第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その24


 ……オレたちは、昼間の教会へと帰還した。


 そこで尋問を行うことにしたのさ。ホコリっぽい場所だが、ちょうどいい地下室もある。この『黒髪』を監禁するには、持って来いだろう?


「じゃあ、私が晩飯を作ってやろう。いつぞやか、尋問には向かないと言われた。私の正義は、暴力的すぎるらしいから」


「頼むよ」


「うむ。シチューで良いか?」


「イエス。リエルのシチューはおいしいです」


「ええ、栄養価が高いものがいいですね」


「栄養。馬の肉を使いますか―――」


「―――う、馬は、食べてやるな!ちゃんと、食材ぐらい持って来ておるわ!」


 リエルはそう言いながら、運河の方に向かう。運河の土手には、あの黒馬がいたな。キュレネイは、あいつを食べたがっているのだろうか?……まあ、移動用の足として、役に立つ日も来るかもしれないし、食べちまうことはないよな。


 ……シチューが出来る前に、オレたちはこの麻痺の毒が回っている『黒髪』を地下室に運び込み、『情報収集』を開始しようかね。


 靴職人ロンが死んでいた、あの地下室だ。子供の頃なら、白骨死体が転がっていた夜の教会なんかに行ったら、大はしゃぎしていたんだろうがなあ。大人になるっていうのは、感動を失うことでもある。物陰に幽霊を見ることもなく、地下室にたどり着いてしまった。


 ガンダラの体重で床が抜けそうにはなったが、まあ、どうにか抜けなかったよ。


 我々は教会の地下室に運び込んだその『黒髪』を、縄で柱にくくりつけた。そして目隠しでヤツの視界を奪ったあと……解毒剤を注射してやったよ。


 猟兵三人で、その解毒を待つ?……待つだけじゃないな。毒が消えた頃合いになると、オレは鉄靴の底で『黒髪』のすねの骨を軽く踏んでいた。折るほどには力はかけないが、かなりの気付けになっただろう。


「ぐあああああッ!?」


「起きたか」


「な、なんだ!?……クソっ!?お前ら、どこの盗賊だ!?」


「誰でもいいだろ?知らない方が、話しやすいことだって、あるかもしれないぞ」


「……っ!?」


 自分の正体をバラす必要もないからな。コイツはオレたちを『同業者/盗賊』と考えていたようだが、今はどうだろう。四大マフィアだとでも考えてくれているかもしれん。あの檻を設置した。


 何か、新しい仕事に挑戦するための設備投資だ。難民を捕らえるためか、あるいは捕らえた難民を輸送するためか……何にせよ、この土地で大きな犯罪稼業をしようっていうのなら、四大マフィアと関わり合いは避けられんだろうさ。


「……あ、アンタら、オレが……名前を聞かない方が、いい相手か……?」


「立場は教えるつもりはない。問題はないだろう。こちらが質問だけする。貴様が質問したところで、こちらは答えない。あるいは、貴様をコントロールするために、嘘を吐くかもしれないぞ。信頼関係は期待するな。オレたちは平等じゃないことも理解しておけ」


「わ、わかったよ……オレだって、ムダに、死にたくないからな……っ」


「まずは自己紹介してもらおう。お前は、どこの誰だ?」


「……オレは、テムズ・ジャールマ……山賊団、『アイトワラス』のメンバーだ」


「団のなかでも地位は?」


「……上から3番目」


「頭はどこにいる?」


「……『ヴァルガロフ』に、アッカーマンのところに行った」


 アッカーマン?……有名人らしいが、オレは知らんぞ。キュレネイ・ザトーを見る。キュレネイはオレの知識量を察してくれたのか、こちらに近寄って、耳打ちしてくれた。


「―――『ゴルトン』のリーダーですよ。巨人族、密輸と故買取引が生業です」


「……そうか。テムズ、お前のところの頭は、『ゴルトン』の参加に入りたいのか?」


「……お頭は、大きな組織につきたいと考えているよ。団員は、反対しているヤツも多いけどな」


「仕える『主』を決めていないか、結成してから歴が浅いのか?」


「……ああ。三ヶ月ぐらいだ……各地から流れて来た連中が、寄り集まって、お頭が『アイトワラス』を作ったんだ」


「その割りには、よく酒を備蓄していたな?」


「……『マドーリガ』の酒さ……」


「ほう。お前たち、ドワーフどもの密造酒を奪ったのか?」


「あ、ああ。知らずに……やっちまってさ。だから、『マドーリガ』に気づかれる前に、大きなトコロと組まないと……殺されちまう」


「やらかしたな。浅慮な指導者だ」


「……お頭は、まだ若いからな」


「お前たちの生き死には、お頭の交渉次第か。なるほど、その人物の健闘を祈っておいてやろう。じゃあ、次の質問だ」


「……あ、ああ。何でも聞け」


「……あの檻はどうした?誰を入れるために用意していたんだ?」


「あの檻は……難民用だよ」


 その言葉に、オレたちは互いの顔を見合わせる。


「……難民用か。難民を捕らえて、あそこに入れていたか?」


「……い、いや。実際には……まだだ。まだ、買ったばかりだよ。捕まえてはいない」


「どうして?せっかく檻を買ったんだろう?なぜ、しない。お前たちの規模なら、難民を捕まえることは、難しくないはずだぞ?」


「……それが、難民が、すっかりと南側の『交易街道』を通らなくなっちまったからさ」


 『交易街道』ってのは、大陸のあちこちを走る商人たちの道だな。難民たちが、帝国中心部から、外縁の帝国外に出るときに使う道の一つだ。


「じゃあ、難民はどこに行ったと考えている?」


「分からん。オレたちは流れ者なんだ……」


「帝国軍の脱走兵だな」


「……っ!?……お、お前。帝国軍の、憲兵か何かじゃないだろうな!?」


「違うさ。帝国軍とは、まったくの無縁だよ。脱走兵を殺すつもりは、今のトコロは無いんだ。安心してくれよ?」


「……な、なかなか、安心するのは難しい状況だぜ、旦那?」


 テムズ・ジャールマは大きな傷のある左頬を引きつかせながら、へへへ、と力なく笑った。帝国軍の憲兵ってのは、乱暴者らいしな。帝国軍は、なかなか脱走兵に手厳しいらしい。


 さてと。帝国からの難民たちの主要な逃亡ルートだったという『交易街道』だが、そいつはもう機能していないのか?……ゼロニアに入るよりも前に、難民たちがせき止められているのだろうか……?


 いいや、『南側の交易街道』とコイツは言ったな。じゃあ、たとえば、『北側の交易街道』を難民が選ぶようになった可能性はあるのか。『ヴァルガロフ』の近くを通るような交易街道を、難民たちが嫌う可能性もある。


 帝国の支配力の薄い土地ではあるが、悪人どもが支配する土地だからな。


「も、もう、質問はないのかい?だったら、そろそろ逃がしちゃくれないか!?」


「逃がすわけがないだろう。それなりに苦労をして捕まえたんだからな」


「……そ、そんな……オレを、どうしたいんだ?」


「情報源としての価値が低そうだということは理解したよ。だが、まだ聞きたいことが幾つかあるんだ」


「じゃ、じゃあ、聞いてくれよ、旦那?……オレは、何でも答えるぞ?」


「難民を捕まえて、誰に渡すつもりだった?お前たちでは、難民を金に換えることは出来ないだろう。殺して奪うまでが限界だ。生業にするために、誰に渡すつもりだった?」


「『ゴルトン』!……アッカーマンだよ!……元々、あの檻だって、ヤツらに売りつけられたようなものだ」


「『マドーリガ』の密造酒に手を出した後のハナシか?」


「い、いや。アレをやっちまう前のハナシだよ」


「つまり、アッカーマンが、お前たちに『難民狩り』をさせようとしていたのか?」


「ああ、『難民狩り』をしようと思ったのは、ヤツらが儲かるからって誘ってきた。オレたちは、それに乗せられて……檻まで買ったんだが……檻を買った頃から、難民たちは来なくなっちまって……檻の代金も払えそうになかった」


「だから、酒泥棒をしたのか?」


「まあ、そうだ。オレたちは、情報の確認を怠って……情報屋から聞いたとおりに動いたんだ。ケットシー族の情報屋だった。カジノに運び込まれる高級な酒が交易街道を運ばれてくるって……でも、馬車を襲って、積み荷を見たら……ドワーフどもの安酒だった」


「……ケットシー族の情報屋に、はめられたのか?」


 ケットシーたちがやってる『アルステイム』は、窃盗と詐欺をしている。キュレネイ・ザトーの情報ではそうだったな。


「……そ、そうかもしれん。あの猫野郎、オレたちをハメたのかも……」


「つまり、お前たちは、巨人族に騙されて檻を買うも、難民は来ず。金の返済に困り、ケットシーからの情報を鵜呑みにして、馬車を襲ったら、なんとドワーフたちの品だったか。四大マフィアのフルコースだな。このままでは、エルフの高利貸しに借金して、ドワーフに金を払う羽目になるかもしれんぞ」


「オレたちは、色々と……『ヴァルガロフ』の洗礼を浴びている最中なのかもしれないな……旦那も、『ヴァルガロフ』の誰かなんだろ?……あの悪人だらけの、クソみたいな街は、どいつもこいつも結局グルなんだろ?……よってたかって、むしり取りやがって!!」


「社会勉強をしているな。マフィアになんぞ関わると、ロクなことにはならんと」


「……いい年こいて、するような勉強じゃないぜ」


「自分より不出来な年下の上司になんて、つかなければ良かったな」


「……そうかもしれんが。彼は、軍から逃げる時に、手を貸してくれたからな。経験さえ積めば、いい男になるよ」


「そいつは楽しみだ」


「……まさか、お頭に、何かをするつもりか?」


「いいや。今のところは考えてもいない」


「それは、良かった……旦那よう」


「なんだ?」


「アンタがどこのマフィアなのか知らないが、ちょっとだけ安心したぜ」


 テムズ・ジャールマは、そのお頭とやらに真の忠節を誓っているようだな。


 しかし。


 思っていた以上に情報は手に入らなかった。


 難民については、コイツら『アイトワラス』は、ほとんど何も知らないようだな。あの砦から出かけている馬車は、そのお頭と護衛たちを乗せた馬車か。


 部下たちが、それなりに楽しげな酒宴を開いて油断していたということは、幹部以外は『ゴルトン』の密造酒を盗んでしまったことを知らないのかもな。


 この3年間で、あのクソ不味い酒の味が、いくらか改善されていたとしても。自分たちの死を呼ぶかもしれない酒を、ガンガンと呑めるような度胸を持つ者は少ないだろう。


 このテムズは、それをやれたわけだ。なかなかにキャリアを感じる。見た目以上に、しっかりとした戦歴があるのだろうな。古強者さ。そうだ、ベテランだよな、貴様は。


 死を招くクソ不味い酒を楽しげに呑む演技をしてまで、団の結束を必死に強めようとしたのか。団の結束に頼るしか、『ゴルトン』どもから身を守る手段は無さそうだからな……。


 ……さてと。


 難民についての情報は、もうこれ以上、コイツからは聞けそうにないな。では、さっきから気になっていることを聞いてみようか。今回の仕事とは、直接的に関わりがあることではないが。


 コイツの黒髪を見つめていると、どうにも気になっちまってね。


「……テムズ・ジャールマ。お前の出身地は、どこなんだ?」


「え?」


「言えよ。お前の故郷のハナシだよ」


「……オレは、その…………」


 オレの言葉に、何かを感じ取ったのか。テムズ・ジャールマは黙りこくっちまったよ。しかし、無言は許さない。


「……ナイフの切れ味を知りたいのか。脚の肉を少しばかり削ぎ落としてやってもいいんだぞ」


「ま、まて!!……オレは、『バルモア連邦』の出身者だ。まあ、元・連邦だけど。今じゃあ、帝国に吸収されちまっているしな」


 ……ふむ。黒髪の人間族は、あちこちいるものだがな。


 なるほど。


 『バルモア連邦』の戦士か。しかも、ベテラン。中年の戦士。9年前も、もちろん現役だっただろうさ。ガンダラが、オレに近寄ってくる。でも、オレの口の方が早いよ。


「キュレネイ。ガンダラを止めろ」


「イエス」


「……っ!?」


 キュレネイ・ザトーはオレに忠実だ。何だってしてくれる。ガンダラの前に立ちはだかるよ。


「……何のマネです」


「仲間同士で傷つけ合うことはないさ。ちょっとだけ、邪魔をするな」


「……せっかく、捕まえた情報源ですよ。その意味を、分かって下さいね」


「ああ。分かっている」


「……な、なんだ。ど、どうかしたのか?」


「テムズ・ジャールマ。質問に答えろ。すばやくだ。遅れれば、鋼の味を知ることになるぞ。いいな?」


「あ、ああ。わかった。なんだい、旦那?」


「テムズ・ジャールマよ。お前は……9年前に、ガルーナへ攻め込んだな?」

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