第二話 『背徳城の戦槌姫』 その13
『パンジャール猟兵団』最弱の男と呼ばれる、その『狼男』は……類い希なる嗅覚のおかげで、オレたちの訪れを予想していたらしい。さすがではあるな。こんな何万人もうろついている街中で、オレたちを嗅ぎ分けるとは……。
あいかわらず、桁違いの才能だ。
……そうだというのに、この青年は、まるで怯えきった駄犬のように、オレたちの前を不安げに歩いている。
「……ジャン?」
「は、はい!?」
「いや、そんなに不安げに歩くなよ?……マフィアなんて、お前、怖くないだろ?」
「え?はい。そんなものは怖くもないんですが…………」
仲間であるシアン・ヴァティが怖いのか?……無言が語る意味をオレは察知して、状況を誤魔化すのに必死だ。
「えーと。それで、ギンドウのヤツはどこに行った?」
「た、多分、と、賭博場かと……?」
「どこにあるんだ?」
「き、北のエリアです……ボクが、アッカーマンを追跡していたら、や、ヤツの、お気に入りの賭博場が、その、わ、分かったんです……っ」
「……おい、鼻血オオカミ。そんなことを、ヤツのような怠惰な男に伝えたのか」
シアン姐さんの言葉は、まるで刃物のように尖っていた。それを投げつけられる若手の背中は、居心地悪そうにますます丸くなる。
「すみません……で、でも。か、隠そうとしても、ダメだったんです……」
「まあ、ギンドウはジャンの兄貴分みたいな存在だからな。つるんでる時間も長いし、隠し事は難しいさ」
「……は、はい。言わないほうが、いいってことは……分かっていたんですが」
「アッカーマンのお気に入りの賭博場ってのは、どういうところだ?」
「……おい。長まで、賭博をしたいのか?」
「したくないと言えばウソになるが、アッカーマンの情報については、何だって欲しい。オレは、まだヤツを見たこともないからな」
「……そうか。おい、鼻血オオカミ。長に、報告しろ」
「は、はい!ご、ご説明させて、い、いただきます!!」
……なんか、いたたまれんほどにシアンを恐れているなあ。これも期待の裏返しか?あれだけの能力を持ちながら、活躍どころか失態を見せつづけているもんな。鼻血の滝さえ噴射しなければ……。
いや。
『マドーリガ』の売春婦さんたちが、想像を絶するぐらい美女ぞろいとか?……そんなことはないか。美女は高い店にいるんだ。道ばたにいるようなモンは、そうでもないレベルだろう。やはり、ジャンが女に免疫がなさ過ぎるのか。
……森なんかで育っちまうと、そうなっちまうのかね。
「そ、その、団長。アッカーマンという男は、巨人族です。年齢は、41才……し、身長は、ガンダラさんと同じぐらいで、よ、より細身です」
「ガンダラより細身か。ガンダラも巨人族にしては、細身で運動能力があるタイプだが」
「え、ええ。きっと、アッカーマンも、似たような動きだと、思います……」
「どんな腕だ?」
「わ、悪くはありません。奇襲で殺すだけなら、ぼ、ボクでも、簡単にやれますね」
……マフィアのボスを、簡単に殺せると口に出来るような子なのにな。どうして、そこまで自信を持てないのか。
「当たり前だぞ、鼻血オオカミ。マフィアなどに手こずるようで、『パンジャール猟兵団』の名を語れるか」
「……は、はい。精進しますうっ!!」
謝り癖がついているな。シアン姐さんのことが、心の底から怖いようだ。
シアンの黒い尻尾が、ビュンビュン動いている……ムチャクチャ、怒ってそうだぜ。このままでは、ジャンが怯えて泣かされそうだ。大人の男として、そいつはあまりにも恥だぜ、ジャン。だから、青年を救済するために雇用主は動くのだ。
「それで。その賭博場ってのは?」
「は、はい。24時間やっているんですよ……だ、だから。あちこちを、テキトーに回っているような、アッカーマンには、あ、合うみたいで……アッカーマンが来た時は、アッカーマンの友だち以外は、追い出されるんです。で、でも、普段は、誰でも入れます」
「どんなギャンブルをしているんだ?」
「い、いたってフツーのです。ポーカーとからしいです……」
「なるほどな。闘犬賭博とかは趣味じゃないのか」
「い、犬をケンカさせるんですか?」
「ああ。意外と激しかったぞ」
「……鼻血オオカミにも、見習わせたいほどにな。雄々しく、戦っていたぞ」
「す、すみません……っ。ぼ、ボクも、戦場には慣れて来たんですが……あ、あんなエッチな服装をした女の人には、な、慣れないんです!!」
ジャンが割りと大きな声で叫んだので、周囲の人々が悩める青年に視線を集めていた。頭にバンダナ巻いているエルフの若造なんかが、ジャンのことを指差して笑っているな。
ジャンめ、いっそのこと、あの不良のガキどもに絡まれたら面白いのに。
このジャン・レッドウッドも猟兵らしく、どこか壊れている部分もあるんだよ。オレは知っている。殺すことに、躊躇いがない。かつて悪神に操られていたとはいえ、同じ孤児院の子供たちを噛み殺してしまったそのときからだろうな。
ジャンは、自分が大切に考えていない者に対しては、害虫を潰すかのように殺せるんだよ。そういうクールなトコロを見せつけて欲しいんだがな。絡まれないなあ。そこら中に、悪ガキみたいなのがうろついているのに。
エルフの悪ガキどもは、なんでか絡んで来てくれない。
オレとシアンがいるからだろうか?
見るからに短気そうな男女だし、実際、そんなもんだしな。売られたケンカは笑いながら買うもん。オレとシアンに絡んでくるなんて、命知らずもいいところだ。
じゃあ。
もしかして?オレたちがいなければ……?
「……なあ、ジャンよ」
「な、なんですか?」
「一人で北の街をうろついていたとき、絡まれたりしたか?」
これだけ気の弱そうな猫背の青年だ。しかも痩せてる。屈強な巨人族の悪ガキとかに、ケンカ売られたりしなかったのかね?……路地裏で、5、6人の巨人族のガキどもを殴り倒していたりすると、オレは嬉しくなるんだが……。
「え?い、いいえ?……その、『マドーリガ』の、お、お姉さんたちには、こ、声をかけられたんですが……」
売春婦か。シアンから聞かされた悲惨な事件だ。そこで鼻血の滝を見せつけてしまったわけか。森暮らしの影響は、深刻だな。女体への耐性が低すぎるぜ……。
「……それ以外は?屈強な不良少年とか、マフィアのバカどもに、絡まれたりしなかったのか?」
「え。あ、ありません……ボク、基本的に、こ、この街のヒトには無視されちゃうんですよ」
まさか、ジャン・レッドウッドの影が薄いからか?
……それとも。
『ヴァルガロフ』のバカな不良少年どもは、意外と勘が鋭いのか。絡むべきじゃない人物を、本能的に理解しているのかね?……惜しいな。身の程知らずの不良に絡まれて、そいつらを瞬殺するジャン・レッドウッドとかカッコいいのに……。
なのに……そういう展開にすら恵まれないのか、オレたちの期待の若手は……っ。
ああ、なんということだろう。
絡んで来た不良少年を退治する、見た目が冴えないけれどウルトラ強い青年とか、爽快感がありそうな武勇伝なのに。コイツと来たら、売春婦のお姉さん以外には、絡まれもしないというのか?
……しかも、売春婦たちに何もすることもなく不戦敗を喫したというか。
ああ、なんと言えばいいのか……とにかく!惜しいなあ……。
ジャン・レッドウッドは、躾のなっていない不良少年に絡まれることも無いのかよ。オレは聞きたかったぜ、不良どもを蹴散らす、お前の武勇伝を?
ああ……ジャンよ。お前は、今日もいつものようにジャン・レッドウッドなのだな。能力の割りに、冴えない光景ばかりが、思い出される。今日もだよ。『ヴァルガロフ』の不良少年どもは、コイツに絡むこともしれくれないのか……。
この街でジャン・レッドウッドが作った武勇伝は、売春婦を見て大量の鼻血を噴出しただけになるのかよ。面白いけど、どうしてだ?……もっと暴力的なイベントに、恵まれたら、ワクワクするハナシを聞けたのによ。
『ヴァルガロフ』の街を、オレはガッカリしたまま歩いていく。そこら中の路地裏で、ケンカしてるヤツらがいるのに?……どうして、うちのジャンだけが絡まれもしないのか。誰か、絡んでくればいいのに。
オレ、ジャン・レッドウッドのカッコいい光景を見ておきたい。そうじゃないと、ため息が、また口から漏れてしまいそうなんだが。
何故だか、ジャンの周囲だけは、この荒くれた街でも平和が過ぎていく。いつの間にか、エルフたちの姿は消えていき……人口密度が少なくなる。倉庫が目立つな。そして、そこら中に荷車がある。馬車の修理屋も目立つぜ。
「……『ゴルトン/翼の生えた車輪』の縄張りに入ったのか?」
「え、ええ。そうです。連中、巨人族ばかりで……アッカーマン以外は、基本的に地味みたいです」
「ふむ。静かだな……」
意外と言えば失礼かもしれないが、古書店を見つける。道を歩きながら店を覗くと、山積みにされた古い本がところせましと並んでいたよ。さすがは、巨人族の街か。店の棚はやたらと高い。
年寄りの店番が、パイプを加えながら眼鏡をかけた顔に古い本を近づけて読んでいる。彼も巨人族だから、手がとても大きくて、本が小さく見えてしまうな。
「……ガンダラもだが、ロロカに見せたら大喜びしそうだぜ」
「は、はい。ロロカさんは、本好きですもんね」
「ああ。古い本には、希少価値の高いヤツもあるらしいしな……盗品なのかもしれないが……いや。むしろ、盗品なだけに、良さそうな本があるかもな」
「え、ええ。店のヒトと話せたことが、一度あったんです。そ、そしたら、そのお婆さんの巨人族が、逸品も多いって教えてもらえました」
「ジャン。お前、店のヒトと話せたんだな」
「は、はい。ボク、他人と話すの、苦手なんですけど……あのお婆さん、ちょうど、『おかあさん』みたいに大きかったんです」
「ん……『アリアンロッド』と大きさが同じだと、安心するのか?」
あの腕が何本も生えている、醜い巨大な肉のカタマリと、その巨人族の老婦人は同じようなサイズだったか。なんだか、悪口みたいに聞こえる……いや、ジャンに悪気が無いのは分かるんだがな。
『アリアンロッド』も、ある意味ではやさしいヤツだったし。オレも今では嫌ってはいない。悪神の一種ではあったが、心底、邪悪な存在ではないはずだ。少なくとも、死者となった子供たちを守り、死霊だらけの森で遊ばせてやるほどに、母性は深くはあった。
……ああ、そう言えば、ジャン・レッドウッドは、母性に弱いんだったな。
孤独な生い立ちが、彼の心に暗い影を落としている。これから、腕が四本とかある生物を見かける度に、彼の特殊なマザコンを目撃することになるのだろうか―――。
「は、はい!なんか、安心してしまうんです。『腕の数』は違いましたが……」
オレの予感を裏付けるような言葉を、ジャンの微笑みを浮かべた口がこぼしていた。腕の数とか、巨大さに、母性を求めるなよ。巨乳ぐらいにしておけば、理解してやれるんだが。その発想は特殊すぎて、オレにはカバーしてやれん。
「でも。あの大きな背中は、まるで『おかあさん』のようで!安心したんですよね!」
……おい、ジャンよ。女性の体のサイズを大きいとかいう言葉で褒めるのは、どうなのだろうか。しかし、ジャンの生い立ちが悲惨過ぎるせいか、あまり口を挟めない。コイツが『おかあさん』を尊敬し、愛しているのも分かるからね……。
「……そうか。『アリアンロッド』は、大きな女性だったからな」
「はい。やさしかった、ですよね?」
「……ああ。彼女は、慈悲深くはあったし、愛情を子供たちに注いではいた。間違っていることもあっただろう。だが、たしかに、彼女の愛だけは真実のものだったさ」
「はい。それで……そ、そのお婆さんに、本をいただいたんですよ!」
ジャンはそう言いながら肩から提げているバッグに手を突っ込む。モゾモゾと細い腕を動かしながら、やがてその本を取り出していた。
「……見て下さい、団長。こ、これです。『人見知りが治る本』……銀貨3枚もするのに、ただでくれたんです!……こんな街にも、いい人って、いるんですねえ!」
「あ、ああ。そうだな……」
明るい顔をしやがって。オレは、何も言うことは出来なくなる。シアン・ヴァティも文句を言えない。母親にまつわる話を、こんな笑顔でされちまうと、誰にも文句なんて言えなくなるもんだ。
まあ、ジャン・レッドウッド。とにかく、その素晴らしいタイトルの本を読んで、コミュニケーション能力を養ってくれると、うれしいぜ。『アリアンロッド』に、魔王の『牙』になると誓ったはずだぞ……強く育ってくれ、期待の若手よ。
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