第二話 『背徳城の戦槌姫』 その29
馬に乗り、荒野を走る。馬車から解放された馬たちは、じつに身軽なものだ。夜中に走るのも慣れているのだろう。怯えることはない。
首を振り、鼻息を荒げながらも、地上を駆け抜けていく。長い脚の先にある蹄で、乾いたゼロニア平野の土を削り、風のような勢い創り上げる。馬という動物は、走るのが好きなようだよ。己の速さを見せつけるように、オレたちの馬は躍動していた。
『こ、こちらです、団長!!』
「ああ。頼む」
巨狼に化けたジャン・レッドウッドが馬たちの先を走っていた。我々を先導し、敵へと導くために。荒野を蹴って跳ねるその勇姿は、なんとも迫力がある。どうして、こんな強力な生物が、あんなに気弱になっちまったのだろうか……。
オレの育成方針のせいか?
分からん。ジャン固有の性格が、全てを招いたような気もする日もあるんだよ。
……今は、部下の育成について迷っている場合ではないな。左眼の眼帯を外し、魔眼の力を全開にする。ジャンが走っていく方角を、アーレスの力を借りて睨みつけた。
魔眼が、敵の姿を感知する……まだ、かなりの遠方だ。『ヴァルガロフ』からは、ずいぶんと遠くまで逃げ来たからな。『マドーリガ』の追跡者たちも、こっちの足取りを分析するのに時間がかかったようだ。
おそらくだが、街の北から抜け出したことが、『マドーリガ』に混乱を与えたのだろうさ。『ゴルトン』の犯行だと思った者もいるはずだ。とくに、末端の連中は、そう解釈する。幹部たちまでが、そう考えるかは分からない。
『ゴルトン』は『ヴァルガロフ』の経済の中心には君臨しているようだからな。
それなのに、どうして『マドーリガ』ともめる必要があるのか?……『マドーリガ』の幹部たちは、『ゴルトン』がケンカを売ってくる理由がないことを認識しているだろう。
印象では、暴力だけなら、『マドーリガ』の方が上。人数も、ドワーフたちの方が巨人たちより多そうだ。輸送の仕事で街の外に分散していく『ゴルトン』の虚を突くことは、難しくはない。
……こっちが、『ゴルトン』を利用したコトに、気がついているんじゃないかね。『ゴルトン』との抗争を誘発しようとした工作だと、テッサ・ランドールは考えるかもしれない。
犯人は?
最低でも、六つほど候補が浮かんでいるだろう。彼女の想像力が豊かであれば、もっと多くの数かもしれないが。
まずは、『アルステイム』。本職の盗人であり、詐欺師だ。そして、四大マフィアの中でも孤立しつつある存在。
……ヴェリイ・リオーネの予想では、難民たちを『商品』とした人身売買組織の『生け贄』にされそうだってハナシだ。計画に誘われない。悪人たちの法則では、孤立すると攻撃される前兆らしいよ。
テッサ・ランドールは『アルステイム』の若い衆が、何かをしでかす可能性を認識していた。だからこそ、弓兵たちはケットシーたちの拠点である、街の南側を警戒していたのさ。
二番目は、『ザットール』。他のマフィアたちを共倒れさせることが出来るポジションだ。『マドーリガ』が『ゴルトン』と『アルステイム』ともめたら?三者がつぶし合ってくれたなら、何もしなくても主導権を得られる。
『今夜の奇襲と、最も無関係そうだ』。そいつが疑われる理由にもなるわけだ。
三番目は、シアン・ヴァティという『虎』が導く予測さ。『白虎』。国外に逃げた勢力が、この『ヴァルガロフ』の縄張りを奪い取ろうとしている。四大マフィアの抗争があれば、『外』からこの街を侵略しやすい。
コイツは、真実ではないが、シアン・ヴァティの存在は、あの悪人だらけの街では『白虎』を連想するだろう。『白虎』は強かった。戦闘能力では、軍隊以上。『虎』が百人いれば、『ヴァルガロフ』を暴力で制圧することは容易い。
四大マフィアの幹部連中を皆殺しにすることなんて、『白虎』が勢力を保っていれば容易いことだ。『白虎』は四大マフィアの連中と商売相手、見知った相手を仕留めるのは難しい話ではない。
シアンに訊けば、ドヤ顔しつつ同意するだろう。『虎』なら、容易い……そんな風に断言するさ。『ヴァルガロフ』にとっては、悪夢のようなシナリオだ。
四番目は、辺境伯ロザングリード。『奴隷貿易』という帝国貴族の商売と、『マドーリガ』の売春宿の経営って部分は、商業的な対立が存在する―――美女の奴隷という需要は、帝国内にもあるからな。
商売敵というのは、恐ろしい。金が絡めば、大人の暴力は強烈だ。戦争を起こすことだってあるからね。利益で対立していることは、どんな攻撃を招くか分かったものじゃない。
五番目は、ならず者の犯行。この土地には、武装した流れ者が多い。あのバルモア人の盗賊もそうだったよな。そこら辺に怪しいヤツがいるんだ。突発的な犯罪が起きたとしても不思議ではない。
オレたちの腕の良さから、かなりの手練れだとは認識するだろう。そして、戦士たちを殺さなかったことから、対立を悪化させる意志の低さも考えるさ。殺した方が、仕事は楽に決まっているからな。
『マドーリガ』に対して、全くの憎悪のない『流れ者』の可能性というのも、テッサ・ランドールの頭のなかには浮かぶんじゃないかな。たまには、そんなバカがいるかもしれないとね。
六番目は……かなり確率が低いが、『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』。マフィアを狙うテロ集団。爆発テロに比べると、女を泥棒するなんてこと、あまりにも地味すぎるし、もっと殺意を込めてドワーフの戦士を殺すはずだからな。
とはいえ、可能性は否定できない。
なにせ、『灰色の血』のキュレネイがいたのだから。ホンモノの『ゴースト・アヴェンジャー』さんだからね。ドワーフの戦士たちも、彼女の印象は深かろう。まあ、『ルカーヴィスト』が『オル・ゴースト』と全く関係ない可能性もあるが……。
ヴェリイの恋人を特定し、殺すなんて器用なマネが出来たという事実から、キュレネイは『ルカーヴィスト』を『オル・ゴースト/ゴースト・アヴェンジャー』だと考察している。現在に至るまで、それを否定するような情報を、オレは見つけていない。
……もしも、ヴェリイの言葉が全て詐欺で、オレたちが踊らされているだけだと面白いんだがね。そんな意味の無いことを、アレだけの手練れがする必要もなかろう。
―――オレたちは、『背徳城』を襲撃しながら、多くの『謎』をばらまいたってわけさ。よほどのアホでなければ、気づくはず。この事件の不思議さにな。
そして、この不思議さを鑑みたとき、『七番目の可能性』を予見するかもしれない。
『外国勢力からの攻撃』。
最も恐ろしいシナリオだし、真実だな。
気づくかもしれない。その可能性の大きさについては、予測するのが難しいだろうけれど。『帝国から逃げて来た、難民の娘を助けた』。その事実だけを見つめれば、『自由同盟』の介入だと気がつけるかもしれん。
……色々な考え方をしているだろう。そして、深刻な危機の存在にも気づく。ならば?自分の力で確かめたがるモンじゃないかね?オレが、君の立場ならば、そうするはずなんだよね、テッサ・ランドールよ―――。
『―――そ、ソルジェ団長。敵が見えます。先頭に、オオカミみたいな大きな犬!!』
ジャンの言葉に、オレは反応する。考え込んでしまっていたようだな。
「ああ。敵サンだ。皆、速度を落とせ……馬の脚を休ませて、呼吸を整えろ。戦闘に備えて馬の心臓を休ませておけ」
「……了解。やはり、闘犬を連れて来たか……」
「そうだな。猟犬やオオカミを混ぜて作った犬だ。追跡にも向くんだろう。短時間で、ここまで来るとは、有能な猟犬でもある」
『と、闘犬か……噛みつかれるのは、イヤだなあ』
「四メートルもある犬のセリフでは、ないであります」
『きゅ、キュレネイ。ぼ、ボクは、一応、オオカミだよ?犬とかじゃなくて……』
「根拠は、あるでありますか?」
『……え?……だ、だって、ボク、狼男だし……?』
「もしかしたら犬男である可能性も、否定出来ないであります」
『た、たしかに……ッ』
ジャン・レッドウッドが衝撃を受けている。犬男って……なんだかイヤだけど、たしかに犬とオオカミの違いって、真剣に考えるとよく分からなくなる。どっちも同じような。
『まさか……でも、そんな……ボクは、狼男じゃ、なかったんでしょうか……団長?』
「いや、犬男って聞いたこともないし。ジャンよ、お前は狼男だ」
『そ、そうですよね……』
「そういうことにしろ。それだけ大きければ、十分にオオカミだ」
『大きさ、だけなのでしょうか……』
自分の存在に疑問を抱く若手がいる。犬男では、ない。そう力強く言い聞かせてやりたいが―――オレも狼男に詳しいわけじゃないんだ。
「……茶番はいい。鼻血オオカミが、犬だろうとオオカミだろうと、どちらでもいい」
『……ど、どっちでもいいんだ……』
「そんなことよりも、長よ。作戦の説明をしろ」
「ああ。さっきも言った通り、『ルカーヴィスト』に化けてみる。『マドーリガ』の追っ手たちから、情報を聞き出すためにな」
「……どう化けるつもりだ?」
「まずは、キュレネイとオレだけで接触してみる。『ルカーヴィスト』が『ゴースト・アヴェンジャー』に関係があるのなら、何か反応してくれるかもしれない」
「……しなければ?」
「『ゴースト・アヴェンジャー』と『ルカーヴィスト』は無関係かもしれないという可能性を得られるな」
「……あまり、策はなさそうだな」
「まあな。長く騙せるとは思っちゃいない。不殺を貫いてしまったからね」
「……殺しておくべきだったか、二、三人」
「それでも足りなかっただろう。爆破テロを起こすようなヤツらだからな。それでも、キュレネイを見たときの反応は確認できるさ」
「……私と鼻血オオカミは、待機か」
「指笛を吹いて呼ぶ」
『……そんな、犬みたいに?』
「イヤなら、別の手段でも―――」
『―――いえ。団長の、犬なら、ボクは……』
なんか怖いセリフをブツブツと口にしているな。深追いは止めておこう。
「というわけだ。キュレネイ、行くぞ」
「イエス。サー・ストラウスであります」
悩めるジャン・レットウッドと、不殺のストレスに尻尾を振ってるシアン・ヴァティを残して、オレとキュレネイ・ザトーは馬の歩みを速めた。
走るほどではない。
ゆっくりと、敵の群れへと向かって馬を歩かせるのさ。敵と接触する前に、馬を疲れさせておく必要もないからな。これでいいんだよ。
無言のまま馬が荒野を渡っていく―――。
さて。『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』ってのは、どんなテロリストなのかな?
バレバレの演技になるかもしれないが、情報を整理してみるか。ヤツらは、神出鬼没で……馬車に爆弾満載して、街中に突っ込ませる。主な縄張りは、北の山岳地帯……一般人やらマフィアの下っ端たちからは、謎の存在。
戦神バルジアの教えに従う、テロ集団か……戦神は状況に合わせて信者に多くの姿となって現れる。四大マフィアの名も、戦神の無数の姿の一つ一つから取られているな。『ルカーヴィスト』は、『殲滅獣ルカーヴィ』の使徒ということか。
殲滅獣、不信心な戦神教徒を抹殺する役割をもった戦神の一形態ってか……四大マフィアに対する、強烈な殺意のメッセージであるように思える。
そして、元・『オル・ゴースト』の特殊な戦士、『ゴースト・アヴェンジャー』かもしれない連中……それしか分からん。マネをするにも、ちょっと情報不足すぎるな。
馬の首を、じーっと興味深げに見ている、我が部下に質問してみよう。
「キュレネイ」
「食べてませんよ。見ているだけです」
「いや……そんなことを叱ったりはしないよ」
「なるほど。団長の心は、とても大きいでありますな」
やはり、ガンダラのマネが気に入っているらしい。しばらく一緒に旅をしていたから、伝染したのだろうか、ガンダラの語尾が……。
そんなことよりも、聞かなくちゃならないことがあるな。
「……キュレネイ。『ゴースト・アヴェンジャー』とは、どんな連中だった?」
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