第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その7


 オレたちの旅は順調なものだったよ。『ホロウフィード』の町を出発すると、しばらく北へと向かう。町の連中に、どこへと旅立ったかを誤魔化すためでもある。馬車のわだちを追跡されるとバレるが……そこまで田舎者がヒマではあるまいさ。


 四キロほど北上したあとで、馬車はバシュー山脈へとつづく山道へと入った。ゆっくりと、その山道を登る。モンスターが出やしないかと期待もしていた。暴力的に鋼を振り回してやりたいという願望があるからね。


 だが、『黒羊の旅団』の功績でもあるだろうな。バシュー山脈の道にしては、モンスターが出没することは無かったよ。『黒羊の旅団』は、何だかんだで仕事が出来る連中ではあったのさ。


 ……馬車に揺られる山道のなか。竜騎士さんは仕事をするよ。ドワーフさんは馬車を操ることを楽しんでおられるようなので、馬車のなかにいる者たちから『竜騎士の呼吸』を練習させることにした。


 ガキってのは素直なもんだし、そもそも好奇心が旺盛なのだ。オレの教える『竜騎士の呼吸』がもたらす、大きな意味を理解することもなく、その呼吸を練習していく。魔力を肺腑に帯びさせて、ゆっくりと血に多くの空気を取り込ませる……。


 これをマスターすれば、高山地帯でも呼吸が苦しくなることはないし、戦闘中の息切れもしにくくなる。慣れてくれば魔力をほとんど使うこともなく、実行出来るようになるんだよな。


 ククリとククルは、その技巧を使えるモノだと瞬時に理解した。ホムンクルスであり、『メルカ』育ちの彼女たちは、他の戦士たちとは比べものにならないほどのスタミナが存在している。


 戦闘中も息切れを起こすことはほとんどない。だが、疲労は感じているのだ。もしも、彼女たちの体質で、『竜騎士の呼吸』まで習得することが出来れば?……最高の追跡者が生まれるだろうな。


 彼女たちは必死な勤勉さと、そもそもの優秀さにより、昼が来る頃には、あっさりと『竜騎士の呼吸』を習得することに成功していたよ。もしかして……ストラウス家の呼吸法よりも、『上』を見せてくれるかもしれんな。


 そうなったら、オレが教えを請う番になるだろう。


 ガキどもは……呼吸法の鍛錬のおかげで、この高地環境に適応していったよ。高山病は、予防出来るかもしれないな。


 昼飯を食べる。


 5月の終わりを迎えようとしているレミーナス高原は、美しい新緑の絨毯に覆われているからな。ハイキング気分で、その景色を楽しみながら、オレたちは昼食を食べる。ミートソース・パスタだよ。


 作りやすい携帯食だ。


 ガキどもにも、その調理方法を教えておく。沼地で暮らすにしたって、もっと上手な暮らし方があるもんだからな。石でかまどを作る方法とか、火の起こし方も。サバイバルのための技巧を習得させたくもある。


 コイツらの人生が、祝福にだけ満ちたものであるとは、とても考えられないからな。長旅をすることもあるだろうし、戦場を駆けることもあるだろう。


 そうなった時に備えるためにも、生き残るための強さを伝えておきたかった。屋外での調理が出来たら?……より多くの栄養を摂取できるし、なにより美味いものを胃袋に入れるという行為は、ヒトに幸せを与えてくれる手段でもある。


 『より多くの幸せ』を、コイツらが手にするためにも。調理の技巧を携えておくということは、貴重なことなのだ。屋外でも、『美味い料理』を作れる……それを、この『狭間』に生まれつき、世界に疎まれる立場である子に教えてやりたいんだよ。


 世界は理不尽さをもって、コイツらを不幸の道に引きずりこもうとしてくるはずだ。守ってやれるオレたちが、いつまでもそばにいてやれるワケでもない。だからこそ、伝えておきたい。少しかもしれないが、より多くの幸せを手にするための手段をね。


 世界と戦ってくれ。


 理不尽な運命に呑まれるな。


 オレは、フライパンでミートソースを炙りながら、そんなことを願っていたよ。


 ……マエリスは、女の子だからかな。それとも、昔から料理を親父に作らされていたからか、料理に興味があるようだった。石でつくった、かまどの性能をいたく気に入っていたようだ。


 今回は、簡易なバージョンしかやっていない。真のガルーナ式野戦竈を披露したくもあるけれど。アレはなかなかな難解すぎて、初心者には向かないからね。だが、『基礎』を押さえただけのものでも、有効に機能するものさ。


 メシを食べたあとは……剣術の練習方法を教えておいた。


 『メルカ』には、いくらでも武術を教えてくれる者たちがいるが……ガルーナ式の鍛錬法も伝えておいた。基礎の方だ。攻めの打ち込みと、防御の構え。二つだけだが、体作りには丁度いい。ティートとコンラッドは、男だからな。こういうの大好きだよ。


 いつだって、男は強さを求めている。強さが持つ価値を、本能的に理解できるのは、男が持つ数少ない良いことの一つだと考えているよ。


 子供たちが木刀を振り回しているあいだに、ガントリーに『竜騎士の呼吸』を教えてやった。さすがは、ベテランの戦士か。そして、魔法の目玉組合の会長サマだ。魔力の流れを読み、その呼吸を真似ることに成功する。


 ……これは、練度がいる技巧だからな。コツを教えたあとは、とにかく実践することでモノにするしかない。ガントリーは、何年もかければ、これを完全にマスターすることが出来るはずだが……やってくれるかね?


 そこらは予想がつかない。完成された戦士は、あまりより多くの技巧を求めずに、必要な技巧だけを集中して伸ばすという哲学の者もいるからな。偏見かもしれないが、ドワーフ族は、とくにそういう質がある。


 彼らは職人気質だからね。趣味に合わない余分なものは削ぎ落としたがる。


 ……ちなみに、ロビン・コナーズも『竜騎士の呼吸』を学ぼうと必死だった。錬金術師としての好奇心だろうな。医学的な理屈を解明したいのかもしれない。


 だが。残念なことに技芸の神さまは彼にほほえみかけたりするヒマはないようで、コナーズには『竜騎士の呼吸』に対する才能は皆無だった。彼は、なんというか、不器用すぎるのだ。


 ルクレツィア・クライスやゾーイ・アレンビーも驚くほどに、物事を整理することが上手な男なのにな。とんでもなく複雑な計算をしてしまう彼には、肉体を上手に操る才能が欠如している様子だったね。


 ……ただし、実践はともかく、理論は理解したようである。メモ帳に多くのことを書き込んでいたよ。


 『効率化』の天才からのアドバイスをもらえないかと期待したが、専門外のことには、あまり期待しないでよ、と自信の欠片もない返事が彼の口からは飛び出した。まあ、世の中、そう上手く行くことばかりではないな。


 とくに鍛錬というのは、地道に極めていくことこそが王道ではあるのだから。近道をして得た力は、脆くて使えない。失敗と経験に裏打ちされた力だけが、ホンモノだよ。


 ……しばらくの鍛錬の時間が過ぎて、オレたちは旅を再開する。馬車に揺られながらの楽な旅だな。子供たちは鍛錬に疲れて眠ってしまっている。体調は、良さそうだ。ククリとククルは、子供たちの寝姿を、うれしそうに見つめていた。


 ヒマになったオレは。ガントリーに『呪い追い/トラッカー』の力について色々と質問をしていく。


「―――つまり、兄ちゃんは『魔銀の首かせ』の呪いを、『呪い追い/トラッカー』で追いかけられるのかと訊いているんだな?」


「そうだ」


「追いかけられるぞ。外された『魔銀の首かせ』そのものでもいい。あるいは、それを首根っこにつけられちまったヤツの、足跡でもな」


「……情報を集めれば、足跡からでも追える?」


「まあ、オレならな。だが、兄ちゃんの場合は、情報を集めなければ、呪いを拾えないかもしれん。そこは……オレと兄ちゃんの目玉が別物だから、よく分からん。しかし、『呪い追い/トラッカー』の能力は出来ているんだし、情報を集めて損することはない」


「……そりゃそうだな」


「丁度良い、『生きた呪い』に出くわすことは難しいが……兄ちゃんは一発でやれたよ。その『ヴァルガロフ』とかいう、罪深そうな街でなら……悲しいことに、たくさんの『生きた呪い』に出くわせる。練習には、ことかかないだろうよ」


「そんな気はする。悪人だらけの街というイメージだ。誘惑も多い街。酒、クスリ、女、この世の欲望が集まったような不道徳な街。犯罪者の巣窟……暗黒の街さ」


「『呪い追い/トラッカー』を活用しやすそうな街だなあ」


「そうだ。残念ながら、低俗で理性のない邪悪な街だよ……」


「『呪い追い/トラッカー』は、呪いの情報そのものを、より多く集めることがコツだがよう。昨日みたいなモンスターが使うモノなら分かりやすいが……基本的に、呪術師というヤツらは、コッソリと動く」


「まあ、堂々と宣言するような行いではなさそうだな」


「そうだ。だから、『呪い追い/トラッカー』の最大の秘訣ってのはな、オレたちがその能力を使いこなせると、バレないことだ」


「……なるほど。呪いを追いかけられると知られたら、呪術師が隠蔽工作を働くかもしれないということだな」


「情報を隠される。これも厄介だ。オレたちの目玉を持ってしても、情報があまりにも少なければ、呪いを追いかけられん。だが、もっと悪い対策を取られるかもしれん。それが何なのか、兄ちゃんには想像がつきそうだな」


「ああ。違う犯人を追いかけるってところか?」


「そうだ。呪術師が、自分の『身代わり』を用意しているかもしれない。あるいは、『呪い』そのものをエサとして、罠にかけるとかな」


「そういう事例は、多いのか?」


「ノーベイ・ドワーフ族の歴史にはな。だからこその、秘伝だ。詳しい使い方は、一部の者にだけ伝えられて来た」


「……そんな秘伝を、オレに教えてくれたのかよ?」


「ああ。魔法の目玉を持つ男と出会う機会なんて、そうは無いだろうからなあ……そもそも、ノーベイ・ドワーフ族も終わりだ。使ってくれると嬉しいぜ」


「……ああ。オレの子供に、魔法の目玉を持った子供は生まれて来ないかもしれないが。オレも……偉大なるノーベイ・ドワーフ族の能力を受け継がせるに足る者を見かけたら、継承させよう」


「そういるものじゃない。継承者は、よく選べよ。いいか?……オレやアンタの魔法の目玉も一種の呪い。『呪い追い/トラッカー』を使える者ならば、アンタを追跡出来る」


「弟子に寝首をかかれる?」


「そういうノーベイの戦士も、過去にはいたぞ」


「……気をつけよう。性格の悪そうな人物には、教えない」


「自分の身を守るためにも、そうすべきだな。アンタは……背後が甘い。物理的にではなく、精神的にな。そこに置く仲間を、アンタは脅せないだろ」


「裏切り者を、斬れないってハナシだな」


「そうだ。兄ちゃんの正義は、どうにもこうにも、お節介すぎるようだからな。オレは気に入っている。だが、世界の多くの人物は、そうとは限らない。なにせ、ドワーフの蛮族で、不思議な目玉を持っているヤツは、どう考えたって極めてマイノリティだからだ」


 少数派にもほどがあるよね。


 オレは、ガントリーみたいなドワーフを知らない。ドワーフ族には個性的で豪快なヤツが多い。ガントリーはドワーフの戦士の典型に近くもあるけど、やけにおしゃべりで、孤独を感じさせる男だ。


 それに、魔法の目玉を持っている存在は、基本的に少数派だもんなあ。


「……八方美人は、悪意渦巻く戦場では好かれるとは限らんぜ」


「オレの愛情は見境ない?」


「ヨメが複数いる時点で、ノーベイ・ドワーフ族の感性から言わせれば、怖いもんだ。そのヨメの誰かに、オレたちだったら殺されそう」


「だいじょうぶ。オレたち四人夫婦は円満だよ」


「だといいな。だが、戦場にうろつく利害関係者は、どう考えたってヨメよりも怖い。利害ってのは、表裏一体なもんだ。昨日までは兄ちゃんの味方が、今日からは兄ちゃんの敵になることもあり得る。悲しいかな、乱世の戦場なんて、そんなもんだ」


「……対策はあるかい?」


「幾つかあるぞ……兄ちゃんのために、『呪い追い/トラッカー』を使った、とっておきの裏切り者対策を教えておいてやる。ノーベイ・ドワーフ族のさまざまな教訓話と一緒になあ!!」


「……くくく!長くなりそうだな」


「ああ。おしゃべりのオレのことだから……まあ。いいだろう?『メルカ』までは時間があるし……アンタのお仲間と『ヴァルガロフ』で合流するのは二日後かい?」


「そうだな。ゼファーがいるんだ、『ヴァルガロフ』までは、時間はそれほどかからないさ」


 体力を回復させ、ガントリーの長い教訓話を楽しむ時間もあるってことさ。『呪い追い/トラッカー』の力を磨くためにも、ノーベイ・ドワーフ族の物語を、たっぷりと聞いておくとしようかね。

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