第二話 『背徳城の戦槌姫』 その18


 『ホテル・ワイルドキャット』から少し離れた路地裏に、馬車はやって来ていた。それなりに高級感のある、良い馬車だな。御者はケットシー族の青年だった。ヴェリイ・リオーネの腹心らしい……彼は、オレに一礼すると、この場所から足音無く消えていく。


 ……オレは馬車から出て来たヴェリイ・リオーネに語りかけていた。騎士道の実践者らしく、彼女の手を取りながらね―――。


「―――こんなにいい馬車までタダで借りられるとはな。VIP待遇だぜ」


「……実際のところ、VIPそのものなのよ。私からするとね?」


 赤毛のケットシーは、男の自尊心がくすぐられる言葉を口にしたあとで、ため息も吐いていたよ。


「はあ。でも、こんなに暴力的なヒトだったとはね?……マフィア以上よ」


「オレたちのことを知っているだろ?……この悪人だらけの街にやって来た理由もな」


「うん。覚悟はしていたけれど、分かれてから、たった5時間後にこの状況になるってことは、想像もしていなかったんですけど?」


「状況は、一刻を争うからな……」


「……その割りには、ビミョーにお酒くさいんだけど?」


「くくく。薬で中和しているよ。闘犬賭博やってる店で、ちょっと強い酒を呑んじまったが、時間もそれなりに経っているから大丈夫だ」


「……それって、『ドッグ・オブ・グラール』?」


「ああ。よく分かったな」


「街のことは、何でも知っているわよ。この猫耳に、聞こえないことはないわ」


 赤い髪から生えている大きな猫耳を、彼女はチャーミングに動かしがらそう語る。


「情報。そいつが、『アルステイム/長い舌の猫』の武器だったもんな」


「そういうこと。それで、『背徳城』の番犬を無力化したってこと?……殺したの?」


「殺しちゃいない。殺した方が、君には都合が良かったかな?」


「どちらとも言えなかったでしょうね。私たちとすれば、まだ内乱状態にはなって欲しくはないけれど……」


「……準備はしておくべきだな。『アルステイム』の幹部たちが、君たち部下を見捨てようが見捨てまいが……ハイランド王国は、近いうちにここを奪う」


「……っ。そうか。ハイランド王国軍は、帝国軍との衝突は無かったわね」


「ほとんど無傷さ。ハント大佐が掌握しているし……須弥山の螺旋寺から、修行ばかりしていたホンモノの『虎』を連れ出している。恩赦目当てと、獄死を恥じた『白虎』の元構成員たちも、決死隊として最前線に踊り出るだろう……無傷どころのハナシじゃない」


「……帝国軍より、兵の質で上回る、5万の大軍……以上の存在なわけね」


「ああ。『白虎』は、この街とのつながりも深かった」


「浅からぬ仲ね。最高の商売仲間だったわ」


「だからこそ……君らを攻略するのは容易い」


「……そうでしょうね」


「ハント大佐は国内をまとめるためにも、そして、帝国との戦いで要衝となるこの土地を奪うためにも、早期の戦を求めている」


「分析はしていたわ。でも……あのソルジェ・ストラウスの口から、そんな答えが出たことは、意味が大きいわね」


「君にこんな情報を渡す理由は、君がオレたちに有益な情報をくれると信じているからだし、ハント大佐に協力して欲しいからでもある」


「……想像はつくわ。私に、『自由同盟』側のスパイになれと?」


「生き残る道の一つとして、オレはそれを君に提供出来そうだなあ、とは思うよ。ハント大佐も、協力者を殺すような人物ではない。君たちには、ある意味で失礼な言い方かもしれないが、『アルステイム』の『商売』による、国際的な被害は少ない」


「うちがハイランド王国に被害を与えたことは、ほとんど無いわね」


「商売人を詐欺にハメたことはあるかもしれないがな。とにかく、ハイランド王国に被害を与えた存在でないということは、大きい」


「……そうね。彼らから直接的な憎しみを受けることはないはずよ。ハイランド王国は、私たちと組むことを、嫌うコトはなさそうね」


「仲間たちを守る。それが最優先なら、その選択もあるさ。人身売買の組織を運営している以上、『ゴルトン』のアッカーマンを、大佐は許すことはない。確実に処分するだろうよ。その前に、逃げるかもしれないが、オレが捕まえるさ」


「……アッカーマンは、この大陸の『裏』の道に最も詳しい存在。殺すよりは、情報を吐かすことが賢明だと思うけれど?」


「オレに竜がいることを、覚えているか?」


「……そっか。アナタの竜がいれば、秘密の道を見つけることは容易いわけね」


「そういうことだ。とはいえ、アッカーマンが持つ情報は魅力的だからな。ルード王国に渡すかもしれないが……ヤツが表舞台に立つことは、もう無くなる」


「アッカーマンも年貢の納め時が近いようね」


「ああ。ハント大佐がこの土地を一時的にでも掌握すれば、ヤツを社会的にも生物学的にも殺すことになるさ。ヤツは、ハイランドへの侵入経路にも詳しいからな。自由は与えられん」


「たしかに……ハイランドと帝国が戦争状態になれば、ヤツは帝国軍に情報を渡すでしょうね」


「……信用出来る、仲介者が欲しい。ハイランドと、この街の住民を結ぶことの出来る人物が」


「……私たちに、『橋渡し』になれと?」


「それ以上だ。君か、君の『ボス』で、『アルステイム』を掌握できないのか」


「……組織を、奪えってことね?」


「どうせ、君らは君らの幹部を信じてはいないんだろ?なら、画策していたはずだ」


「……ええ。そうだけれど」


「『アルステイム』の実権を、オレの協力者である君か、君の『ボス』が掌握してくれるのなら、助かるよ。ムダな争いが減る」


「ハイランドの傀儡の『市長』でも作るつもり?」


「そういう形が適しているのなら、それが一番だろうが……この街では、難しいかもしれないな。おそらく、ハイランド軍が進駐することになるさ」


「……この街を、軍靴がまた踏みにじる歴史が繰り返されるわけね」


「そうだ。避けられない現実が、近づいている。でも、君たちと協力することが出来るのなら、少しはいい現実に変えられるかもしれない……帝国軍との争いに、巻き込むことにはなるだろうがな」


「……帝国と『自由同盟』のあいだで、取り合いになれば、お終いだわ」


「オレも、そういう状況を見たいわけじゃない。最善を尽くすよ」


「……アナタは、そうして何を得るの?」


「……分からん」


「え?」


「……この街はサイテーな街だが、戦火に巻き込まれて欲しいわけじゃないんだ。ここはオレの部下が生まれ育った街だからな。それだけでも、守ってやりたい。多分、それだけだ」


「……呆れたわ。欲しいモノってないの?」


「いっぱいあるさ。でも、オレが本当に欲しいモンはね、自分だけが欲しがっても、手に入りそうにないから、厄介なんだ」


「どんなものが欲しいの?」


「……世界が、一つだけ欲しい」


「……どんな世界?」


「昔のガルーナ王国みたいな場所。今の、ルード王国みたいな場所。そして……ちょっとだけ、この『ヴァルガロフ』みたいな場所……」


「……たくさんの人種が、共存している世界?」


「そういうことだよ。なかなか、手に入りにくいモンだ。本当に、大勢が欲しがってくれないと、創れやしない世界だよ」


「……サイテーな『ヴァルガロフ』にも、ステキなところが、一つぐらいはあるものね」


「……ああ。それだからこそ、心の底からは嫌いになれないのかもしれない。ヴェリイ・リオーネ。君の故郷は、サイテーだけど、良いところだってあるのさ」


「ええ。そうかもしれない。この街は、残酷だけど……嫌いには、なり切れていない」


 ヴェリイ・リオーネは夕焼け色に沈みつつある『ヴァルガロフ』の街並みを、路地裏から見つめていた。青い瞳には、一種の母性みたいなものが浮かんでいる。彼女は、この街を滅ぼしたくはないのだ。ダメな子ほど、かわいいもんだよ。


 ……とはいえ。


 オレたちや、彼女だけでは、『ヴァルガロフ』を取り巻く国際情勢をどうにもすることは出来ないだろう。


 ハント大佐の……『強さを保っているハイランド王国軍』。あの強力な軍隊は、間違いなく帝国軍との戦いにおいて、最も頼りになる力の一つだ。


 数と質を兼ね揃えた、『自由同盟』側における最強の軍勢―――帝国領内に攻め込む力を有しているのは、現時点でハイランド王国軍だけだ。他の国の軍隊は、帝国の精鋭たちとの戦いで消耗しているからな。


 ハイランド王国軍が東へと攻め込むことを、ルードとザクロアは強く支持しているはずだ。戦線を東へと押し込めれば、両国の安全は今よりもはるかに保証されるから。


 しかし、この『ヴァルガロフ』は奪い取ることは容易くとも、その状態を維持することは困難だ。平地という、攻められやすい土地だからだ。この土地は、奪いやすいが……守りやすくはないのさ。


 ハイランド王国軍は容易く、『ヴァルガロフ』を奪い取れる。しかし、次の戦では?消耗したハイランド王国軍を守るために……ハント大佐は退却するかもしれない。帝国軍が次にこの土地を占拠した時は……亜人種たちを虐殺し、守りを固めるだろう。


 人間族だけの土地にしてしまった方が、守りやすいし―――『帝国の正義』とは合うのだから。


 軍靴に踏みにじられる。その歴史を、ゼロニア平野は繰り返そうとしているのだ。シアンが、ハント大佐の意志を教えてくれたからな。予測ではなく、現実に、その流れとなる。『自由同盟』にとっても、ハイランド王国にとっても、その戦はベターだから。


 まったく。


 世界ってのは残酷なものだよ。その残酷さが気に食わなくもあるが……オレたちの力は、とっても小さくてね。出来ることをするしかない。


「……迷っていても、仕方がない。オレは難民たちの被害を減らす」


「……そうね。アナタは、そうすべきだと思うわ」


「いいか。ヴェリイ・リオーネ。オレは難民たちを確保したら、しばらく街を離れる。彼女たちに安全を与えたいからな」


「そうね。この街では、難しいでしょう」


「だから。次に連絡を入れるまでに、どこまでの深さでオレと組むか、決めておいてくれると助かる。君は、オレに『オル・ゴースト』のことを話してくれていないな」


「……ええ」


「本来なら、ハント大佐との対話を担うべきは、『オル・ゴースト』だ。だが、どうしてか連中は不在らしい……疑問に思うべきことだが、今は、あえて問わん。君たちにも事情があるんだろうからな。これは、友情から来る猶予だと考えてくれ」


「……この街に、アナタがどこまで関わるつもりなのか。それを示してくれたなら、教えてあげてもいいわ」


「真意など、言葉では示すのは無意味なことだ。オレたちは行動で示すしか方法を知らない。オレたちが示す正義を、もしも君が拒絶するのなら、オレと真の意味で深く組むことは避けるべきだ」


「……今夜起こる出来事を、見届けたら……アナタの本質を見抜けるかしら」


「ガルーナ人は単純で、君は複雑な『ヴァルガロフ』を情報戦で生き抜く『アルステイム/長い舌の猫』の女だろ?……組むべき男かどうか、きっと分かるさ」


「……うん。見てるわ。この街の、夜の闇に紛れてね」


「そうしてくれ」


「うん」


「……ヴェリイよ。焦らせて、スマンな。だが、これも乱世の常だ、受け入れてくれ」


「ええ。大丈夫よ。じゃあ、後日、会いましょう……街に戻ったら、呼んで?ああ、あのホテルは自由に使っていいままにしておいてあげるから」


「……ああ。ありがとう。おそらく……すぐに呼ぶことになるとは思う。オレも、急いで行動をするつもりだから。君と手を組めることを、祈っているよ」


 ヴェリイ・リオーネは、その言葉に返事をすることはなく―――『ヴァルガロフ』の路地裏へと消えていく。彼女との、この対話に意味があったのか……オレ自身にも、よく分からない。


 だが、所詮はヒトに出来ることなど多くはない。すべきことを、成すだけだ。オレたちが、どんな存在なのかを示すためには、鋼を振り回すしかない。何のために、どう戦うのか―――戦士が生きざまを示すのは、いつだって戦場だけなんだ。


 見ていてくれるといい、ヴェリイ・リオーネ。『パンジャール猟兵団』の仕事をな。オレたちだけが掲げられる正義ってものを、今夜も示してやるよ。そいつを見て、決めてくれればいい。君をやり込めるほどの舌を、オレはお袋からもらっちゃいないからな。


 もらったのは、ストラウスの剣鬼らしいバカ力と、赤毛と、血肉と、魂だけだ。


 ……さあて、アーレス。


 今夜も暴れるぞ。『背徳城』とやらに、女を強盗しに行くぜ!!

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