第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その1


 オレたちは、酒を呑んだよ。でも、あんまり酔いすぎると妹分たちにセクハラをして、正妻エルフさんの雷が―――ああ、比喩ではなく、エルフの王家に伝わる魔力で、強烈な『雷』をぶつけてくる可能性もあるんでな。


 自制をしながら呑んでいた。


 ガントリーの言葉が、心に突き刺さってもいたからな。『裏切り者対策』。『自由同盟』が大きくなればなるほどに、『裏切り者』が現れる可能性は高まってしまうのだ。それを考えると、酔いがそこそこ醒めちまう。


 ドワーフの言葉ってのは、的確だな。本当に、真実ってものを突いて来ているよ。


 オレは、笑顔で酒を楽しみながらもね……どこか、完全にアルコールへと溺れることが出来なかった。多くの理性的な人々が、オレの飲酒量が減ったことを喜ぶであろうことは間違いがない。


 しかし。


 酒を愛する者たちには、オレがアルコールへ溺れることの出来ないさみしさも分かってくれるはずだ。本能から愛する存在へ、魂と肉体のすべてを捧げちまうということが、出来ないなんてな。


 酒とは、理性と現実の苦しみの全てを融かして、よく分かんなくしてくれる、神秘の溶媒だってのによ?


 ……まあ、そのせいか、それとも朝っぱらから強雨に打たれながらの沼地の冒険が影響したのかね……酒の割りには、眠気が来ちまったよ。だから、3時間ぐらいしか呑んでいないのに寝ちまった。


 そして、目が覚めたら……夕方になっている。酒場のテーブルには、ガントリーが天井を仰いで寝ちまっているし、コナーズ錬金術師はイスに座ったまま眠っている。仕事中毒のコナーズが寝るとはな……彼も、ここ数日はハード過ぎたのかもね。


 ククリとククルはいない。部屋に戻っているんだろう。もしかしたら、あの女の子たちに添い寝とかしてやっているのかもしれない。女子は、やさしいからな。


 さて……雨は、まだ降っている。


 『ホロウフィード』の労働者どもが、もうすぐ、この酒場にアルコールがもたらしてくれる解放感を求めて、やって来るだろうさ。今日は一日中の雨だった、仕事にならなかったから、早く酒場に来るかもな。


 マスターには、ティートたちを店には出さないと約束している。沼地の浮浪児を見つけた酔っ払いが、ティートたちを襲うかもしれないからな。


 そうしたら?


 オレは……間違いなく残酷な側面を、その酔っ払いどもに見せてしまうだろう。とくに、酔っ払っているときのオレは、反社会的な側面を強く発揮しちまう。


 殺すだけならともかく、皮を剥いだり、死体をロープで吊したりするかもしれない。蛮族なんでね、本質が……こう、低俗なトコロがあるってのは、否めないんだよ。


 まあ、帝国人に見つかったときのリスクは、ティートたちの方が熟知しているだろう。寝室からは、もう出てくることはない。幸い、トイレも風呂も二階にあるしな。客に姿を見せずに過ごせるよ。


 ……罪もない子供たちが、コソコソ隠れなくてはならんとはな。ただ『人間族と亜人種とハーフ/狭間』として生まれただけなのに、帝国領内では、このありさまだ……いや、そうじゃないな。


 帝国外でも、そうだ。


 『狭間』に対する風当たりが強いのは、世界共通の事実だ。変えようのない、痛ましい現実。むしろ、亜人種族たちの方が、『狭間』を嫌うコトも多い。『血を盗む』……その言葉を合い言葉にして、『狭間』を嬲り殺したドワーフやエルフもいる。


 ……人種差別とは、根深く。


 あまりにも普遍的な要素がある。仲間ではない、姿形が違っている、それだけで、ヒトはヒトを殺す理由にしてしまえるのだ。ヒトを分断する壁として、その概念は……1000年前も、おそらく1000年後も君臨しつづけるのだろう。


 どうしたもんかね?


 決まっている。


 やるべきことを、やるだけだ。


 帝国を打倒して、オレのガルーナを取り戻す。


 ……まあ、そいつは今日明日に出来ることではないからな。今、オレに出来ることは限られているが……それを成すことにしようじゃないか。


 何をするかだって?


 ……ハンバーグをこねる。


 コンラッドのヤツが、好物だと言っていたからな。オレは、そいつを作ってやることにしたのさ。


 指の先が短いマスターは、タバコを吸いながら、止みそうにない雨を見ていたよ。


「……客足は、遠のいているのか?」


 そう聞くと、マスターは静かにうなずいた。


 ためいきとタバコの煙を共演させていたよ。オレたちのせいもあるのかもな。社交的な酔っ払いを演じていたつもりだが……やはり、田舎者には鋼で武装した戦士の集団など、特異な存在だろうよ。


 衛兵が、職務質問に来なかったのも驚きだった。一応、作り話は用意していたんだがね。オレたちは、『黒羊の旅団』のフリをするつもりだった。ヤツらの死体から、身元証明書を何枚もくすねているからな。


 だが。


 この町の衛兵は、根性ナシのようだな。謎の戦士が町にいることを許していた。怠惰で、臆病で、ずる賢い。嫌いな人種ではあるが―――まあ、好都合だからいいさ。


「キッチンを借りるぞ」


 その言葉にマスターはうなずく。物静かな男だな。愛想が悪い。客商売なのに?まあ、それでも経営に問題はない。競争相手が多くいるような町じゃないだろうからな。


 みんな、マスターの愛嬌じゃなくて、現実の苦しみを紛らわせてくれる神秘の液体、酒を求めてこの店にやって来るのさ。


 田舎で、経営努力が功を奏することなんてないのだ。競争原理など、働く余地がないほどに少ない選択肢しかないのが、田舎の悪いところ。逆に、サボってても、店がつぶれない場合もあると思えば、ある意味では楽なもんだけどね。


 マスターは全力でサボっている。


 いい身分だよ。


 ああいう猫みたいな生き方しているオッサンも、ちょっとした魅力をまとっているよね。マスターは、暇つぶしの達人みたいだ。酔っ払いどもに提供する皿を、やたらと綺麗に磨いていたりする。


 アレは、一種のゴッコというか。暇つぶしには、ちょうどいい遊びなんじゃないか?


 とにかく。


 オレはキッチンを借りた。ああ、材料の代金もあらかじめ払っているよ。オレは、いい客だな。廃墟にいた怪しい男どもを皆殺しにしたし、沼地に現れた『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』も仕留めた。


 そして、沼地の浮浪児たちを保護して、山の上にある『メルカ』へと移住させる。しかも、マスターには、想定していなかったはずの臨時の稼ぎを提供してもいるのだ。


 最高の客だな。


 だから、オレは無遠慮だった。ミートチョッパーに肉塊を投げ込んで、ハンドル回してミンチをつくった。洗うのが厄介な道具だが、洗うことまでもマスターに任せよう。どうせ昼間はヒマなんだろ?……それに、オレは彼に銀貨を何枚払ったと思っているんだ?


 くくく!


 今日も、蛮族の腕力は健在だ!!安げで硬い牛肉を、ギチギチ言わせながら潰してミンチにしていくのさ。楽しい作業だな。脂身が足らないが分かる。あとで、脂肪を足しておくかな……牛脂の固まりが、肉の貯蔵庫にはあったのさ。


 ここにも氷室がある。それはそうだろう。バシュー山脈が近く、寒い時期ならば氷はいくらでも作れるもんな。


 オレはミンチ肉を作り、そいつに牛脂を混ぜた。ジューシーにしたい。あの痩せたガキどもに、脂肪をつけてやりたい。体力を回復させ、明日からの山登りに備えることになるだろう。


 ああ。


 この状況を説明するために、ゼファーには『メルカ』へと向かってもらったよ。リエルとミアにも伝えたいし……何よりも、ルクレツィアにティートたちの移住の許可を取らねばな。


 結果?


 もちろん、オッケーだったよ。


 『メルカ』は全てのアルテマの脅威から解放された。これからは生殖の制限も、寿命の制限もない。ホムンクルスたちは、ただのヒトとして生きるだろう。やがて、その特質も失われて行くのかもしれない。


 魔力の質が変われば、『知識』や『記憶』を世代間で受け継ぐ、共感能力も働きが悪くなるだろうとルクレツィアは語っていた。まあ、それでもいいだろう。ヒトの子を産む。それが、ホムンクルスたちの1000年の夢だったのだから。


 さてと……安っぽ肉で作った硬いミンチに、オレは牛脂の固まりをブチ込むのさ。そして、こねるんだよ。脂とミンチを混ぜて、ちょっといい肉であるかのように偽装したのさ。


 こねて、もんで、叩きつけて!


 パン粉を混ぜる。ああ、ちょっとだけ小麦粉もつかう。色々なモノを食わせてやりたくてな。ふっくらなのか、それとも少々硬いほうがいいのか……コンラッドのハンバーグの好みは分からないが、まあ、中間ぐらいで良いだろう。


 オレは……そのハンバーグを深みがある皿に入れてオーブンで焼く。小さなヤツじゃなく、巨大なハンバーグを食べさせてやるんだよ。一皿ぶん、丸ごとな!


 ヤツらの食べっぷりなら、いけるさ。それに……この焼き方なら、少ない脂肪分を逃さない。ヤツらに、栄養を与えたいのだ。保護者代理としてな。


 オレは四人分の巨大ハンバーグを深皿に盛り、それらをオーブンで焼き始める。オーブンの下で踊る炎を見つめて、オレはおおよそこのオーブンの性能を知るよ。


 釜の大きさとか、構造。そして、炎の色に、鉄を焦がす臭い。そういうので、オーブンの質は把握できるもんだよ。


 あと10分、このままでいい。肉はもちろん、上にのせた平たいチーズも、ベストな焼け具合になるだろう。


 キツネを焼いたことはないが、こんがりとしたキツネ色と俗に言われているアレになるのさ。オレは、先にガキどもを起こしておくことにする。


 客室が並ぶ二階に上がって、あの四人組を起こしたよ。ティートは、飛び起きて、殺人者の視線になりながら、オレをにらんだ。


「……オレだ。にらむ必要はないぞ、ティート。ここは、お前も、お前の『家族』も安全だよ」


「……あ。ま、魔王さん……」


「体調は悪くないか?」


「ん。オレは……みんなは……?」


「だいじょうぶよ!」


「へっちゃらー」


「僕も、元気です」


 子供らは、嬉しい返事をしてくれたよ。オレは唇をニヤリと歪めていた。満足できる答えだったから、笑ったのさ。


「ちょっと待ってろ、メシを持って来てやる」


「え?」


「起きたばかりだが、食えるだろう?成長期ども?」


「たべれる!!」


 『垂れ耳/ハーフ・ケットシー』のリーファがそう宣言しながら、右手を高く突き上げていたよ。


「な、なんとか、食べれると思います!」


「ぼ、僕も……」


「コンラッドの好きなハンバーグだぞ?」


「た、たべれます!!ひさしぶりだ……ティート、孤児院で、シスターが作ってくれてから、たべれてないよね……っ!!」


「……ああ。なんていうか……ありがとう。魔王さん」


「……恩を感じるなら、強くなれ。オレの役に立ってくれるほどの戦士になったときに、オレは恩返しを求めるかもな」


「……魔王の騎士になれば、いいんだろ?」


「なれるのか?」


「なれるさ!!オレは、オレたち四人は、世界で一番、強くなってやるんだ!!」


「……いい言葉だ。さて、ちょっと待ってろ。ハンバーグを持って来てやる」


 ……オレのハンバーグは、ガキどもにウケていた。


 まあ、昨日の夜までカエルの干物をかじっていたコイツらの、美味い!!って言葉は鵜呑みにしちゃいけないんだが……美味しそうに、メシを食っているコイツらの顔を見ていると、孤児院経営者の気持ちも、分からなくはないな。

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