第二話 『背徳城の戦槌姫』 その22


 テッサ・ランドールの評判は、極めていい。身内からの評価ではあるものの、『マドーリガ』のドワーフ族たちからは、圧倒的な支持を得ているようだ。


 『マドーリガ』の戦士や、料理人たちに、オレは話しかけて彼女についての質問を繰り返してみたが、彼女のネガティブな評価を聞くことは一度としてなかったよ。皆、テッサ・ランドールのことを誇りに思っている。


 商才を褒める者もいれば、武術の腕を褒める者もいた。高齢なボスに代わり、この『背徳城』を彼女は継承しているようだ。ボスが亡くなれば、彼女は『マドーリガ』そのものも即日・相続することになるのだろう。


 ……回廊の壁には鉄格子がはめ込まれている場所があり、その中に何人かの売春婦たちがいた。オレがその鉄格子に近づくと、品定め中の男だと思われたのか、金髪で青い瞳の人間族の売春婦が寄って来た。


 胸元がガッツリと開いているな。男の唇は、そのせいで微笑みを浮かべる。我ながらスケベな反応だが、やって来た巨乳に挨拶しない男なんて、それはそれで無礼者だろうよ。


 運動不足がたたり、わずかに太り気味とも言えるが、それだけに抱き心地は良さそうな体かもしれない。彼女は男を誘うための笑顔を浮かべ、その腕を鉄格子から伸ばして、オレの腕を絡め取る。商売道具の巨乳を押し付けてくるのさ。


「ねえ。赤毛のお兄さん、青い瞳の人間族同士、仲良くしちゃわなーい?」


「君はオレを楽しませてくれそうだが、今夜は『新人』たちを『もらいに来た』」


「なーによ。あんな若いだけの子たち。テクニックとかー、まったく無いんだからね?ムダに高いし、私にしない?処女が好きなら、演技とかしてあげるわよ?お兄さんに私の初めてもらって欲しいなーって?処女の雰囲気と、ホンモノの快楽で、楽しませてあげちゃうよ?」


 マジかよ。ノリのいい売春婦サンだな……でも、お高いんでしょ?


「ダメぇ?」


「君の演技力と技巧を身をもって味わい、お金で敬意を表したいところだけど……巨乳よりも情報が欲しくてね」


「なーに?『新人』たちのコト?」


「そうだ。君の機嫌を損ねちまうかな?」


「べっつにー。私、出来た女だし」


「だろうな。君は、竜太刀を背負って、眼帯をしているオレみたいな男に近づいて来た。媚びながらも、恐怖と不安を抱いてな。君が背後に隠すようにしていた、若い娘たちのことを庇っているな」


 紳士だったアーレスの魂は、魔眼に成り果てても健在だよ。この売春婦の心から、にじむように揺らぐ、青い色の波動……彼女は恐怖を抱いている。オレに対しての恐怖だ。それでもなお、オレの性欲の犠牲になろうとしているのか。大したもんだ。


「……お兄さん、後ろの子たちはダメだかんね?……刀を持った客に、刺されたことがある子たち。許してあげてくれない?お兄さんを、怖がってるのよ」


「……彼女たちにも、興味はない」


「そう。私にも興味はないのは、残念だけど」


「オレみたいな危険な男が好きか?」


「あなたのことを好きって言ってあげても、ウソだってバレちゃいそう。鋭いんだもん」


「くくく。振られちまったよ……気高い女性は好きなんだがな」


「気高い?売春婦に使うべき言葉じゃないわよ」


「いいや。君は気高い。どんな境遇であろうとも、ヒトを守れる背中を持っている者は、尊く気高い魂を宿しているのさ」


「……口説かれちゃった」


「なあ、気高き女よ。情報をくれるか?」


「……どんな?」


「今日の『新人』は、何人いるんだ?」


「10人よ。『狭間』の子はいるけど、人間族の子はいないわね」


「……その子たちは、『ヴァルガロフ』の出身者か?」


「……ヒト探ししているの?」


「ああ。実のところな。雇われて、探している。詳細を話すのは、君に危険が及ぶかもしれないから、秘密。身分の高い人物からの秘密の依頼なんだ」


「……誰を、探しているのよ?」


「『ヴァルガロフ』の出身者ではないのは確かだ。いるのか?」


「……いるわ。ていうか、今夜の『新人』たちは、全員、『ヴァルガロフ』の出身者じゃない。『ゴルトン』から、仕入れたみたいね」


「なるほど。オレが探している子がいそうだよ」


「……『ゴルトン』と揉めてるの?」


「まあ、そんなところだろう」


「やめときなって、アッカーマンは、この街の事実上のトップだよ?」


「アッカーマンにくわしいのか?」


「そりゃあね。『ヴァルガロフ』で生きていたら、その内、知り合うことになるわ。色んなところに顔を出すし……商売も、手広くしたがっている」


「……『背徳城』の食材は、ヤツらから買っていたりするのかね?」


「……そうよ。『ゴルトン』は、あちこちから品物を仕入れる……何だって運ぶの」


「そして、今回は『難民の娘たち』も捕まえて、売りつけに来たか」


「……ええ。今夜の子たちは……帝国からの難民。お兄さんって、辺境伯の回し者?……役人で、まさか、取り締まりとかしてるわけ?」


「帝国の犬になることはないよ。信じてくれるかい?」


「私は、自分の目をじっと見つめてくれる男に弱いの。だから、信じてあげちゃうけど」


「信じてくれていいさ。オレは君を騙さないから」


「なんだか、そんなこと言われたコトがあるわね、4年半ぐらい前に。騙されちゃったけどね」


「そんなに長く、ここにいるのか?」


「ううん。2年ぐらい。エルフどもへの借金のカタに、旦那に売られたのよ」


「そいつは大変だな」


「うん……でも、ここは外よりもある意味では、マシだから」


「こんな場所がか?」


 鉄格子を指でつかみながら、彼女に質問してみたよ。彼女は、それでも、うなずいた。


「『ヴァルガロフ』で貧乏な女が生きて行くには、悪人の才能がいる。でも、そういうのが無い私みたいな女は、体でも売るしかないもの」


「悲惨な物語に聞こえるぞ」


「体を売るだけで、三食ついて来るし。『背徳城』では、エルフの薬草医の霊薬だってもらえるのよ」


「霊薬か。高級品だな」


「ええ。姫さまは、やっさしいんだから」


「テッサ・ランドールの指示か」


「そうよ。『背徳城』の女城主……『戦槌姫』さまはね、売春婦にだって、やさしいの。ここは地獄の一種かもしれないけれど……『ヴァルガロフ』の街路で、乱暴な男相手に商売するよりは、ずっとマシなのよ。もちろん、完璧なんかじゃないけどね」


「……彼女は、この『背徳城』から逃げた女には厳しいか?」


「もちろん。マフィアだもーん。『裏切り』には、非情になるもんよ。私たち売春婦は、姫さまと契約している。可能な限りの安全と、給料……それを代償に、体を男たちに売っているの。ときどき、女相手にも売るけどー?」


「……騙されて、連れて来られた娘たちが、ここから連れ去られたら、彼女は怒るかな」


「……怒るでしょうけど。お兄さん、アッカーマンだけじゃなく、姫さまとも揉めるつもりなの?」


「命知らずだと思うかい?」


「愚か者だとも思うわー。ありえないから、やめときなって」


「……テッサ・ランドールは、逃げた彼女たちを殺そうとするかな?」


「……それは、しないと思うけど。分かんないかな。やっぱり、姫さんも、狂暴なヒトではあるもんね。闘技場では、よく殺してた。それで名を上げてもいるんだけれど」


「会うのが、楽しみになって来たよ」


「……あなたのこと、警備に知らせたほうが良いかしら?」


「いいや。見逃してくれると、『マドーリガ』のためになる」


「え?」


「オレは、君が見てきた、どんな野蛮な生き物よりも、暴力に長けているからね。ここの姫さまとは、あまり、もめたくない。でも、騒ぎになれば、オレは姫さまを捕まえて、半殺しにして人質に使おうと思う」


 とても有効そうだからな。尊敬を集めている人物なら、最高の交渉道具になる。正直なところ……現状、目的を達成するためには、最良のプランではあると考えている。


 この警備のなかを、10人の護衛対象を守りながら突破するよりは……姫さん一人を捕まえて、交渉に使った方が、あまりにも楽そうだ。


 ……それを望まぬ理由は、テッサ・ランドールへの期待だ。聡明さを持つ彼女なら、ハント大佐と『ヴァルガロフ』の、有益な橋渡しになってくれそうな気もするからだ。


 ハント大佐は正義の人物だが、柔軟さも持っている。かつてハイランド王国を荒らしたアリューバの海賊、ジーン・ウォーカーを許した。犯罪者であれ、有能で有益な人物なら、その性格を考慮してくれるだろう。


 悪宰相アズー・ラーフマのように、弱者を食い物として見ていないわけでもなさそうだ。『背徳城』の女たちは、姫さまを尊敬している。ラーフマのようなクズとは、かなり違いそうだってことだよ。


「……姫さまを、人質にするとか……あなたって、マフィアなの?」


「いいや。魔王さ」


「冗談?」


「君の瞳を、まっすぐと見つめているのにか?」


「……からかわれてるっぽいけれど。女の勘が、この会話を忘れた方が良さそうだーって騒いでるのよね」


「そうだと思うよ。君にも迷惑はかけたくない。オレは、ここに売られて来た難民の娘たちを助けたいだけだし……実のところ、『ヴァルガロフ』が気に入り始めてもいるんだ」


「この、サイテーな街を?」


「ああ。サイテーだけどね。それでも、嫌いになれん」


「変わっているヒトだこと」


「我ながら、そう思うが、困ったことに事実でな。『ヴァルガロフ』の未来のためにも、テッサ・ランドールを傷つける手段は取りたくないのだ。黙っていてくれるかな?」


「未来?」


「ああ。アッカーマンが頂点にいるより、彼女の方が多くを幸せにしそうだからね」


「……姫さまのこと、気に入ってるんだ?」


「分かるかい」


「ええ。私も、姫さまのことが好きだもんねえ……」


「ならば。黙っていてくれると嬉しいんだ。ドワーフたちも、殺したくない」


「……はあ。わかった!……あなた、酔っ払ってるのね。それとも、クスリ?」


「そんなところさ。ああ、変なハナシにくれた、お礼に、銀貨をあげた方がいいかい?」


「いいわよ。私のことを気高い!って、褒めてくれたから。今度、正気のときに来たらいいわ。サービスしてあげるから」


「……そいつは、実に光栄なことだがね。エルフのヨメが、オレのことを睨みつけているんでな。そろそろ、行くとするよ」


「そう。あんまり、バカなことを言っていると、その内、危ないことに巻き込まれちゃうんだからね?……『ヴァルガロフ』は、怖いところよ、酔っ払いさん。それと、奥さんがいるなら、ちゃんと大事にしなさい。飲んだくれてばかりだと、捨てられちゃうんだから」


「ああ。気をつけるとするよ。ではな。健康で過ごしてくれ」

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