第二話 『背徳城の戦槌姫』 その9
闘犬賭博の常連のドワーフたちは、見るからに荒くれ者だった。ドワーフの顔には傷が走り、太い首にはドワーフ族のタトゥーが踊る。一族の歴史をタトゥーにして肌に彫り込むのさ。
こいつらも『マドーリガ』のマフィアなんだろうが、そのタトゥーの系統からするに悪人であるより前に戦士か。
太い腕にもタトゥーが走っているが、その墨の下には巨大な傷痕がある。だが、こいつはヒトとの戦いでもらう傷じゃないな。食い千切られている―――オオカミか、あるいはクマかもしれん。もしくは、狂ったモンスター……。
とにかく、先頭を歩く肩幅のある大柄な中年男は、ヒトを食う気満々の大型生物と殺し合った履歴の持ち主だな。つまり、『狩人』の類らしい。
「なあ、アンタらが闘犬賭博の常連か?」
「……なんだ兄ちゃん。動物愛護団体どもが雇った殺し屋か?」
「くくく。バカ言え。フリーの傭兵さんだよ」
「そうか。それで、何の用だ?ケンカなら買うぞ?」
「アンタらに声をかけるなんて理由は一つさ。闘犬賭博を教えて欲しいんだよ」
「ほう。この街で最高の娯楽が何なのかを、よく知っているじゃないか」
「知っているも何も、初心者なんだよ。ここの用心棒のヤツに、アンタらに教えてもらえって言われたのさ」
「あの若造め……まあ、いい。眼帯の赤毛、こっちに来い。さっそく『ヴァルガロフ』の闘犬を見せてやるぞ」
「説明ナシで現物か。分かりやすくていいレクチャーだ」
「手っ取り早いからな」
傷顔のドワーフはアゴをしゃくって、オレとシアンを呼ぶよ。檻の前に置かれた丸いイスの上に、傷顔は大きな尻を乗せた。地元の流儀には従うものだ。雰囲気に入らないと、ノリを把握できんからな。猟兵の剣士コンビも同じようにイスへと座った。
傷顔の仲間はカウンターの中に入っていき、棚に並んでいた酒瓶をヒョイヒョイ抜いていた。親しみ深すぎる常連か、あるいは強盗のような所業だな。ドワーフのオッサンどもは、闘犬賭博が好き過ぎて、毎日のように顔を出すんだろう。
ギャンブルってのは癖になるもんだからな。
「……それで、いつ始まるんだ?」
「あせるな、若造。ワシらが来たんで、店のモンが犬を放ちに地下にもぐった」
「闘犬は地下にいるのか」
「ああ。ここの闘犬は、『マドーリガ』の番犬でもある……うじゃうじゃいるぞ」
「泥棒対策かい?」
「犬は、何でもやる。盗人も殺す。侵入者も殺す。『マドーリガ』のために、何でもするぞ。元々は、ワシら一族の猟犬だからな」
「……アンタは、やっぱり狩人なわけだ」
「やっぱりとは、どういうことだ?」
「アンタの腕には獣に噛まれた傷があるからな。それに、犬に詳しいのも、狩人の特徴じゃある」
「フン……片目のくせに、目ざとい赤毛だ」
「欠けると、逆に見えてくるものもあるのさ」
「そうかい」
「ああ……ん。なるほどな。檻の端っこに、穴があるな。あれが入場口ってことか」
「そうだ。あれから地下の犬小屋から飛び出たヤツが、這い出てくるぞ」
「……ふむ」
獣の臭いが強くなる……バーテンダーのオッサンが、地下に向かい、犬どもの檻を開こうとしているんだろうな。檻から出された犬は、この地下を走る通路を駆け抜けて、この場所にやって来るのか……。
番犬として使うときは、その犬どもを街路に放す……なんとも危ない仕組みだな。悪人らしいとも言えるか。『マドーリガ』の領域を走って逃げようとするヤツは、犬どもにケツだか足を噛まれちまうな。
……しかも、猟犬の血が入った犬か。いつまでも追いかけ回されそうだ。イノシシを追いかけて三日も帰らないことだってある。処分しておくべき、危ないワンちゃんだってことさ。
「ここの闘犬は、戦神に捧げる神事でもあったそうだな」
「過去形で呼ぶんじゃねえ。今でも、現役で神事だ。戦神さまをたたえるのは、犬の血だと相場が決まっているんだ」
「戦神は闘犬のファンか」
「最高の娯楽だからな。戦神さまは女に化けて、ワシらを慰めて、酒を杯についでくれるんだ。そんな素敵な戦神サマへと捧げるために、ワシらは犬を作って来た」
「作った?」
「ああ。『ヴァルガロフ』の闘犬ってのは、洗練さなんてねえぞ。家畜を襲うオオカミどもを捕まえて、性格の悪い猟犬どもをかけ合わせて作って来た」
「『ウルフドッグ/オオカミ犬』か」
「ヒトに飼われたらオオカミも犬だ」
「まあ、どっちも同じだよな」
「『ヴァルガロフ』らしく、血筋は問わん。とにかく狂暴なヤツなら、野良犬でもオオカミでも猟犬でも、何でもいいんだ。サイズも問わん。狂暴さだけを追求してかけ合わせて来たのさ」
「生粋の殺し屋ってか」
「そうだ。ド酷い犬ばかりだぞ。どいつもこいつも闘争本能が高くて、自分以外の生き物は肉としか思っちゃいない。いいか、べっぴんさん」
シアンがその美貌を褒められてる。それなのにシアンはクールな表情だったよ。オレは男前って褒められたらスマイルを浮かべてしまうのに……美しさをたたえられることに慣れている方はそうじゃないようだ。
「……なんだ、ドワーフの猟師よ」
「ここの闘犬は、グロいし、血まみれ、耳やら足を食い千切ったりする、残酷な生け贄の儀式でもある。そういうのがイヤなら、さっさと出て行くといい」
「犬どもが残酷なことなど、よく知っている。戦が終わったあと、戦場をうろつく野良犬どもの腹は、いつも膨らんでいる。屍肉も喰らうし、死にかけた戦士も、ヤツらは襲って喰らう」
本質的には、たしかに犬もオオカミもいっしょということを、野良犬がいる土地の戦場に行けば、よく分かるだろう。餌付けしていた犬好きの戦士のことだって、犬は平気で襲って喰うもんな。
「そうだ。犬は群れて獲物を襲う。ヒトと同じように、残酷な本性を持っている。アンタは……少々グロい戦いになっても、へっちゃらそうだ」
「……『虎』は、残酷だ。犬よりもな」
「へへへ!気に入ったぜ……ほら、お待ちかねの犬が来るぜ」
檻に開いている穴から、うなり声が響いて来る。左右の二つの『入場口』から、大きな犬どもが這い出てくる。
一目見て分かるが、ほとんどオオカミだ。細長い顔に、尖った耳。何よりも、単純に巨大だ。
オオカミには、特別に狂暴な個体が現れる。何十人も村人を殺すような、殺人狂さ。ヒトと同じように、獣にも色々いてね。ヒトに悪人がいるように、獣にも悪意の強いヤツが生まれちまうのさ。
無意味に血を求めて、家畜もヒトも、とにかく殺す。あきらかに食欲ではない感情に由来する殺意。それを宿した獣もいる。自然界にも混沌は存在する。摂理や秩序からも離れた、悪しき獣はいるものだ。
矢で射られても。罠で脚を痛めつけられても。それでも、村人を殺して喰うために努力を惜しまぬ悪しき獣もたまにはいる。旅をしていれば、そういう邪悪な獣を始末してくれと頼まれることもあるのさ。
悪神の眷属であるモンスターさえも、噛み殺すオオカミはいるんだからな。
『ヴァルガロフ』の闘犬どもは、そういう厄介なオオカミとか、あるいは猟犬をかけ合わせて作ったようだ。現れた二匹の闘犬どもは、短躯のドワーフよりも、あきらかに巨大だ。飛びついてこられたら、背の高いオレの顔にだってキスされるだろう。
耳の近くまで大きく避けた口からは、巨大な牙が並び、闘志と食欲を体現するかのように唾液がダラダラと落ちてきていた。尻尾を立てて、横に振る。ああ、オオカミや猟犬が、獲物を狩るときにする仕草だ。
うなり声は低くて小さい。そうさ、威嚇なんて、覚悟を決めた獣は選ばない。威嚇が通じる相手かどうかぐらい、獣は本能で理解する―――『ヴァルガロフ』の闘犬どもは、お互いに引く気が無いことを知っているようだな。
だから、威嚇なんてせずに、静かに落ち着いている。本気で攻撃を仕掛ける時、獣は静かだよ。本気のオオカミは闇に身を隠しながら無言で近づき、巨大なアゴで噛みつき、骨を砕きにかかるだけ。静かに始まり、始まれば全ての体力を注ぎ込んで、相手を殺す。
「……おい、いつ賭けるんだ?」
「いつもは、もう賭けてるんだがな……お前らは初心者だから、まずは―――」
「―――私は、うなり声が、小さかった方だ」
シアンは……オレと同じようなコトを考えていたらしいな。とくに、彼女の戦い方ならば、静かな殺意ってのもよく似合う。彼女も気配を消しながら、必殺の一撃を叩き込むからな。
「ん……そっちか」
「オレもだ。『マイ・ハニー』に便乗するつもりじゃないけど、昔、オレのことを襲って来た勇敢なオオカミは、無言だったからな」
『マイ・ハニー』の肩に腕を回すよ。演技は継続中だから、これも任務の内だろう?シアンの琥珀色の瞳が、オレを睨んでいないか?……それを確かめることまではしない。
「……へへへ。戦士の目も、バカにはならんな。たしかに、あっちの方が強い。ワシの仲間たちも、あっちに賭けるだろうがな……だが、賭博はロマンだ。弱い犬にも、勝ち目はある。ワシは、弱い方に賭けたぜ」
「いくらだ?」
「チッ。賭けの条件が、あんまりにもシンプル過ぎるし、もう始まる。アンタらカップルと、オレの一騎討ちで……負けたら、銀貨20枚ってのはどうだ?」
「ああ。いいぜ!!」
「よし!!……お、始まるぜ!!」
『ヴァルガロフ』の闘犬どもが、お互いへと飛びかかっていた。前脚で抱き合うようにしながら絡み合い、ヨダレを飛び散らせて噛みつきにいく。頭部を激しく揺らすようにして前後させ、牙と牙がぶつかり合う度にガチリガチリと鳴っていたな。
力勝負が互角と見たか、闘犬どもは走る。お互いの尻尾を噛み千切ろうと、背後を狙うように走り回ったが、オオカミの血を濃く継いでいる獣の脚は狡猾にステップを踏んだ。空振りした牙が宙を噛みつぶす音が響いていたよ。
……素早さも似たようなものだと判断したのか、闘犬どもは睨み合いながら思考し、攻撃を変えた。小細工を捨てて、正面からの攻撃を選んだ。牙を剥いて、顔中をシワだらけにしながら、殺意を帯びたうなり声と共に飛びかかっていく。
唾液を飛び散らせながら、お互いに牙を突き立てるために、全身を激しく躍動させていた。生来の最強の武器である、牙。肉を穿つためだけに存在するその武器で、闘犬どもは攻撃し合う。
狂ったように暴れながら、牙が敵対する毛皮を切り裂いていく。オオカミの血筋のせいか、『ヴァルガロフ』の闘犬どもの牙は、まるで鋼のように鋭く切れるのさ。頑丈な獣毛が切り裂かれ、宙へと舞う。傷ついた皮膚からは、まるで血がにじみ、まるで血の汗のようだった。
……犬の戦いってのは、派手で、シンプル。
あんまり駆け引きとかもなく、純粋な暴力に満ちているな。『ひたすらに速く』、『ひたすらに強く』……か。オレたち戦士では、そこまでは純粋な戦いを実践することは出来ない。知恵を使うし、技巧で鋭さを生み出し、翻弄させるためにフェイントという嘘まで使う。
原始的で、本能的な闘争。知恵やら技巧を磨いたおかげで、ヒトが失った本能的な暴力がそこにある。
……闘う獣どもに、オレはある種の畏敬を覚えるのさ。純粋さだけなら、この狂犬どもの方が、戦士よりも優れているのだから。
怒り狂う闘犬どもは地面を蹴る。
オレたちの賭けた犬が、その瞬間は早かったよ。
前脚を相手の首にかけるようにして、より高い位置を取っていた。そして、そのまま絡み合いながら、相手を地面に押すようにして押し倒していた。闘犬殺しの技巧を見せる。本能に由来する動きで、倒した『獲物』の首を狙う。
喉笛を噛み千切るという、犬どもがしてくる殺しの動作だよ。
オレたちの銀貨20枚を背負った闘犬の牙が、その牙を下になった負け犬へと打ち込もうと向かう―――だが、下になった犬も、その脚を必死に振り回して、オレたちの銀貨がかかった闘犬の襲撃を防ごうと必死だった。
それでもオレたちの闘犬の頭は、蹴られながらも直進していった。前脚の爪で顔を裂かれながらも、その喉笛へと食らいついていたよ。
犬の殺し方が始まるのさ。アゴに力を入れて、首を振る。体重をかけて、そのまま抑え込みながら窒息させにかかる。
ヒュゴーヒュゴーと、獣臭い息を吐き出しながら、もがく脚は抵抗の打撃を相手に叩き込もうと宙を蹴っていた。しかし、本能が作った殺しの技は完璧だ。闘犬の噛む力には、闘犬だって抗うことが出来ない。勝負は決まったよ。
「……銀貨20枚、もらいだな」
「……ああ。ロマンに賭けたが、ムダだった。まあ、素人サンへのビギナーズラックだ。ようこそ、闘犬の世界へ。なかなかの見世物だろう?」
「迫力はあるよ。それに、銀貨20枚も、もらっちまえるとはね。サイコーだ」
「……本来は、もっと複雑な賭けになる。どちらが勝つかだけじゃなく、どうやって勝つかも予測するものだ」
「勝ち負けだけじゃ、たしかにシンプルだもんな」
「ああ。耳を食い千切るか、尻尾を噛んで引きずり回すか。あるいは、殺して食い始めるか。闘犬が戦意を失う状況や、勝利を示す結末は、色々とある」
「殺して食うのか?」
「場合によればな。どんなに上等な肉を与えても、喰わん犬もいる。自分で殺した肉に勝るモノは無い……そんな美学を持った犬もいるもんだ。その野性を、排除すべき血の質と嫌うか、歓迎するか。ここでは後者が選ばれた」
「犬にも色々あるようだな」
「そうだ。ここのは、獣の血が濃い。『ヴァルガロフ』の闘犬は、賢くて、残酷な、『殺し』に特化した犬だ。猟犬でもあり、番犬でもあり……本質は殺し屋だ。相手への敬意や、己の趣味、あるいは気分……それらで、仕留め方が変わってくる。ヒトと同じだな」
「ふーん。つまり、そんな細かいことまで予測するのかよ……それは、なかなか当たりそうにないね」
「賭けは複雑な方が面白いだろうが?」
「ごもっともだよ」
「強さ弱さは、分かりやすい……序列ってのは、ハッキリしているもんだからな」
「じゃあ、強い犬……勝つ方は、おおよそ決まっているのか」
「だいたいな。たまには、逆転することもある。実力が近ければ、運も作用する。強い犬でも10回に2回ぐらいは、格下に負けちまう。だからこそ、犬どもは序列を確固たるものとするために、途切れることなく戦いを求める。犬の社会性の本質だ。マジメなことだ、己の地位を確かめたがる」
「……犬に詳しそうだな。色々と詳しい話を聞かせてもらいたいところだぜ」
「……ほう。若造のくせに、良い態度だ。異文化を否定から入らない。そいつは自由なる『ヴァルガロフ』の流儀に相応しいもんだぜ、流れ者の若造よ」
「まあ、見聞を広めるのも人生には必要な勉強ってものさ……なあ!!酒を持って来てくれ!!銀貨20枚分だ!!強い酒を頼むぜ!!」
「そんなに呑むのか?」
「いいや。わざと負けてくれたアンタに、敬意を表してだ。オレたち二人して当てられるような結末だ。アンタには見えていただろ。呑んでくれよ、我が新たな友よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます