第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その18


 ……なんとも、痛ましい人生を送った女性であったようだな。この名も知らぬ遺体は。リエルは、悲しげな表情をしていた。同情と……困惑もあるのだろう。愛する男を刺し殺したあげく、自殺した彼女のことを、じっと見つめていた。


「……どうして、こんなことをしなければ、ならなかったのだろう……」


「……望んでいた結末ではなかったのさ。彼女は、幸せになろうとしていた。だが、彼女は自分の人生を許せなかったのだろう。あまりにも、不道徳的すぎた自分の人生が、あの『絵描き』のロンには相応しくないと思い込み、怖くなった」


「……冷静な行動ではない」


「ああ。そうだな。彼女は、精神的に……疲弊していたのだろう。薬物やアルコールの影響もあったのかもしれない。ここに来るまでの駅馬車のなかで、彼女は酒を呑んでいたのかもしれない。あの瓶の中身たちは、どれも強い酒ばかりだ……」


「……なんであれ、この者は…………かなしいな」


 そうつぶやきながら、リエルがオレに抱きついてくる。オレも、彼女のことを抱きしめてやったよ。あまりにも悲惨な末路の恋愛を知ってしまったな。知るべきではなかったかもしれない。


 ……いや。


 どうだろう。リエルは、おそらく、そんなことは思ってはいない。彼女は猟兵だし……なにより、オレのヨメのリエル・ハーヴェルだ。勇敢な弓姫は、逃げることを良しとはしない。


 苦しいほどに悲しげな物語の犠牲者が、そこにいたとすれば?……彼女の正義は、それを見過ごすことを選ぶことはあるまい。良い香りのする、銀色の髪に鼻を埋めながら、オレは彼女も考えているであろうことを口にするんだよ。


「……彼女たちを、弔ってやろうぜ」


「……うむ。そうすべきだ。せめて……同じ、墓で眠らせてやろうじゃないか」


「同じことを考えるんだな」


「ああ、夫婦だもん」


「そうだな。ゼファー!!穴を掘ってくれ!!二人分埋めれる、墓穴だ!!」


『……わかったー。どこにほればいいの?』


「教会の横がいいわ。お願いね」


『うん。まかせて、『まーじぇ』!!』


 のっしのっしとゼファーは歩き、あの丘の上で翼の先に生えた爪を使い、地面を掘り始めてくれる。すぐに、穴は開くな。あとは、死体を運ぶだけだ。


 ……埋葬作業はすぐに済む。


 墓穴はゼファーが掘ってくれからな。このなかに、オレはあの女性の死体と、『絵描き』……靴職人ロンの死体を、投げ入れた。白骨とミイラは、隣り合わせになる。これで永遠に一緒にいられるだろうな。


 恋愛の結末としては、あまりにも悲しい終わりではある。だが、ある意味では彼らが選んだ結末だ。


「……どうして、この男は、地下室にいたのだろう?」


 リエルの質問に答えるのは難しいな。正解を知っている男は、もう呪いを放ってもいないのだ。死霊となって話しかけてくれることも、この様子ではなさそうだよ。


 だから。


 ただの、あてずっぽうの推理にしかならないのだが―――思い当たることが、一つだけあるな。


「間違っているのかもしれないが……オレは、この男が、彼女と同じことを考えていたんじゃないかと思う」


「……どういうこと?」


「地下に行くと、地獄に近づけるからかな」


「地獄に……そうだな、たしかに、彼女も地獄に行き、女神イースの千年の罰を受けると日記に書き残していたぞ」


「……愛してる女とは、一緒にいたいものさ」


「愛してる男ともだからな」


「ああ。だから、この男も……彼女のために地獄に行きたかったんじゃないかね。イースの裁定ならば、きっと、彼女は地獄に落ちる定めだろう。まして、殺人は、どの宗教の規律においても罪深いものだろうさ。ロンを刺し殺してしまった以上、彼女は地獄行き」


「……地獄に、いっしょに落ちてやりたかった?」


「本気で愛してるのなら、それぐらいはするさ。千年の地獄だろうが、愛する者がとなりにいてくれるのならば、許容出来る」


「……そうか。私も、ソルジェが地獄に落ちたら、一緒に地獄に行ってやるからな」


「……そいつは心強いね」


「うむ……さあ、埋めてやろう。花でもあれば、手向けになったんだけど」


 ここは枯れて荒れた大地だからな、そういうものを見つけることは難しそうだ。


「一緒にいれるだけで十分さ」


「……うむ。そうだな」


「ゼファー、彼らに、土をかけてやれ」


『らじゃー!』


 ゼファーは翼を動かして、その墓穴をまたたく間に埋めていく。オレはイース教徒ではないのだが、連中がイース教徒なので、彼女に語りかける。


 女神イースよ。罪深い女と、その女に愛され、またその女のことを愛していた男を……この人生に翻弄された、お前の信徒どもに、大いなる慈悲をくれてやれ。お前がもしも11番目の『クイン・ホムンクルス』だとすれば、オレには借りがあるだろう?


 アルテマをぶっ殺してやったんだぞ。


 ……もしも、お前が『クイン』と全く関係のない女神だとしても、命がけで愛し合ってはいた男女を救うことは、尊いことだ。慈悲を掲げる女神に、相応しい。天国に招けないのならば、地獄でもいい。二人の願いの通り、共にいられる場所へと、彼らを導け。


 魔王だからね。


 女神さまに脅すような言葉で語りかけるぐらいで十分だろうよ。


 もしも、この二人の親族か知人などが、この教会に二人を訪ねて来たときのために、小さな墓を作っておくことにした。彼女の方の名前は分からないが、男の方の名前は分かっているから……事情にくわし者ならば察してくれるさ。


 教会の壁板を一部分ほど引っぺがして、そいつに文字を記していく。


 ―――『靴職人ロンと、その妻、ここに眠る……ロンは妻と故郷を愛し、よく絵に描いた。彼の妻は、彼に愛され、彼のことを愛し、幸福を求めて共に逝った』―――。


「……こんなものでいいかな?」


「いいと思う。殺人事件のことは、記さなくてもよい。二人のプライベートなことだ。この世から抹消していい。その罪は、ロンとやらが許した」


「そうだな」


 オレは、その板きれを彼らを埋めた場所に突き立てた。墓碑代わりさ。石工じゃないから、難しいことはムリ。でも、これならば、ここに墓があるということは分かるだろう。


「……なあ、ソルジェ。二人の親族は、二人を見つけられるだろうか?」


「わからない。可能性は、高くはないかもしれん。ここにいたイース教徒の開拓者たちは追い出されてしまったようだからな」


「……『ゴースト』と、あの女は記してあった。とても不道徳的な集団のようだな。ハイランドで言うところの『白虎』のような存在であろう?」


「ああ、おそらくな。『ヴァルガロフ』の情報は、キュレネイが詳しいはずだ。彼女はあの街の出身だから」


「ふむ。キュレネイに聞けば分かるか……」


「彼女も3年ほど故郷から離れているだろうからな。3年あれば、色々と街の状況も変わるだろう……だが、麻薬を扱う組織であるのならば、オレたちが調査する人身売買組織と関係があるかもしれない―――下手すれば、当事者かもな」


「……キュレネイとガンダラ待ちだな」


「そうなるよ。まあ、焦っても仕方はない。シアンたちは、すでに『ヴァルガロフ』に着いているだろう。ジャンの鼻なら、難民たちの足取りを追うのは難しくはないさ。シアンも、マフィアのような連中にはくわしいさ」


「『白虎』からの情報もあるわけだな。捕まえて、ハント大佐が拷問してくれている」


「尋問だ」


「……同じことじゃないか」


「否定は出来んな。ハント大佐も正義の人物。悪人なんぞに容赦はせんだろう。我々は、情報では遅れを取っている……暴力面で努力するとしようぜ」


「うむ!ようするに、難民どもを拉致している悪党を見つけて、そいつらを殺してしまえばいいわけだからな!」


「そういうことだ。とりあえず……あそこの運河で、土やホコリを洗い落とそうぜ。死体に触れちまったしな……」


「そうだな。水浴びしたいほどだが……」


「すればいいじゃないか。見守っていてやるぞ」


「……す、スケベ!!」


「何を今さら。オレがスケベなことを一番、知っている女子のくせに?」


「そ、そ、そうだけども!?」


「ここはヒトの気配もない。ほら、存分に水浴びをすればいい」


「……お、お前、の、のぞくだろう……っ?」


 ああ。愛する美少女エルフさんが水浴びをしていれば、それは当然な……と、素直に言うと怒られるってことを、オレは知っているからね。言わないよ。


「……そんなに疑うなら、目隠ししてくれてもいいぞ」


「魔眼があるから、そんなことをしてもムダだろう?」


「そうかもしれんが」


「効果的な策では、ないではないか!?」


「……はあ。残念だが、手足と顔を洗うぐらいにしておこうか」


「う、うむ……残念とか口走ったな?」


「気のせいだろ。空耳だよ」


「ハッキリと聞こえてしまっているのだがな」


「だって?魅力的な美少女エルフさんの裸だぞ?……見たいに決まっているだろう」


「そ、そうかもしれんが。あまり、そういうことを言うな……っ。そ、そもそも、私の裸は、さ、昨夜もジロジロと舐めるような視線で見ておろうが!?」


「アレとコレとは、ちょっと状況が違うじゃないか」


 恥じらいながらも、ゆっくりとオレの指に衣服を脱がされるリエルちゃんも魅力的だが、自然な感じでそのつやつやの肌をうつくしい水で洗っているリエルちゃんを観察するのも、なんだか良いというかな?趣ってものが違うだろ?


 ……ああ、オレは学んでいるから、こんなことを考えている時も、顔はいたってマジメ顔を―――!?


 エルフさんの指が、オレの左右のホッペタをつまみ、ビヨーンと横に伸ばしてくる。


「スケベな顔で、ニヤニヤ笑うでないっ!!」


「え?マジメな表情していなかったか?」


「た、たいそう、スケベな顔をしておったぞ!?」


 ふむ。ゆゆしき事態だな。


 マジメなフェイスになれなくなっているだと!?……男なんて、人生の二割ぐらいはエロいこと考えて生きているというのにな……つまり、オレは、人生の二割ぐらいの時間はスケベな面を晒しているのか。まいったな、モテそうにない。


 まあ、生きてるヨメが三人もいる時点で、これ以上モテる必要などないのだがな。しかし、スケベ面を隠せないとなると、マズいな……いい恥さらしではないか?


「下らないコトを考えている顔をしているな」


「ほう、鋭いな」


「夫婦ともなれば、心ぐらい読めるものだぞ。さあ、煩悩を捨てて、顔とか手とか足を洗いに行くぞ。死体を持ち上げたりしているんだ。消毒もしておこう。旅先で、変な病気にかかっては大変だもの」


「……そうだな!」


 たしかにバイ菌だらけかもしれん。


 水浴びしなくちゃならないのは、正直、オレの方だしな……そうか、オレが水浴びして、リエルに洗ってもらえばいいのか!…………だが、待てよ。こないだ、リエルがゼファーをデッキブラシで洗ってやっていたのを見たぞ。


 首をひねって、ゼファーを見る。


 埋葬作業を完了したゼファーは、ふたたびお昼寝モードになっている。そして、恐怖のデッキブラシは、ゼファーの腰に装備されている荷物入れから顔を出していた。あれで、ゴシゴシこすられたら、死にはしないが、やたらと痛いに違いない。


 ……屋外でのセクハラは、止めておくか。マジメに手とか足とか顔を洗いに行くとするかね……迂闊なことを口走れば、痛いお仕置きが待っていそうだから。


 今度は……夫婦として、恋人として、いちゃつきたいんだ!……とか言って迫るとするかね。何だかんだで新婚だからね。ラブラブ夫婦じゃあるんだよ、オレたちは。

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