第二話 『背徳城の戦槌姫』 その12


 マフィアの処刑を見ちまったが、戦場暮らしが長いせいなのか吐き気を催すこともない。自分の心は殺伐としているんだろうなあと、少々、心配になったよ。


 でも、本当に、ミアとカミラを連れて来なくて良かったぜ。ミアの教育には、あまりにも良くないし、カミラも、ああいうグロい光景は好きじゃないだろうしな……。


 売春婦、密造酒、麻薬に、マフィアの処刑―――教育に悪い街だぜ。なのに、信心深いのだから不思議な気もする。


「また教会があるな」


「……戦神の教会は、多いようだ。それに、街の者は熱心らしい。祭壇は、どこも豪華に飾りつけられている」


「盗賊が入らないとはな」


「入れば、売春婦を殺したときの比ではない、残酷な処刑が待ち受けているのだろう」


「犬に食われるよりもか。まあ、そうなんだろうな」


 戦神バルジアの信徒たちは、夕方の祈りの時刻なのだろうか?……どこの教会も、ヒトであふれている。皆が、片膝を突いて、戦神に祈りを捧げているな。


 ……罪深さの自覚があるからこそ、信心深くもなるのだろうか?それとも、ここで祈りを捧げる者たちは、純粋な信仰心の徒なのだろうか?


 オレには、よく分からないことだ。戦神に用はないからな、理解を深めるために観察することも、神官どもに問いかけることも選ばない。


 シアンの黒くて長い尻尾と、形の良い長い脚を追いかけながら、東の街へと向かうのみだ。


 『ヴァルガロフ』の東に入ると、ドワーフたちの姿は見えなくなり、その代わりにエルフたちの姿が増えていた。『ザットール/金貨を噛んだ髑髏』の縄張りということだな。


 西の街に比べて、キレイだな。エルフ族の性質なのか、街路樹なんて植えてある。ゴミ箱の中身よりヒドい場所だった土地に比べれば、なんとも優雅に見えてしまう。


 ……まあ、常識を取り戻して評価すれば、この辺りは、『ごく一般的な街並み』というわけだよ。しかし、モラルが低い『ヴァルガロフ』で、それを成すのは困難な仕事だ。


 『ザットール』どもの仕事は、麻薬の製造・売買と……高利貸しか。なかなか儲かりそうな仕事だ。


 『ヴァルガロフ』は悪人だらけの街じゃあるが、もちろん一般的な職種も存在しているはずだ。パン屋もあれば靴屋だっているのさ。肉屋だってあるだろうよ。


 そういう『フツーの店』だってなければ、ヒトが暮らしていけないからね。そんな店が商売のために資金が欲しいって時には、おそらく『ザットール』の金貸しどもの出番なのさ。


 ……流れ者相手の商売じゃないだろうからな。いつ逃げちまうか分からない貧乏人に、金を貸してくれることはありえん。まあ、質屋もあちこちにあるから、流れ者が金を借りに行くのはそっちになる。


 『女・奴隷、質入れ可』という、露骨に連中の性質を表すような看板まであるぜ。旅人が持っている金になりそうなもの?……けっきょくは、連れの女ってことさ。ここも、『マドーリガ』たちの売春婦の供給源になっていそうだよ。


 しょせんはマフィアだけあって、善良な金貸しなんてモノじゃないのは、すぐに分かっちまう。だが、『ヴァルガロフ』の商売人たちを牛耳る存在ではあるのさ。ここのエルフたちは、『ヴァルガロフ』経済のリーダーではあるんだろうよ。


 社会を回すには、何だかんだで、まとまった金がいる。その金の供給源が、『ザットール/金貨噛みの髑髏』というわけさ。この歪んだ『ヴァルガロフ』の経済を、『ザットール』はある意味で支えても来たわけだ。


 もちろん、率先して社会を歪めてもいるだろうがな。


 『悪人による街作り』?……善人ぶった商売人たちでも、ろくなことにならないというのにね。『ヴァルガロフ』に悪徳を根付かせる力学の一つとして、『ザットール』は機能してきた。


 なにせ、この邪悪な気配のする金貸しどものもう一つの顔は―――麻薬の密売組織。社会悪の典型のような悪人どもだ。他国にまで、麻薬を売ってきた、国際的な犯罪者どもだ。


 しかし、その商売もハイランド王国の『白虎』が滅びたせいで、大きな赤字になっているらしい。最大の取引相手だったろうからな。


 金貸し部門はどうか知らないが、少なくとも麻薬の販売は激減しているようだ。だからこそ、難民たちを労働力にして、北の山岳地帯で麻薬農園を拡大することを選んだ。


 『ゴルトン』と辺境伯と組んで、帝国内への麻薬の輸出を増やし、赤字を帳消しにするという、何とも豪快な作戦だよ。かつてよりも儲けようとしているのか……。


 悪人らしい邪悪な判断だ。


 乱世につけ込むような形で、悪人どもが金を稼ごうと必死になっている。


 ……この一見、フツーに見える街並みの裏側にあるモノを想像すると、怒りと呆れが体のなかにあふれてしまうようだ。ため息ってのは、そういうモノが原因となって、口から出てくるもんだよな。


「……はあ。悪人ばっかりだなあ」


「分かりきったことを。この街は、悪徳だけで動いている。かつてのハイランドよりも、狭い範囲かもしれない。だが、その深刻さは……こちらの方が、重症だ」


「そうかもしれん。この土地の場合は……宗教的な対立もあるようだしな」


「……『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』どもか?」


「戦神教徒同士の対立もあるが、どちらかと言うと、戦神教徒とイース教徒の対立だよ」


「……ふむ。この街では、イースの教会は、小さなものばかりだった」


「戦神教徒からは迫害されているらしい。現に、イース教徒たちは、ゼロニア平野の荒野にある、貧しげな開拓村に押し込められているようだ」


「宗教対立……いや、人種の対立も絡んでいるのか」


「さすがはシアン・ヴァティ、鋭いな」


「……イース教は、『帝国人の宗教』だからな。細かくは、違うのかもしれないが、我々の認識としては、そんなものだ」


「ああ。『帝国人の宗教』……つまり、誤解をたっぷりで言わせてもらうと、『人間族の宗教』だ」


「『ヴァルガロフ』は、亜人種の支配する街。人間族の影響を削ぐためにも、イース教を弾圧すべきという判断か。ふん。まるで、政治家どもの、考え方だ」


「この街の政治を司っているのは、四大マフィアってわけだよ。まあ、政治ってのは利権の取り合い……金が絡めば、大人は残酷になっちまう―――宗教と人種と、利権。そして、悪人たちの稼業……なかなか火種の多い街だ」


 また、ため息が出ちまったよ。


 そして。


 ため息を吐きながらエルフたちの作った街並みを眺めていると、かなり先にある三階建ての宿屋の壁に、赤茶色の髪をした男を見つける。


 思わず、ビクリと体が揺れてしまったよ。ブラウンの瞳で、壁から半身を出しているそいつは、こっちを、じーっと見つめているんだから……バツが悪そうな顔をしているよ。


「……ジャン?」


「……ん。ああ、鼻血オオカミだな」


「いや、そのあだ名、面白いけどやめてやれって……ていうか、どうして、アイツ……無言のまま、こっちを凝視しているんだ?」


「アレの考えていることは、イマイチ、分からん。スケベなことだろう」


 売春婦を見て鼻血を噴出するなんて行い、シアンには、かーなり印象が悪かったらしいな。シアンは汚物を見るような冷たい視線で、200メートルぐらい先にいるジャン・レッドウッドを睨みつけていたよ。


 ジャンは、シアンの冷たい視線を浴びると、ビクリと体を揺らしていた。そして、ゆっくりとこちらに向かってトボトボと歩いてくる。相変わらず、狼男のくせに猫背で、痩せているな。腕力だけなら、『パンジャール猟兵団』でも最強の男のはずなのだが……。


 レッドウッドの森で見つけた時は、もっと尖っていたはずなのに。そもそも、アイツ、『ゼルアガ/侵略神』を一体殺しているようなヤツなのに……『神殺し』だぞ?なのに、なんで、あんなにもうなだれて歩けるんだろうか……?


 まあ、こうして待っていてもしょうがない。


「オレたちも行こう」


「……長が、そう言うのならな」


「……そんなにドン引きしたのか?」


「常人では死ぬような量の、鼻血だったからな」


「そいつは、ちょっと見たかった光景だ」


 滝のような勢いで鼻血を垂らす男か。


「……あれでは、死ぬまで女の裸に、縁がないだろう。レッドウッド家は、滅亡の運命だ」


「おい、それは言い過ぎだ。あんまり言ってやるなって」


「……どうにも、アレを見ていると、腹が立ってな。なぜ、あれほどの力があるのに、あそこまで冴えんのだ?」


 考えることは、皆いっしょか。


「向き不向きというものが、あるんだろ。ジャン・レッドウッドは、あんまりヒーローっぽい立場に向いていない青年なんだ。でも、いいヤツだろ?」


「……ああ。私の足下を、穢らわしい情念のこもった鼻血などで、汚さなければな……」


 鼻血の滝を浴びたのかよ……それは、シアンなら怒る。シアンじゃなくても、誰でも不愉快な気持ちになるだろうけれど、ジャンのふがいなさに、慢性的な怒りを持っているシアン・ヴァティ姐さんなら怒るよね。


 なんていうか。


 ジャン・レッドウッドに再会しているなあ、という気持ちで心が一杯になる。


 不思議なことに、ため息を吐きそうになるのは、何故だろうか?……悪神まで仕留めた、期待の若手は、シアンの視線に怯えながら、あいさつをしてくるのさ。ちょっと裏返った声でな。


「お、お久しぶりです、ソルジェ団長っ」


「ああ。元気だったか、ジャン?」


「は、はい!……げ、元気です」


 元気なさそうに、そんな言葉をつかうべきではないな。まあ、原因は分かる。オレの隣りにいる、長い黒髪を風に揺らす美女が、あの琥珀色の瞳に冬の湖みたいに冷たい感情をギラつかせているからさ……。


「シアン……睨んでやるなよ?」


「……ああ。それで、もう一人は、どうした?」


「え?あ、あの、その……ギンドウさんは……しゅ、集合場所にはいなくて……」


「……ほう。あの怠け者は、どこへと消えた?」


 シアン隊長が、ブチ切れしそうだ。ギンドウ・アーヴィングは、仕事をサボることに命を賭けられるタイプのバカだったことを、オレは思い出していたよ。


「そ、その!?ぼ、ボクを睨まないで下さい、シアン姐さん!?」


「鼻血オオカミ。殺されたくなければ、さっさと、あの怠け者のトコロに、私を案内することだな」


「は、はい!!りょ、了解ですうっ!!」


 ……森のなかで一匹狼やっていた頃には、もっとナイフみたいにギラついていたのにな。どうして、こんなに下っ端みたいな雰囲気に育ってしまったのだろうか……。


 部下の育成に失敗したというのか、このオレが?……いや、能力はあるんだ。失敗なんかじゃない。能力はあるのに、なんで、こんなにジャン・レッドウッドは冴えない青年にしか見えないのだろう?


 まあ、でも。困ったことに、ジャン・レッドウッドに再会したという実感が、半端なく伝わってくるんだよなあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る