第二話 『背徳城の戦槌姫』 その5


 闘犬賭博の店は、地下にあるな。重苦しいドアを開けると、いきなり地下への階段だよ。そいつを降りていく。壁に埋め込まれたロウソクが怪しげだった。


「……獣の臭い。かなりの犬がいる」


「へ?分かりやすかい、『虎』の姐さん。臭いがしちまわないように、アルコールで消毒しちまっているんですがねえ?」


「オレには、もっぱら酒の臭いしかしないな。スゴい鼻をしているぜ、シアン」


「『虎』は、獣には敏感だ」


「『原初の森林』での修行の成果か?」


「そんなところだ」


「へー。大した姐さんだ。それで、兄さんたちは犬よりも酒が目当てなのか?」


「そうだよ。とりあえず、二人で酒を呑みながら、色々とお話ししなくちゃならない」


「……大変だなあ」


「……どういう意味だ?」


「い、いえ!……とくに、深い意味とかは、ねえっすよ?あは、あはは」


 用心棒のドワーフは、すっかりとシアン・ヴァティの恐ろしさを植え付けられている。情けないことじゃないさ。ある意味、優れた自己防衛本能とも言えるよ。


 ……なにせ、状況次第では、オレとシアンは君のことを処分しなくちゃならない。


「なあ」


「なんですかい、旦那?」


「君らのとこの犬は、ヒトを喰うかな?」


「え?ああ、ためらうことなく、食べちまいますよ!……『ヴァルガロフ』の犬ですぜ?そこいらの犬とは、比べものにならないぐらい狂暴ですから」


「……ほう。そいつはスゴい」


 なら。君を解体して、その犬どもに喰わせれば、君をオレたちが殺した証拠も消えてなくなるというわけだな―――まあ、今のトコロは、その必要はない。もっとスマートに解決するつもりだからね。リエルに感謝すべきさ。


「楽しみだよ」


「え?ああ、闘犬っすね?」


「闘犬についてだよ。他に、ワンちゃんをどう使うって言うんだい?」


「いや、ここは、闘犬を見せる店っすから……さ、さあ。どうぞ?」


 地下の階段の先に、扉はある。『マドーリガ/茨まといし聖杯』の焼き印が押された木製の分厚い扉だ。ドワーフの太い腕が、その扉を開けてくれる。


 酒の香りが、強くなるね。


 地下室は湿度もあるし、少し気温も低いのか。獣の巣穴に潜り込んだような気持ちになれる。それに壁の板木も、経年による変色と漂うアルコールを吸って来たおかげか、赤黒さを帯びている。


 ブランデーの樽のなかにでもいるような気持ちになれるぜ……オレにとっては、ワクワクが止まらない店だよ。若干の犬臭さはあるが、ここの内装は小綺麗だな。壁にはめ込まれたランプが、大人すぎる店を怪しく照らしてくれている。


「酒場としても、愛せそうだ!」


「ええ!酒場としても人気っすよ?」


「ああ、お気に入りの店にしたい」


「……闘犬も熱いっすけど、女連れにはウケねえもんでねえ。深夜に酒が回り切っちまうと、みんな賭けよりも酒呑んでるっす」


「犬っころのケンカなどを見ても、フツーの女は喜ぶまい」


「姐さんは?」


「……どういう意味だ?」


「い、いえ!!なんでもありませんです、はい!!あ、あれっす!!あれっすよ、旦那!闘犬が、あそこでやり合うんすよ!!」


 ムダ口を叩きがちなドワーフの用心棒が、太い指で店の奥を差したよ。


 この店最大の売りだな。なんとも、大きな檻がある。この店の床は石を埋め込んでるのに、あそこの檻の中だけは下が土だな。


 ワンちゃんたちが踏ん張りやすいようにかもしれん。あるいは、犬の体から流れた血で、汚れちまっても取り替えやすいようにという発想かもな。


 乱暴そうなマフィアどもの趣味だからな、死ぬほどワンちゃんたちは噛み合うだろう。犬のことは詳しくないが、ヒトは戦場で殺されそうになると、よく失禁するものだ。土の方が取り替えやすいだろうな。


「どうっすか?……あそこでデカい犬同士が噛みつき合って暴れるんすよ。ヒトには出せないどう猛さと野性が見れますぜ」


「闘技場よりもかい?」


「へへへ。常連サンたちに言わせれば、ヒトの戦いなんてものは、キレイ過ぎてつまらんそうで。シンプルな殺し合い。闘犬は、ただただ噛み合うだけの世界っすから、そこにグッと来るらしいっすよ?」


「……技巧が無いぶん、シンプルで楽しいか」


 小細工ナシの力勝負。攻撃性だけを、ぶつけ合うわけだ。たしかに、ヒトの戦士ではありえないな。知恵を使い、どうしても技巧や戦術を用いてしまう。その複雑さを楽しいと思うか、あるいは一種の闘争への侮辱と思うか、趣味はそれぞれ分かれそうだ。


 小細工無しの、原始的な争い。


「……戦神バルジアが、喜びそうだ」


「おお。さすが戦士の旦那。よくお分かりで」


「ん?」


「いえいえ、実は、『ヴァルガロフ』の闘犬ってのは、元々は神事でございやす。戦神への供物として、犬同士を殺し合わせてたんすよ」


「……オレたちヒトの戦士では演じられない戦いをするだろうな、獣どもは」


「……私たちでは、たしかに、真の意味では、獣にはなれん」


「ああ。どうしても、本能だけでは戦えないからなあ。オレたちは、ある意味では、濁っている。技巧を否定するわけじゃないが、文明的過ぎるのさ、武術ってのは」


 ……オレが、ジャン・レッドウッドに感じる『才能』の一つ。団の中では最弱の地位に甘んじているが、オオカミに化けた時のジャンは、ただひたすらに牙を頼る。シンプルな戦い方だ。まっすぐに、敵に走り、噛み殺す。


 力の権化。


 ちょっとだけ、憧れちまう。オレにも『人狼』の血が流れていればな……まあ、竜騎士の血が流れているだけでも、満足しなくちゃいけないよね。


「……楽しみだよ」


「へへへ。ご贔屓にしてやってくださいよ。旦那、姐さん、あそこのカウンター席がいいっすよ。バーテンダーに言えば、適当に酒を置いて、それから奥に引っ込んじまいます」


「……分かった。それで、闘犬は?」


「ああ。今は……他に客がいねえっすからね」


「おい、盛り上げておいて、見せてくれないのかよ?」


 最初は闘犬なんかに興味が無かったが……今は楽しみにもなっている。いや、敵情視察でもあるぜ?……売春宿を襲えば、どんなワンちゃんたちに追いかけられるのか、それを知るのも重要な情報収集だろ?


「ぜひ、一度は見たいな」


「大丈夫っすよ。もうしばらくすれば、闘犬狂いのオッサンどもがやって来ますんで、そいつらが来たら、一試合させます」


「ベテラン相手に、カモられろってか?」


「へへへ。最初は様子を見せるのが、ウチのルールでさあ。オッサンどもに訊けば、犬の見方を教えてくれるっすよ。オッサンどもは、闘犬の文化を広めたがってるヤツらでもありますからね」


「ほう、色んな美学があるもんだな。戦神の信徒であるというのは、確からしいな」


「まあ……そのオッサンども、けっこうな悪人ですから。モメないで下さいっすよ?」


「ああ。酒場で暴れるほど、ガキでもないさ」


「……どの口が言う」


 シアンはオレが酒場で暴れている光景を、何度か見ているようだ。暴れるほどに酔っ払っちまうと、本人には記憶がないものでな。大丈夫、今日は酔うほどは飲むつもりもない。


「……じゃあ、オレは、コレで。店の前の掃除と、仕入れがありやすんで」


「酒か」


「はい。今夜は、『背徳城』で『新人たち』が出てくる日らしいっすから。そういう日には、スケベで銭を持っているお客さんらが、大勢来るんですよ」


「かき入れ時だな」


「ええ。オーナーの兄さんが、『背徳城』に務めているおかげっす。そういうタイミングを教えてくれるんすよ」


「そうか。それなら…………ああ、一つ、聞きたいことがある」


「何っすかね?」


「闘犬とは関係ないんだが、『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』どもってのは、どれだけ暴れているんだ?」


「ああ、あのテロリストどもっすか。けっこう、危ねえんすよ」


「らしいな。今夜も、暴れそうか?」


「ヤツらは神出鬼没っすからね。読めねえっすよ……でも、まあ……」


「……なんだ?」


「……目立つ場所を攻撃するんすよ。四大マフィアの施設が主っすね」


「ここの入り口のドアには、『マドーリガ』の印があったが」


「大丈夫っすよ。うちは、地下に潜ってる地味な店っすから」


「狙われるのは『背徳城』か?」


「ま、まあ、ここいらが襲撃されるとしたらっすけどね。『背徳城』には、腕っこきの戦士も詰めてますんで、そうやすやすと『ルカーヴィスト』どもも攻撃はして来ねえとは思うんですがね」


「……『背徳城』は火事になったことがあると言っていたが、そいつについては?『ルカーヴィスト』どもの仕業なのか?」


「……そこは、オレら下っ端には流れて来ねえ情報っすよ。テロだってハナシもあるし、奴隷女が焼身自殺したせいだってハナシもあります。どっちにしろ、『背徳城』の不名誉は、口外出来ないんすよ」


「どうしてだ?おしゃべりの門番も教えてくれないのか?」


「あ、ああ。オーナーの兄さんも、知らないのかもしれないっすね。あのヒトも義理堅くはあるっすよ、何せ、『背徳城』の現オーナーは、『テッサ姫』っすから」


「……誰だい、その姫サン?」


「『マドーリガ』のボス……代行ってカンジのお人ですよ。ホントのボスは、もう年を食っちまって、あんまり動けなくなってるらしく、『テッサ・ランドーラ』お嬢さまが色々と仕切ってますよ」


「ドワーフ・マフィアの女ボスか」


「暴れん坊っすよ。ランドーラの一族は、ドワーフの中でも力自慢がそろっているんですが、姫サンは『狭間』っすからね。ビックリするほどの豪腕っす。見た目は、細身なんですけどね」


「……ドワーフの『狭間』か。オレも、そんなお嬢さんを知っているよ。たしかに、彼女も尋常じゃなくタフな娘だった」


「ドワーフの『狭間』の女は、そんな傾向があるみたいっすねえ」


「……色々と参考になったよ。ありがとう、仕事の邪魔をしちまったな」


「いえ。いいっすよ。それじゃあ、オレたちの店、『ドッグ・オブ・グラール』を楽しんでいってくだせえ!最高の酒と、闘犬を楽しめる、熱い店っすからね」


「くくく!荒くれた戦士には、ベストな店かもしれんな」


「そういことですよ!では、ごきげんよう、赤毛の旦那に、『虎』の姐さん!」

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