第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その8


 ガントリーのハナシは容赦なく長かった。まるで、アーレスの語る、歴史の授業のようだったよ。いや、実際のところ、彼はノーベイ・ドワーフ族の歴史をオレに伝えておきたいのかもしれない。


 滅びたドワーフ族の物語を。


 それは、彼らの秘術の一つを継承したオレにとって、聞いておくべき物語でもあるように思えている。責任があるのさ。力を託されるということはな。


 ノーベイ・ドワーフ族は、やはりというか何というか、根っからの戦士の一族であったよ。その歴史は戦争と冒険に彩られて、血と鋼のにおいが漂ってくるようだった。


 ガルーナにも、似ているな。


 やはり、オレたちは蛮族ではあるのだ。


 辺境の土地で育ち、鋼を振り回しながら、敵を殺し、あるときは殺されながら、世代を重ねて来た。


 王族の血も絶えたというノーベイの物語は、あと数十年すれば尽きるのだろう。ガントリーという最後の一人がこの世から消えたときに。


 ガルーナも、ほとんど消えかけているが……オレがいる。ガルーナ人はタフだからな、どこかに細々と何十人か生きているかもしれないしな。ガルーナさえ取り戻すことが出来たなら、オレは……またあの故郷を再建できるのだろう。


 今度は、誰にも滅ぼされない国をつくりたい。


 多くの者が、そう願い、そして、永遠という言葉をヒトが実現することは、やはりない。全ての歴史が、いつかは終わるのだ。だが、それでも願う。オレは、まだガルーナの物語を過去のものにはしたくはないと―――。


 ノーベイ・ドワーフ族の戦いの物語を、夕暮れが来るまでオレたちは聞いていた。


 オレだけじゃないさ。


 やがて目を覚ましたティートたちも聞いていた。ククリとククルも、そして、ガントリーの友人となっているロビン・コナーズもね。


 ガントリーは楽しそうだった。


 おしゃべりが好きだから、というだけじゃないだろう。


 彼らの紡いできた、ノーベイ・ドワーフ族の物語を、誰かに伝えられることが嬉しいに違いない。鋼の火花の焦げた臭いが漂い、その熱い血潮の走る、偉大なる盲目の戦士たちの伝説をね。


 ……それは、一つの王国の歴史でもあったのだが、オレにとっては一つの授業でもあったのさ。ガントリーは『呪い』と『裏切り』の物語を、チョイスして聞かせてくれていたことが分かる。


 多くの場合は、『裏切り者』は始末されて来た。ドワーフの伝説に残るような裏切り行為は、やはり王国の存亡に関わるものが多いから。


 多くの英雄たちが、『呪い追い/トラッカー』の力を使って危機を乗り越えて来た。邪竜……この呼び方には竜騎士として抵抗があるが……竜にだって、悪党はいるのは確かだ。聖女もいれば追い剥ぎもいる。ヒトと一緒でね。


 邪竜アバー・ズーとやらと組んでいた、ノーベイの邪神官たちは、王家への波乱を目論見、彼らの城を邪竜に襲わせたそうだ。


 邪竜は、ほとんどの王族を殺してしまったが……后が殺される前に、生まれたばかりの王子をベッドの裏に隠していたことで難を逃れた。


 后はその子に声の出なくなる呪術をかけて、『呪い追い/トラッカー』の戦士は、その呪術に気づくことで王子を見つけたのだ。


 邪竜を追いかけるために、『呪い追い/トラッカー』たちは、殺された王族たちの死体を探った。王族たちの肉体に、邪神官たちの呪いの痕跡が無いのかを徹底的調べ上げたそうだ。


 すると、王の左の足首に、小さな呪術の斑点を見つけ出した。邪竜の瞳が、王を必ずや見つけられるようにと、邪神官どもが王に密かにかけた呪いである。本当に巧妙で、一目では分からぬ小さな呪いであったそうだ。


 ヒトに分からぬ程に小さな呪術であろうとも、竜の優れた感覚ならば、嗅ぎつけるだろうからな。死体の全身を調べ尽くすほどの執念と……王の側近の一人が、王が何も無いところで転ぶのを見た、という証言を偶然に聞いたから判明出来たそうな。


 『呪い追い/トラッカー』の呪眼とは、呪いにまつわる情報ならば、何でもいいから、とにかく多く手に入れることがコツだそうだ。正確な情報が心にあれば、呪眼は自動的に隠された呪いを嗅ぎ取っていけるらしい。


 とにかく、よく観察することがコツ……ガントリーは繰り返して、それを教えてくれていたよ。


 王の左足首に見つけた呪いの斑点。それを見つけてしまえば、『呪い追い/トラッカー』の戦士たちが、邪神官どもの隠れ家を見つけ出すのも容易いことであった。


 しっかりと研がれた鋼に身を包み、ドワーフの戦士たちがその隠れ家へと殺到していく。邪神官どもを殺し……そのあと、彼らには真の試練が訪れた。


 邪竜との戦いだ。


 空を飛び、炎を吐いてまわる緑色の竜に、ドワーフの戦士たちは次々に殺されていった。その戦いで勝利を戦士たちにもたらしたのは、ガントリーの先祖であったらしい。ドヤ顔を浮かべたガントリーは、語ったよ―――。


「―――オレの先祖は、アバー・ズーに、ミスリルだけで作った矛を投げつけたんだ。先祖は、仲間たちの死体の底に隠れて、息を潜めて……タイミングを見はかり、ヤツの背後に踊り出た。そのまま、翼のつけ根に、矛を投げつけ、その一撃はヤツの心臓に達した!」


「スゲー!!」


「カッコいいです!!」


 ティートとコンラッドは大喜びだ。英雄たちの物語は、やはり、少年の心を鷲づかみにする。


 ちなみに、女子たちは、男たちよりも野蛮な物語には興味が薄い。お后の機転を褒めていたりする。男女間で、惚れたり、共感することってのは、色々と違うってことさ。まあ、立場においてもな。


 ……竜騎士だからね。竜が殺される物語を聞くのは、ちょっと辛い。悪い竜だから?そうは言っても、竜が死ぬハナシはさみしいね。アバー・ズーは、戦士たちの戦いで疲れていたのだろう。


 翼を大地に突きながら、それでも警戒心を解かず、首を高く持ち上げていたのさ。そうなると、背後に大きな弱点が生まれる。肩甲骨が、外側にスライドして、弾力のある鱗に覆われているはずの背中の肉が薄くなるんだ。


 クマを射殺すときのコツでもあるが、上肢を前に踏み出したそのとき、肉と肩甲骨が前に動く……そのとき心臓を守るための肉の厚みは薄くなるのさ。そこに、ガントリーの先祖は思いっきりミスリルの矛を叩き込んだのだろう。わずかに、心臓に矛先は達した。


 そうなれば、竜とて致命傷を負うのさ。叫びながら、背中から血を爆発させたに違いない―――泣けてくるぜ。竜マニアとしてはな。


 そして。


 ちょっとタイミングが悪くもある。


 太陽が沈もうとしているそのとき……ゼファーの声が空に響いた。


『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』


 威嚇性ゼロの、可愛らしい言葉だったのだが。


 アバー・ズーとやらのせいで落ちていた竜の評判が、子供たちの心を過剰なまでに怯えさせていたよ。


 そして、視界を保ちたいというククリとククルの意見から、馬車の幌を外していたのも災いしたのかもしれない。空を飛ぶゼファーの姿は、とてもよく見えていたのさ。


 悪竜の物語を聞いたばかりのガキどもは、うわああああああああああああ!!と大きな悲鳴を上げていた。


「りゅ、竜だあああああああああああああああああああああ!!!」


「あ、アバー・ズー!!!」


「……ちがう。ゼファーだ。安心しろ。オレの竜だ」


「ま、魔王さんの竜!?」


「りゅ、竜騎士って……ほ、ホントに、竜に乗っているんですか!?」


「ああ。ガルーナの竜騎士はそうだよ」


「……すごく、大きいんだけど?」


「……こわい……っ」


「怖がらなくていいんだぜ。アバー・ズーとは違って、ゼファーはとっても良い仔だよ」


 あんなに可愛い黒い竜が、夕焼け色の空をゆっくりと飛んで来ているというのに。ティートたちは怯えに怯えてしまっている。


 ガントリーは爆笑していた。


「ガキんちょども、アバー・ズーは死んじまった!!アレは、たしかに、そこの魔王の兄ちゃんの竜だ!!やさしくて、いい仔だぞ!!モンスターの群れを、焼き払っちまうほどの炎を吐くところは、変わらないがな!!」


「……薄めのフォローをありがとうよ」


 モンスターの群れを焼き払うなら、自分たちも焼き払われるんじゃないか?……みたいな顔して、ティートたちは唇を突き出している。ガントリーの口は、フォローに向いていないな。


 錬金術師さんも、ゼファーの飛び方を観察中だった。ぶつぶつと、翼の動きに対しての持論らしきものを語っている。空を飛ぶ方法を、探しているのかな。ギンドウいわく、ゼファーは参考にならないらしいが……。


「みんな。落ち着いてね?ゼファーは、本当に良い仔なんだよ?」


「そうよ。ゼファーはソルジェ兄さんの竜。あなたたちのことを、守りに来たのよ」


 ククリとククルが自分たちに飛びついて震えているガキどもを、やさしい言葉と笑顔で説得してくれている。


「ほんと?」


「ええ。ほんとよ、リーファ。ゼファーはね、草原で夜明かしする私たちのことを、守りに来てくれたの」


「竜がいるんだよ?モンスターなんて、寄って来ないから、安心だね!」


 ……子守になれてる。


 だから。オレは、ティートたちじゃなくて、若い馬どもの対策に向かう。ゼファーの気高く圧倒的な魔力と、その存在に威圧されて、暴走されては叶わんからな。馬車から飛び降りて、馬どものそばに行く。


 馬たちの肌に触れながら、飼い主サマが恐れていないことを伝えるのだ。馬たちは、わずかに足踏みをしていたが。オレが冷静でいることを把握すると、恐怖心を抑制することが出来たようだ。


 ……暴走すれば、ガントリーが剣で、馬と馬車をむすんでいる綱を一瞬で切り裂いてはくれるだろうが……無意味に馬車を壊すことはないからな。


『『どーじぇ』!!おかえりなさーいっ!!』


 愛くるしいゼファーの声が、レミーナス高原の赤い夕暮れに響いて。ティートたち四人も、竜に対する警戒心を薄めてくれる。


「ほ、本当に、魔王さんの、竜なんだな……っ」


「ああ。そうだぞ、ティート。魔王の騎士を目指すのならば、竜にも怯えるな」


「……っ!!」


「ティート、マエリス、コンラッド、リーファ。いいか?……そこにるガントリーの先祖のように、勇敢であれ。たとえ大いなる存在が相手だとしても、あきらめるな。賢く、強く、粘り強く。敵を観察し、戦い抜け。そうすれば、必ずや活路は見いだせる」


 竜と戦った英雄たちが、後世のガキどもに伝える教訓はそれだ。


 あきらめるな。


 その一言だ。


 ゼファーが、その可愛らしい8メートル越えの巨体を揺らしながら、ゆっくりとこちらにやって来る。大地がわずかばかりに揺れる。ゼファーは、ティートたちがいることと、ティートたちに恐怖心があることを悟ると、身を低く屈めてくれたよ。


 オレに向かって、あの黒い鱗におおわれた巨大な顔を近づけてくれる。


『……ぼく、おどろかせてる……?』


「いいや。そんなことはない。むしろ、最高の登場の仕方だ。お前を見ることで、あの小さな連中は、竜の強さと、あきらめないことの偉大さを知れたんだからよ」


『……ふーん?それなら、よかった!』


「ああ。よかったよ。オレのゼファー」


 褒めてやりながら、オレは指でゼファーの鼻先を撫でてやる。竜の体温は、いつものように温かく。その鱗は鋼よりも硬くて滑らかだった。アーレスと、そっくりである。


「……ガキども。来い!ゼファーに紹介してやる。その後、ちょっとだけ、空を飛ばせてやるぞ!!」

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