第二話 『背徳城の戦槌姫』 その6


「とりあえず、ビールをくれるかい?」


「ええ。二杯ですね?」


「そうだよ」


 ヒゲを整えたドワーフのバーテンダーは、オレとシアンの前に泡がたっぷりのビールを置いたよ。酒代は毎度支払う仕組みらしく、銀貨を二枚支払うことになった。整ったヒゲのドワーフは、何かあればお呼び下さいと言い残して、カウンターの奥に消えた。


 夜に向けての仕込みがあるようだな。オレたちの会話なんて聞こえそうにない距離だし、興味も無さそうだった。こんな街では、半端な好奇心は大ケガの元になってしまうだろうよ。


 いい場所だ。


 小声で作戦会議も出来そうだよ。オレは指でビールの入ったジョッキをつかむ。ドワーフが大勢いるだけあって、このガラス製品ひとつにしたって質がいいな。西の街はゴミ溜めだが、職人たちもあちこちに住んでいそうだ。


 この店のカッコいい内装を作れる職人がいる……職人の気配を感じると、何だかホッとしちまうな。ドワーフ族は、本能を忘れてはいないらしい。そいつが、ちょっと嬉しいよ。


「……昼間っから、酒か」


 シアン・ヴァティはビールの泡に琥珀色の瞳を向けている。まるで泡の数でも数えているかのように、集中しているなあ……怒っているのだろうか、オレが仕事中に酒を頼んでしまったことに?


 『虎』は戦いに対して、どこまでもマジメだからな。


「こんなもの一杯ずつじゃあ、呑んだことにもならないさ」


 言い訳めいた言葉を使う。でも、建前ってのは大事だ。それがヒトとヒトのあいだにある壁を、取っ払ってくれることもあるからね。シアンも酒は嫌いではないはずだ。それに、これぐらいの酒では、オレたちが酔うことはない。


「……たしかにな」


「乾杯しようぜ、久しぶりの再会だ。お互い、腕は鈍っていないことも、確かめられただろう?」


「……まあな。私としては、中途半端だったが」


「あの先は、今度だ」


「お前が死ぬ日になるかもな」


「ああ。オレを殺せば、君が『パンジャール猟兵団』の次の団長だ。ほら、乾杯!」


 シアンは無言だったが、ビールの入ったガラスの杯をぶつけ合わせてくれたよ。いい音が鳴っていたな。オレは、そのままグビグビとビールを呑んだ。歩き回って、それなりにノドが渇いてもいたからな。


 ……酒の味?


 良かったよ。風味も、喉ごしも、苦味も。それに、となりにいる剣聖の美しさもね。美女と一緒に呑む酒は、何倍も美味くなる。しかも、そいつがとびっきりの剣豪だなんて、最高だよね。


 一思いに、オレはビールを呑んじまったよ。もう一杯欲しくなるが……止めておこう。シアンに見られていると、酒が進む。


「……ソルジェ・ストラウス」


「なんだ?」


「私は、お前を斬ろうとして研鑽を重ねていることを、忘れるなよ」


「もちろんだ」


「……そして、強く在れ。私の長ならば、強く在りつづけろ」


「くくく。なんだか、オレに死んで欲しくないみたいだな」


「……お前も私も、まだまだ上に行ける。私もハイランドで修行しなおしたつもりだったが、長も、新たな強さを手にしているからな。死んでいる場合では、ないのだ」


 シアンもグビグビとビールを呑み始める。いい呑みっぷりだな。惚れ惚れする。あっという間に、ジョッキは空っぽだったよ。


「……悪くない酒だ」


「だろう?たまには、オレたちとも呑むといい」


「お前とギンドウとシャーロンは、下品だからな」


「……酔っ払ったオレの女子ウケの悪さがヒドい」


「酔っ払った男が、女に好かれることなどない」


「そうかも。あんな下品でバカな存在って、他に無いもんな」


「改善点だな」


「まあな」


「だが。いい旅をしていたようだ」


「……そんなに腕が上がっていたか?」


「剣術ではない。ずいぶん早くに、私の気配を悟られた。眼が良くなっている」


「魔法の目玉組合の会長サンと知り合えてね。ちょっとコツを教えてもらったのさ」


「いい出会いをした」


「たしかにね。ガントリー・ヴァントに仕込んでもらっていなければ、気づくのが遅れていたかもしれない。シアン。君は、あの『背徳城』ってのを、見張っていたのか」


 あの辺りから、誰かにつけられているような感覚はあった。いや、感覚よりも小さなものだな。違和感?……そういうものを肌で感じ取れた。視野を広く見る。魔眼の力におごることもなく、広く情報を集める。


 『ホロウフィード』の沼で、ガントリーから受けた特訓が形となって現れている。特別な力だからといって、特別あつかいしていてはダメだ。特別な力にも技巧は応用出来るハズだし、技巧ってのは、結局のところ基礎の積み重ねでしかない。


 当たり前のことを納得し、体現する。


 そいつがね、なかなか難しいものだ。同類がいるってのは、良いことだな。経験から来る指摘を受け取れることもある―――。


「『背徳城』に目星をつけていたんだな」


「……ああ。あそこが最大の売春宿だ。難民の娘が売られるとすれば、あそこしかない。全員でなくとも、確実に数名はいるはずだからな」


「……なるほどね。ガンダラにもその情報は?」


「伝えてある。私は、昨日からあそこを監視していた」


「……ガンダラめ。オレには伝えなかったな」


「既成概念を嫌った。まっさらな視点で、長は見るべきだろう。その眼の力も洞察力も、ガンダラは頼りにしている」


「褒めてくれるんだな」


「ああ。お前の目玉の使い方は、より良くなった」


 琥珀色の瞳が、オレの目玉を見つめている。眼帯を見ている。アーレスの力が宿る魔眼を見つめようとしているな。そのあとで、生身の方の右目も見つめられる。


 まったく!


 とんでもない剣聖サマなんだがね、シアン・ヴァティは美女なんだよ。その琥珀の双眸で見つめられると、てれちまってしょうがない。


「……なあ、シアン。そっちは、フツーの目玉だぜ?」


「そっちの目玉も、いい動きをしている。私の突撃を、読み切ったのはそちらだ。バシュー山脈の戦いは、糧になっているらしい」


「まあね。なかなかの激しい戦いだったよ」


「そうか。ハナシを聞かせてもらいたいが……今は、情報を交換しよう」


「……ああ」


 オレはヴェリイ・リオーネから聞かされた情報を、シアンに話していったよ。『アルステイム』以外の三大マフィアと辺境伯ロザングリードが営む、難民キャンプ。それが、人身売買組織の入り口になっているということ。


 そのキャンプの危険性を知らしめるために、『売春宿』、『農園』、『辺境伯の奴隷小屋』から、難民たちを回収し、キャンプの連中に危険性を啓発しようとしていることもね。


 そして、『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』というテロ組織が、この『ヴァルガロフ』をふくむ、ゼロニアの土地で暴れていること。


 キュレネイ・ザトーの勘では、その『ルカーヴィスト』とは、彼女も所属していた『オル・ゴースト』の特別な戦士たちが実働部隊なのではないかということも伝えたよ。


「―――『ゴースト・アヴェンジャー』か。キュレネイ並みの戦士が、40人?」


「全員がキュレネイほどってことじゃないだろうが、ガキの頃のキュレネイに似通った力はある連中もいたようだぜ」


「……十分な戦闘能力だ。この土地のたるんだマフィアどもでは、相手にならん」


「そうらしい。ヤツらは大暴れしている。目的は、よく分からんがな……一つ確実なことは、『アルステイム』の暗殺者の家族を見つけて、殺しているらしい。組織間の争いなのか、彼女個人への攻撃なのか、よく分からないところだが」


「詳しく、吐かせればいい」


「……拷問が効くようなタマじゃない。復讐者だし、『家族』を……同胞のケットシーたちを守ろうとしている。意志の強い女だ」


「なるほど。同情しているか」


「……ある程度は、感情移入しちまっていることは認めるよ」


「『家族』を殺された復讐者。私も、同じだからな」


「……シアンも兄貴を殺されたんだったな」


「お前が仇だと思ったが、違った」


「……ああ。殺されかけたが、いい縁だった。おかげで、オレは最高の剣聖を『家族』に出来たからな」


「『家族』か」


「嫌いな言葉じゃないだろ?」


 尻尾がピクンと動いていたからね。


「……まあな。少々、くすぐったいが……私は、『パンジャール猟兵団』を、家族のように思っている」


「そいつは、団長として嬉しいことだよ」


「……それでも、お前は、私に自分を襲うなと命じないか」


「ああ。剣士として、油断せずにいるためには……君がときどき襲って来てくれた方が、気合いが入る」


「それで、いいのか?」


「いいのさ。そいつが、『虎姫』と魔王の関係らしいだろ」


「……ああ。まったくだな」


 我々は、剣術に魅入られている存在同士だ。この刃物という鋼を我が身と一体とし、魂までを融け合わせる―――そんな狂気を体現しつづけるためにはね、死線を感じなくては緩む。


 ヒトの魂は堕落を追い求めているからな。


 緩めば、弱くなってしまう。


 オレみたいなセックス依存症で、酒が大好きな男には……身近で時々、オレのことを本気で殺そうとしてくれる剣聖のお姉さんがいてくれると、丁度良いのさ。


 シアン・ヴァティとの、この奇妙な関係性はね、剣士の魂を研ぎ澄まし、不思議な癒やしと向上心を与えてくれる、狂っているけれど、とても大切な絆なんだよ。当事者にしか理解の及ばぬものだ、だから、オレとシアンは確かめるようにニヤリと笑う。


 猟兵の貌さ。


 戦士であり、仲間であり、家族であり……剣術家としてのライバル。そういう関係で練り上げられた、我々の絆は、本当に狂っているが、とても居心地の良い殺伐さがあるんだ。


 酒が呑みたくなってくる。


 シアンと飲み明かしたいな、お互いが、どんな戦いの日々を送って来たかを知りたい。その後で、斬り結びたくもある。見たいさ、さっきの『先』をね―――ハイランドで、須弥山で、螺旋寺で……何を得てきたのかね、オレのシアン・ヴァティさまは。


「……ウルトラ、酒が呑みたいよ」


「……そうか、だが―――」


「―――ああ。仕事のハナシだな。そっちは、どうなっている?ギンドウとジャンはどうしているんだ?」

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