第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その9


 まだ、あまり高い場所にも慣れぬだろうし、沼地を放浪していたせいで体力も怪しいからな。ティート、マエリス、コンラッド、リーファを、それぞれ、ちょっとだけの短い時間だけだが……ゼファーに乗せて空を飛ばせてやったよ。


 いちばん幼いリーファが、ゼファーを最も怖がらなかった。竜乗りの適性が一番あるのは、リーファかもしれないな。ミアもそうだが、身軽なケットシーの血は、竜乗りの才能を秘めているのかもしれん。


 ガキどもの初めての空は、夕焼けの終わりと共に終了した。


 ゼファーは、オレたちの護衛についてくれたよ。それに、さわると温かいからな。ガキどもは、ゼファーの体温に体を預ける……高原の夜風は冷えるからな。でも、ゼファーと毛布と、焚き火があれば何も問題はないのだ。


 晩飯は、バーベキューだった。


 栄養失調気味の子供の肉体には、とにかく栄養を与えてやりたい。今日は、剣術の練習もしたしな。肉を食わせれば、より多くの筋肉がついてくれるだろう。


 『メルカ』の民がマリネしてくれていた牛肉と、新鮮な野菜たちを串刺しにして、金網の上で炙っていくのさ。


 なんていうか。


 こういう料理は楽しいな。


 ……『パンジャール猟兵団』で、森のなかでサバイバルしていた頃が懐かしい。あの頃は貧しさが激しかったが、皆、素晴らしいサバイバルの技巧を見せつけたな。自然との対話というか戦いで、オレたちの力と結束は磨かれたよ。


 外で食うメシ。


 考えようによっては、あまりにも悲惨で目も当てられない貧しさの極地である。追い詰められた浮浪者の行動さ。だが、家すらなくても、仲間たちがそろっていることで、『家族』がいることで喜びはそこに生まれる。


 沼地で見つけたガキどもは、楽しそうに肉を食べてくれているな。


 ……いいことだよ。


 コイツらは、ずっと悲惨な目に遭っていたからな。


 何人もの同じ立場に置かれていた子供たちが、死んでいったのだろう。せっかく作れたやさしい空気を壊したくないから、あえて訊くことはないがね―――絶望に負けて、自ら命を断った子もいるだろう。


 オレは知っているさ。運河に浮かんで流れる、『狭間』の子の遺体が、いくつもあるということを。


 ティートは、11才にしてはいいリーダーだったさ。必死になって最善を尽くしたから四人は今でも生きている。だが……沼地で浮浪児をやるのは、あまりにも過酷すぎる。明日を想像することも出来ずに、ただ食糧をかき集めて、生存本能のまま生き抜いた。


 あの絶望そのものの生活に耐えるには、ある種の適性がいるだろう。


 類い希なる生命力と、人生をあきらめない意地。


 心身ともに強くなければ、死の誘いにコイツらは乗った。死ねば、今のように苦しみもないだろう。現状認識をすればするほどに、絶望しか見えなかったはずだ。そんな状況で、希望を持ち続けられる者は、皆無だ。


 苦しみしかない生であるのならば……死とは、救い。


 『カール・メアー』の怖い教義だ。異端審問官ルチア・アレッサンドラの言葉が、あの沼地を訪れていたら。慈悲という言葉のもつ、純粋さと切なさを知ることになっただろう。


 いや。


 それでも。


 コイツらは……あのやさしく慈悲深い『聖女』にも、抗ったかもしれない。


 ……組み伏せた時にティートが放った言葉が、世界の仕組みそのものに呪われた身……『狭間』として生まれ落ちたこのガキどもの、心からの叫びだった。絶望でもあり、希望でもある。理不尽でもあり、純粋なる願いでもあり、祈りでもあり、執念。


 ……『生まれた意味』を知りたい。


 その言葉には、ルチア・アレッサンドラの論理も、答えを見つけ出すことはなかったのではないだろうか。


 死という慈悲がもたらす救いを、ティートははね除けた。絶望に染まり、臭い泥土にまみれた姿で……みじめの極地にあるなかでも、生きろと『家族』に叫んで見せた。


 大したガキだよ。


 世界は、いつか祝福をもって、あの叫びに答えるべきだな。少なくとも……オレの取り戻すガルーナでは、お前たちは、その意味を知れるはずだ。


 そのためにも……力がいるな。


 より多くの力だ。


 そして……『裏切り』にブレない力。帝国に対する憎しみと恐怖だけでは、真の意味での『自由同盟』ではないのかもしれない。


 ガントリーの語ってくれた伝説を聞きながら、『英雄』の本質を知った気がする。


 『英雄』とは、けっきょくのところ、不死なのだ。


 本人が不死身なわけではないのだが、たとえ、その英雄サンが死んだところで、そいつの意志は伝説となって引き継がれる。真に正しい行いは、いつまでも人々の心に伝わっていくのだろう。


 自己犠牲を成したやさしい聖者たち。


 悪を許すまじと命を散らした勇者たち。


 病を治そうと努力し、その病に蝕まれて死んだ医者たち。


 世の中を良くしようと願い、その願いのままに英雄たちは殉じて死んでいった。なぜか?世界は悪意で動いているからだよ。善なる者は、おびたただしい数の悪に殺され死ぬのが定め。だが、その英雄たちの言葉や行いは、歌となり死をも越えるのさ。


 ……お袋が、オレに『戦場で死んで歌になりなさい』と教えてくれたのは。


 竜騎士であるオレが、戦場で死ぬことを悟っていたから……その死に怯えず、最期の瞬間までガルーナの戦士でいられるようにと願ってのことだと考えていた。


 だが。


 今夜は、ちょっと違う意味で、お袋の教えを見つめることが出来ている。


 『大いなる正義に生きろ……たとえ、それの道半ばで死んだところで、歌となって戦士の魂は生き続けられるから……そうすれば、あなたは、生まれた意味を知れるでしょう』。


 お袋は、死を恐れるなとだけ伝えたかったわけじゃない。


 オレたちが憧れた、英雄たちは正義のために死んでいったよ。罪と呼ばれようとも、竜騎士姫のように、悪神の呪いで、存在のほとんどが歴史から消えちまったとしても。ガルーナを守ろうとした彼女の心と正義は、アーレスを経て、オレへと伝わる。


 ガルーナの最後の竜騎士として、命を賭けて、意義ある戦いをすべきだな。


 そして。


 その戦いの果てに死ぬのであれば、そんな正義を帯びた歌になれるのならば。オレは、きっと、生まれた意味を知れるだろう―――そうすれば、誰かが継いでくるだろう。伝説とは、英雄とは、終わらぬ歌のことなのだから。


 ……いつか。


 このティートたちも、ガルーナの歌を継いでくれるのかもしれない。竜騎士姫から継いだ伝説、ベリウス陛下が作った誰もが生きていてもいい場所……そういう歌を、コイツらが継いでくれるのならね。


 オレの持つ正義をつらぬき、戦場で死んだとしても、おそらく悔いなど無いだろう。


 そういう生き方をしたら……きっと、死んだあとでも、笑えているのさ。


 ……お袋は生きざまで示してくれた気がする。


 いつも笑っていて、いつも厳しくて、いつも勇敢だった。刀で斬られて、槍で刺されて、燃えていくあの竜教会のなかで。


 ……絶望のなかでも。


 絶対に助からないはずの状況のなかでも。


 セシルに、死という安らぎを与えなかった。お袋ならば、出来るはずじゃないか。オレに三つの属性の才を授けてくれるほどの魔術師なのだから。


 呼ぶことも出来たのさ。


 セシルを呼んで、腕に抱き……魔術を放ち……セシルに苦しみもない安らかな死を与えてやれることも出来た。


 おそらくは、それだって考えたはず。


 お袋は、勇敢なヒトだから。


 だが。


 慈悲深さを帯びた逃げよりも、絶望的な確率しかない状況だとしても。セシルに、あきらめるな、生きろと命じた。


 だから、焼け落ちていく竜教会のなかで、燃えていきながらでも、セシルは……生きるための可能性に最後まで賭けた。その状況を、どうにか救うことが出来たとすれば―――オレだけだったからだ。


 だから。


 オレを、最期まで呼んだんだよ。


 あれは、絶望に染まった歌ではなかった。お袋と、セシルの、どこまでもガルーナ人らしい……ストラウスらしい生きざまであり、死にざまだったのさ。死ぬまであきらめるな、生きている限り戦い抜け。お袋の教えを……オレは、また一つ理解出来たようだよ。


 ……バーベキューを食い散らかして。


 ゼファーの体温に守られながら、並んで寝ている四人を見つめているとね。保護者代理のオレは、ちょっとだけお袋のコトが分かった気になれているんだ……きっと、間違ってはいないさ。


 オレのお袋は、いつだって笑顔だったんだからな。


 死ぬまで戦え抜けとは習ったが、死を受け入れてあきらめろとは習わなかったよ。オレは、そのことが、今さらながら、なんだか誇らしくてね。その誇りを実践して、最期まで生き抜こうとしてくれたセシル・ストラウスのことが、誇らしいのさ。


 ああ。


 お袋よ。


 我が妹よ。


 くくく!二人して、なんとも、ストラウスらしいな―――。


「……ソルジェ兄さん、うれしそうですね」


「その子たちが、元気で、うれしいんだ!」


 双子の妹分たちが、上機嫌のオレに近寄りながら、そう言ってくれたよ。


「まあ。それもあるし……コイツらを見つめていたら、色々と分かった気がする」


「何が?」


「どんなことです?」


「……お袋の教えについてさ」


「ソルジェ兄さんの、お母さんですか?」


「どんなヒトだったの?」


「黒い瞳に、黒い髪……バルモアという国の魔術師さ……そうだな。お前たちにも、ちょっと似ているかもしれん。もっと背は高かったけどな。黒い瞳で、黒い髪なのは、おそろいだよ」


「えへへ!似てるんだね?」


「ソルジェ兄さんの、お母さんに」


「ああ。似ているよ。きっと、お前たちも、いい母親になるさ」


「は、母親っ!!」


「が、がんばりたいですっ!?」


「ん?……がんばるって、なんだ?」


「いいえ。こ、こっちのことですよ。ね、ククリ?」


「う、うん!こっちのことだよね、ククル!」


 妹分たちは、何だかオレに隠し事があるようだが。なんだか、顔が赤いし、あんまり、しつこく訊いてやると嫌われるかもしれないな。


「……そろそろ、お前たちも寝るといい」


「え!?」


「寝る!?」


「ああ。見張りは、オレとオッサンどもでやっておく。まあ、ゼファーがいる時点で、ケンカ売ってくるとすれば、せいぜい『鷲獅子/グリフォン』レベルだろうがな。そういるモノじゃないとは思うが、今夜もガキどもの隣りで寝てやれ。ヤツらも不安が減る」


「……はい!!」


「そうだね!!」


「……おやすみ。ククリ、ククル」


「おやすみ、ソルジェ兄さん!」


「おやすみなさい、兄さんも、風邪は引かないようにして下さい。早朝には、交替しますから」


「……ああ。頼むよ」


 双子たちがゼファーのお腹に寝転ぶ四人のちびっ子に近づいていく。気配を消して、静かに四人の両側に寝転んだ。ティートは……あの発作を、今夜は起こさないかもしれないな。ゼファーにも守られているのだから。


 世界で最強の生物に、温められながら寝ているんだ。何も、怖がることはないのさ。


 オレは、ガントリーとコナーズと共に、焚き火を囲んで、下らないハナシをしたりしながら、酒を酌み交わした。明日は『メルカ』へとたどり着くことになるだろう。明後日になれば、『ヴァルガロフ』に向かうからな。


 これからのスケジュールは色々と忙しい。帝国錬金術師界に、一種の攻撃を仕掛けなくてはならんしな。傷病者協会の会長と、その派閥を利用して、帝国軍に対しての人体強化薬ではなく、四肢を失った大ケガ人への治療へと資金の流れを誘導する……。


 なかなかに、小難しい作戦だ。シャーロン・ドーチェとルード・スパイ。そして、帝国内の『協力者』である、アーバンの厳律修道会の力も借りることになるんだろう。


 コナーズは……重病人であるヨメを回収しないといけないしな。そして、愛娘のことも。『自由同盟』側への亡命と協力……彼のような、平凡な性格をしている男にとっては、とても大きな冒険の旅になるだろうさ。


 ガントリーも協力するだろう。奴隷のマネをして、彼と彼の家族の護衛を果たすだろう。その後は……『自由同盟』の戦士として、戦場で戦うことになるさ。ガントリーも、ノーベイ・ドワーフ族最後の戦士として、復讐の鋼を振り回す使命があるかな……。


 ……いつか。


 ドワーフ族の国である、グラーセスを見て欲しい。あそこには、オレの領地がある。彼が望むのならば、管理人として暮らしくれたりしないだろうか。こう見えてインテリだからな、シャナン王あたりとハナシが合いそうなんだがね……。


 色々と未来のことを語りながら、オレたち三人は、酒を呑んだよ。いい酒だった。

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