第二話 『背徳城の戦槌姫』 その10
ドワーフ族ってのは疑り深いヤツらが多いが、どいつもこいつも酒は大好きだな。銀貨20枚分の強い酒が運ばれて来ると、傷顔のドワーフの仲間たちは嬉しそうに酒を呑み始める。
傷顔のドワーフだけは、自分の金が化けたアルコールに対して、仲間よりも複雑な感情があるのかもしれない。じーっと、その酒を見つめていたよ。
「……なあ。オッサン」
「なんだ?」
「もしかして、この金の使い方は、アンタに失礼だったかい?……さっきの銀貨は、闘犬賭博で遊ぶためだけの金にした方が良かったかな」
「……いいや。お前らが賭けで手に入れた銀貨だ。好きなように使えばいい」
「そうか。じゃあ、呑んでくれよ?」
「……ああ」
「新しい友情に!」
「……『ヴァルガロフ』へ、ようこそ。赤毛の若造」
そう言いながらジョッキをぶつけ合い、我々は新たな友情を確かめ合った。
正直、今夜の作戦が無ければ、このドワーフたちと一晩中、闘犬賭博と飲酒をして過ごしたかったものだが……優先すべきことは、忘れちゃいない。
友情に水を差すような作戦を実行しなくてはならない。そのことは辛くもあるが……黙って酒に濁すとしよう。
オレと闘犬を愛するオッサンは、お互いのことを見つめながら酒をグビグビ呑んでいく。強い酒と言ったが、コイツは確かに強力だ。ノドの奥から体が燃えるように熱くなってくるぜ。まるで水のように透明な蒸留酒サンだよ……ウォッカの類か。
フレーバー無しで、ほとんど消毒薬の臭いがするヤツだな。ホント、アルコール度数の高さにワクワクが止まらないシロモノだ。だが、オレはそいつを一気に呑み込んでいたよ。ちょっとキツいけど、ガルーナ人の肝臓は丈夫なんだよね……ッ。
「ぷはあ!」
アルコールの熱気を帯びた息を吐いた。胃袋から口の中まで、消毒されていきそうな熱間を覚えた。いいアルコールだ。オーダーどおりの逸品さ。
「ほう!いい呑みっぷりだな!」
「んー。オッサンは?……ドワーフは酒を愛していないのか?」
「……ほざけ。若造が」
挑発に弱いのもドワーフの特徴かもね。誇り高き荒くれ者だよ、オレの愛するドワーフ族って人々は。舐められることを、何よりも嫌うんだ。ドワーフたちは、オレに負けじとガンガン酒を呑んでいく。
「ハハハハッ!いい呑みっぷりだよ、オッサン!!さすがだ、ドワーフは、そうでなくちゃなあ!!……ほら。おかわりだ、おかわり!どんどん呑めって?」
「……うむ……っ」
闘犬賭博の常連どものジョッキを、空にするつもりはないんだ。手刀で瓶の首を切り落として、瓶詰めされた強力なアルコールを解放するのさ。無色透明無味無臭……混じりっけナシのアルコールだよ。
オレだって一気飲みじゃあ、すーぐに酔っ払っちまうさ。ドワーフだってキツいはず。あんまり若くもない男たちだからな。それに、この人たちは、昼食後にも、たっぷりと呑んでいやがったな?……彼らからは、最初から酒の香りがしていたよ。
おやつ代わりのウォッカ一気飲みは、とんでもなく効いちまうだろうなあ。それでもやるさ。荒くれ者ってのは、そうでなくちゃつまらない。
傷顔のオッサンは、もう目がトロンとして来ちまっている。さすがに、こんなもの二杯連続で一気飲みするような酒じゃないからな。他のドワーフたちも、似たようなものだ。床に寝転がるヤツもいたよ。
「……お前も、呑め……?」
「いや。オレは、酒もいいが、ハナシも聞きたい。闘犬の文化についてだ」
「ん。おお……何が、聞きたいんだ?」
「何匹ぐらいいるんだ?」
「……闘犬は40匹ほどだ……」
「闘犬は、猟犬でもあり、番犬でもあるわけだったよな」
「そうだ……『ヴァルガロフ』の犬は……全てをこなす」
「他の店にもいるのかい?」
「……ん。いるが……ここほどのモノじゃない……いたとしても、数匹ずつだ……店同士の、対抗戦もやっているぞ?……店同士で選んだ犬を闘わせて、最高の店を決める……まあ、この『ドッグ・オブ・グラール』が最高の店だがね」
つまり、この店の地下にいる犬どもを眠らせちまえば、オレたちが『背徳城』を襲ったとしても、ほとんどの犬は出て来ないわけか。最高にいい情報をありがとう。我が友よ。
「……で。さっき、勝ったヤツはなあ……今年の春のリーグ戦の覇者だ」
「なるほど。いい犬だったもんな。俊敏さと勇敢さを兼ね揃えていた。闘争本能の高い犬だ」
「ああ。そうなるべくして、選ばれた血の一匹だ」
「アンタの一族が提供した犬か?」
「……うむ。そうだよ。ボルトン一族の猟犬が、基礎だ。ヤツの先祖は、とんでもなく有能な犬でな……伝説を持っている。巨大なクマを殺したんだ、単独でだぞ?」
「ほう。そいつはスゴい」
「……ああ、『白の牙』はクマの脚を食い千切り、爪を背中に叩き込まれようとも、その新雪のように美しかった牙で、クマの腹を食い破っちまったのさ……血まみれになったが、村へと戻ってきた。二週間後に死んだが、戦神バルジアに、その魂は捧げられたのだ……」
「伝統を持つ犬なんだな」
「そうだ!まさに……聖杯の番犬……戦神に仕える、尊き血の犬たちだ……っ」
闘犬好きのドワーフたちは、杯を掲げる。巨大なクマの腹を食い破った、『白い牙』に敬意と哀悼を示しているのさ。オレは、その杯が下げられると同時に、すぐに透明の強酒を注いでいった。
「ほら。祝えよ。最高の血筋を持つ闘犬の思い出を、共有しようぜ」
「うむ。お前も……呑んでいるか?」
「ああ。呑んでるって」
「そいつは、良い……ボルトンの一族に、戦神が与えた贈り物、勇敢なる『白い牙』……最高の犬だった!!」
ドワーフたちの太い腕が動き、杯に満ちたウォッカを飲み干していく。いいペースで呑んでくれているよ。酔いつぶれるのは、もう時間の問題だ。こんな勢いで呑むような酒じゃあないからね。
「そう言えば……オッサンぐらいの闘犬好きになると、必勝法とか分かるのか?」
「ん。独自の理論は、あるが……完全ではない。それに、闘犬に金を賭けるときはな、若造。その犬が持つ物語を忘れるな……」
「血筋についてかい?」
「そうだ。闘犬なんぞは、ヒトの戦士と同じく消耗品だ。殺し合って死んでナンボだ……その生きざまは、無意味じゃない。無意味と思うヤツもいるだろうが、そいつは、真実じゃない……戦って死ぬってことは、尊いことだ。戦神に、全てを捧げきった証だ」
「ああ。オレのおふくろも、死ぬまで戦い続けろと教えてくれたよ。生きざまと、死にざまで」
「……お前の、おふくろさんに」
「ああ。オレの、おふくろに」
酒を入れて、杯をぶつけたよ。今度は、オレも呑むさ。おふくろのために。
「……ヒトも犬も、意味など持たずに生まれてくる。命そのものには、意味がない。全くの価値もない。だが……戦いは、命を奪うことと、命を捧げることは……その何の価値も何の意味もないクソみたいな命に、輝きを与えてくれるんだよ……」
「闘犬も戦士ってことだな」
「そうだ。若造……オレたち、『マドーリガ』のドワーフは……戦士として、狩人として、『ヴァルガロフ』を巡る戦乱の歴史に、参加してきたんだよ……ゼロニア平野を巡る戦で、何十もの血筋が滅びた……だが、犬どもは、その血に彼らの名を継いでいる」
「自分たちが滅んでも、犬どもを守ったか」
「ああ……ヤツらの戦い方が……闘争に狂う、その血のたぎりが……ワシたちの魂を、戦火に焼かれたゼロニアの大地を……癒やしてくれる」
「ここは、いつでも戦争に巻き込まれて来た土地だもんなあ。滅んだ戦士の血脈たちが残した闘犬の系譜……そいつらは、今も主に代わって戦っているんだな」
「そうだ!戦わなければ、『マドーリガ』のドワーフじゃねえ!!……滅びた同胞たちからつながる闘犬どもは、まだ、終わっちゃいないんだ……っ」
「うん。あの犬どもは、己の誇りのために血に飢えつつも、『マドーリガ』の戦士としの役目を継いでいるからな。ドワーフたちは、一族の血が絶えても、戦士を残したよ。そして、戦士どもは賊に備えて牙を磨いている。今このときも」
「おうよ……今は、帝国なんぞに、盗られちまったが……ハハハ。なあに、すぐに次の戦が来るに決まってらあ。ドコについて戦うかは、分からねえがよ。そんときは……呪術も使うぜ……」
「……呪術?あの犬たちに、使うってのか?」
「そうだ。闘犬どもが、真の姿に戻るんだ……『ウォー・ウルフ』の呪術……強いぜ。そのために、ワシらは犬どもの血を遺してきているんだ…………」
『ウォー・ウルフ』か。戦争用の呪術?この戦乱の地だ、闘犬をより強化する危険な呪術があるのかもしれん。ここの犬どもは、ヒトを十分に殺傷する能力がある。軍事転用すれば、なかなかの戦力になるかもな。
……想像以上に、ここの犬を封じることは戦術的な有利となったのかもしれん。『ウォー・ウルフ』の呪術とやらを使われたら、難民を連れ出すという作戦を実行しにくかっただろうな。
―――さてと、酔いが回ってきたようだ。
オレではなく、ドワーフのオッサンたちにだよ。酩酊状態にある闘犬愛好家たちは、黙りこくってしまう。彼らにとって、この犬の血が空気に漂う場所は、魂が落ち着く場所なのだろう。
オレはドワーフたちから離れると、闘犬の檻へと向かう。敗北した闘犬は、あの穴蔵に逃げ去って、今では勝者である闘犬だけがいた。こちらを睨みつけているな。檻の向こう側から。
「……我らの悪意を、悟られているな」
シアン・ヴァティの言葉を背中に浴びる。彼女はオレの隣りに現れると、牙を剥く闘犬のことを見下ろしていた。
「コイツ、オレたち二人を前にしても、退かないな」
「……訓練されていないのだ。この犬の、『血』を信じている。ヒトの知恵が入れば、弱り、強さが翳ると、あのドワーフどもは知っているのだろう」
「ああ。だろうな。コイツの強さは、シンプルだ。『攻撃性』。それだけだ。どこまでも怯むことなく強敵にも襲いかかる。命の重さを捨ててこそ、発揮出来る強さだ」
「……戦士としての、究極の一つではある。『コレ』は、キュレネイ・ザトーに、似ているな」
「言わんとすることが、分かっちまうのが悲しいね」
「あの娘も……この闘犬と同じ。いや、より深刻だな。欲さえ削られた、たんなる、戦いのための駒。そう生まれついてもいるし、そう育てられたのだろう。獣と違い、ヒトは鍛えても純度を失うことがない」
「……そうだな。感情も迷いも削ぎ取った、『究極の攻撃性』―――『無拍子の攻撃』。武術の境地の一つだ」
「キュレネイ・ザトーは、『戦士以下』であり、『戦士以上』の存在だ。上手く表現するための言葉を、私は知らない」
「猟兵だよ。オレたちの大切な仲間さ」
「……そうだな。それには、同意できる。では、さっさとやれ。ギンドウとジャン、あのマヌケどもを回収してやらねばならん」
「ああ。悪いな、犬っころ。ちょっくら、仲間共々、眠っていてくれよ?」
悪だくみに操られた指が、エルフの秘薬を二つほど取り出していたよ。小さな薬瓶だが、コイツに入っている毒はかなりのものだ。麻痺薬と、睡眠薬……『風』で薄めても、帝国人を眠らせちまう。
『ヴァルガロフ』の闘犬どもは、かなりの大きさだ。体重は80キロは軽くあるだろう。近くで見ると、オオカミよりも顔が丸いか。犬の血の特徴かもしれない。猟犬とかけ合わせることで、頭骨により大きな筋肉をつけちまったのさ。
殺意を宿した黄色い目で、闘犬はオレたちを睨みつけている。檻がなければ、間違いなく襲いかかって来ただろう。残念だが、その機会は訪れない。オレは、この強い犬を斬らずにすんだことを喜んではいる。
二つの瓶の口を開けて、その毒薬の小瓶を、闘犬が出て来たあの通路へと投げ込んだ。闘犬は一瞬、目玉と鼻先を動かして反応を示したが、後ずさりすることもない。集中力を維持して、こちらを睨んだままだった。
両手に『風』を呼ぶ。『風』を集めた球体を生み出すと、オレはそれらを通路に放つ。闘犬は自分の左右を飛んだ『風』に、反応しない。
この檻に近づき過ぎることを期待している。尻尾を上げて、横に振っている。狩りのときの尾の動きだった。檻に触れるほどに近寄れば、檻のあいだに顔を突っ込んで、指を噛み千切ろうとするのさ。コイツのどう猛さは、十分に観賞させていただいた。
「悪いな。お前と遊ぶのは、また今度だ」
闘犬は、こちらの言葉を聞いて顔を歪める。意味を理解する知能はないさ。だが、戦いの気配が遠ざかったことぐらいは分かるのだろう。残念がっていやがるぜ、この狂犬はよ。
指を鳴らして、『風』に合図を送った。
魔術は通路のなかで解き放たれて、あの獣臭い地下への通路に風を送り届けるのさ。その風に、二種の毒薬たちは乗り……地下にある犬小屋に満ちていく。
犬たちはヒトよりも背が低いからな。空気に沈む、あの毒の風たちは、ヤツらの鼻から入り、肺によく届くだろう。
眠りと麻痺の毒。
100キロ以上の体重を持つ巨漢の戦士でも、半日は体が虚脱して動かなくなる毒薬のセットだ。犬たちは、それよりは体重が軽いだろうし、この地下の施設は、広さがない。毒を帯びた風を、たっぷりと吸い込んでしまうだろう。
「……これで、今夜は犬に追いかけられる心配はしなくてすみそうだぜ。コイツらに尻を噛まれるのはゴメンだ」
「……ああ。では、さっさとここを出るぞ」
「おうよ。じゃあな、オッサン。いい勉強になったよ」
酔い潰れて、寝息を立て始めているドワーフの友人たちに感謝の言葉を残し、オレとシアンはこの闘犬賭博の店を後にする。あの闘犬は、こちらの背中を記憶しようとしているのか、牙を剥いたまま睨みつづけている。
どうにも背中がね、ウォッカでもかけられたみたいに熱かった。攻撃の意志を浴びるってのは、気持ち良くはないもんだ。とくに背中を、危険なモノに向けるってのは、まったくもって間違っている。
ヤツは、オレに噛みついて、肉を裂き、骨を砕き、血を舌で舐めたくてたまらないのだろう。アレは、たしかに特別な生き物。もはや犬などではない、闘犬と呼ぶに相応しい、危険な肉食獣だ。
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