第二話 『背徳城の戦槌姫』 その15
ギンドウの義手を賭けた勝負が始まろうとしていた。やはり、ここで行われているのはバカラ賭博。『店側』と『プレイヤー側』に、二枚ずつトランプを配り、それらの数字の合計を競うだけ。急げば三秒で完結できる、ペースの良いギャンブルだよ。
技巧も知恵も、このシンプルさには付け入る隙がないのさ。ただの運任せの賭けだな。客は、『店側』と『プレイヤー側』のどちらが勝つかは、好きに選べる。でも、この店のルールでは『店側』が勝つと、手数料を多めに取られちまうらしいな。
一回の遊びに参加するだけで、銀貨一枚分、店に支払う必要があるらしいが、『プレイヤー側』だと銀貨一枚で二回ほど参加出来るようだ。
だから、小銭を気にするヤツは『プレイヤー側』に賭けたがる。『プレイヤー側』は、客なのか店員がやっているのかは分からんし、それは重要じゃない。ケットシーの女の子が、一応は席についているな……従業員くさいな。ムダに愛想がいいもん。
『プレイヤー側』に賭ける方が、お得な感じがする?
……果たしてそうかね。
銀貨一枚は割れないんだよ。つまり、手数料をケチるようなヤツは、二回ほど勝率5割のゲームに参加させられることになるんだぜ?
勝者に賭けていたら、掛け金は二倍。敗者に賭けたら、掛け金は没収される。何度勝負しても二分の一の勝率だ。
二回参加してくれるなら、店は一勝一敗になれるかもね。その時点で、客から銀貨一枚をせしめているんだぜ?だから、この『プレイヤー側』の猫ちゃんは、オレたちお客さんの仲間のフリしているけど、店の儲けにしか貢献することはない子だよ。
手数料半額の猫ちゃんに引きずられて、二回も賭けに参加することになるってのは、お得なようでいて完璧に罠だよ。たくさんのヤツが、たくさんこのバカラに参加してくれるほどに、店側のリスクだけが減っていくだけさ。
勝率は5割のままだからね。多く戦うほどに、その勝率に近づいていくはずで、そうなれば、店が受ける金銭的なダメージもゼロに近づく。だが、手数料は取られていくからね。
エルフちゃんと猫ちゃんが、トランプのカードを二枚ずつめくるだけで、ここにいる十数人は少なくとも、銀貨二分の一枚を支払っているのさ。カードが四枚動くだけで、一般的な労働者が丸一日マジメに働いて稼ぐほどの金が、この店に落ちていくんだぜ?
……エルフちゃんと猫ちゃんってば、とんでもない金額を稼いでるよね、この短時間に。
とんでもない搾取なんだが、『二分の一の勝率』ってものに、ついつい『フェアな勝負』のような気がしてくるものさ。
ギャンブルってのは、本当に怖い。たくさんやれば必ず手数料分ほどは負ける仕組みなのにな……二分の一の勝率のせいで、負けたら、次は勝てるような気までしてしまう。ギンドウは、負けて義手を差し出して、取り戻そうとしていた。
「今度は勝てるっすよ!!だって、今のオレは、7連勝しているっすからねえ!!」
何の根拠にもならない。勝つか負けるかは、二分の一のままだよ。
……さてと。銀貨を200枚以上に増やしている、ギンドウ・アーヴィングは、エルフちゃんに賭けていた。エルフちゃんは3連勝中らしいな。
「今度も頼むぜ?半分は同族なんだ、オレに味方してくれよお!!」
「うふふ。勝てると良いのですけれど?」
「勝ってもらわんと、オレ……シアンに殴られそうなんすよ?」
ちなみに、勝ったとしても殴られるだろうけどな。ギャンブラー脳は恐ろしい。勝てば人生が好転するとでも思っているのか?……大きな間違いである。銀貨は倍になるかもしれないが、それでシアンの怒りが半減することはないだろう。
「えー。お客さん、私には賭けないの?」
「ケットシーの色仕掛けは効かないっすよ。うちの団長じゃあるまいし」
「おい。ギンドウ、どういう意味だ?」
「あ、ああ!?団長、いたんすか!?」
「いたぜ。最初から。この大男が見えないとは、欲に目が眩んじまっているな」
「まあ、でも。二分の一で勝てるっすもん?」
「二分の一でお前の腕は失われるな」
「いや……そんときは、団長が男気お見せてくれるはずっす」
「ヒトの財布をあてにするんじゃない」
「団長、エルフもケットシーも好きでしょ?ここのテーブルなら、ニヤニヤしながらゲームに興じられるっすよ?」
「リエルもミアも愛しているが、お前の腕は、自分で取り戻せよ?」
「薄情っすねえ……いいっすよ!!さあ、来い!!オレの義手を、今度こそ取り戻してみせるっすよ!!」
「じゃあ。『プレイヤー側』の私から、めくりまーす!!ドキドキしてねえ?」
ケットシーが小悪魔的なスマイルを浮かべながら、ピンク色に塗られて爪が映える指で二枚のカードをめくっていく……。
バカラってのは、この二枚のカードに書かれている数字の合計で勝敗が決まる。絵札は0、1から9は、そのままの数字。二つの数字を合計して、『一桁目の数字』が多い方が勝ち。5足す6だと、11……だから、1になる。8足す1なら9で最強だな。
バカラの特徴は、ああやってカードを端っこからめくっていくこと。アレがワクワクさをもたらす。賭博らしい遊び心だな。一瞬でめくろうとも、三秒かけてめくろうとも、結果は変わるようなものじゃないのだが。
ゆーっくりと、端っこからめくれていくカードの数字が見えていくのが、盛り上がりポイントじゃあるよ。
テーブルに伏せたまま、ギンドウがカードの数字をいち早く確認しようと必死だ。いい客だよなあ。
「……く、くそ。絵柄じゃねえなあ……っ。今、端っこの列に、三つ見える……っ」
「うふふー。じゃあ、6か、7かー、8か9だねえ?」
多い数字がいいとも限らない。けっきょく、肝心なのは、二枚目との合計だからな。ケットシーはリアクションの大きいハーフ・エルフを弄ぶようにして、カードを動かす。アレがミアなら、オレ、ギンドウよりも大きなリアクションを捧げていそうだ。
「はーい。めっくりまーす!!」
「おおおお!?」
「7でしたー!」
「ぬう。微妙だぜ……ッ。4来い!!4!!4!!あるいは、3ッ!!」
ギンドウが必死すぎるな。テーブルにかじりつきながら、ケットシーちゃんの指が伸びる二枚目のカードに呪うような念を送っている……。
「えへへ。どうなるのかなー。お客さん、腕もってかれちゃうままなのかー、それとも取り戻せちゃうのかなあ?ほーら、ほらほら?」
小悪魔猫ちゃんの指が、トランプのカードをめくりそうでめくらない。ギンドウは、その度にテーブルに顔面をこすりつけるようにするわ、ふーふーと息を吹きかけてめくろうとするは、なんだか必死すぎて、友として恥ずかしい……。
でも。
「必死だぜ、ギンドウさん!」
「勝って欲しいなあ」
「あれだけ恥も外聞もない姿勢で、一つのゲームに集中出来るなんて、いい勝負師だよ」
……意外と、ギャンブラーどものウケが良かったりする。
友人としては恥ずかしくなるだけだが、場を盛り上げることには成功しているもんな。ある意味、いい客だよ。
「あはは。私、今日、アウェイっぽーい。ほーら、ギンドウちゃーん?どんなのが見えるでちゅかー?」
「ま、また、三つ見えるぜ……ッ」
「じゃあ。大きな数字だねえ。9ピッタリにはならないなあ」
「6だあああ!!6来い!!3になっちまええええええええ!!オレの腕よ、戻ってこおおおおおおいいいいい!!」
「がんばれ、ギンドウさん!!」
……がんばったところで、数字は変わらんよ。でも、ついつい、そう思っちまうのが、ギャンブルの怖いところじゃある。ギャンブラーたちは、ギンドウのために歌ってくれた。
「ろーく!!ろーく!!ろーく!!」
「もーう。ほんと、アウェイだー。私、悪役にゃんこちゃんだなあ……?でも、私ってばSだからあ、勝ってみたくなるのよねえ」
小悪魔ケットシーがピンク色の舌を出す。小娘のくせに、色っぽい。ミアも、こんな風な小悪魔系に育ったら……お兄ちゃん、骨抜きにされそうだよ。
「さーて、めくっちゃうよお?」
「うおおおおおおおおおおお!!来やがれ、6ううううううううううッッ!!」
戦場でヒトを殺す時よりも、間違いなく気合いが入っているな……この情熱が、戦闘方面に注がれると、最強の魔術師にだってなれるだろうにな。
ギンドウ・アーヴィングって男は、ただの才能だけで、威力だけならリエルよりも強い魔術を放てているんだが……努力が足りなくてスタミナがなさ過ぎる。効率的に魔力を使うには、才能だけでなく鍛錬もいるが、そこをコイツは疎かにしているのさ。
とはいえ、ギンドウの猟兵としての価値は、アイテムの開発能力でもある。ゼファーの体にくっついている荷物入れとか、アリューバの海で帝国海軍の軍船を沈めた強力な爆弾とか……とんでもない発明家でもあるからな。あとは、最高の時計職人でもある。
器用なんだか、バカなんだか……よく分からんが、ユーモラスな友人ってことは確実でね。シャーロン・ドーチェと同じく、オレとは大の仲良しの一人。『飛行機械』を作りたいという壮大な夢を追っているところにも、ロマンを感じる。
そして、このクズ野郎っぷりも、男心をワクワクさせる要素だよな。ここまで楽しそうに生きられたら、人生が3倍は楽しく送れそう。
「たのむ!!6こーい!!」
「さーて、めくっちゃうぞーい!!」
「ぐわあああああああああああああ!!……9、9かあっ」
「んー。合計16だから、こっちは6でーす!!」
「び、微妙に強いぜ。イヤな数字になっちまったあ。頼む。エルフの姉ちゃん。アンタの同類には、よく暴力を振るわれてるんだ」
……ハーフ・エルフは、『狭間』のなかでも強い差別にさらされて来たからな―――。
「―――リエルって女だが、殴るし蹴るし、『雷』で殺そうとしてくるんだよ!!短気な女でな!!」
……なんか、世界が持つ残酷さへの訴えじゃなくて、オレのヨメへの悪口なんだが。社会問題から、個人のトラブルにスケール・ダウンしたことを、どう考えるべきかね?ギンドウが社会から虐められているハナシよりは、マシなのか?
「まあ。暴力的なエルフなんて、珍しい。淑女たるものですけれど、エルフの女は」
「オレの殺されたお袋も、あんなじゃなかったっすよ。あの女、ムチャするんだ」
「おい、ギンドウ。オレのヨメの悪口言うんじゃねえ」
「ソルジェ団長も、アレを躾けるっすよ……おしとやかなエルフのがいいっしょ?」
「リエルは今のままでいいのさ」
「うふふ。旦那サマに愛されてるなんて、素晴らしいことですわねえ」
「ケッ!団長はマゾヒストなんすよ!!シスコンだし!!……まあ、団長の倒錯した性癖は問題じゃねえっす!!今は、浮ついた色恋じゃなく、賭けの時間っすから!!」
賭博も十分に浮ついていると思うがね……まあ、いいけど。
「じゃあ。一枚目をめくりまーす」
エルフ女子がカードをあっさりとめくった。このゲームが長くなっていることを、嫌っているようだな。たくさん手数料を取りたいもんな。ギンドウとギャンブラーたちが、おおおお!と叫んだ。数字は……。
「3!!3だ!!3だぞ!!」
「悪くない数字ですわ。6、5、4で勝ちですわね。3でもドロー」
たしかに、悪くはない。とくに良くもないのだが……ああいう言葉で、場を盛り上げているんだろうな。オレも、何だか参加したくなってくるから、ギャンブルって怖いよね。
「じゃあ、めくりますわ……」
「……ぬううう!!6こーいッ!!」
テーブルに頭を押し付けながら、ギンドウはブーツの先で神経質に床を蹴っていた。本当に必死だな。あの義手を、大事に思っていないわけではないからね。それでも賭けに巻き込めるのが、性格の悪さってものだろう。ギンドウは、ダメな男だが、そこが良い。
エルフ娘も本質としてはサド系なのか、白い指でカードをゆっくりとめくっていく。リエルの気配を感じるな。オレはマゾじゃないけど、気の強いエルフは好みだ。
「ああ。三つ見えるぞ……っ」
「では、6か7か8か9ですわねえ」
「つまり。6以外だと、ギンドウさん負けちゃうねえ。私と、私に賭けてくれたお客さんたちの勝ちー!!」
「ぐうう。6がくれば、いいんだあ!!来い、6!!6!!6っ!!」
「んー。どうなることでしょうか。めくりますわね?」
ゴクリとギャンブラーどもが生唾を呑み込む。オレ?オレも、正直、場の空気に呑まれていたからな。生唾を呑み込んでいたぜ。
エルフ娘は、その美しい青い瞳で観客を見回した後で、ヒョイッとカードをひっくり返していた―――。
「ろ、6だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
ギンドウが叫び、周囲のギャンブラーどもに祝福されていた。義手を取り戻せることは決まったらしい。戻って来る銀貨は500枚か。300枚の義手なら、取り戻せる。
「よーし!!今度は、1000枚にしてやるぜええ!!」
「ええ!?ぎ、ギンドウさん。義手を取り戻しましょうよう!?」
「はあ?こんだけ好調なんだぜ?1000枚にして、腕を買い戻しても700枚の稼ぎになる!!今じゃあ、200枚の稼ぎだ。オレの腕を質流れの危険にさらした見返りとすれば、少なすぎる!!全額、賭けるぜ!!」
ギャンブラー・ギンドウがそう叫んだ瞬間。ヤツの首に、刃が触れていた。シアンの刀さ。ギンドウは、ガクガクと震えている。勝利の高揚感は消えていたな。
「し、し、し、シアン……っ!?」
周囲のギャンブラーは凍りついてるが、エルフとケットシーは微笑みを浮かべたまま。従業員さんたちには、場慣れを感じる。さすがはマフィアの手下ってか。
「―――ギンドウ・アーヴィング。残った腕の方も、義手がいる状態にしてやろうか?」
「い、いえ……腕を、切り落とされるのは、もう間に合っているっすよ……っ」
「ならば。分かっているな。これ以上、貴様の茶番に付き合っている時間は、私には、ない」
「は、はい!!す、すみません!!オレの腕……返してもらえるっすかねえ?」
「ええ、よろこんで。楽しい時間を、ありがとうございましたわ、お客さま」
「ギンドウさーん。まーた、来てねー!!」
エルフとケットシーは、スマイルを浮かべたまま、オレの悪友に義手を返却してくれたよ。まあ、損害は無かったし、良しとするか。ジャンにも、ちょっと社会勉強をさせられた。ギャンブルは怖い。あと、シアン・ヴァティも怖いのさ。
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