第二話 『背徳城の戦槌姫』 その23


 時間厳守であるべきだな。仲間たちは集合していたよ。時間に厳しい森のエルフさんは、おいしい木の実を頬袋にでも詰めたリスさんみたいな顔をしている。


「……待たせたようだな」


「遅いぞ。しかも、女とダラダラと話し込みおってからに……っ」


「嫉妬してくれているのか」


「し、嫉妬とかではないのだぞ!?……あ、愛されている自覚は、ちゃんとあるぞ!お前の正妻は、私だもんな……っ。妻の弓を背負っているのだから、他の女に、なびくとかありえないし……っ」


「そうだよ。ちゃんと情報収集していたのさ。難民の子は、10人。今夜の『新人』たちだ」


「さすがであります。こちらの得た情報と、一致しているであります」


「……助けるのは、8人まで。そう語っていたな、長よ」


「全員回収するぞ。許容範囲内だ。テッサ・ランドールは、売春婦たちにも、やさしいようだ。彼女たちは、食事も医療も提供されているらしいからな」


「……敵の善良さを、計算に入れるか」


 シアン・ヴァティはその行為を評価してはくれない。当然のことではある。あまりにも、その計算は、浅はかに思えるからな。でも、オレにだって根拠があるのさ。


「ああ。女を奪うとき、テッサ・ランドールはともかく、『ドワーフの戦士たち』は、女主人である彼女の哲学を実践しようとするだろうからな」


「なるほど。ドワーフの戦士たちは、難民の娘たちを守ろうとするわけですな。彼らは、テッサ・ランドールをリスペクトしている」


「そうゆことさ。こちらが思っている以上に、難民の娘たちに手荒なマネをしようとはしないさ。ここの戦士たちは、テッサ・ランドールを、かなり尊敬しているからな。経営者としての手腕もそうだし、腕っ節に関しても。ドワーフの忠誠心は、鋼よりも固いもんだ」


「……ふむ。ここの戦士たちは、テッサ・ランドールの考えを重んじるわけだな?女たちに、やさしくあろうとする……?」


「ああ。それに、ヤツら、オレたちの正体も分からんだろうからな。難民の娘たちを盾にするつもりはないが……彼女たちは、連中に対する人質としても機能しちまうはずだぜ」


「……8人を、10人に増やすには、十分な条件というわけか」


「『マドーリガ』の組織を動かし、秩序を与えているのは、テッサ・ランドールの哲学だ。そいつを逆手に取っちまうのさ。善意ではなく、忠誠心と作戦につけ込むんだよ」


「……了解だ」


 シアンお嬢さまは納得して下さったらしい。戦士というものは、組織に縛られることも多い。忠誠心が強い者ほど、攻撃には向く。作戦を貫徹しようとするからね。だが、臨機応変さには欠くのさ。忠義者ってのは、防御には向かないもんだよ。


 ただのマフィアでしかない、テッサちゃんには、その理屈はまだ分からないかもしれんな。マジメな男は残酷な仕事に向くが……自己判断能力には劣る。混沌とした状況に、対処するような力は乏しいのさ。


「それで。リエル、他に情報はあるか?」


「……うむ。『競り』の開始は、今より2時間後だ。もうすぐ、女たちがあの悪趣味な檻に運び込まれてくるらしい。『競り』の前に、商品を男どもに見せるそうだ!」


 翡翠色の瞳を、宙づりにされた檻に向けながらリエルはそう吐き捨てる。サディズム的な美を感じなくはないが―――女子ウケは悪そうな檻だな。


 ヒトを鳥かごに入れるようなものだしな。あの吊された檻にうつくしい処女たちを入れて、その処女を抱きたいスケベ男どもの視線が集中するのか。


 ……まあ、たしかに、女子ウケするわけがないか。あまりに下品すぎる。男には大きくウケちまうだろうけれど。


 でも。正直者であるよりも、人格者な紳士でありたいからね。オレはあえて感想を口に出さないことにするよ。


 下品な野郎と思われたら、チームの士気にも関わりそうだからな。


「……それで。彼女たちの場所を特定出来ているか?」


「……長よ、地下にある、かつての牢獄にいるようだ。そこで体を洗われ、化粧を施されている最中らしい」


「より魅力的に磨くってか。しかし……地下には牢獄まであるのかよ」


「大昔は、この街そのものが、牢獄であったとも教わっているであります」


「くくく!悪人の街に、どこまでも相応しいってわけだな」


「……なぜ、笑うのだ?長よ、お前は、この街を気に入りすぎだ」


「……ああ。そうだな、ガンダラにも感情移入しすぎって注意されたよ。じゃあ、さっさと配置につくか。地下から出てくるってのなら、予測も簡単」


「ええ。『一階の北西』……ドワーフの戦士が、厳重に見張っている場所がありますからな。あそこから女たちは出てくるのでしょう」


「『商品』を見世物にしたいはずだからな。あえて、男どものあいだを連れて歩かせるつもりだろう。可愛く着飾った女たちを見せて、男の劣情をあおるのさ」


「……団長、詳しいであります」


「男の欲望には、詳しいんだよ。スケベ野郎だからね。さてと、二階の北西……あそこからなら、オレたちなら回廊を飛び降りることも容易いな」


「ガンダラは、いけるでありますか?」


「ええ。ドワーフの建造物の床は、丈夫ですから。ブチ抜くことはないでしょう」


「……リエル、ガンダラには一応、『風隠れ/インビジブル』をかけてやれ」


「うむ。『風』の魔力で体重を減少させておく」


「……私の体重は、それほど重くはありませんよ」


「巨人族にしてはな」


 オレたちは移動を開始する。二階の北西の回廊さ。


 そこにはスケベな男たちが数人、陣取っていた。この位置からなら、『新人』の子の露出多目の衣装から、胸が覗けるんだよと主張して来た。シアンが、汚物を見るような目で、どけ、と語ると―――泣きながら逃げ去ってしまったよ。


「……女を買う金もない貧乏な男たちを、睨みすぎだぜ、シアン?」


「……フン。下らん男どもに、配慮する必要などない」


「イエス。汚物は、消毒してやるであります」


「うむ。のぞきなど、ヒトとして最低だからな!」


「団長。いいポジションにつけましたな」


「……誤解を誘導するんじゃねえよ」


 ガンダラのジョークは威力があるんだ。リエルの頬袋が空気をため込んでリス・モードになっているじゃないかよ。


「……スケベめ!」


「たしかに、スケベだけど、これは仕事だもんね」


 副官殿にはめられた気持ちがするが、副官殿はいつものようにクールな無表情さ。ツッコミを入れるだけ、オレの傷口が広がる状況だろうから、あきらめる。無意味な負け戦を重ねることは、良策とは言えんからな……。


「……しかし、予測を補強出来たな。スケベ野郎どものおかげで、この下から『新人』の子たちが登場する可能性が強まったな」


「団長、魔眼で確認できませんか?」


「……してるさ。床板の下に……階段があるな。地下へとつづく通路さ。ここから出てくるだろう。サプライズな演出とかがなければな」


「あいかわらず、便利な目玉であります」


「まあね。よし、戦術を練るぞ。そう時間はないだろうから。まずは、問題点。解決しておくべき課題はあるか?」


「……殺しても良いのなら、問題はゼロだがな」


「シアン?」


「……分かっている。厄介だが、殺さぬようにしてやるさ」


「ここのドワーフたちも、潜在的な『戦力』だ。帝国の支配を、亜人種が歓迎できるはずがないからな」


「手加減して、殺さないように戦うでありますか」


「ああ。出来るか?」


「もちのろんであります」


「……むー。弓は、そういうのに向かないのだがな。手足を射ればよいか」


「あとは『雷』だ。ドワーフ族は、『雷』に耐性がある。加減して放てば、リエルの魔術でも殺さずに、感電させられるだろう」


「そうか。そうだった、ドワーフの連中は、『雷』に強い……うむ。殺さぬ程度に、ぶっ放せば、問題は無さそうだな」


「不殺は、難しい課題だが、可能な限り徹底してくれ。テッサ・ランドールとの関係は、可能な限り友好的に保ちたい」


「リスキーですが、やる価値はありますな。こちらの力を示すことにもなる……この街は遅かれ早かれハイランド王国軍に占領されます。我々の戦闘能力の高さを思い知らせておくことは、有意義です」


「力を見せつけておくわけだな」


「ええ。そうですよ、リエル。この作戦は、『パンジャール猟兵団』の戦闘能力を、『マドーリガ』の戦士たちにすり込んでおく意味もある。占領戦の際には、我々にも声がかかる。我々の強さを知っていれば、敵の士気は下がります」


「……『恐怖』を刻みつけておくのさ。脅威に思ってくれるのなら、交渉もしやすくなるし、殺されなければ『敵意の低さ』も伝わるだろうからな……まあ。今は、堂々と名乗るワケにはいかないがね」


「わかっておる。まだ、すべきことが幾つもある。敵に、過度な警戒をさせないために、正体は不明としておくべきだな」


「そういうことだ」


「……長よ。不殺を目指すのは良いが、脱出ルートはどうする?女たちの健康状態も、気になる」


「麻薬を打たれてはいないだろうさ。よほど、大暴れするような女でない限り。あの鳥かごみたいな檻に入れて、見世物にするんだ。反応があった方が、男は喜ぶ」


「……男の悪癖ばかりが、目につくところだ」


「『背徳城』って名前をしているんだ。サディズムも一種の売りにしている。そうでなければ、アレほど悪趣味な檻を用意しない。演出込みのデザインさ」


「テッサ・ランドールも、悪人ではあるな」


「もちろん善人ではない。しかし、経営哲学にはつけ込める余地がある。そこを利用させてもらうぞ」


「……ああ。それで、女たちを、脱出させるルートは?」


「ガンダラ、いい案をくれ」


 出来ているはずだ。オレよりもずっと賢い副官さまだからな。ガンダラは、さっきから『背徳城』の一部を見ている。策を、練り上げているのさ。


「……あの女性陣に不評な檻ですが、利用価値があります」


「あのサイテーな檻にでありますか?」


「ええ。人払いの道具に、丁度良さそうですよ」


「……人払い?……たしかに、城内には大勢のスケベどもがおって、出口まで人混みが邪魔であるな」


「なので、あの檻を使いましょう」


「どう使うでありますか?」


「落下させれば良いでしょう。あれだけの重量物が落ちてくれば、ヒトは怯えて逃げようとする。音もうるさく、迫力は十分でしょう。回廊の中央に吊してあります。スケベどもが中央から逃げるはずですよ」


「くくく。いいね。あれで追い払うってわけだな?」


「はい。そうすれば、そのまま混乱と空いたスペースを利用して、女たちを連れて外へと走り抜けるとしましょう。かなりの騒ぎになるでしょうから、ギンドウたちにも、いい合図になりますな」


「一挙両得でありますな」


 ガンダラの語尾をマネしながら、キュレネイ・ザトーは無表情のままダブル・ピースしてくるよ。ときどき、ユーモアを感じる。


「……いい作戦だ。リエル、オレが魔眼で『ターゲッティング』を刻む。魔術で、君の嫌いなあの檻を、叩き落としてくれ」


「……うむ。いいぞ、その仕事は、好きだ」

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