第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その29


「……ソルジェ」


 心配そうな声と顔を、リエル・ハーヴェルがしていたよ。だが、オレは別にクラリス陛下の判断を愚策だとは思っちゃいない。


「……現実的な判断だ。『自由同盟』の根幹を担っているルード王国と、ザクロアは大陸の西……東の果てにあるバルモアと組むのも、悪い選択ではない。旧・バルモア連邦の戦士どもの支配力が、あそこまで達する可能性は低い」


「戦略的に、正しいであります。しかし、団長の『敵』であるのならば、我々は許容すべきですか、ガンダラ?」


「……いいえ。我々の長は、ソルジェ・ストラウスだけです。クラリス陛下や、他の国家の代表たちではない。パンジャールの『王』は、団長だけです」


「イエス。それが、私たちの『掟』であります」


「……うむ。我々が戦う『敵』は、ソルジェが決める。それだけのことだな」


「団長。我々は、貴方を裏切ることはありません。ですが、我々だけで世界は出来ているわけでもないのです」


「……理解しているよ、ガンダラ。オレだって、世界を這いずり回って来た身だ。帝国を倒すには、バルモア連邦のヤツらだって利用しなくちゃいけない。そんなことは、分かっていたさ」


 それでも、未熟なオレの心は。世界が大きく動き始めてしまうまで、その可能性を言葉にすることを拒んでいたようだ。


 ……バルモア人どもと、手を組む。


 オレの故郷を焼いた、あの熊神の信仰者どもとか。


 なんという、屈辱だろうかな。


「団長が望まないのであれば、我々は『自由同盟』からの離脱も厭いません。その結果には、おそらく、好ましい状況が待ち受けてはいないでしょうが……猟兵は従うでしょう」


「……わかっているよ。だが、『自由同盟』は、オレにとっても希望であることは変わらない」


「……すみません。まだ、仮定の話なのに、熱くなってしまいました」


「いや。近いうちには、起こりうる状況だ。話し合っておかなければならないことだ。決めるのは、団長であるオレだが……皆の言葉も聞いてから、決断したい」


「それがいいと思います。バルモア連邦と組む。その行為は、当然ながらリスクもあります。バルモアを第二の帝国にするだけに終わる可能性もある」


「……支配者が変わるだけか。バルモアも人間族が支配的な国家。ファリス帝国よりはマシかもしれんが……オレにとって、問題は大きいな」


「ええ。その状況が発生すれば、ガルーナ領の解放も見込めはしないでしょう。『自由同盟』の協力により、瞬間的にガルーナを奪還出来たとしても、その防衛を維持することは困難……」


「イエス。『自由同盟』は、大陸の西側の集団。団長の故国とは、どうしても距離があります。ルードもザクロアも、団長に好意的であったとしても、『バルモア帝国』に遠征して大軍を送り込むリスクは選択出来ないであります。援軍が来るには、あまりに遠すぎます」


「そうです。仮に、ガルーナに『バガボンド』の全戦力が移住したとしても、単独では増大したバルモアを止められないでしょう」


「……つまり。『自由同盟』は、ファリス帝国を倒すことには役立つが……ガルーナの奪還に対しては、何のメリットもないというわけか?」


 ……リエルがその事実に気がついていた。そうだ、『自由同盟』はファリス帝国という脅威を打倒し、大陸西部の国家群を守ることには機能する。だが、ガルーナの奪還や、その独立の防衛に役立つ同盟ではないのだ……。


 もちろん。まったくの無意味なのではない。


 しかし……現実的に機能するとすれば―――。


「―――『自由同盟』がファリス帝国打倒を成し遂げた後、ルードもザクロアも、おそらくガルーナの奪還を支援してくれるだろう。クラリス陛下やライチ代表は、オレに好意的であるとは思うが……ガルーナは、西国諸国のための『盾』として使われる」


「『盾』?」


「ガルーナを支援してくれるだろう。ガルーナがあれば、ファリス帝国を構成していた諸国が、西を襲うことを防ぐことが出来る。より具体的に言うのであれば、ファリス亡き後に勢力を回復するであろう、バルモア連邦……ヤツらが西に向かうのを防ぐ盾にされる」


「……そんな……ッ!」


「合理的な判断です。『自由同盟』の首脳たちはともかく。国家としての、それぞれの集団がガルーナに望むことは、代理戦争。東国の雄、バルモアの抑制であります」


 ガルーナでオレたちが独立を維持しようと戦いつづけることこそ、西方の諸国には安定をもたらすことに直結するわけだ。


「……露骨に無下にされることはないでしょう。しかし、どの国家も本質的には自国を最優先する。西方諸国との協力関係は、必ずしも、ガルーナという国家にとって、理想的な関係になるとも断言しにくいわけですよ」


「……なるほど。そうなることを分かって、バルモア連邦と『自由同盟』は手を結びたがっているというのか?」


「現時点での脅威は、バルモアではなくファリス帝国です。それを打倒しなければ、何にもなりませんからね。ルードも、ザクロアも、戦力に余裕があるわけではありません。帝国との『決戦』を望めるのは、今年の冬……その時に、帝国を倒さねば、全ては終わる」


 たった5%だ。『自由同盟』が、より力を増したところで、この大陸の5%の地域しか味方を作ることは出来ない。95%の地域をもつファリス帝国を打倒する機会があるとすれば、ヤツらが度重なる敗戦で戦力を一時的に低下させた『今年』しかない。


 ……帝国は、まだ攻撃をしてくれている。各地域への軍隊をともなう侵出を行っている。侵略師団を再建しようと必死だ。しかし、それを選ばず、防御を選べば?……圧倒的な物量をもつファリス帝国は、何年も防衛的な戦闘を繰り返すだけで、西方諸国は疲弊する。


 長く時間はかけられないのだ。


 理想を言えば、今年の冬。


 海軍が再建されるよりも先に、帝都にまで切り込み、皇帝ユアンダートを討ち取る。それが唯一、ファリス帝国を我々が打倒できるシナリオだ。そして、それを成すために、現状、最も有効な戦略は……旧・バルモア連邦の連中と、ファリス帝国を衝突させることだ。


 その内戦を発生させれば、ファリス帝国を西と東から挟み撃ちに出来るからな。バルモアと組むことは、ファリス帝国を滅ぼすためには、最良の道ではあるのだ……。


 しかし。その後、ガルーナが抱えるリスクは、さっき言った通りなんだよ、リエル。


「……帝国を倒すためには、バルモアと組むのが最良。しかし、その道を選べば……ソルジェの……いや、我々のガルーナは窮地に立たされるというわけか」


「そうだ。元々、バルモア連邦のヤツらは、ガルーナが邪魔だった。大陸西部に侵出しようとしていたヤツらには、竜騎士のいるガルーナと、『ファリス王国』のあいだにある『同盟』が、『壁』となっていたからな……」


 だが、裏切り者のファリスは、ユアンダートは、その同盟を裏切り、オレたちを犠牲にして、バルモア連邦と休戦した。


 その後、力をつけたユアンダートはファリスを王国から帝国へと肥大化させて、バルモア連邦の各有力貴族たちと同盟を結び、ヤツらを切り崩しながら統合していった。


 バルモア連邦も、一枚岩ではなかったのさ。だから、ユアンダートと組むヤツらもいたんだよ。ユアンダートは、バルモア連邦の裏切り者どもと組むことで、バルモア連邦をゆっくりと帝国に統合していった。


 裏切りと裏切りの連鎖。


 それが、きっと乱世の法則ではあるのだ。裏切りが得意な毒蛇野郎のユアンダートが、覇権を握れるわけさ。世界は……悪意の方が強いらしい。善意や、純粋な忠誠心などよりもな……。


 星を見る。


 歌となったガルーナの英雄たち。彼らは、もっとシンプルな戦いにいた。アーレスよ、オレは歌になれなかったことを、恨む日もあったが……生きて戦いつづけることを嫌うことはない。


 しかし。


 ガルーナを滅ぼした熊野郎どもと組み、帝国と戦う?……その果てにあるのは、あの熊野郎どもに、再びガルーナが蹂躙される夜ではないのだろうか?……同盟など、ヒトの欲の前では、国家的な打算や、野心の前では、あまりにもたやすく崩れ去る……。


「……それでは、どうすべきなのだ、我々は?」


「……全てに優先すべきは、ファリス帝国の打倒ではある。あの帝国がある以上、亜人種にも『狭間』にも『未来』などないのだ」


「……っ!……そう、だな」


「ユアンダートを討たない限りは、全てが終わる。クラリス陛下やライチがバルモアと手を結ぼうとするのも、戦略的な正しさに満ちている」


「だが……」


「……リエル。オレたちは、もっと力をつけなければならない。それだけは、確実に言える。ファリス帝国の力を削ぎ、オレたちの『未来』があるガルーナを、より強固な国家にするために、力を集めなければならない」


「ソルジェ。うむ。そうだな!」


「ああ。そして、だからこそ、クラリス陛下は『ストラウス商会』に投資をしてくれているのだ」


「ソルジェと、ロロカ姉さまの会社にか?」


「そうだよな、ガンダラ?」


「ええ。可能な限り、早くにガルーナという『器』を団長が取り戻す。そして、そこに戦力を集めるわけです……帝国海軍が大打撃を受けている今、アリューバ海賊騎士団の協力が得られるのならば、ガルーナに物資も人員も遅れますからな」


 アリューバと『自由同盟』の絆を深めるためにも、クラリス陛下は『ストラウス商会』に資本を投入してくれている。商業的な富で、悪い言い方をすれば、アリューバを懐柔するためでもあるのさ。


「アリューバと『自由同盟』の連携が、一時的にも完全に機能するのなら、ガルーナに戦力を蓄えられるのさ」


「ふむ。そうなれば、帝国打倒も……ガルーナ奪還も、そして、ガルーナを帝国打倒後に復活するバルモアからの侵略戦争にも、勝利が可能になる?」


「そういうことだ。言葉にするのは、容易いがな。実行は……どうあれ至難の業であることは変わらない。しかし、それは初めから分かりきっていることでもある。ガルーナは、すでに一度、滅びた国家。それが乱世で再興することは、最初から大きな挑戦だ」


「……そうだな。だが、それでも成し遂げなくてはならん」


「ああ。オレたち『家族』の住むべき場所を……『家』を奪還しなくてはならんからな」


「うむ!」


「……とにかく。現状で出来ることは、ファリス帝国を叩き、仲間を増やすことだ。そのために、オレたちはここに来ている」


「そうでしたな。もうしわけありません。いらぬことを口にしましたか」


「いいや。話し合うべきことではある。オレたちが、より良い『未来』を掴み取るためにもな。帝国を倒し、ガルーナも奪還する。オレたちがすべきことは、何とも欲深い行いではあるのさ。計画はいる。そして、そういう計画を立てられるのは、ガンダラ。お前だ」


「……評価いただけ、光栄ですな」


「ああ。オレは、いつだってお前を信じているよ。いい計画を、色々と立ててくれ。そして、その都度、オレの耳に届けてくれると助かる」


「ええ。お任せください。私も安住の地を求めていますからな。団長の国であるのなら、そこは居心地が良い。大臣にでもなれそうですしな」


「くくく!ああ、いいポジションを用意してやるよ……さてと。壮大な国盗りの計画よりも、今は、目の前にあるお仕事を片づけないとな。何事も、一歩ずつ前に進む。そうでなければ、小事も大事も成せはしないさ」


「ならば。明日は『ヴァルガロフ』に向かい、シアンたちと合流しましょう。難民の行方を知ることは、まだ出来ていません。彼らを保護し、『自由同盟』の土地へと逃すためにも、状況を把握しなければなりませんからな」

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