第二話 『背徳城の戦槌姫』 その17


「……完全な作戦を構築することは難しい状況ですが、一日でも早く、難民を救助することが目的ですからな。人道的な見地からも、もちろん、『自由同盟』の戦力として利用するためにも……我々は難民と『自由同盟』の関係性を、良好に保つ必要がある」


「……そ、そうですね。彼らは、元々、帝国人です。亜人種だからといって、『自由同盟』の国々を信用しているってわけじゃあ、ありませんし……」


 難民たちと共に行動をしていたジャン・レッドウッドの言葉は、重たく心に響いてくるそうだ。一枚岩ではない。人の心は千差万別。政治的な考えというのも、多様ではある。


 亜人種である難民たちは迫害により帝国から追われた、あるいは逃げて来たものの、帝国人として長らく生きてきた人々だ。その価値観は、我々よりも帝国に近い。『自由同盟』から見れば、裏切り者が出る可能性を常に考えているさ。


 ……さまざまな手段がある。


 帝国内にいる親族、あるいは恋人、友人などを人質として使えば?……難民たちの中にスパイを『創る』ことなんて、難しいことじゃないさ。


 それに。難民を『戦力』として期待しているという、『自由同盟』側の露骨な要望も、難民たちからすれば、楽しい考え方ではない。若い男たちは、無言の圧力を受けているだろう。『自由同盟』の兵士となって、『祖国の敵』となれ……。


 オレたち少数勢力としては、彼らが兵士となって参加してもらう必要はある。だが、彼らからすれば、その選択を強いられることは辛いものだ。たとえ、祖国に裏切られても、祖国を裏切れるかは別問題。


 色々な者がいるからな。


 イーライ・モルドーのように、祖国との対決に怯まない戦士もいるだろうし……祖国の敵になりたくない者もいるはずさ。感情の問題だ。無理強いしても、どうにもならん。


 社会的に追い詰められた難民を、戦力として利用する―――その性格は、正義と呼べる行いではない。難民と『自由同盟』のあいだに、信頼を築く……そいつは、ガンダラがあえて口にしなければならないほど、重要な要素だ。


 ……オレたちは国を背負っていないからね。


 だからこそ、政治という残酷な仕組みを行使しなくて済んでもいる。政治とは全くもって正義という行いとはかけ離れているからな。誰かを選び、誰かを見捨てる行為だ。選ばれる者ってのは、政治屋たちの利権に適合する者だけさ。


 悪意という目線から分析するとき、政治という動きは全て説明がつく。


 いつだって分析出来るのは、悪意だけだからな。困ったことに、戦争と本質が一緒であるわけだ……支配者の欲望と利益の追求、そしてただの好き嫌いのためだけに、全てが動いているんだよ。


 国は正義じゃ動かない。


 倫理は排した利害に基づく、邪悪な政治という仕組みでしか動けんものさ。


 だからね。正義の味方をするためには、国に所属しては絶対に不可能なときもあるわけだよ。『パンジャール猟兵団』は、その点では、正義の味方になりやすい存在でいられている。国に所属していないから、政治よりも正義を追求していいわけだ。


 それゆえに、クラリス陛下はオレに援助してくれているのだと思う。陛下は、オレの正義が好きなのさ……まあ。いつまでも、その場に甘んじていられる状況でも、無くなろうとはしているのだがね―――。


 ―――それでも今夜は、まだ政治ではなく、正義のために動けるコトが気楽でいい。


 『自由同盟』のプロパガンダの一環かもしれないが、難民救済のために『自由同盟』に雇われた傭兵が奔走する物語に参加できるってのは、悪い気持ちじゃないさ。


 さてと。


 傭兵らしく、目の前にある事案の解決に集中しようじゃないか。


「……いいか、ジャン」


「団長……?」


「オレたち『パンジャール猟兵団』が優先すべきは、難民を西へと届けることだ。マフィアと辺境伯の欲望で設営されている、難民キャンプのまやかしを破り、『自由同盟』の地へと彼らを誘導する。それが、最良の道なのは変わらん。ゆえに追求するぞ」


「……は、はい!もちろんです!……それが、ボクたちのためでも、きっと、彼らの安全を確保するためにも働くはず……悪人たちは、弱者に残酷だってこと、ボクは知っていますから」


「そうだ。オレたちは、その悪人どもが大嫌い。だから、悪人どもの邪魔をしちまおうってだけの、簡単なハナシだよ」


「はい!」


「……では、その簡単なハナシを実行するための作戦を、煮詰めるとしますか」


「そうしてくれ、ガンダラ」


「団長とシアンのおかげで、『背徳城』の警備体制は弱体化しているはずです。手練れの用心棒に、番犬の排除……どちらも、難民を城から救助する際の障害となったものですが、現在はいません。有効な手段だったはずですから、彼らもそれに依存しているはず」


「虚をつけるであります」


「そういうことですな。『競り』を目当てに、『背徳城』は通常よりも賑わうらしいですので、多忙です……警備体制を再構築しようというヒマは、存在しないでしょうな」


「ああ。商売を優先させるはずだぜ。ヤツらは戦いが本職ではない」


「警備への投資を過剰にしても、銀貨一枚も儲かりません。稼ぐことを優先し、警備体制の不備など無視するでしょう……そもそも、上役に報告が行かないかもしれません。義務が無ければ、損につながる発言を、大人は口にしないものですからね」


 マフィアの戦士たちの職業倫理か……軍隊並みとは言えないだろうよ。上と下、どっちも荒くれ者しかいない組織の、中間管理職ってのも、キツそうだぜ。都合の悪いことは黙っておかないと、ムダに殴られるハメになりそうだ。


 よかったよ、傭兵業で!


 基本的に、殺し合いするだけでいいんだもんな。


「イエス。『ヴァルガロフ』のマフィアは、基本的にマヌケが多いであります。『掟』に反しない行為はルーズであります」


「マフィアの『掟』って、どんなんすかー?」


「仲間のヨメを抱くなとか、仲間の金を盗むなとか、そういうのが、多いであります」


「あはは。つまり、内輪モメ回避に必死ってことっすか」


「……ふん。内紛の火種は、あちこちにあるだろう。犯罪結社など、悪人の巣窟だ」


「イエス。シアン、さすがであります」


 どういう意味の『さすが』なのか。ハイランド王国の悪口にも聞こえなくもない。キュレネイに悪気はないのだろうがな。たしかに、『白虎』も内紛の芽があった……そして、この街の四大マフィアも内紛寸前。


 混乱させて潰すのは容易いだろうな。


 ハント大佐は、そこを突くだろう。『白虎』との戦いを経て、大佐は犯罪結社を排除する方法を、オレよりも理解しているはずだから。


「警備体制が弱体化している。『新人』には難民の娘が含まれる可能性がある。確証を得るために、先んじて情報を吐かせるほどの腕も、我々にはありますな」


「……実力行使か、腕が鳴るぞ」


 琥珀色の瞳を細める『虎姫』さんが視界に入った。彼女のとなりにいるジャンは、ガクガクブルブルしているな……戦場では震えないのに……。


 しかし。騒ぎも起こさずってワケにはさすがにいかんか。まあ、さすがに、そこまでを作戦に要求するのは難しすぎるもんだぜ。難民の確保については、出たトコ勝負ではあるしな。


「……あとは、潜入するための手段と、撤退するための手段。方法論だけです」


「どんなのを用意しているのだ?」


「潜入するための手段は、簡単ですな。私や団長は普段のままでも『背徳城』に入れるでしょう」


「……むう。ソルジェはスケベ顔して行けばよしか!」


「……そうだな。自慢じゃないが、疑われなく売春宿に入れそうだぜ」


「はい。団長は、スケベな顔をしていますから」


「ははは。褒められているような気がしないなあ」


「……ガンダラよ、私たち女は、どうする?……売春婦から買った情報では、『背徳城』に入るのは、女の方が難しいと聞くぞ」


「そうなのか?」


「イエス。かつて、あるマフィアの幹部の奥さんが、武装したまま『背徳城』に入り、売春婦たちと一緒にいる夫を見つけて、惨殺したことがあります」


「……マフィアのヨメも過激だな」


「はい。その事件のせいで、武装したままの女は、『背徳城』に入店拒否されるであります」


「じゃあ。私たちは、どうすれば良いのだ?」


「一時的に、武装を解除するしかありませんな」


「むう……では、体術と魔術だけになるのか」


「……敵から、奪えば良いだけだ」


 黒い尻尾をうねるように揺らしながら、シアン・ヴァティは低い声で語った。殺気を放つ『虎姫』に、となりにいる『狼男』の顔が青くなっていく……ジャンの、シアンに対する、苦手意識が強くなりそうな光景だ。


「おお。なるほど。たしかにそうだ!さすがは、シアン姉さまだ!」


「まあ、その手段もありますが、私と団長が皆の装備を運ぶことでも持ち込めますな」


「……敵から、奪う方が盛り上がるが―――愛刀の方が、敵を斬る感触を、楽しめるか」


 物騒なことが好きなお方だな、『虎姫』さまは。


「そして、女性陣にはしてもらいたい任務もあります」


「……なんだ?」


「売春婦たちから情報を集めることですな。我々よりも、『背徳城』内部をうろつきやすいはずです」


「たしかに、オレもガンダラも目立ち過ぎるな」


「その点、見目麗しい我々ならば、自由に『背徳城』の内部をうろつけるであります」


「うむ。そうであるな。我々は―――」


「―――うつくしい外見を、しているからな」


 猟兵女子たちは、自分の美貌に自信があるようだ。ドヤ顔のエルフさんと、無表情のキュレネイと、真顔の『虎姫』さんがいるよ。間違いじゃない。みんな美人だから、文句はないんだがね。その強い主張が、玉に瑕というか……。


「……みんな見た目はいいっすけど、服装が旅人的過ぎるっすよ?」


「ぬ。我々の服は、かわいいはずだが……?」


「……殺されたいのか、ギンドウ・アーヴィング」


「ディスられたであります。宣戦布告を受諾したであります」


 見目麗しい猟兵女子たちが、殺気立つ。ギンドウは、ジャンをつかんで、盾にしようと引き寄せているな……。


「わー!こ、殺さないでくれえっ!!」


「な、なんで、ボクを盾にするんですかあ!?ちょっと、ギンドウさああんッッ!?」


「うるさい、兄貴分の窮地を全力で助けるのが、舎弟の義務ってもんだ!!」


「そ、そんなあ……っ」


「で、でも、オレは、間違ったことなんて、言っちゃいないっすよ!?三人とも、服のなかに鉄板とか仕込みまくってるっす!!それは、いくらなんでも一般人じゃねえって、即バレしちまう!!」


「……む。たしかにな。見た目こそ、かわいいが」


「……戦闘用に、特化されてはいるか」


「防御力と、機動性を重視しているであります」


 猟兵女子ズが冷静さを取り戻す。


 誰よりも最前線にいたジャン・レッドウッドが、とんでもなく安心したような顔をしているのが、ちょっと面白かったよ。


「―――そのあたりの問題は、対応が可能ですよ」


「……ガンダラ?」


「……どういう、ことだ?」


「何か手があるでありますか?」


「紅茶を注文したときに聞いていたのですが、このホテルは、かわいらしい女性の服も貸し出してくれるようですよ」


「……おお。なんと、気の利いたサービスだ」


「……気に入ったぞ」


「ラッキーであります」


「なるほど!さすがは、ガンダラっすよ!それなら、この『野蛮な狂暴娘ども』も、せめて外面だけは、かわいい娘に梱包できるってわけっすねえ!!ははははは!!」


 命知らずなのか。


 それとも、アホなのか。


 飛行機械を作りたいという壮大な夢を持つ男は、大いなる過ちを再び犯していたよ。猟兵女子ズは無言で歩き、ギンドウと、ギンドウの指がガッシリと肩に食い込んでいるままのジャン・レッドウッドに迫っていった。


 ジャン・レッドウッドが青ざめた顔で主張するよ。巻き込まれる予感がしているのだろうな。


「ぼ、ぼ、ボクは、今の、ぜ、絶対に、悪くないはずですようッッ!!」


「……否、敵の舎弟は―――」


「―――敵も、同然だ」


「戦闘、開始であります。バカな犬を、躾けて、やるであります」


「た、た、たすけてええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 狼男の悲痛な叫びが響いたとしても。


 『ホテル・ワイルドキャット』の従業員は、まったく駆けつけることはなかったよ。こちらからの要望を渡さない限り、基本的に、この宿に泊まるような怪しいお客さまには、接触したりしないように躾けられているのだろう。


 危険には、近寄らない。それは、人生を歩む上で、必要なスキルの一つである。ガンダラは、その暴虐の瞬間でさえも冷静で、静かに紅茶を飲んでいたよ。これが、大人の男の取るべき反応なのか?ガンダラが、そうしているから、そうなのだろう。


 ……猟兵女子ズによる躾は、そう長くはかからなかった。ズタボロにされたギンドウとジャンを見て、男は、女性に対する悪口など吐くべきことではないと再認識することが出来たよね。


 返り血に染まったまま、猟兵女子ズが、オレとガンダラの前にやって来る。


「……さあ。ソルジェ、ガンダラ」


「……我々が、着るべき服を」


「持って来させるであります」


 オレと紅茶を飲み終えたガンダラは、お嬢さま方に会釈をして、ホテルの従業員にその旨を伝えるために動き出す。ああ、ついでではないのだが……ヴェリイ・リオーネへの連絡も、彼らに頼む予定だ。


 彼女とは、協力関係にある。今夜の騒動について、前もって教えておいてやろう。女性に対する礼を逸することは、とてもリスクがある行いだからね?……オレたちは、大人の男だもん。女マフィアにだって、無礼なことは、可能な限りしないのさ。

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