第二話 『背徳城の戦槌姫』 その14


「あ、あの建物です!」


 それは巨大な車輪が壁に貼り付けられた『倉庫』だった。基礎は石造りだが、外壁は黒く塗られた木造建築。教会みたいに背が高いそれは、どう見たって『倉庫』に見えたな。


 しかし、壁に貼り付けられているのは、実用性を感じないほどに大きな車輪。それは白く塗られていて、内側から白い翼が生えている……『翼の生えた車輪/ゴルトン』の巨大なシンボルだな。


「デカい賭博の店だ」


「は、はい。巨人族は、体が大きいじゃないですか?きっと、こんな大きな店の方が、のびのびと過ごせるんじゃないでしょうか……」


「ああ。これだけデカければ、馬でもリラックス出来そうだ」


「……ここに、あの怠け者が、いるのか」


「は、はい!ギンドウさんのにおいがしますから……っ」


「……仕置きの時間だな」


 琥珀色の双眸が狩猟者の光を放っている。今、この瞬間、ギンドウがそこにいたら。シアンは容赦ない暴力を用いて、集合時間を守らないギンドウを裁くのだろう。


 ギンドウめ、あいかわらず命知らずだ。命がけでふざけられることは、男として一種の尊敬を抱きもするな。オレは、シアンとかリエルがいるってのに、ふざけた行動なんて出来ないよ……。


「で、でも……っ」


「……なんだ、鼻血オオカミ」


「も、もしかしたら……ギンドウさんなりの、か、考えとかがあるのかも?」


「アレに、どんな考えがあるというんだ?」


「た、たとえばですけど……せ、潜入調査とか?」


 そんな熱心なことをする人物じゃないと思う。ただの好奇心で、遊びに行っただけだろうよ。


「……ふむ。そうであれば、良いのだがな」


「違っていたら……ぎ、ギンドウさんは、どうなるんですか……?」


「顔面が腫れ上がるほどに、殴るだろう。私の命令を、無視したのだからな」


 シアン隊の規律は高そうだよ。それなのに、遊びに行くとはな。感心する。ギンドウの自由さって、オレにはマネ出来んよ。


「ともかく。入ろうぜ」


「……うむ」


「は、はい。入り口は、こっちです……」


 倉庫を改装したその建物の入り口には、巨人族の門番がいたよ。無口と忠実さを美徳とする巨人族らしく、この二人も静寂そのものだ。まるで石像のように動くこともない。槍を握ったまま沈黙しているな。


 その戦士たちは、我々が近づいても視線を向けることもない。我々に悪意が無いことを悟っているのだろう。


「入らせてもらうぜ」


 愛想はゼロだな。巨人族の門番たちは、完全なノーリアクションだ。門番としては、よく躾けられているとも言えるんだよ。


 話しかけられて、虚を突かれる者は多いからだ。ヒトはコミュニケーションを取りたがる動物だからな。その本能を逆手に取られることもある。『話しかける』ことで油断を誘い、その瞬間に攻撃を仕掛けるのさ―――門番は、会話をすべきじゃない。


 ……職業的な正しさだな。それを見ると、オレの口元はゆるむし、シアンの尻尾は楽しそうに揺れていた。


 ジャンは、そういう美学に気づけるほどの知識とか経験はない。森のなかで暮らしたことの弊害だ。ジャンは、他人がどんなことを考えているのか、あるいは他人の行動からその意図を探ることが苦手な青年だ。


「いつも、ここのヒトたち、誰のことだって無視してるんですよね……」


「そういう仕事なのさ」


「お、お店なのにですか?」


「……早く、あの怠け者のところに案内しろ」


「は、はい!!……お、おじゃましまーす!!」


 賭博場に入店するときの言葉としては、なんだか、迫力がない。ジャンは賭博場の大きな扉を、あの細腕で軽々と押し開いてしまう。巨人族用の扉ってのは、他の種族からすると、それなりに力を込めないと開かないんだがな……。


 『狼男』の筋力は、人類の水準を大きく超えてしまっているのさ。あの石像みたいな門番たちの黒い瞳が、瞬間的にジャン・レッドウッドに注がれる。一瞬だけだったがね。彼らは、ジャンの怪力に気づいたのだろう。


 そうだよ。


 この門番である巨人族たちが、ジャンとどんな力比べをしたところで、ジャンに勝つことなんて出来ないのさ。強い子なんだぜ?……うちの猟兵らしく、怪物さ。オレは気分が良い。部下の能力の高さを、瞬間的にも評価してもらえたんだ。団長冥利に尽きるわな。


 にやつきながら、賭博場に入った。


 薄暗いのは仕方がないが―――それもデザインの一つに取り入れているようだ。ワインレッドの絨毯が敷き詰められているね。薄暗さには似合うよ。倉庫を改造しただけはあり、中はとても広々としている。球蹴りをして遊ぶことだって出来そうだった。


 そこに、大人が遊ぶための設備が満載さ。


 酒を楽しむためのカウンター席は、四カ所ほどある。それぞれに、露出の多い衣装を着た女性たちがいるな。巨人族、エルフ、ドワーフ、ケットシーも。四大マフィアを牛耳る、その四つの種族の美女たちが、酒瓶の並ぶ棚を背景にして、ニコニコしているね。


 それぞれの種族の男たちが好む美女たちに、美酒を注いでもらえるんだろう。『ヴァルガロフ』に帝国領から流れついた亜人種の男たちは、この店に大喜びしそうだ。ここは人間族ではなく、亜人種たちが主役の店だからな。


 美女と酒を楽しんだ後は、賭博か。ディーラーがついたテーブル席があちこちある。種族を問わずに、さまざまな客が賭博に興じているな……そのなかに、我が悪友、ギンドウ・アーヴィングもいたよ。


 ……なんだか、ヤツの背後には見知らぬ男女が色々といる。ギンドウとディーラーの勝負を見守っているのかね。


「ギンドウ、目立っているな」


「……調査などでは、なさそうだ。あの怠け者の顔を、見るがいい」


「す、すごく……ヘラヘラしていますね」


「勝っているのかもしれんな」


 ちょっとワクワクする。マフィアがやっている、こんな露骨に金のにおいがする店で、賭博に勝っているだって?……下手すりゃ、一財産つくっちまうかもしれんな。


「とにかく、ヤツのところに行こうぜ」


 シアンとジャンを引き連れて、オレは爆笑している悪友のもとへと向かうのさ。


「……長よ。すみやかに行動しろ」


「わかってる。でも、騒ぎを起こせんだろう?……仕事の前だからな」


「む。それは、そうだが」


「どうせ、そう長いことはかからんさ。大金賭けようとも、ギャンブルなんて一瞬だろ。互角の勝負をたくさんするのさ」


「……互角の勝負を繰り返すか」


「ああ。いつか大負けしちまうまでな。小銭を賭けたってダメなんだぜ?……手数料も取られるはずだから」


「な、なるほど。じゃあ、小さな額をかけても、もうからないんですね……」


「ああ。そうだ。だから、みんな大金賭けるよ」


「で、でも。たくさん賭けたら、負けたときが……そうか。それで、店がお金を回収するんですね」


「そういうことだよ。つまり、勝負をたくさんするほどに、店側が儲かるし、オレたち客の勝率は下がっていく。たくさん勝負をさせるほどに、店側の勝率も利益も、膨らむんだよ。だから、一瞬で勝ち負けがつくゲームを推奨するのさ」


 ギンドウが、叫んでいる。また勝ったぜ!!ハハハハ!!……周りの完成から6連勝しているらしいな。


「あの早いペースだと、運任せのゲームだろう。単純な賭け……バカラっぽいな。そろそろ負けちまうぜ」


「……と、賭博って怖いですね」


「理論上は、絶対に客が負けるようになっているからな」


「……その単純な罠に、皆が引っかかるのか」


 シアン・ヴァティは呆れている。己の眼力が仕える闘犬賭博とか競馬とは違って、シンプルなカードゲームは、本当にただの運任せになる。最低、四枚のカードを引くだけでも成り立つバカラなんて、駆け引きもクソもない。


 早いペースでゲームをこなし、店側の勝率を上げていくもんだよ。数をこなせば、絶対に客が負けるんだがな……。


「罠ってのは、『知ってても引っかかる』ように作るもんさ。認識を錯誤させる。詐欺にしろトラップにしろ、ヒトの反応を考慮して作られる。アホよりも、欲深く賢い者の方が引っかかりやすいのさ」


「7連勝だあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 ギンドウが叫ぶ。周囲の客たちから喝采を浴びているな……。


「……何度、失敗しても、男は懲りないもんだからね。だから、賭場なんてモンが滅びないんだろうよ。賭博場必敗論を、オレに教えてくれたのは、あそこで吼えてるハーフ・エルフさんなだけどなあ」


「ヒャハハハ!!今日のオレは、ついてるっすねえ」


「……お客さま。勝負は、どうなさいます?」


 胸元の開いたセクシーな服装をしたエルフのお姉さんが、ディーラーか。ギンドウも、やっぱりエルフ族の血が入っているから、エルフの女が好みなのかなあ……。


「つづけるっすよ!!6連勝してるんすよ?……ここで、引き下がるような腰抜けは、男じゃねえ!!店の金、ぜーんぶ、もっていってやるぜええ!!」


「……おい。ギンドウ・アーヴィング」


「え…………………ッ!!!」


 シアンの言葉を浴びた悪友の表情が凍りついていた。ハーフ・エルフの短めの耳が、ビクリと動き、その顔は死期を悟った戦場の兵士のように硬直していた。


「し、し、し、し、しあん…………ッッッ!!?ど、どうして、ここに!?」


「ジャン・レッドウッドから、聞いたのだ」


「お、おい!?ジャン、この裏切り者ッ!?」


「そ、そんな……ギンドウさんだって、時間までには、戻るって……っ」


「バカ野郎!!勝っているんだぞ!?勝っているのに、戻れるかあ!?」


「……とっとと、行くぞ」


「で、でも……オレ、この勝負に勝たないと、左の義手が借金のカタに取られちまうんだぜ?」


「なに?」


「ほら、もー、持ってかれちゃってるしさー?」


 そう言いながら、ギンドウのアホは、義手を取り外した左腕を振っていた。本当だ。肘から先がない。中身の不在を示すように、ヤツの左腕が入っているべきシャツの袖がペコリと垂れ下がっている。


「……え。ギンドウさん、あ、あれ、育てのお婆さんが作ってくれた、形見でもあるじゃないですか!?」


「ああ。そうだよ。でーも、純度の高い魔銀製で、かなり高く売れるんすよねえ?」


「い、いや!?形見だし、自分の身体の一部みたいなモンじゃないですか!?」


「そうだけど。銀貨300枚になったんだ。ついさっき、大負けしちまった後で」


 ギンドウはすでに、賭博の罠にガッツリとハマった後だったようだな。手遅れだった。そして、ヤツはドツボにハマるように、失敗を繰り返しているらしい……ギャンブルの負けを、ギャンブルで取り戻す?なんとも、間違っている行いだよ。


「……か、考えられません。あんな大事なものを、ギャンブルに巻き込むなんて……っ」


「はあ?勝てばいいんすよ?……この勝負で勝てば、いいんだから!!」


 ああ、ホント、ろくでもないヤツだよ。ギンドウくんは、いつものようにギンドウだなあ……。


 シアンはあきれ果てているようだが、あの『魔銀の手』を取り戻さないワケにはいかな―――この勝負、どうなるもんか、見守るとするかね……。

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