序章 『雨の降る町で……。』 その20
酒場に帰ったオレたちは、あの指がいくつかないマスターに銀貨を支払い、とにかくメシを食わせたよ。納屋でさんざん洗いまくったおかげか、マスターはティートたちを拒むことはなかった。
さすがは商売人。
金さえもらえれば、ある程度のことは許容してくれる。旅人には、じつに過ごしやすい場所だな。
昼ご飯はたっぷりと食べさせた。ガリガリの育ち盛りどもは、とにかくがっついたよ。沼地での食生活の悲惨さが、想像出来て泣けてくるよ。
子供たちは、よく食べた。そして、食べちまうと、すぐに寝ちまったな。まだ昼だったがね。それに、腹痛治療の名人でもあるロビン・コナーズにも診てもらいたかったが、ククリとククルたちも、脈を取ったりしていたから問題はないか……。
降り止まない雨を、オレたちしかいない昼間の酒場で見つめながら、男どもは集まり、酒を呑んでいた。ククリとククルは入浴中だな。美少女の双子は、同時に風呂へと入っている。仲良しだな。『メルカ』って、みんなで入浴したりする文化なのだろうか?
美女だらけの大浴場か。なんて、素晴らしい響きなのか。男としては、人生で一度ぐらい、そういう現場に参加したいものだが―――セクハラって言われそうだから、オレは口に出すことはないよ。
セクハラ発言をすることもなく、魔王サンの口は、地ビールをぐいぐいやってる。
……まあ、朝から一仕事を終えたからな!
それなりに稼いだし……いい意味の荷物も増えた。あのガキどもを沼地から救えたことは、いい行いだよ。
「……大型モンスターをあっという間に仕留めるか。さすがというか、とんでもない強さだよねえ」
ロビン・コナーズはオレたちの強さを知らなすぎる。あんなもので、強さを証明したことにはならない。
「ガハハハハッ!!オレ、不参加だった!!……あー、ストレスたまっちまうぜ」
「くくく。帝国人の尻をさんざん叩けただろう?」
「あんなもんでストレス解消になんて、なりゃしねえっつーの」
「だろうなあ」
「剣か斧を叩き込む!!……ああ、オレも、あの大蟹を叩き割りたかったもんだ」
「……それで、ソルジェくん」
「なんだい、ロビン・コナーズ?」
「あの子たちは、『メルカ』に連れて行くんだよね?」
「ああ。高山病の心配か?」
「うん。あれに苦労していた連中は少なくないからね」
「手に入れた馬車で、ゆっくりと進むさ……一応、『竜騎士の呼吸法』も教えておくよ。アレをマスターできれば、高山地帯でも息切れすることはなくなるからね」
「……すごい技術だよね」
「竜に乗れば、『メルカ』よりもはるかに高いトコロまで飛べるからな。あれぐらいの高度でへばっていれば、飛ぶだけで死んじまうさ」
「……なるほど。環境の急激な変化にも耐える……驚きと感心の言葉しか口を出ない」
賢い錬金術師の先生に、ストラウス家の技巧を褒められると、なかなか照れちまうよ。
「しかしよ、兄ちゃん」
「ん?」
「アンタの本職の方は、どうするんだ?」
「……このまま孤児院をしているつもりはない。フクロウを使って、前回の仕事については報告済み……色々と、裏で動いてもらっているよ」
「なるほどな。アンタはしばらく休暇かい?」
「体を休ませるのも仕事のうちだ……まあ、昨夜も今朝も……色々と慌ただしかったんで休暇もクソもないけどな」
昨夜は雨のなか人を殺して墓場に埋めたし、今朝は化け蟹退治と来たもんだ。なんとも多忙な冒険人生を送っているよ。
「たしかに、君は働きすぎかもね。それに、酒の飲み過ぎには注意だよ?」
「……ああ、分かってるよ。節度は守るさ。健康でなくては、帝国人も殺せんからな」
「根っからの戦士の言葉だね」
「骨の髄まで、戦士の成分が詰まっている……それが、『パンジャール猟兵団』の猟兵ってものさ」
「そいつはいいぜ!!気が合いそうだなあ!!」
「……ガントリーなら、団員にしてやってもいいレベルだぞ?」
「まあ、アンタと組むのは楽しそうだ。どうにもこうにも、アンタには死がつきまとっているようだしな」
「不吉な予言をしてくれるなよ、魔法の目玉組合の会長さまよ?」
「予言もクソもない。ただの実感だ」
「同意出来るよ。ソルジェくんはいい戦士。いい戦士の条件は、敵をよく殺すってことだろうからね?」
「……褒められたと思うことにするよ」
死がつきまとっている。
その不吉なはずの言葉に、一種の感動を覚えちまうのが、猟兵ってものだな。
「息を吸うような自然な振る舞いの延長に、殺人がある―――そういう領域に達したいものだ。オレはまだ敵を殺すときに、殺意に頼る癖があるんだよ」
「そいつは未熟者だな!!」
「……言ってくれるぜ。ガントリーは出来てるのか?」
「いいや。出来ねえ。なかなか難しい。だが……昔は出来た。きっと、兄ちゃんの理想ではない形でな」
「……義務感に支配されてか」
「そうだ。自由意志を捨てれば、それは容易いぞ」
「だが、たしかにオレの目指す領域とは、ほど遠いな。自由自在に、オレの意志のもとに……ただヒトを斬れる者になりたいんだ」
「……なんだか、それはおっかなく聞こえるんだが?……ソルジェくんは、そういうものになりたいの?」
「まあな」
「でもよ。兄ちゃんは、そういうクールな方向性は似合わないと思うぞ。殺意に頼れって、そっちの方が兄ちゃんらしくて分かりやすい。ただ……」
「……ただ?」
「殺意に頼った攻撃性ってのは、弱点があるなあ」
「……わかってる」
「どんなものだい?」
「へへへ。錬金術師さまにも分からんか」
「戦いに関しては素人だからね。研究したこともない。学生時代のフェンシングの授業でヒドい目に遭ったことがある。思い知らされたよ、向いてないってことをね」
「まあ。ヘタレだもんなあ?」
「君たちの勇敢さには、とても敵わないよ。それで、たんなる好奇心として聞いちゃうけれどさ、ソルジェくんの弱点ってのは何だい?」
「……兄ちゃんは、友人や仲間、そういう殺意を抱けない者が敵となったとき、どうするんだろなあ?」
「……なるほどね。殺意を抱けない相手には……戦えない?」
「……戦えるよ。ただし……」
「著しく、戦闘能力は落ちちまうさ。この兄ちゃんが、殺意剥き出しで怒ったときの強さは……ああ、ロビンは見てないんだろうが、『ゼルアガ/侵略神』さえ、ビビって逃げ出したがるんだぜ」
「悪神を、複数、殺しているんだっけ?」
「まあな。ザクロア、アリューバ半島の北の海、こないだ山の上でな」
だが、単独で仕留めたことはないな。
そこはやや不満が残る点でもあるが……戦士は、武芸者ではない。どう勝ったかよりも、殺せたかどうかのほうが戦士としての評価につながる。敵に技巧を見せつけるのが、戦士の仕事じゃない。
敵を殺せるかどうかが……戦士の価値だ。
「―――兄ちゃんは強いよ。大陸でも一番か二番だろう」
「一番確定じゃないのか?」
「……ああ。上には上がいるもんだからな」
「たしかにな」
「そんな兄ちゃんの、オレから見て、ほぼ唯一の弱点……それが殺意に頼っちまう未熟さってところだ。オレが出来て、兄ちゃんに出来ないことが一つだけある。そいつはな、『仲間を殺す』ってことだ」
物騒な言葉だよ。
そして……心に突き刺さる言葉でもある。オレの弱点。そうだ、オレは仲間を殺せない。つまり―――。
「―――『裏切り者』が出たときには、兄ちゃんの剣は確実に翳るぜ。いくらか時間が経てば問題はない……だが、裏切ったばかりのその瞬間に、兄ちゃんの剣は……相手に鋭さで負けるだろう。それだけは……注意しとけよ?」
「……ああ。分かってるさ」
仲間を手に入れて、オレは強くなった。
だが、強さを手に入れているだけではない。
『脆さ』も同時に手にしている。仲間を頼る、仲間を信じる……その結果、オレの背中の守りは甘くなっているのさ。たしかに、魔王に近づいている気がする……ベリウス陛下も、裏切りにより止めを刺されてしまったからな。
陛下も、同盟や異国の友を信じすぎたのだ―――。
「―――今は乱世だ。そしてヒトの世は複雑なもんだ。善良なものとて、状況次第では、裏切ることもあるさ。性格の悪い仲間を雇っておくといい。たとえば、ノーベイ・ドワーフ族みたいに、『仲間殺し』に定評のあるヤツをな。そいつを番犬として飼うといい」
「……アンタを雇いたくなるよ。アンタは……揺れない心の持ち主だ」
「どうかなあ。昔はそうだったがね。種族ごと、その『掟』を失ったとき……オレは、仲間殺しをしたくなくなっている。孤独を知ってしまった、そのせいで、孤高でいられなくなっている」
「……分かる気がするよ。オレは……9年前より強いが、9年前ほど孤高じゃない」
「いいか、兄ちゃん。その仕事には、仕組みがいる。仲間のために、裏切り者を処分する役回り……その汚れ仕事をする者を決めておいてやれ。そうでなければ、そいつは揺らいじまうぞ」
「……必要かな?」
「必要だな。アンタの仲間は、広がり過ぎているだろう。今日だけでも、チビッコどもが四人も増えた。そして、アンタは敵国人である、馬飼い農夫と接触してしまった。アンタの正義は、おせっかいなところがある。個人的にその道は好きだが……敵を作りやすい」
「交友関係が広すぎるってこといかい?……敵も味方も多いから、利害関係が複雑化してしまい、裏切りや対立の温床になるということか」
ロビン・コナーズ自身もその一人だという自覚を、彼はあんまり持っていないようだな。オレは彼を『自由同盟』に取り込むために、多くのルード・スパイに貸しを作っているんだぜ。
「そうだ。何でもなあ、多く集まれば、とてもじゃないが、『純粋』ではいられなくなるってハナシだよ。混ざり、融け合い……そして、矛盾する立場ば生まれちまうもんさ!」
……心当たりがあるよ。
ザクロアとアリューバ。
あの海を隔てて隣接している二つの国家には、『羽根戦争』という歴史がある。同じような『商品』を輸出していた両国は、お互いの利益のために殺し合った。より多く儲けるために、商売敵を殺そうとしてのさ。
その血なまぐさい歴史の代償として、アリューバはザクロアに対しての、拭い切れない不信感を抱いている。
隣接した国、そして、何よりも実際に戦を行ったことがある。その歴史は、永遠に消すことのない緊張を発生させるのは、至極当然の摂理。ヒトは学ばない。必ず、それを繰り返す。ヒトの群れとは、欲望に忠実な存在なのだ―――。
アリューバが、オレたちの『自由同盟』に、すんなりと加盟してくれなかったのも、ザクロアに対する、その潜在的な敵対意識ゆえのことである。オレたちは、大きくなる度に、たしかに、『一つ』になりにくくなってはいるのさ。
ガントリーは、やはり鋭い。
いい魔法の目玉の持ち主だってことだよ。彼は監禁されて、錬金術の実験台にされながらも、実に多くを学んだようだな……。
「……兄ちゃんよう。帝国人の組織ってモンを見ていて、オレは学んだ。巨大すぎる組織ってのには、必ず、ほころびが生まれる。そいつを、防ぐ戦士もいるんだぜ、きっとな」
「……『仲間殺し』を作れと?」
「そうだ。兄ちゃんの野心を、実現したければな……あーあ。指揮官さまは、やっぱり大変だなあ。色々なことを、考えなくちゃならないもん」
「……やりがいのある仕事だよ。世界を、ひっくり返す仕事だからな」
「……オレの命も、兄ちゃんの野心にくれてやる。大きな戦には、呼べ。そこで死んでやる」
「ああ。よろこんで、使わせてもらうぞ、アンタの命」
「へへへ!そう言ってくれるから、アンタは好きだ。甘さが少ない男は、好きだよ。ホンモノの戦士の証だからな!!ほーら、乾杯だあああああああ!!」
「ああ!!呑むぞおおおおおおおおおッ!!」
地ビールの入った木製ジョッキを叩きつけるのさ!!
オレとガントリーは笑顔だったよ。
コナーズは理解できなさそうだった。オレたちが命を軽んじているように見えているのかもしれない。だが、命を重みを、誰よりも知っているのは、オレたち戦士だよ。
ガントリーもオレも、己の命を意味なく散らしたいわけじゃない。ファリス帝国を倒す。その戦いに、命をかける価値があると理解しているし―――命をかけなれば、どうあがいたって勝てそうにないほど、敵はデカいんだ。
……オレたちも、大きくならなくてはな。
だが。
しかし……。
ガントリーの言葉が、オレの心に突き刺さっている。真実を帯びた言葉とは、いつも、それから目を反らそうとしている者の心に、深く届き、痛みを与えてくるものさ。
『裏切り者を狩る役目』。
『魔王の番犬』。
その言葉を頭に浮かべたとき……オレの直感が選ぶ者は、ただ一人だけ。ジャンではない。狼男だからって、あいつではない。あいつの忠誠心は、まるでオレに恋するゲイ野郎のように厚いが……ジャン・レッドウッドは、仲間を斬れない。
仲間を斬れる猟兵は、何人かいるぞ。何人もいるが……その役目を果たしたいと自ら願ったことがある者は、彼女だけだった。
『キュレネイ・ザトー』……君は、オレが団長になったあの夜。オレに忠誠を誓いながら、耳元でささやいたな。
―――団長、もしも、裏切り者が出たときは、私に斬らせてください。
―――私の心は、痛みませんから。
―――みなさんと、ちがって。
無表情な顔だったな。事もなげに、その言葉をオレに告げてくれた。水色の不思議な髪に、無表情……君は、いつも神秘的であり、無感情であり……殺意なく、ヒトを殺せる天才で在りつづけたな。
尊敬すべきプロフェッショナルだ。君は……『魔王の番犬』という言葉に、誰よりも相応しい猟兵だと思う。うつくしき我が戦乙女よ……そろそろ、あの夜に、オレが告げることが出来なかった命令を、君の耳にささやく日が近づいているのかもしれない。
猟兵は裏切らない。
我々の絆は絶対だ。
だが……『自由同盟』の全ての戦士がそうとは言えん。『自由同盟』の戦士に、裏切り者が出たとき……速やかに、その魂を刈り取る『パンジャールの死神』……オレが知る限り、君がゆいいつ欲しがった『立場』……それを、任せることになるかもな。
ガントリーが、予感している。
オレの迂闊さと、オレの甘さ……そいつは、オレが掲げている野心に、一つだけ隙を作るらしい。仲間に甘いんだってよ。孤独を知りすぎて……絆を作り、仲間と『家族』を取り戻したオレは、孤高には戻れない。
……キュレネイ・ザトー、オレにはなれぬ無情の鋼に、その罪深い立場を、君に縛り付けてもいいのだろうか―――悩むよ、でも、次に君に会うときまでは、決めておきたいな。
オレは、負けられぬ理由を、今朝だけで四つほど増やしちまったからな。
帝国を打倒し、オレが欲しい世界を一つだけ手に入れる。それが叶うまでは、死んで歌になっている場合でもないんだよ。
罪にまみれても、悪と蔑まれようとも、魔王と恐れられようとも……欲しい『未来』がある。
そのために全てを捧げて、戦い抜く。
それは変えることの出来ない、オレの生きざまであり、そして、死にざまでもあるだろう。なあ、キュレネイよ、君の『願い』を、叶えてもいいと、再び許容の言葉をくれるのならば、オレと共に、罪に穢れようじゃないか……。
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