第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その20
夕焼けが深まる空へと、ゼファーは飛んだ。不徳にまみれたゼロニア平野は赤く染まる。今、オレたちの右手には、夜の訪れを祝うように無数の光に飾りつけられた不夜城が見える……古いが、立派な城塞に囲まれた、背徳の都がな。
「……アレが、『ヴァルガロフ』か?」
「イエス。あそこが、『ヴァルガロフ』であります。華やかで、煌びやか。悪人だらけで救いようがない、私の故郷」
「……こら。キュレネイ。たとえ、それが事実だとしても、自分の故郷を、そこまで悪く言うべきではないぞ」
「……すみません。気をつけます」
「―――だが。それが現実的な評価でもある」
「ソルジェ……」
「あの街は、悪人だらけだ。不法と背徳の街……密造酒にあふれ、麻薬が蔓延し、犯罪が稼いだ資金で、社会が回っている……オレが知る『ヴァルガロフ』は、それだ。キュレネイ」
「なんでありますか、団長」
「あそこは、帝国の支配が強くなっているのか?」
「ノー。ルードの諜報員からの情報によれば、『ヴァルガロフ』の現状は、3年前と変わっていません。『ゼロニア辺境伯』である、『ロザングリード伯爵』が公式な支配者です」
「『ゼロニア辺境伯』?」
「そうです。リエル、この土地は、ファリス帝国からすれば新参者であり、辺境。それゆえに、帝国からは、『ゼロニア辺境伯領』と呼ばれています」
「ふむ。その辺境伯領を支配するのが、ロザングリードとやらか」
「はい。ロザングリードは、5年前に、ゼロニアが帝国に組み込まれて以来の公的な支配者です。ロザングリードは賄賂と腐敗を許容し、『ヴァルガロフ』に適応しました」
「適応……悪徳貴族がか?」
「リエル。私の故郷は、そういう土地なのです。そして、ゼロニアの平野部は『ヴァルガロフ』に搾取される小作農のための土地……ゼロニアの山岳部は……麻薬農家と、それらの代表である大農場の用心棒でもある、山賊たちの根城です」
「……なんだか、楽しくない土地だな」
「イエス。私の故郷は、端的に言えば、サイテーであります」
「ふう……それで、アレが、悪の総本山である『ヴァルガロフ』なワケか」
正義感の強いエルフには、ここまで腐敗が横行する土地に対して理解が及ばないのだろうな。まあ、オレだって理解しているのか?……と訊かれると、自信があるわけではない。
あの不夜城は、なんともフクザツな場所ではある。
「『ヴァルガロフ』には、多くのマフィアやならず者の組織があります。それらは、種族によって勢力と、支配地域が決まっています」
「……亜人種族も多いと聞いたぞ?」
「帝国領ではありますが……『ヴァルガロフ』は、昔からの亜人種族の古いマフィアが、土地を支配しつづけています。あの街では、まだ亜人種族には自由があるかのように見えますが、全てはマフィアの『掟』に従って動いているだけ」
「マフィアか……一般人の肩身はせまそうだ」
「ゼロニアでは、とくに『ヴァルガロフ』では、弱者は搾取されるだけです」
弱肉強食の世界。
なんとも、ケダモノじみた法則に支配された土地だ。帝国の邪悪な法律に統制されているのも問題だがな……。
……山賊退治も気になるが、今は視界に入っている、あの邪悪なる『ヴァルガロフ』についての情報も気になる。情報を、ねだってみるかな。
「キュレネイ、そのマフィアどもは、どういう集団なんだ?」
「全員、クズであります」
なんとも端的な答えが返って来たな。
真実なのかもしれないが、それでは何の参考にもならない。
「そうだろうが、どんなクズなのかを具体的に頼む」
「イエス・サー・ストラウス。まずは、エルフ系の『ザットール』。彼らは主に街の東側を支配しています。主な財源は、金貸しと麻薬の密売」
「……むう。エルフの風上にもおけぬヤツらだ!」
リエルちゃんが同族の失態に激怒してるよ。
「エルフの秘薬を作るための指で、麻薬を精製するなど……言語道断だぞ!!」
『薬草医の誓い』に反する行いだな。麻薬作りか……それに、『金貸し』ね。ある意味では、時間の概念に厳しいエルフ族らしいかもしれない。
「次に、西に住む、ドワーフ系の『マドーリガ』。密造酒と売春宿が資金源」
「ソルジェと相性が良さそうだな」
……オレたちが3年前に買ってしまった、あのクソ不味い酒は、『マドーリガ』の商品だったのか。文句を言ってやりたい気持ちだな。
「密造酒も売春婦も、二度と手を出さないよ。オレにはクラリス陛下という雇い主と、可愛くて美人で素晴らしい才能を持つヨメたちがいるんだもの」
「その言葉、違えるでないぞ?……お前は、本当にスケベなのだから、気をつけろ!」
念を押されると、ちょっと恥ずかしいな。どれだけ、オレはスケベ野郎と認識されているのだろうか……。
「わかってるって……それで、キュレネイ、他には?」
……オレとリエルが一番、興味があるのは……『ゴースト』って存在ではあるんだがな。さて、そいつらは何族が主体なのか……。
「―――ケットシー系の『アルステイム』は、詐欺と窃盗で、南をうろつき。北の巨人系の『ゴルトン』は密輸業と故買品……つまり、盗品の売買と流通です」
「はあ……皆、色々と、住み分けしているのか?悪行を?」
ウンザリといったような口調で、リエルはつぶやいた。気持ちは分かるな。どれだけの悪人が、あの都会にはうろついているというのだろう……。
「イエス。それぞれのマフィアが、縄張りと稼業を棲み分けています。それらは種族で分かれていることが多いですが……より小さな悪人や、それぞれの組織から破門されたり、所属することも出来ない、小物たちは、さまざまなことをコソコソしているであります」
「つまり、『ザットール』、『マドーリガ』、『アルステイム』に『ゴルトン』あたりは、『大手』ということか」
「イエス。それら四大マフィアが、『ヴァルガロフ』の表の支配者です。辺境伯や、彼の顧客である帝国貴族や帝国商人に、利益を供与することで、四大マフィアは安泰です」
「マフィアが、『表』の支配者?……つまり、もっと深刻な連中がいるのか?」
「イエス・サー・ストラウス」
『表』ではなく、『裏』の支配者か……今まで、『ゴースト』の名が出ていないということは、つまり、そうなのだろうな……。
「『ヴァルガロフ』を支配している、本当の闇の名は……『オル・ゴースト』」
「『オル・ゴースト』?……『ゴースト』ではないなのか?」
「イエス。『オル・ゴースト』が正式名称。ですが、『ヴァルガロフ』の民は、その名を口にすれば、暗殺の対象にさえなります。なので、ただの『ゴースト/幽霊』と語っているであります」
「……え?ちょっとした違い過ぎて、意味がないのではないか?」
「ちょっとした違いですが、絶対の『掟』として機能しているであります。それを守らせることで、支配力を維持し、見せつけている」
「なるほどな」
「それに、『ゴースト/幽霊』がヒトを刺したという会話は、犯罪の証拠にはならない。バカげているかもしれませんが、『オル・ゴースト』は、その『掟』を機能させることで犯罪を隠蔽しています」
「……悪事を働くのは、『幽霊』の仕業ってことか。『幽霊』の仕業ならば、何が起きたとしても逮捕者は出ない?……たしかに、バカげているが、それを通用させるほどの力が、そいつらにはあるというわけだな」
「はい。『オル・ゴースト』は、あの街を支配はするものの、あくまでも『影』の存在であることを目指す……語られることを、拒みます」
犯罪組織の変なルールか。他にも、いろいろな細かな悪人どもの『掟』が、法律に変わって、あの華やかな背徳の街を縛っているのだろうな―――。
「―――それで、『オル・ゴースト』どもは、何をしてやがるんだい?」
「その生業は、四大マフィアの支配と統括です。そして、『オル・ゴースト』にのみ許されている生業は、カジノ、高級ホテル、オペラの経営」
「……ほう。豪華なことだな。そんなに目立つ商売を、マフィアの親玉がやっているのかよ?」
「むしろ、親玉だからこそであります。悪人が財を成し、悪行は見逃される。それが、私のサイテーな故郷、『ヴァルガロフ』ですから」
無表情を連想できる、淡々とした声で、キュレネイ・ザトーは、とんでもないことを語ってくれているぜ。
悪人であればあるほど、あの街では出世できるそうだ。それで、一番出世した『オル・ゴースト』サンが、あらゆる搾取の頂点にいるってか……?
腐敗のヒドさに、オレも胸焼けがしてくるよ。なんだよ、あの街……キュレネイの故郷を悪く言うつもりは毛頭無いけど―――どんな風に見積もっても、あの街がサイテーそうだってことしか頭に思いつかんレベルだぞ。
「根深い闇に支配されていそうだぜ……」
「……それで。その『オル・ゴースト』は、何族が支配しているのだ?」
「『灰色の血』であります」
「ふむ?……それは、何族のことだ?」
「そうですね、リエル。それを平たく言うと、『狭間』と『狭間』のあいだに産まれることを繰り返して出来た、『何族でもない存在です』」
「……種族の特徴が、薄まった果ての存在ということか?」
「はい、団長『灰色の血』は、4大マフィアの血を、全て引き継いでいる。だからこそ、『オル・ゴースト』は4、大マフィアの上に君臨しているのであります」
「エルフと、ドワーフと、ケットシーと、巨人族の……血を引いているのかよ?」
「見た目は、フツーの人間族に近しい形となっています。『灰色の血』には、何も特殊な能力はありません。強いて言うのであれば、やたらと残酷であります」
「……まあ、マフィアの大ボスだもんなあ……だが、キュレネイ」
「なんでありますか、団長?」
「……けっきょく、そいつらが全てを仕切っているというコトは、例の人身売買の組織というのは、『オル・ゴースト』ではないのか?」
「わかりません。『オル・ゴースト』は、人身売買を嫌ってはいました。マフィアは『掟』に反することは、通常、行いません」
「……『オル・ゴースト』の流儀ではないと?」
「イエス。ですが、それは、あくまでも3年前の情報です。現状が変わっている可能性を否定することは、できません」
「……そうか」
「正確にお答えすることが出来ず、無念です」
「いいや、ありがとう。おかげで、あの土地のフクザツさが、少し分かったよ。四大マフィアに、それの支配者……そして、公的な支配者でありながらも、不正と不法を見逃す、辺境伯ロザングリードか」
「……うー、厄介そうだのう!」
リエルが珍しく疲れている。悪人の数が多すぎるもんで、リエルの正義感が目を回しているのだろう。
射抜くべき的が多すぎると、混乱しちまうものさ―――そうか。『オル・ゴースト』はそれを狙って、分業し……その姿を、隠蔽しようとしているのか。木を隠すには森の中というわけかよ。
「―――まあ、リエルよ、考え過ぎるな。悪党を殺す。それが、手っ取り早く世の中をキレイにする方法だろう。オレたちは、それを成すだけだ」
「たしかにな!」
「……まずは、難民たちを拉致したかもしれないという山賊どもを処分しようぜ。どの組織が関与しているにしても、実働部隊から吐かせればいい。確実な手がかりになる」
「うむ!そうだな。なあ、キュレネイよ、ゼファーに、山賊どもの位置を教えてくれ」
「了解。ゼファー、もう少し南です。あの小さな湖から、南に12キロほどの山中です。そこに、山賊どもの砦があります」
『らじゃー!!いそぐね!!がんだら、ひとりぼっちは……あぶないよ!!』
「……そうだな。オレたちは、連携してこその、『パンジャール猟兵団』。揺らがぬ結束が売りの傭兵団だもんな」
『うん!!』
「……なあ、キュレネイよ。山賊どもの武装などは、分かっておるのか?」
「おおよそです。エルフ族の弓兵10……巨人族の戦士10……人間族の剣士が20」
「ぬ……っ。エルフ族もいるのか」
「リエル、同族は殺せませんか?」
「……いいや。そんなことはないぞ、キュレネイ。『悪』を成すのならば、むしろ同族として私の手で始末してやるべきだ!!」
気高い森のエルフの弓姫さまは、声高らかに宣言する。勇ましくて、誇り高い子だよ。さてと、背が高くはない山の連なりが見えてくるぞ。その中腹あたりに、明かりが揺れている……あそこに、その盗賊どもはいるのか。
難民たちを拉致している連中が分かれば……いいや、分からなくても、何か手がかりがあえばいいんだがな―――まあ、仕留めてみればいい。ガンダラには時間を与えている。手がかりになりそうかどうかぐらい、分析しているはずだ。
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