第二話 『背徳城の戦槌姫』 その1


 さてと、することは決まった。『マドーリガ』の売春宿を襲撃して、難民たちを救助する。何とも暴力的な行いだが、悪人に手加減をしてやる必要はない。しかし、作戦はあった方がいいのは確かだ。


 作戦の立案はガンダラに任せたよ。オレが考えるよりはマシな作戦を、ガンダラならば何か思いつくだろうからな。ガンダラは難民たちの救助に熱心だ。元々が帝国軍からの逃亡奴隷だからかもしれない。


 奴隷の身分へと囚われた者たちへの同情心は、誰よりも強いのさ。奴隷の屈辱や痛み、そして苦悩……それらの全てをガンダラはその身で味わって来た。だからこそ、自由であることの価値ってものを、ガンダラは誰よりも知っている。


 やさしい男?


 ……たしかに、やさしさもある。この巨大な男は、子供好きの一面もあるんだ。ミアを妹のように大切にしてくれているしね。


 だが、奴隷への感情はやさしさだけではあるまい。ガンダラは奴隷のことを考えると、居心地が悪いのさ。


 彼自身が奴隷の身から逃亡し、自由を勝ち取った男の一人だからだろう。奴隷という制度そのものを、彼は強く嫌悪しているのさ。


 同族同士で戦をしたことがないという、穏やかな巨人族にしては珍しいことに……奴隷であることを認めた『秩序派』の巨人族には、ガンダラは深い怒りを覚えている。自ら、自由であることを捨てた者には、軽蔑を隠すことはないような男でもあるのさ。


 おそらく、奴隷を見ていると、かつての自分を見るようで、何とも腹立たしいのだろう。ガンダラはマジメだからな。自分の過去に絡みつく、奴隷という忌まわしき存在を、消し去りたいのさ。


 忘れることが出来ない過去だってある。その過去への向き合い方ってのは、人それぞれさ。ガンダラの場合は、その忌まわしき制度を破壊してやろうとしているようだ。奴隷たちを解放することは、彼自身の救済でもあるわけだ。


 ホント、マジメな男だよ。社会に君臨している、巨大な仕組み。そいつを拒絶するために、命がけで他人を助けたくなっているんだよ。自分の倫理観と美意識のためだけに。これをマジメと言わず、何をマジメと言うのか。


 とにかく。ガンダラという男は、自由の価値も、奴隷の屈辱も、痛いほどに理解している大きな男だということさ。作戦は彼に任しておけば、万全だ。



 クールな我が副官殿は、いつものように冷静さを崩すことはない。テーブルの上に『ヴァルガロフ』の詳細な地図を広げた。あの大きなスキンヘッドのなかで、高度な思考をしているのだろう……。


 オレもアイデアを出してやりたいところだが、この見知らぬ土地についてはな……どうにも、知り得ていることが少ない。ガンダラはルード・スパイや、ハイランド王国のハント大佐から、情報を得ているはずだが、オレにはそれも無いからな。


 ガンダラに協力してやれそうなほど、オレには知識がないというわけだ。彼が組み上げた作戦に対して、分析する形でしか貢献できないかもしれない。作戦を作れるほどの情報が無くとも、作戦のダメ出しは出来るからな。


「……作戦は任せたぞ。良さげなのを頼むよ」


「ええ。何とか夕方までには形にしましょう」


「頼んだ。キュレネイ、ガンダラに助言をやれ。お前しか、現地を肌で理解しつつ、信頼がおける者はいないんだ」


「イエス。ガンダラにアドバイスをしてやるであります」


「この土地についての情報は我々の中で、誰よりも知っていますからね。よろしくお願いしますよ」


「心得たであります」


 薄めの胸を叩きながら、キュレネイ・ザトーはそう語る。無表情であったとしても、チャーミングな動作だよ。やる気を感じるね。


「……ふむ。ならば、私は中和剤を作っておくことにしよう。女たちが、どんな薬物を盛られているか、分かったものではないからな」


「そうだな。なあ、キュレネイ」


「なんでありますか、団長?」


「北の農園で栽培されているのは、どんな植物だ?」


「『イシュータル』。ギザギザの葉っぱが特徴で、噛むだけで幻覚作用と鎮痛効果が出てくる『薬草』です」


「……そいつを原材料にして、エルフの錬金術師が麻薬にしているのか」


「あくまで、3年前の情報であります。そこら中で売っているので、聞いてみるのもありです」


 麻薬を買うか。ちょっとワクワクドキドキな悪事だな。しかし、その必要はないらしい。ガンダラが、コホンと咳払いした。オレの冒険心を破壊するために。


「……いえ。『イシュータル』を原材料とした麻薬のままのはずです。元々は、戦神バルジアの巫女たちが儀式に用いていた『薬草』らしいですからね」


「ということは、信者と一緒にハイになっていたのか?」


「宗教集団には、よくあるサイドビジネスですよ。イース教などでは、アルコール。人心を誘惑する品を、宗教に利用することは多い」


 ガンダラは宗教に対して辛目のジャッジをしがちだ。個人的には、薬物なんて論外だけど、アルコールはいいんじゃない?みんなで、集まってワイワイするための魔法の水でもあるしな。依存性はあるし、苦しみを忘れさせてくれる。


 人生の苦しみを忘却させるか、納得させてくれる。それが宗教と嗜好品の役目だろうに。まあ、いいや。酒にまつわる議論を展開すれば、三日三晩は論戦できそうだから。そんなことをしているヒマはない。


「……つまり、戦神教徒からすれば、『イシュータル・ドラッグ』で快楽にひたるのは、聖なる宗教行事なのか?」


「……『ヴァルガロフ』では、そうなっているかもしれませんな。他の土地での戦神の信徒たちは、節制や鍛錬を尊ぶ者が多い。この土地の文化は、あまりにも『ユニーク』ですから」


 皮肉たっぷりな言葉だった。ユニーク?……たしかに、そうかもしれんが常識から離れ過ぎているが。その単語が持つ、笑える側面はこの土地にはない。


「ここでの常識は、あんまり他の土地の参考にはならんということかよ……」


「ええ。ここは、異常な土地だということを、お忘れなく」


「了解。ストイックな戦神の信者サンたちに、迷惑だもんな……まあ、リエル。参考になりそうだな」


「ああ。『イシュータル』の葉で作られた麻薬か……その製法ならば、想像はつく」


「リエルも麻薬を作れるのでありますか?」


「おい、人聞きの悪いコトを言うでない!?」


「ごめん、であります」


「……いや。その、たしかに、我々が用いている『痛み止め』。あれも、ある意味では麻薬の仲間ではあるぞ」


「そうなのでありますか?」


「うむ。私の秘薬は、あくまでも鎮痛と血止めを目指している。だが、それらの成分を過剰に精製すれば、麻薬にもなり得るだろう。高度な知識は、悪用も可能だ。それゆえに、秘薬にまつわる知識を受け継ぐ時には、『薬草医の誓い』を立てる必要があるのだ」


 ……『薬草医の誓い』というのも、高い職業倫理から来る『掟』ではある。悪用することも可能な力をヒトに与えるということは、何ともリスクを伴う行為だ。しかし、その力が社会に有益な以上、伝承し、実践することを続けなければならない。


 ……けっきょくのところ、力の悪用を防いでいるのは、それらの職業が持っている職業倫理だけなのさ。それぞれの業種のプロフェッショナルたちが守るべき『掟』だ。それを破った者には?……報いが下されるんだよ。


「私が『薬草医の誓い』を破る日は、魂が永遠に呪われる日だ。私は誇り高く生き抜く。ゆえに、そのような日は来ないのだ」


「リエルらしくて、良い誓いであります」


「うむ。私もそう思うぞ。さてと……『イシュータル』の効果を中和する薬なら、手持ちの薬草でも事足りるな」


 そして、リエルはエルフの秘薬の調合を始めたよ。道具袋のなかから、乾燥した薬草の破片を取り出して、それらを小さなすり鉢でゴリゴリと粉にしていくのさ。


 その作業には、まったくの迷いがない。さまざまな薬草をテンポ良く混ぜていく姿を見ていると、自信の強さを感じさせるな。リエルに任せていれば、麻薬の中和剤も作ってくれそうだ。となれば……。


「……じゃあ。シアンたちを見つけてくるぜ。オレが一番、ここにいてもチームに貢献することが出来なさそうだ」


「うむ。任せたぞ、ソルジェ。それと」


「それと?」


「言うまでもないが、この街には誘惑が多いだろう。誘惑に乗るなよ?……ヨメ代表として、お前に罰を与えることにならないように……よく心がけて動くように」


 あのエメラルド色の瞳を見開きながら、オレの恋人エルフさんってば真顔で告げてくる……っ。


「昼間から、『ヴァルガロフ』の誘惑には落ちないよ?」


「信じておるぞ?」


 ああ、なんかそれ……あまり信じているヒトの言葉じゃないな。やれやれ。オレは、どんな欲深い獣だと考えられているのかね。


「たしかに、薬物はともかく、酒も女も大好きだが、昼間っから、そんな誘惑に落ちるほど浅ましくはないつもりだぜ」


「……そ、そうだな。すまぬ、ちょっと、お前を疑いすぎておるか……」


 反省エルフさんがそこにいた。愛するオレのことを疑う気持ちを持つことは、彼女にも辛い行為のようだな……。


「いいえ。団長は、スケベでありますから、注意しておくのは正しいです、リエル」


 挙手してまでキュレネイが主張しやがった。リエルが見せた、一瞬のしおらしさが消えちまう。


「そ、そうだな。ソルジェはスケベだものな……っ!」


「散々な言われようだ」


「いや、普段からの行いの結果だぞ。注意しろ?……そもそも、お前は、スケベすぎるだろうが……っ。一昨日も昨夜も……っ」


 正妻エルフさんが顔を赤くしているな。具体的に、オレがどんなにスケベなのかを誰よりも知っているヒトだからな。


「と、とにかく!!つつしむようにな!!」


「了解。じゃあ、行ってくるぜ」


 シアンたちとの合流するために、オレは一人でさみしく『ホテル・ワイルドキャット』を出発したよ。ホテルの従業員であるケットシーたちからは、素晴らしいスマイルで送り出された。


 選んだのは豪華な玄関ではなく、路地裏へとつづく裏口からだ。目立つ必要はないしな。それに、これから多用するのは、こちらの方だ。自意識過剰な男のつもりはないが、目立つ必要はない。


 今夜のうちに、間違いなく『マドーリガ/茨まといし聖杯』とは敵対するからな。まあ、ガンダラが作戦を立てるのだから、こちらの正体を隠す方法も、その中には組み込まれているだろうが。まあ、これ以上、目立ってもいいことはないのさ。


 さて。路地裏に出たが、そこは薄暗く、太陽の光が差し込みにくい細い道があるだけだった。怪しげな連中がたむろしていることはない。このホテルが『アルステイム/長い舌の猫』どもの施設だと、『ヴァルガロフ』の住民たちは知っているらしいな。


 皆、厄介事に巻き込まれたくはないわけだ。この街の厄介事ってのは、あまりにも残酷そうだ。良い判断だな、危ういものには、近寄らない方が賢いってものさ。


 スリを心配することもなく、オレは気楽な気持ちで、路地裏を歩いたよ。


 実は、シアンたちとの合流については、連絡していない。だが、問題はないのさ。あっちには、ジャンがいるのだから。


 ……適当に街をぶらついていれば、そのうちジャン・レッドウッドの鼻に引っかかり、あちらから接触して来るだろう。特殊な任務を実行していればハナシは別だがね。まあ、まだ昼間だ。何かを実行するような時間ではない。


 こっちは少数精鋭だからな。表立って動くことは、戦術的な不利を招く。武人としての合理性を追求するシアンがいれば、昼間からの派手な行動はありえんさ。


 そして、シアン・ヴァティが指揮を執っているチームだ。時間をムダにはしたがらない。ギンドウはともかく、シアンとジャンは昼間からあちこちを動き回り、情報を見つけようと躍起になっているはずだ。


 彼女たちが重点的に探るとすれば、『マドーリガ』の支配する西地区だろう。難民の女たちを金に換えようとすれば、西地区の売春宿へ売り払うのが最も手っ取り早いからな。


 あるいは、北地区の『ゴルトン/翼の生えた車輪』……密輸が生業ならば、ここも怪しいもんな。


 『白虎』と関係の深さを考えれば、四大マフィアのなかでは間違いなく『ゴルトン』は『白虎』とのつながりがあったはず……『ゴルトン』に対する情報収集には、『虎姫』の名前が役に立つかもしれない。


 この街に、フーレン族が住んでいるのなら、『虎姫シアン・ヴァティ』には大きな敬意を払ってくれるかもな。接触出来れば、力になってくれそうだよ。


 ……とはいえ、シアンが最も重視するのは、『マドーリガ』の方だろう。難民の女が捕らえられて売り払われる。この土地では、絶対にあるハナシだな。その『被害者』を見つけて、そこから犯人を追跡するとい作戦も、効率的ではある。


 『マドーリガ』の構成員を捕まえて、シアンが拷問すれば、すぐに吐くかもしれない。マフィアの口は堅い?……問題ないね。悪人の絆は、総じて脆い。利己的な絆でしか結ばれていないさ。そんなものは、シアンの殺意の前には無意味だろうよ。


 死ぬ気がなければ、シアンの拷問を乗り切ることはできない。


 実際に、シアンは容赦なく悪を斬る女だからだ。


 ……まあ。とにかく今は合流だ。オレは今夜、襲撃する予定の『マドーリガ』どもの売春宿へと向かうことにする。もちろん、現場の下見も兼ねているのさ。どこをどう襲うべきか、どこから撤退するべきか。そんなことを考えながら、この不潔な街を歩いて行く。


 ドワーフどもの縄張りは街の西側だ。ここはケットシーのいた南側よりも、かなり暗いな。土地そのものが、他の場所よりも低いのかもしれない。よどんだ水が流れる水路が多く、そして、背の高い古びた石造りの建物が密集している。


 コイツが日陰を多く作る要因だな。建物のあいだには、ロープが張られていて、無数の洗濯物が吊されていた。ただでさえせまい道の上空を、そんなものが占拠しているものだから、晴れていても日陰が生まれる。


 水路の汚れ具合に、建物の多さ、そして洗濯物の数……ここは他の地区よりも、多くの人々が生活しているのかもしれない。悲惨な『ヴァルガロフ』の中でも、より貧しい暮らしをしている者たちが集まって暮らす地域なのかもな。


 こんな場所は、南地区よりも、じめじめして暗いから、気持ちまでも暗くなる?


 ……実のところ、そうでもなかった。それなりに面白みもあるからな。ある意味では、悪趣味とも言えるのかもしれないが、街並みには技巧を尽くされた鉄細工の看板やら、見事なガラス細工が踊る外灯があるからな。


 鉄細工は女の体の曲線を見事に再現していたし、ガラス細工は器用なコトにピンク色に着色されていて、夜中になればセクシーな色で輝くのだろう。ここが、スケベが大喜びしちまう、売春宿街だってことを理解させてくれるよ。


 オレは、どうせスケベ野郎さ。

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