第二話 『背徳城の戦槌姫』 その7


「あの二人は、私の命令に従って動いている」


「……具体的には?」


 オレは魔眼の力でバーテンダーを確認しながらつぶやいた。あの店員はこちらを盗み聞きしているような様子はなかった。肉切り包丁で牛の肉を大きめに切っている。タレに漬け込むのだろうな。美味そうだが……それを食べることは無さそうなのが残念だ。


 まあ、そんなことよりもギンドウとジャンのことだ。


「ギンドウ・アーヴィングには、東のエルフ街を探索させている」


「ハーフ・エルフだからな、うってつけか」


「……見かける度に、遊んでいたがな」


「シアンの鉄拳制裁を受けてもかよ?」


「堕落した男だ。飛行機械のことしか、考えてないのか?」


「くくく。そんなことはないさ。ヤツはヤツで、色々と考えている。それに、遊び人って連中は、凡人に比べて、はるかに情報通でもある。顔が広いし、ヒトは酒を呑めば口が軽くなる」


「……たしかに」


「ギンドウは情報を手に入れただろ?」


「……長の入手した情報と、かぶってはいるがな」


「北部の麻薬農園の増設についてか」


「そうだ。『ザットール』のヤツらの麻薬は、ハイランドにも流れていた」


「『白虎』の商売相手の一つか。悪人どもは、みんな仲良しなわけだ」


「『ザットール』は、困窮しているらしい」


「ハイランドという得意客が消えたからか」


「……ああ。私の祖国は、『ヴァルガロフ』よりも、大きな悪人どもの土地だった。それが消えてしまったのだからな」


「あのマジメなハント大佐のことだ、麻薬が国内に蔓延ることを嫌ってわけか」


「激しく取りしまる予定だ。アレは、社会を乱すモノの一つ。悪人の道具だ」


「ハイランドには、依存症のヤツらも多そうだ。長い戦いになるだろう」


 アルコールが欲しくなるような現実だな。なんだか、もう一杯ビールを注文したくなったけど、止めておこう。3年前の密造酒と違って、ここのは味がいいんだ。


「……成果は出ている」


「『ザットール』からの『輸入』を拒んだことか」


「密貿易のルートを封じたのだ。ハイランドに流入する麻薬の量は、減っている。無いモノは、使えないからな」


 至言だな。麻薬を社会から排除すれば、使いようがないか。正義そのものの言葉だよ。体現するのは、難しいだろうがな。


「―――とにかく。その『改革』のあおりを、麻薬でメシを食っている『ザットール』どもは受けたわけか」


「そうだ。麻薬畑を増やそうとしていた『ザットール』は、大きな痛手をこうむる」


「供給過多か。それでも、あえて増産を進めようとしているという意味は……」


「……ヤツらも、勝負に出た。帝国内に、麻薬を売りさばこうとしている」


「売りさばくための手段が無くては出来ないことだな」


「ああ。『ザットール』は、運び屋の『ゴルトン』への依存を深めた。そして、『ゴルトン』と組んだ辺境伯ロザングリード、その男が作りあげる奴隷貿易の道……『ザットール』どもは、そこに活路を見出している」


「帝国貴族サマ直営の奴隷貿易か。その荷馬車を調べるヤツは少なそうだ」


「帝国貴族と組めば、麻薬も奴隷も、運び放題だ……おそらく、お前の好きな酒もな」


「……奴隷の荷馬車に、麻薬と密造酒。みんなの利益が一つになっているわけか。『アルステイム』以外は……」


 ヴェリイ・リオーネが心配するわけだ。三大マフィアと辺境伯が組んだ時の利益は大きい。


 『ザットール』は金貸しもやっていて資金が潤沢らしいしな。『ザットール』はハイランドという『得意先』を失ったダメージを回復するために、悪人たちの新たな『同盟』に投資をしてくれそうだ。


 新たな馬車とか、取引先の土地の役人どもを買収するための資金を提供しそうだ。ド派手に儲かりそうだな。それだけに……目立つだろうよ。ロザングリードに対する辺境伯の資質は問われる日も遠くない。


 そのときのための『生け贄』……マフィア対策はしているという『根拠』にするために、『アルステイム』は潰される―――ヴェリイは、そう心配しているわけだ。


「……長よ」


「なんだ?」


「おそらく、長に『接触してきた』、そのケットシーの懸念は当たる」


「……『接触してきた』か」


「運命の女ではないだろう。お前は、もう三人もいるからな」


「まあ、そういう恋愛感情は持っちゃいないけどね、ヴェリイお姉さんに」


「呪術だろう。悪人どもの結社というのは、そういう邪悪な力を求めることもある」


「予言者もか?」


「似たようなものだろう。生け贄を捧げ、大いなる呪術を振るえば、大きな力をヒトは得られるものだ……悪人は、代償を気にしない。呪い尾にされた女たちを、忘れるな」


「……ああ。忘れられない」


 フーレン族を魔物に変える呪い……『白虎』たちは、それを使った。まだ子供だったのに、巨大で醜いバケモノに変えられちまった。幸運の、白い尾の娘たち……。


 『悪人は、使える力ならば何でも使う』―――『オル・ゴースト』にいた予言者か。『支配者』としての、『オル・ゴースト』の存在を全く感じない現状を考えると……やはり、『オル・ゴースト』は解体されているのかもしれん。


 密かに健在で、全てをコントロールしているという可能性もあるが、四大マフィアも辺境伯も自由に動いているところを見ると、その威光は形骸化しているのか。


 ……解体された『オル・ゴースト』の予言者か、あるいは高度な能力を持つ呪術師を、『アルステイム』……というより、ヴェリイ・リオーネと彼女の『ボス』は確保しているのだろうか……。


「……長よ。任務を優先させるべきだ」


「ん」


「……この土地のマフィアどもに、深く関わり、成すべきことを忘れてはならん」


「ああ。難民たちを、人身売買の犠牲にはさせない」


「……そうだ。そして、焦るべきだ。長なら、おそらく、分かってもいるだろうが……ハントも動き出している」


 オレは、その言葉を聞いてシアン・ヴァティに近寄った。腕を回して、彼女の横顔を抱き寄せる。周囲には、聞こえないようにしてね。聞こえる範囲に誰もいないが、それでも念には念を押したい。


 とんでもない機密情報だ。


「……ハイランド王国軍が、『ヴァルガロフ』を陥落させるというのか?」


「……新たな王の仕事は、国をまとめること。ハントは王ではないが、事実上は、新王と言える。国をまとめるという作業で、最も簡単な行いは、戦を起こすことだ」


「……敵がいれば、国なんて簡単にまとまるもんな」


 ヒトは狂暴だし単純だ。外敵を用意すれば、身内だけは結束する。予想してはいたことだが、ハイランドの英雄である、『虎姫』サマ直々の言葉となると、重みが違うな。


「……大勢の『虎』が、『白虎』として捕縛された。ヤツらは、獄中で咎人として死ぬよりも、戦場で死にたいと願っている」


「……悪人として処刑するよりは、帝国兵を殺しまくって戦場で死ぬか」


「……フーレンはな、そういう思考を好む。我々は、『白虎』の悪人どもに、『虎』として死ぬ名誉をくれてやりたい」


「……君も、ハント大佐も、『虎』だもんな」


「……ああ。『白虎』が『虎』として帝国軍を攻めることは、『自由同盟』に、大きなメリットを呼ぶだろう」


「……拙速すぎるようにも思えるが?」


「……牢獄で、筋肉を衰えさせるよりは、打倒帝国のために戦場で死なせてやりたい」


「……そいつも分かるが……そうなれば、この土地は……」


「……長よ。全ては、救えん」


「……分かっているが……」


「……あまり、馴染みを作るべきではない。ここは、敵の土地だ。我々が、帝国を滅ぼすということは……我々は、帝国から見たときの『侵略者』になるということだ」


「……ああ。分かっているさ」


「……より多くの血が、流れなければ良いがな」


 ―――その言葉は、シアン・ヴァティらしくはない。シアンは、もっと戦が好きな女だったはずだがな。シアンはハイランドに戻ったことで、捨てたはずの故郷を取り戻したのかもしれない。


 もちろん。シアンは戦場では今まで通り、鬼となるだろう。残酷かつ狡猾に、技巧と戦術を全て使う。最高の猟兵であることに変わりはないさ……でも、彼女は、かつてよりも少し変わっているらしい。


「……甘いことを、口にしたか」


「……嫌いじゃないさ。君も、剣術とは関係ない部分で、視野が広がったということだろうよ」


「……これが、弱さにならなければいいんだがな」


「……ならないよ。ヒトは、やさしさやら愛情のためにも、狂暴で恐ろしい存在になれるから」


「……お前が言うと、説得力を感じる」


「……オレは愛情深いような戦士だったかい?」


「……私からすれば、そう見える。それは、たしかに……弱者とは呼べないな」


 あの琥珀色の瞳を細くしながら、『虎姫』サンは微笑んだ。そして、首を動かしてオレの腕を外していったよ。極秘にすべき会話は終わったようだ。


「……具体的な時期は、未定ではある。お前が働きかければ、早くも遅くもなるだろう」


「分かった。参考にしておく……それと」


「何か、気になることがあるのか?」


「いや、ジャンのことだが?」


「ああ。アイツのことを忘れていたな」


「忘れてやるなよ。才能豊かな若手だろ?」


「……才能だけはな。剣術の才については、乏しいが……ある程度、熱心なだけに、何とも不憫ではある」


「不憫って……」


 まあ、言いたいことは分かる。ジャン・レッドウッドは剣士を志しているようだが、剣を使わないほうが、はるかに強いのだ。『人狼』の筋力に耐えられる鋼など、あるものではないしな―――武器を使うほど弱くなる、そういう珍しいタイプの青年なのだよ。


「ギンドウは、飲んだくれながら街の東をふらついているとして、ジャンはどこで何をしているんだ?……オレの予想では、シアンよりも早く、接触して来ると思っていたんだがな」


「……あのヘタレは、西の街には現れんさ」


「どうしてだ?」


「……娼婦を見て、鼻血を出すような男だ。どうにも、この場所には、向かないな」


「……ああ。女にモテないもんな、ジャン・レッドウッド……売春宿とかにも、行きたがらない、人見知りな男なんだよ」


「……善良で、道徳的なのかもしれないが……正直、引いたぞ」


「まあ、そうかもしれないが。純情なだけだよ」


 路上にいる娼婦を見て、大量に鼻血を垂れ流す青年か……たしかに、色々とキツいものがあるな。女子ウケしないのは確実だろう。笑いながら敵兵のはらわたをぶちまけるような、シアン姐さんに引かれてるって……?かなりの女子ウケの悪さだ。


 上司としての、オレの指導が甘かったのだろうか……だが、女子ウケしないエピソードだが、男は性格が悪いのかね?ギンドウとシャーロンと三人で呑む夜に、ネタとして使えるエピソードではある。


「……相変わらず、不憫という言葉の似合う青年だな。身体能力だけなら、『パンジャール猟兵団』でもずば抜けて一位なのに……」


「心もヘタレ、技も無い。戦士としての質に、欠けたトコロは多いのが、残念だ」


 シアンも残念がっている。


 そうだよな?……あれだけの身体能力に恵まれていたら?……オレたち、今の三倍ぐらい強いはずなのに。アイツと来たら、オレたちの三分の一ぐらいしか強くない。なんていうか、勿体ない。勿体なさ過ぎるだろ?


「……ああ、なんだか酒が呑みたくなってくる」


「ダメだぞ、長よ」


「うん。分かってるよ……それで、オレたちの期待の星は、どこで何をしているんだ」


「あの鼻血オオカミは、北の街を調査させている……」


「ハハハ。変なあだ名をつけてやるなって。ジャンにとってもよ、きっと恥ずべき過去なんだぜ」


「……長が、そう言うのならな」


「……北。つまり、『ゴルトン』どもの縄張りか。たしか、そこで幅を利かせているヤツが……」


「アッカーマン。『白虎』とも縁深い男らしい」

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