第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その41
キュレネイの予想をくつがえす材料は、オレたちにはない。全面的に信じよう。
「……なるほど。考えられることですな。追放された『オル・ゴースト』……その実働部隊である『ゴースト・アヴェンジャー』が、テロ組織『ルカーヴィスト』。そうであるのなら、四大マフィアが手こずるのもうなずけます」
「ああ、四大マフィアを知り尽くす存在だ。誰をどう攻撃すれば、動きを妨害出来るのか……全て、把握しているだろうからな。しかも、実力で上の連中が」
「ふむ。それで、我々は今後、どうすべきなのだ?」
「決まっていますよ」
「……え?ガンダラ、さっき、お前は情報を集めるべきだと?」
「すみませんね。あれはウソです」
「う、ウソだと!?」
「ええ。ヴェリイ・リオーネがいる前で、こちらの情報をさらけ出すワケにはいかないので」
「だが、ヤツとは協力関係を結んだのだよな?」
「彼女も四大マフィアの一角です。しかも、『オル・ゴースト』や『ゴースト・アヴェンジャー』についての情報を意図的に隠しましたからな」
黒い瞳が細くなる。ガンダラは彼女のその態度を大きな問題としている。それには同意出来るな。オレもガンダラほどの怒りはないものの、彼女に小さくはない疑いの心を抱いてはいる。
腹を割って話せた?
そういうのとは、ずいぶんと遠い会食だったよ。
「ふむ。やはり、あの女、信用がおけぬ相手ということか」
「もちろん。情報通の彼女とは協力すべきでしょう。彼女の語ったことが全て真実であるのなら、我々との利害関係は一致している部分がありますから。ですが、こちらの全てを見せるのは危険です。手の内を明かせば?……彼女は自分の目的を優先するでしょう」
「……恋人と腹にいた赤子の仇……『首狩りのヨシュア』を仕留めることと―――」
「―――四大マフィアの幹部たちにハメられて、政治的な『生け贄』にされちまいそうなケットシーたちを、どうにかして守ること。その二つさ」
「復讐と一族を守ること。彼女の正義は、単純ですな。そして、それゆえに感情的でもあり、過激な行いを選ぶ可能性もある。いつ暴発するか、分かりません」
「なるほど。その二つのためなら、私たちなど、いくらでも利用してくるだろうな」
「使い捨てにされる可能性は高いであります。我々は、彼女とは、それなりの距離を取っておくべきです。『アルステイム/長い舌の猫』は、本当に嘘つきですから」
「……そうか。うむ。気をつけよう。それで、ガンダラ、我々はどうするべきなのだ?」
「もちろん、我々の最優先の課題を達成するべきです。そうですな、団長?」
ガンダラは出しゃばらない。
『パンジャール猟兵団』の『掟』を守るのさ。
『誰』と戦うのかを決めるのは、団長だけの特権だ。
「ああ、そうさ。いいか、リエル?オレたちは、亜人種の難民たちを西へと逃す仕事をしているんだぜ?……まずは、難民たちがマフィアどもの食い物にならないように、忠告する必要がある」
辺境伯領の外側に集まっている難民たちのキャンプ。『アルステイム』を除く三大マフィアと、密かに辺境伯の私設騎士団が手を組んで運営している、甘くて邪悪なる『罠』。
これを放置しておけば、彼らはいくらでも人身売買のルートに乗ってしまう。マフィアと辺境伯に、難民たちが渡らないようにする必要があるよ。
「ふむ。キャンプ地に接触をはかるのか?」
「それも一つですな。キャンプ地にもリーダー格の人物がいるでしょう。その人物に接触することが出来れば、注意を促せます」
「なるほどな」
「そのためにも、確保しなければならない者たちがいるぞ」
「……む?……誰をだ?」
「論より証拠であります」
キュレネイが元気にそう宣言する。
「そうだ。難民たちには『証拠』を示したほうが効果的だ。というか、オレたちの言葉だけでは、難民たちは信用しない可能性がある。今回は、ハイランド王国のときのように仲介してくれるルード・スパイもいないからな」
「むー。つまり、信用されぬというわけだな、我々の言葉だけでは」
「イエス。我々と彼らは他人であります。それに比べて、マフィアどもは彼らに慈善的な活動を与えています。エサで、飼い慣らされている」
「……それゆえに、論より証拠か」
「ああ。つまり、『ザットール』と『マドーリガ』に売られた難民。そして、辺境伯が帝国へと輸出しようとしている難民……それらがいるな」
「『ヴァルガロフ』の売春宿、北部の農園、辺境伯の私有地のどこか。それらを巡り、最低でも一人ずつ―――もちろん、可能であれば、より多くの難民を解放し、彼らの中の数名を、難民キャンプに運ぶのです」
「そうだな。『難民仲間』の言うことならば、マフィアのキャンプにいる難民たちも、ちゃんと耳を貸してくれるはずだ」
「イエス。我々だけがキャンプ地に赴き、真実を告げたところで、心に言葉が届く可能性は低い。マフィアの懐柔は、緻密。そして、難民たちには『後ろ盾』がない。彼らは、すっかりとマフィアに依存させられているはずであります」
「……唯一の救い主が、『ヴァルガロフ』の悪人どもというわけか。まったく、なんとも邪悪なことだ」
この世界は確実に間違ってしまっているということが、よく分かる現実だよ。しかし、すべきコトは整理出来ている。
「……『売春宿』、『農園』、辺境伯ロザングリードの『奴隷小屋』。それらを巡り、囚われた難民たちを救う必要がある」
「……ふむ。それで、どこから取りかかるのだ?」
「北部の農園は、ゼファーの帰還を待ってからでも良いでしょう」
「イエス。ここからは距離があります。馬でも時間がかかる」
「それに捜索範囲が広すぎる。この土地については、ヴェリイ・リオーネから詳細な情報をもらってから動くべきだな」
「賢明な判断です。『ザットール/金貨を噛んだ髑髏』の新たな麻薬農園……それの位置を特定出来れば、ハナシは早い。十中八九、そこにいるでしょうからな」
「逃走ルート、あるいは隠れることの出来る場所もいる。ゼファーで上空から偵察することが出来れば、西へと抜けるためのルートを見つけられる可能性もあるな」
「ええ。ハイランド側からの救援隊を送り込むことも可能でしょう。『白虎』の密輸のノウハウを回収すれば、難民たちを救うことにもつながるはずです」
「くくく。ハント大佐は切れ者だ。アイリス・パナージュやピアノの旦那が捕まえた『白虎』やら悪徳役人どもを折檻して、その手の情報を把握しているだろうさ」
軍人だからな。国境を越える道については、把握しておきたいところのはず。密輸対策や難民の移動うんぬんよりも先に―――帝国軍がそれを利用して、ハイランド王国の領土へ侵攻してくる可能性はあるのだから。
知っておくべき、国防上の穴ではあるのさ。
そして……帝国に攻撃をするときには、そのルートを用いて帝国領内に進軍することも可能だ。攻撃にしろ、防御にしろ、その国境線に存在している、秘密の道を知ることはハント大佐にとって急務だったのさ。
ハント大佐も国内をまとめるのには苦労しているだろう。ルード・スパイたちの密かな協力もあるとは言え、あの国は帝国の侵略を受けていたワケではない。むしろ、親帝国的な国家だった。
国内をまとめ上げるためにも、ハント大佐は早期の『帝国攻め』を敢行したくもあるはずだ。戦を起こせば支配者の支持率が上がるからな。彼の場合は、自己保身のためというよりも、帝国に母国がなびくという状況を防ぎたい思惑の方が大きいだろうがな。
ハント大佐は、帝国が敵であるということを、示さなくてはならないのだ。あの短気で狡猾なフーレン族をまとめるには、分かりやすい対立構造を提示するのが最適だからな。
帝国もバカではない。
帝国との商業的な結びつきが切れてしまい、明らかにかつてよりも貧しくなっているハイランド王国。その困窮を突いて、親帝国派の数を増やそうとするさ。元々、親帝国の下地があるからな……工作員を送り込みやすい土地だ。
そうなれば?
ハイランド王国を国内から崩すことも可能だ。王位継承権一位であるシーヴァ王子、彼を暗殺でもすれば、あの国の状況は大きく悪くなる。
帝国の工作員たちは、ハント大佐が王位を簒奪しようと野心と本性を見せたと声高に騒ぎ立てるもしれない。
そいつは大変に悪いコトだ。もしも、良識派のイメージが崩れれば、ハント大佐の支持基盤は崩壊するし、ハント大佐が国外に持っている『信頼』という、ほとんど唯一にして最大の外交力が消える。
フェアな貿易をしてくれそうな人物だから、『自由同盟』……とくに、ルード王国やザクロアの商人たちは、彼を支持して、ハイランド王国の経済を支えようとしてくれている。アリューバもそうだな。
ロロカ先生が、ストラウス商会を操りながら、フレイヤ・マルデルに働きかけてくれているはずだ。ハイランド王国の経済を支えろと。海賊船は、商船としても有能だろうからな。
多分、アリューバの商船なら、ディアロスたちの土地である『バロー・ガーウィック』まで旅することも出来るさ。ああ、ストラウス商会を儲けさせすぎるな……とガンダラが忠告するのはよく分かる。
ストラウス商会とアリューバ『商船』が組めば、かなり大もうけになる。だが、それが過ぎれば、おそらく商人たちの国であるザクロアの不興を買う可能性まで出てくるな……ほんと、あの辺りは難解な商人たちの経済的な争いが見えるよ。
……だが。
そこは愛するヨメであるロロカ先生に任せておけばいい。オレは、こっちの現場をどうにかするしかないな。難民は、オレたちの潜在的な戦力だし、彼らを帝国で死なせるわけにはいかないからな。
「―――ゼファーとハント大佐、そして、ヴェリイとの協力が要る。農園は、後回しにするしかない」
「そうか。では、居所がほぼ確定しているのは……ば、売春宿だけだな」
「そうなりますな。辺境伯の領内にある奴隷小屋を探すのは、かなり難しい。まあ、見当がつかなくはないですがね。大量の奴隷を帝国域に運ぶために、最も楽なルートは一つだけです」
「イエス。ヴァンガード運河であります」
「おお!そうか……帝国内にもつながっているな。この荒々しい荒野を、馬車や徒歩で輸送するよりは、大きな時間の短縮になる」
「帝国内での奴隷市は、法律で期日が定められていますからな。その期日に合わせて……下品な言い方ですが、奴隷たちを『出荷』することが出来るようにしているはず。全てとは言いませんが、奴隷小屋のいくつかは、ヴァンガード運河沿いにあるはすですよ」
効率化をはかる。それは帝国人らしい発想だからな。
「……そいつについても、正確な状況把握が必要だ。ゼファーには、運河周辺を偵察しながら、こちらに戻って来るようにさせる……それに、オレ自身も辺境伯の私兵に紛れ込んで、情報を得たい」
「うむ。ロザングリードとかいう悪徳地方長官も、場合によれば排除せねばならんわけだしな」
「そういうことだ。敵やら敵地の情報を知るということは、大事だな。倒すべきヤツや、成すべき仕事の順番が見えてくる」
「ええ。我々がすべきことなど、とっくに決まっていたのです。今夜、『マドーリガ』の売春宿を襲撃し、売春婦にされている難民を確保します」
「そのために、戦力をみつくろうぜ。シアンたちと合流するぞ」
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