第二話 『背徳城の戦槌姫』 その19


 御者に化けたガンダラに操られて、ヴェリイ・リオーネの手配してくれた馬車は街の西へと向かう。馬車のなかにいるのは、オレと美しい女たちさ。


「……どうだ、ソルジェ?お前の正妻は、かわいいだろう?」


 左腕に絡みついてきながら、正妻エルフさんはドヤ顔だよ。まったく、自分のうつくしさに気づいている女子ってのは……男心を弄びやがる。


 露出多目の、セクシーさと可愛さが混じったようなピンク色のドレス。胸元は開いているし、スカートは短い。あのそこそこ大きい胸を、左腕に絡めて攻撃してくるんだ。


 二人っきりだったら、理性的でない行動をしちまいそうだが―――シアンとキュレネイがガン見してるから難しい。


「ああ、とってもかわいいよ、オレのリエル」


「う、うむ!もっと、ほめろ!!ほら、爪だってピンク色だぞ!!いつもよりも、可愛いだろう?」


 リエルがピンク色に塗られた爪を見せてくる。『ホテル・ワイルドキャット』の女従業員たちに、あちこち可愛くされちまってるな、オレのヨメ。珍しく浮かれちまってる。いつもマジメで、戦場ばかりにいるが……可愛いカッコとかしたい年頃だもんな。


「キレイな爪だな。形もいい」


「うむ!どんどん褒めろ!!」


「ああ。子作りしたい」


「……ふにゃ!?そ、そ、そ、そんなこと、言うでないぞ!?シアン姉さまと、キュレネイが見ているのに!?」


 最高の褒め言葉だと思うのだが。ガルーナの野蛮な文化は、基本的に女子ウケが悪いもんだ。


「……ケダモノだな。もっと、花に例えて褒めるなり、いくらでも褒め言葉はあろうに」


 黒のドレスに身をまとった、大人レディーな『虎姫』さんは呆れ顔だった。すらりとした長身に、ながい黒髪。黒でまとめたらしいが、本当によく似合う。


「黒真珠のように、君はうつくしいな、シアン」


「……当然だな」


 褒められたことが、まんざらでもなさそうだ。だって、あの黒くて長い尻尾が、ゆっくりと波打つように動いているから。


「シアンとも、子作りしたいでありますか?」


「……リエルの前で、そんな質問するもんじゃないぜ、キュレネイ?」


 シアンのとなりに、その少女はいた。


 いつだって人形のように無表情な、キュレネイ・ザトー。彼女は、純白のドレスを選んだようだな。水色にかがやく透明感のある髪に、その無垢な白さはよく似合う。人形のような可憐さがあるのさ。まったく、どこか浮き世離れしたうつくしさだよ。


「……お前も、キレイで可愛いぞ、キュレネイ」


「口説かれたであります。団長は、私とも子作りしたいでありますか?」


 無表情の顔が、ななめに傾いていた。


「お前は、恋を覚えてからだな」


「恋。こい。コイ。難しいであります。シアン、どんなのですか、恋って?」


「……リエルに訊け」


「了解。リエル、恋って、どんなものですか?」


「う、うむ。その、なんというか、その……あの……っ」


 さっきまでドヤ顔していたエルフさんがタジタジだ。キュレネイは、あのルビー色の瞳で射抜くようにまっすぐ見て来るからな。どうしたって、照れちまうもんだよ。


「簡潔に述べるであります」


「そ、そう簡単に言葉には出来んのだ!……そ、その……好きなヒトのそばに……いたいとか、いつも思ってみたり……い、一緒にいると、て、照れるような、恥ずかしくなるような……それでも、その、一緒にいると、幸せな気持ちになれるのだ……ぞ?」


「なるほど。幸せ。しあわせ。シアワセ。つまり。ご飯を、お腹いっぱい食べたときのような気持ちでありますか」


「い、著しく違うからな……っ!私の恋心を、食欲と同じよーに扱うでないっ!!」


「ふむ。恋とは、難解そうであります」


「……色気よりも、食い気か……キュレネイ・ザトーの教育は、まだまだ必要のようだ」


「そう思うなら、シアンもいろいろと教えてやれ?」


「……強い男と交尾し、強い子孫を残す。『虎』の女の恋愛とは、そんなものだ。『虎』以外に、参考になるのか、疑問だぞ」


 シアンの恋愛観はシンプルだった。発想が、ガルーナ人より野蛮かもしれない。戦士らしい発想じゃあるがな。


「強い男と交尾でありますか。それは、分かりやすいであります」


「……『交尾』って言葉を使うなよ。なんか生々しい。キュレネイ、いい子だから、その言葉は忘れてくれ」


「イエス。今後は、使わないようにします」


 いい子のキュレネイは、敬礼しながら答えてくれたよ。子作りでも生々しいのに、交尾は、その上を行く。女の子があまり使っちゃいけない言葉だ。


「……やはり、私は、頼りにならんらしいな」


「シアン姉さまは大人すぎます!とりあえず、キュレネイは、好きな男を見つけるところからすべきです」


「……夫のいる女の方が、頼りになる話題だ。今後は、リエル、ロロカ、カミラあたりに相談しろ」


 多分だけど、シアンは面倒くさがっているんだろうな。色恋沙汰には、あんまり興味が無さそうだし。


「では。レイチェルは?レイチェルは、夫どころか、子供もいるであります。団長たちよりも、大人です」


「……大人すぎる話題は、お前にはまだ早いぞ」


「なるほど。私のような未熟者には、レイチェルに教えを請うのは、まだ早すぎるわけですかな」


 キュレネイがガンダラ風の語尾を真似てるな……たまに、面白いコトを彼女はするんだ。


「……ああ、そういうことだ」


「了解しました、シアン。今後の情報収集の方針、決定であります」


 オレたち四人夫婦の健全な恋愛なら、きっとキュレネイに悪影響を与えることはないだろうよ。


「―――しかし、混み合っているようだな」


 リエルが馬車の窓から外を見ながら、そうつぶやいた。


「男どもが多いが……コイツら、みんな、女を買うために『背徳城』に向かっておるというのか」


 正妻エルフさんがドン引きしているよ。窓から顔を背けて、オレをにらむ。


「どうして男というのは、こうスケベなのだろうな?」


「オレに言うなよ?」


「むう。八つ当たりなのは、自分でも分かってはおるつもりだが……道にあふれるこれだけのスケベ顔を見てしまうと、男を理解出来なくなる」


「男がスケベなのはしょうがないだろ?それに。気にするべきはそこじゃないさ」


「……退路の確保が、困難そうだな」


 『虎姫』は車窓からスケベ男どもの群れを見つめながら、その瞳を細めてしまう。不愉快なのだろうね。売春宿目掛けてニヤニヤ顔で歩いている男の群れってのは。


 まあ、オレもヤツらと同性だから擁護してやりたいものだが―――あらためて見ると、本当にスケベ面してやがるなあ。同じ性別に所属する者の一人として、なんだか情けなくもなるぜ。


「複数の退避プランを使う必要も、出てくるかもしれん」


「……ぬ、ぬう。下水道を使う可能性もあるわけか」


 リエルは露骨にイヤそうな顔をするよ。まあ、気持ちは分かるがね。これだけ可愛い服を着て、『ヴァルガロフ』の下水道をネズミと一緒に走るか……それはイヤだろ。


「地下を突破する必要が出たときは、オレとキュレネイが潜る」


「イエス。私は、この街の地下には、詳しいであります」


「そ、そうか。すまぬな……イヤな役目を押し付けるようで……」


「大丈夫ですよ、リエル。私は、『イヤ』という感覚は、ないでありますから」


 好きもなければ……嫌いもない。


 キュレネイ・ザトーの精神は色々と問題があるようだ。不憫なこの乙女のことを、抱きしめてあげたくなるが……その行為はシアンがやってくれていた。あの水色の髪が映える頭を、そろえた長い指で、やさしい手つきをつくり、なでてやっていたよ。


「シアン。なんですか?」


「……さあな。ただ、なでてやりたくなった。お前の頭は、なで心地が良いのだろう」


「美少女でありますからな」


「……そうだな……長よ」


「どうした、シアン?」


「ドワーフの戦士の数が、昼間よりも、かなり多いぞ」


「……ああ。想像していたより、ちょっと多いな。それに―――」


「―――人間族の、戦士もいる。おそらく、流れ者だが……元・帝国軍の兵士だろう」


「そのようだな。身なりはボロボロで悪いが、鎧や、腰に下げている剣は、帝国軍の制式装備」


「『マドーリガ』が、雇ったのだろう。流れ者を、用心棒にな……」


「ドワーフたちが他人を戦力にあてにすることは、珍しいことであります」


「だろうな。誇り高い戦士は、縄張りを守るのによそ者に頼りたがらないものだ……それが、極めて有効な策でもなければな」


「ふむ?だが……帝国の脱走兵どもは、あまり強くなさそうだぞ。『マドーリガ』の戦士たちに比べると……どいつもこいつも貧弱だな」


 美少女エルフさんが敵戦力についての感想を述べる。彼女の眼力は確かだ。脱走兵の腕前は、ドワーフたちに劣るだろう。技巧うんぬんの前に、痩せている。体調不良の顔が目立つな。


 食い詰めて、マフィアの手先となったような連中ってわけだ。専門的な訓練を施されている兵士ではあるが……コイツらの戦闘能力そのものは、それほど高いものではない。


「……つまり。ザコでもいいから、戦力を集めているようだ。戦闘能力を期待されているわけじゃなく……『目玉』の数を確保したいのかもしれん」


「むう。『見張り』の数を、増やしているというわけだな?」


「ああ。ヤツらの視線の動きを見ろ。人混み全体を、見回している……そして、挙動不審な動きも多い。緊張しているってことさ」


「……『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』とやらの、テロ対策か?」


 シアンはオレの考えを読んでくれる。さすがはオレと同年代だな。


「多分そうだろ。『ルカーヴィスト』どもは、四大マフィアがターゲットらしいからな。『マドーリガ』が大賑わいするイベントの日だ。『マドーリガ』にダメージを与えたければ、今夜、テロを起こす可能性もある」


「……長よ。どうあれ、敵の数が多い……確保する女たちの数によるだろうが、複数に分かれることは、推奨しかねる」


「シアン・ヴァティにしては弱気だな」


「……我々だけなら、突破は容易いがな。あの飢えた帝国兵くずれどもは、難民の女たちに、やさしくはなかろう」


「……帝国人だからな。亜人種には、残酷だろうな……」


「女たちの安全を守るためには、分散して連れ出すよりも、我々、全員で守れる方が良かろう。複雑な戦術は、脇が甘くなる」


「……たしかにな」


 ガンダラの弱点なんて、あんまりないけれど。強いてあげれば作戦が精密すぎるということか。戦況が想像の範疇で推移している内は、最高のパフォーマンスを発揮するが……不確定要素には、脆さがある。


 『攻撃的な戦術家』ってのは、そんなものだ。精密さは威力をデザインするが。精密なだけに、計画が狂いやすくもある。様々な条件をクリアする必要があるからだ。


 不確定要素にはオレたちの個々の能力で対応して、ガンダラの作戦を支えるってのがセオリーだし……猟兵の能力ならば、それは十分に可能なはずだが―――剣聖シアン・ヴァティの『勘』を信じないというのも、愚かな行為だよ。


「ふむ!全員で行動を共にするか!」


「守りやすくはなるであります。でも―――」


 そう。キュレネイ・ザトーは、そのプランの弱点も理解している。でも、その言葉の先は団長であるオレが言うべきだろう。


「―――『背徳城』に捕らえられている難民の女たちが、『大人数』だったら逃げ切れなくなるな。つまり……『背徳城』に女を残す必要が出てくる」


「……大人数であれば、そもそも確保は難しい。難民の女たちは、『マドーリガ』にとっても『商品』……外よりも、売春宿の中の方が、命の危険は少ない」


「売春宿から逃げ出す女には、罰を与えようとするものです。見せしめ、であります」


「ぬう。我々は、あまり多くの者を助けられそうにないというわけか……?」


「全ては、長の考え次第だ。『確実に少数を守る』か、『リスクを承知で大勢を脱出させるのか』……どちらであれども、猟兵は長に従う」


「イエス。団長が、決めるべきことであります」


 ……団長の特権にして、団長の義務でもある。作戦の方針を選ぶか。


「土壇場では、我々も混乱を招きやすくなる。その方針だけは、『背徳城』に着くまでに決めておいてもらえると、尽力しやすいぞ、長よ。我々は有能ではあるが、万能ではない。難民キャンプの説得に使う『証言者』ならば、少数でもいいのだ」


「……分かっている。決めたぞ。8人までだ。それならば、駅馬車二台にオレたちと共に乗って逃げられるだろうからな」

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