第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その23


 見張りを沈黙させたオレとキュレネイ・ザトーは、合流を果たす。オレたちは、制圧した城塞の上から、中庭を見下ろしている。檻があるな。組み立て式の、大きなものだ。中には非人道的に詰め込めば30人ぐらい入れそうだ。それが、三つもある……。


 中古品を購入したのだろうな。敵の装備とは異なり、その檻は錆び付いているぞ。殺戮が行われた形跡はない。血の臭いもしないし、地面が紅く染まっているなんてこともないな。


 年季の入った人さらいとは、どうにも思えない。あの錆びた檻も、耐久性に問題を感じるし、地面には檻を組み立てる時に、そのパーツを引きずったと思われるひっかき傷が刻まれていたよ。


 生業を決めかねている、新しい山賊団なのかね?……追い剥ぎから、人さらいに仕事を変えようとしている最中なのか……。


 よく分からんね。


 分かっているのは、ヤツらが油断しているということだ。山賊どもは、焚き火の前で酒を呑みながら、リラックスしている。焚き火に足の裏を近づけて、温めているヤツもいるな。


 酔っ払った目で炎なんて見ていると、眠たくなるもんだよ。今、ここにいる山賊どもの半数近くは居眠り状態だ。『黒髪』も騒ぐのをやめて、地面に座り込み、ちびちびと酒瓶に口をつけている。


 まったくもって、全滅させるのは難しくはない。


 ……というか、そちらの方が、実のところは簡単だ。少数精鋭であり、暗闇にまみれての戦闘が得意なオレたち『パンジャール猟兵団』にとって、このぐらいの人数の敵は処理しやすい。殺せば、永遠に無抵抗だしな。無傷のまま、全滅させることは難しくはない。


 だが、今夜はそういう目的ではないからな。あくまでも、獲物は一人。あの『黒髪』を誘拐してしまえばいい。オレたちは、コイツらの命よりも、情報が欲しいんだ。大きなマフィアどもが支配する土地で、この連中が大それた仕事をしているとは考えにくい。


 それでも、40人以上の集団を養うのは大変だ。コイツらには『稼ぎ』がある。何かよくない仕事をこの土地で行っているのは明白だな。それならば……お前らは現地の状況を把握しているんじゃないかね。


 ……新しく、中古の檻を購入したのは、何か『新しい儲け話』に便乗してやろうという企みからではないのか?……お前らよりもずっと大きな犯罪集団が主催している、『難民を誘拐する仕事』に、参加したがっているんじゃないだろうかな。


 後ろ盾が欲しいはずだ。


 『黒髪』が、わざわざ『道化』に徹するのも、この新しい集団の絆が未熟だからだ。バラバラになりかねない集団を、賢明に結束しようと、あのベテランの戦士はアホな踊りを披露している。


 戦士としての腕前と経験ならば、ここにいる山賊どもの中では、間違いなく頂点なのだがな。悲しい経営努力だ。ザコの若手の心を、つなぎとめるのに必死なんだよ。


 ……この集団に不在の『長』は、四大マフィアの幹部に貢ぎ物でも持って、仕事に混ぜてもらおうとしているのかもしれん。それに参加するために必要な戦力を、あの『黒髪』は維持しようとしている……そんな印象を抱くのは、オレが経営者だからか?


 まあ。


 なんだっていいさ。


 事実は尋問して吐かせればいい。この中で最も年長であり、最も腕が立ち、この山賊どもの悲しい中間管理職である、あの『黒髪』のヤツにな。


 オレは崖の上にいるリエルとガンダラを見た。ガンダラはあの大きな手で、闇のなかに合図を放つ。指が、カウントダウンしていくのさ。5つの指が、親指から順番に閉じられていく。


 腰裏の道具入れから、『こけおどし爆弾』を取り出すのさ。シャーロン・ドーチェが発明した、非殺傷性の爆弾だよ。となりに並び、同じように身を伏せているキュレネイ・ザトーも、その革手袋におおわれた指にオレとおそろいの爆弾を握った。


 ガンダラの小指が曲げられた瞬間、襲撃チームは『こけおどし爆弾』の4連投を実行するのさ。山賊どもがダラダラしている、その城塞に囲まれた中庭に、シャーロンの悪意とイタズラ心が詰まった火薬を投げ込んでいく。彼らの中心にある、大きな焚き火の中に。


「ん?」


「なにか、入った?」


 山賊どもが物音を立てた焚き火に、その寝ぼけた視線を誘導された直後に、炎に炙られたリンゴほどの大きさを持つ、『こけおどし爆弾』が内に秘めた騒がしさを解放していたのさ。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッ!!


 うちの専属詩人殿の作品が、大きな音を立てて炸裂したよ。燃焼されることで、その音と発光はより強くなり、焚き火に視線を向けていた山賊どもの網膜を白い光で塗りつぶす。あんなものを至近距離で見てしまえば、失明は免れても数時間はろくに見えんだろう。


 人間族の剣士たちの目は、これでやられてしまう。そして、強烈な爆音は、あの城塞に四方を囲まれた中庭で大きく反響し、長いエルフ耳をもつ弓兵たちの鼓膜に、失神するほどの衝撃を与えたはずだ。


 もちろん、巨人族だって影響を免れないさ。その中庭にいた連中は、網膜を光でやられながら、鼓膜を爆音で強打されちまったよ。失神する者もいたな。音だけでも、相当なモンだからね。


 目や耳を押さえてのたうち回る山賊どもを見下ろしながら、オレは立ち上がる。投げ縄を、頭上でくるくると回転させ始めるよ。そして、標的である『黒髪』を睨む。


 ヤツは目を押さえていた。酒に酔った目玉は、ついつい、あの焚き火が崩れる瞬間、それを見てしまっていたようだな。


 それでも、ヤツは中間管理職としての意地を示そうとしている。目玉を押さえながらも立ち上がり、声を上げる。


「き、気をつけろ!!敵襲だぞ!!……一カ所に、あ、集まるんだ!!」


 やたらと大きな声だった。鼓膜もやられているようだな。だが。周囲の反応は悪い。ヤツも、そしてヤツの仲間たちも聴覚は壊れているな。きっと、今、キーンという耳鳴りが両方の耳の奥で暴れているだろう。


 山賊どもが呻くなか、見張りの残り、門番をつとめていた巨人族の戦士たちが中庭に慌てて戻って来る。だから。キュレネイは動いていた。


 城塞の上から飛び降りて、その身軽さを帯びた肉体をしならせて、一人目の巨人族の戦士の背中に取りついた。毒蛇の腕が巨人族の首に絡みつき、技巧は、即座に絞首の毒へと化ける。巨人族が失神する。


 一人目を失神させた直後には、もうキュレネイは動いていた。相変わらず、予備動作が、分からない。本当に、ムダがないというか……『あいだ』が消失しているというかね。キュレネイは、『速い』だけじゃなく『早い』。


 強制的な『先出し』と言うべきかもな。彼女の技巧は、常に『奇襲』の色を帯びている。戦いに慣れている者ほど、彼女の行動に対して反応が遅れる。彼女には、戦闘の駆け引きが通じないんだ。読もうとすれば、殴られているぞ。


「なんだ、おま―――」


 もう一人の巨人族は大した強さだった。キュレネイの『速さ』には気づき、槍をかまえて備えていた……いや、備えてしまうとダメなんだ。キュレネイの動きを見てしまうと、遅れてしまう。『早さ』には、巨人族も対応出来なかった。


 身構えて迎撃しようとしていたはずなのに、キュレネイ・ザトーは巨人族の戦士の胴体に鉄拳を喰らわしていたよ。巨人族用の鎧は、大きなモノになるからね。あんまり流通していない。あったとしても高価になりがちさ。


 ……だから、山賊なんかしているような巨人族の戦士も、鋼に守られた鎧を着てはいなくてね。せいぜい、革製の鎧で身を守っているヤツが多いってことさ。そいつも例外にはもれなかった。


 そして、キュレネイの拳は、その革製の鎧を貫くほどの勢いで打ち抜いてくる。えぐられるほどのボディーブローが、巨人族の男を悶絶させる。気絶しなかっただけでも大したものだ。さすがは巨人族、タフネスっぷりは最高だが、うちの猟兵は甘くない。


 とくに、その子は容赦なく畳みかけるぞ。キュレネイは、また『早かった』。いつの間にか、悶絶する巨人族の背後に回っていたよ。そして、彼女はその大きな背中に身軽な猿のように飛びつくと、ふたたび絞首の毒蛇へと変わっていたのさ。


 ……オレも見とれていただけじゃない。数秒間の襲撃のあいだ、投げ縄を振り回して遠心力を生み出し、ついに『黒髪』に向かって縄を投げ飛ばしていた。耳を壊されているヤツは、立ちっぱなしになっていたからね。狙うのは容易いものさ。


 投げ縄が、ヤツの首に入った。そのままオレは縄を引き、ヤツの首を絞める。反応してくれよ?……アンタなら出来るだろ。そう期待しながらね。


 『黒髪』は期待に応えてくれたよ。左手の指、ヤツは首に迫るロープの内側へと、それらを侵入させていた。指で致命的な絞首を防いだのさ。いい反応だ。投げ縄は馬を捕まえるためだけの道具じゃないからな。


 経験値が、彼に素晴らしい反応を見せたが……オレも容赦はしないさ。城塞の上を走る。ヤツは後ろ向きに倒されて、オレの走りに引きずられるのさ。首が絞まっていく……そして、ヤツはそのまま失神するんだよ。


 ロープから伝わる感触に、抵抗の動きは消失した。オレはすぐに走るのを止めて、城塞から飛び降りた。もう、『黒髪』のそばにはキュレネイはいたよ。彼女は『黒髪』の武装を素早く解除する。剣を手からもぎ取り、腰と足にあったナイフを素早く抜き取る。


 オレは失神している『黒髪』の首にかかるロープをナイフで切る。キュレネイが完璧な連携を見せて、ヤツの首に素早く注射器を突き刺して、エルフの麻痺薬を注入していく。ヤツの体が、ビクリと揺れたが問題は無さそうだ。


 あとは力仕事だ。体の動きを剥奪された『黒髪』をオレは両肩に乗せると、走り始める。怪力の蛮族だからな。オッサン一人を抱えて走ることなんて、余裕ではあるんだ。砦の正門から、そのまま脱出する……。


「て、敵を、逃がすなああああ!!」


 城塞の上で、失神させていた見張りの誰かが目を覚ましたようだが……オレは慌てない。振り返ることもなく、この砦からの逃亡を続行する。弓で射られる可能性?……無いね。リエルとガンダラがカバーしてくれているからだ。


「ぎゃああああッッ!?」


 おそらくオレを狙った弓兵の腕をリエルの矢が射抜いたのさ。そして、直後、ガンダラの仕業と考えられる爆音が響いていた。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ!!


 『こけおどし爆弾』が、あちこちで爆発していた。失神から目を覚ましたばかりの連中も、その『こけおどし爆弾』で怯んでしまうさ。


「団長、急ぐであります」


「ああ!」



 その隙に、オレたちはその砦から離れていく。およそ300メートルを走り抜いたところには、ゼファーが着陸していた。その背にはリエルとガンダラがいる。


「ソルジェ!早く来い!馬を用意していたヤツらがいる!!」


「わかった。コイツを頼むぜ、ガンダラ!」


「ええ。任せてください」


 巨人族の腕が、竜の背から伸びて来てオレが持ち上げた『黒髪』を軽々とつまみ上げていた。そのまま、『黒髪』はゼファーの背に回収される。オレとキュレネイも、ゼファーに乗った。リエルが命じる。


「行きなさい、ゼファー!退却よ!!」


『うん!……とぶねッ!!』


 ゼファーの脚が大地を蹴る。加速していき……そのまま翼を開いて空へと跳んだ。夜風を翼に浴びながら、ゼファーは山道から崖下へと飛び降りる。低く落ちることで加速を翼に帯びさせると、そのまま竜の飛翔は闇に紛れ、この戦場を後にしたよ―――。

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