!」


「行くぞ!!」


 リエルがオレの背中から弓と矢を抜き取り、シアンはガンダラの腰裏から己の愛刀たちを回収した。キュレネイ・ザトーは、無言のまま。誰よりも先に戦場へと飛び込んでいたのさ。


「ミッション・スタートであります」


 水色の髪を揺らしながら、赤絨毯の敷き詰められた床へと彼女は舞い降りる。男どもの視線が、その乱入者を見て困惑する。花嫁たちを護衛していたドワーフの戦士たちは、呆気に取られていた。


 その乙女のうつくしさに。キュレネイ・ザトーは体術の専門家でもある。素手であること。可憐な少女であること。一切の殺気を放たないこと。それらも戦士としての彼女を隠蔽し、常に先手を取らせる要素につながる。


 キュレネイ・ザトーと戦いたいのなら、見てしまえば、もう手遅れなのだ。彼女を識ろうと頭を働かせたとき……その思考が完了するよりも早く。キュレネイの迷い無い攻撃に晒されることとなるのだ。


「なんだ、お前―――――――」


 軽やかに走ったキュレネイ・ザトーは、一瞬のうちに花嫁たちの先頭を歩いていたドワーフの戦士に詰め寄っていた。キュレネイの右腕が伸びて、屈強なドワーフ戦士のアゴを強打する。


 脳が揺さぶられちまうのさ。ドワーフはそのまま意識を失う。死にはしない。一瞬の気絶だ。ドワーフたちはまだ呆気に取られていたが、キュレネイは任務遂行のために肉体を踊らせる。


 宙を舞うキュレネイは、まるで踊り子のように軽やかだった。そして、殺気がない。やはり今日も彼女の動きからは、攻撃性を認識出来ない……だからこそ、ドワーフの戦士も反応が送れる。攻撃されようとしていることさえも、把握できんのだからな。


「え、え、え!?」


 呆気に取られていたまま、新たな犠牲者にキュレネイの脚は叩き込まれる。顔面を蹴飛ばされたドワーフの体が、吹っ飛んでいた。首を折る技巧は帯びていないから、ド派手に飛んだとしても、死ぬことはないはず。彼女は、不殺の命令を守っている。


 殺す時のキュレネイは、もっと静かに力を使う。相手が飛ぶほど威力を分散させることはしないさ。首の骨だけ折れるように、力をコントロールして、素早く精密な殺しを実行するよ。


「なんだ!?」


「白いドレス!?」


「……演出……!?」


「ノー。リアルでガチな、強盗であります」


 キュレネイが宣言しながら、ドワーフの護衛たちに飛びかかっていく。戦槌を持つドワーフたちは、キュレネイを打撃しようと戦槌を振り上げるが―――シアン・ヴァティも戦場に降臨していた。


 黒いドレスのスカートを、ビリビリと引き裂いて。動きやすさを作った『虎姫』は、戦槌を振り上げたドワーフ戦士の顔面を、踏みつけていた。殺す気は……ない、はずだ。


 戦士を一人、あのうつくしい脚で潰しながら、シアン・ヴァティは双刀を抜いた。あの黒い尻尾が好戦的に揺れていた。早いリズムで、彼女の闘争意欲を表現するかのように。


「……ま、また、女だと!?しかも、フーレン!?」


「『白虎』なのか!?」


「『白虎』の残党が、『ヴァルガロフ』に攻めてきた!?」


 さまざまな憶測と混乱が、周囲に流れていた。


 だが、集中しているシアンは、そんなことには耳を貸すこともない。戦槌を構えるドワーフに風のような速さで接近し、襲いかかっていた。ミアをも超える、その突撃のスピードに……鈍重な戦士は遅れを取る。


「ぬう!!賊かあッ!!」


 戦槌が振り下ろされるが―――潰したのは彼女の影が浮かぶ赤い絨毯だけだ。


 あの大振りな武器では、剣聖シアン・ヴァティに命中させることは至難の業。混乱しているドワーフの戦士には、なおさら不可能なことだった。


 ……そもそも強さが、あまりにも違うからな。ドワーフの側面に攻撃を躱しながら踊り出た『虎姫』の刀が、敵の顔面を打ち払っていた。


「ぎゃふうッッ!?」


 刃は使っちゃいない。峰打ちだ。だが、鍛え上げられた鋼でしこたま打たれたら、顔面の骨がヘコむだろう。ドワーフだから死にはしないだろうが、一瞬の激痛のあとに、意識を失ってしまうのさ。


「賊だあああああああああああッッ!!」


「二階にもいるぞおおおおおおッッ!!」


 混乱が起きた。シアンの剥き出しの殺意に、『背徳城』を守るドワーフたちは反応していた。この城に快楽を求めて来た客たちも、あたふたと混乱している。


「テメーら、どこの回しモンだあああああッッ!!」


「……言うわけがあるまい」


 エルフの弓姫は、弓を放つ。オレたちに接近して来ていた戦士の脚を矢が射抜き、床に転がっちまう。脚は痛むだろうし、動けんだろうが、死ぬことはあるまい。


「ぬう!?え、エルフ族!?……『ザットール』の回しモンか!?」


「人間族もいるぞ?」


 竜太刀を抜き放ち、戦槌を持つドワーフ目掛けて叩き込む。戦槌が必死に動き、その長い柄で斬撃を受け止めていたよ。


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 鋼が歌を放ち、火花のきらめきが、オレとドワーフの顔に散っていく。


「ぐ、ぐうッ!!こ、この赤毛えええええええッッ!!」


 鋼を合わせることで理解したのだろう。ドワーフの戦士は、口を大きく開きつつ、オレを睨みつけていた。そうだ。残念ながら、力量差が大きい。お前では、オレの敵にはなりえない。


 踏み込み、戦士を押し崩した。力で圧倒した直後に、沈む込むようにドワーフへと接近し、獣の革と鋼で守られたヤツの腹目掛けて竜太刀を叩き込んだ。もちろん峰打ちだ。部下たちにあれほど不殺を命じておきながら、オレがそれを破るわけにはいかん。


 指が、殺しの感触を求めるように疼いていたが、ガマンした。この強打を浴びたドワーフは、肋骨が数本へし折れただけだった。短躯を、くの字に曲げていき、ドワーフは意識を消失していた。


「ヤツら……全員が、とんでもなく強いぞ!!」


「取り囲め!!数で、制圧するんだ!!」


 格上相手に数で頼る。妥当な選択だ。


 回廊を走り、戦士たちが殺到してくるぜ。いいことだよ。オレたちにも、ある程度引きつけることが出来たようだからな。


「ガンダラ、行け!女たちの避難を誘導しろ!!リエル、ガンダラに術を!!」


「うむ!!ほら、『風隠れ/インビジブル』をかけてやるぞ!!」


「ありがとう、リエル。では、行ってきます」


 巨人族が空中回廊から飛び降りる。一階分の高さだから、身軽さとは縁遠いガンダラでもダメージはない。念を押す形の『風隠れ/インビジブル』だった。


 一階に飛び降りたガンダラは、愛用のハルバートを振り回した。腕には『チャージ/筋力増強』の魔術をかけながら。雷神の祝福を受けた豪腕から放たれる大振りの一撃は、ドワーフの戦士をも軽々しく蹴散らしてしまう。


 あのリーチと豪腕。巨人族ならではの威力だよな。うらやましいぜ。


「……みなさん!こちらへ!私に続いて下さい!!助けに来ました!!」


「ほ、本当ですか!?」


「ええ。急いで下さい!!……団長!!」


「頃合いだ!!リエル、行くぞ!!」


「うむ!!『暗雲を裂く雷光の矢よ、我が願いのままに空を駆け、悪しき鋼を打ち砕け』―――『ライトニング・ボルト』!!」


 『雷』の中級魔術が放たれる。オレの呪眼に刻みつけられた金色の紋章を目掛けて、『雷』の矢が『背徳城』の宙を飛び抜けていく。狙ったのは、空中に吊るされていた女を入れるための檻……その残酷趣味な鳥かごを吊している鎖たちだよ。


 鎖に刻まれた呪いを目掛けて、『雷』は忠実かつ精密な攻撃を仕掛けるのさ。三つに分かれながら、『ターゲッティング』が施された太い鎖に命中し、電熱と衝撃を用いて、ドワーフどもの作りあげた鋼を焼き切っていたのさ。


 当然ながら。


 あの巨大な鳥かごが、三つほど落下していく。床に衝突したそれは、巨大な音を上げながら跳ねて転がり、欲望に取り憑かれていた客たちは、悲鳴を上げて邪悪な鉄の塊から逃げるのに必死だったよ。


「危ねえ!!」


「檻が、落ちてくる!!」


「に、逃げろ!!つ、潰されちまうぞ!!」


 パニック状態になった客たちが、鳥かごが吊されている場所から遠ざかろうと必死に逃げる。蜘蛛の子を散らすような光景とは、このことだろうよ。必死になり、男たちが逃げ惑う。


 頑強なるドワーフの戦士たちも、津波のように押し寄せる男たちの動きには、どうにもこうにも逆らえず、足止めを喰らってしまうのさ。


 いい徴候だ。


 中央部はがら空き―――おかげで、ガンダラと彼に率いられた十人の花嫁たちが、そこを通り抜けることが出来ている。先頭はガンダラ、左はシアン、右はキュレネイ。


「オレたちは、最後尾につくぞ!!」


「うむ!!飛ぶぞ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る