序章 『雨の降る町で……。』 その19


 ……それからしばらくして、ククリが帰ってきた。強力な虫下しを片手にな。それがあれば、腹のなかにわいている寄生虫を殺すことが出来るんだよ。ロビン・コナーズはいい仕事をしてくれたようだ。


 それなりにコミュニケーションが取れていたのか、そのあとの4人は素直なものだった。綺麗になった外見もあり、まるで、そこらにいる、ただの子供と変わらない。


 虫下しを飲ませて……栄養剤も注射したが、それらの治療行為に抵抗することはなかったのさ。しばらくしたら、4人とも、そこらで大量の寄生虫を口から吐いていたな。胃袋にまで、寄生虫がいたのさ……沼地暮らしの代償というかね。


 コナーズの薬の効果は証明されたよ。いい錬金術師だし、さすがは腹痛になれた男ということか。


 胃の奥、腸のなかにいる方にも、コナーズの薬はとどき、そのうち下から虫の死体が出てくるだろうよ。それで、まあ、体のなかにいそうな危険な寄生虫も排除出来るさ。


「……死ぬかと思った」


 ティートは青い顔になっていたな。自分たちの体から、あんなに寄生虫を吐き出せるとは思ってもいなかったのだろう。


「……トーマスは、あんな風に、たくさん虫を吐いて死んだんだよ。まあ、血まみれの虫だったけどさ」


「そうか」


「……さっきのは、血まみれじゃなかったけど、トーマスが吐いた量よりも多かったかもしれない」


「良い風に考えろ。それだけ多くの寄生虫を体内から排除出来たとな」


「……魔王さんは前向きだよな」


「後ろ向きに生きていても、得る物は少ない。ちょっとしたコトでも笑えるように生きる方が……人生で、得しそうな気がしないか?」


「……たしかにね」


 まあ、あれだけ虫なんて口から吐けば、ドン引きしちまうのもしかたがない。保護者代行のオレとしては、コイツらの体から虫を排除できたことは喜びだがな。


 魔眼で、魔力を見る……血の巡りも、悪くはない。


 『メルカ』製の栄養剤も効いているのだろうな。虫を大量に吐いたことに、大きなショックを覚えてはいる様子ではあるが、体調はよくなるはずだ。少なくとも、かなり胃袋が軽くなっただろう。


「あんなにたくさん虫がいて、苦しかったね」


「もう、大丈夫だよ」


 双子の妹分たちが、そう言いながら子供たちを抱きしめてやっていた。女子ってのは、やっぱり男よりもやさしく出来ているようだな。


 ティートのヤツは、ククリに抱きしめられて顔を赤くしていたな。ませガキだよ。まあ、今日はサービスだ。オレの妹分の胸に顔を埋めて、生きていられるとは思うなよ?……などとは言わん。


「―――ハハハーッ!!よー、戦士ども!!」


 強い雨よりもうるさい音が響いていたよ。ガントリー・ヴァントが帰還した。古ぼけてはいるが、しっかりとした造りの馬車を、見事な体格をした4頭の軍馬候補に引かせながらな!


「いい馬じゃないか?」


「ああ。良さそうなのを、一通り、頂いたぜ!!」


「銀貨もか?」


「もちろん!!それと、ちょっとした野菜もな!!」


「くくく、がめついドワーフだ」


「そうじゃなくちゃ、ドワーフらしくねえんだよ!……おお、浮浪児どもも、ずいぶん見栄えがするようになっちまったじゃないか!!」


 雨よけつきの御者席から、ガントリーはあの包帯でグルグル巻きになった瞳で、子供たちを見回した。


「……あのオッサン、見えてるのかよ?」


「ああ、ガントリーはアレでも見えてるよ」


「……魔王さんの知り合いらしいね、変な戦士だ」


「おうよ!!魔法の目玉組合の会長さまだからな!!じゃあ、さっさと乗れ!!もう、こんな農場には用もなかろう!!……お互いのためにも、さっさと出て行ってやろうぜ?」


「……ああ。母屋の二階から、カーテンをチラチラされながら、こっちを見られているしな……」


 浮浪児も旅の戦士も、厄介な存在であることには変わりがないからな。


 とりあえず……馬車ならば、雨に打たれることもなく、あの酒場兼宿屋に戻ることが出来るしな。


「よし、ガキども、乗れ!!……美味いモンを食いに行こうぜ?」


「メシ!?」


「いいんですか!?」


「やったー!!」


「で、でも、僕たち、お金が……」


「気にするな。馬飼い農夫から稼いじまったあとだ。想定外の稼ぎでな、こういう金は、さっさと使っちまうに限るんだよ」


 そう言いながら、オレは腕で4人を馬車へと持ち上げていく。ああ、やっぱり。どいつもこいつもカカシみたいに軽い。ガリガリ過ぎるな。カエルはそれなりに栄養がありそうだが……どっちかというと寄生虫の多さが招いている痩せかもしれんな。


 あんまり、痩せてやがるもんで……なんだか、たくさん食べさせてやりたくなる。


 孤児院なあ……そのうち、ガルーナ王国を再建したら、王さま命令で、充実させてやるかね。なんだか、無数にいるからな、戦災孤児どもも。


 色々なことを思いながら、オレも馬車に乗った。騎士だし兄貴分だから?馬車のうえから妹分たちに手を伸ばして、彼女たちの乗車を助けてやるのも忘れない。


 2人とも、3メートルの高さの壁でもたやすく飛び越えるのは知っているが、紳士であることも騎士と兄さんの務めなんだよ。


 その若い馬たちが引く馬車は、ガントリーにあやつられて雨の道をゆっくりと進んでいく。


 ガントリーは、そのよく訓練された若い馬を気に入っているらしい。


 鼻歌が聞こえてくるな。


「……『ガッデーリ』はいたかい?」


「ガハハハッ!!……いなかったぜ!!そうそう、いるもんじゃねえよ!!」


「まあ、そうだろうなあ」


 伝説の名馬に匹敵するほどの馬なんて、そう見つかりはしないだろうさ。


「だが、悪い馬もいなかったな。上中下で言えば……そう、中ぐらいの馬がたくさんいやがったのさ」


「それなりに有能な牧場と言いたいのか?」


 このドワーフさんは口が悪い。そんな彼が、『中』と言っているということは……その『中』のなかでも、やや良い意味なんじゃないかね?


 たとえば、中の上レベル。あるいは、上の下レベル……。


「そういうこったな!」


「そうかい……ちょっと、後悔したくなる情報だ」


「まあ、帝国軍ちゃんの馬になる予定のヤツらだもんなあ」


「魔王さんたちは……やっぱり、帝国人じゃないんだ?」


 ティートがそう訊いてくる。


 オレは即答するよ。


「ああ。オレは『自由同盟』の傭兵だな。ガントリーは、元・帝国の捕虜だ。ククリとククルはいろいろとフクザツだが……とある秘境の出身だ」


「とある秘境?」


「まあ、お前たちの新しい家になる……っと、勝手にハナシを進めてしまっているが、ルクレツィアは切れないよな?」


 そうだ。ここは帝国領のド真ん中だからな、『狭間』の子供たちを預けることが出来る場所など、限られている。


 ティートたちをゼファーに乗せて運ぶことも考えたが……世界で最高の医療を提供される場所に預けるというほうが、安心出来るのは確かだな。コイツらの体は、かなり疲弊している。ゼファーで長距離を飛ぶと、風邪でも引いてしまいそうだ。


「―――はい!長老もみんなも、よろこぶことはあっても、怒ることはありませんよ!」


「そうだよ。もう、アルテマの呪いも全部ないし……120人以上に増えても問題ないしね!」


「それに!」


「なんたって!」


「この子たち」


「かわいいんだもん!!」


 ククリとククルが、マエリスとリーファをその背中から抱きしめていた。なんとも、愛らしい光景だな。


 オレの双子美少女たちが、愛らしいロリどもを抱きしめている。幸せな画がかけるような気がするよ。オレは画家じゃないから、ムリだけど。


「それに、ソルジェ兄さんのお願いを、『メルカ』が聞かないわけないし!『プリモ・コルン』の特権つかっちゃうし!」


「長老も子供好きです。大丈夫ですよ」


「……そうか。くくく!ガキども、喜べ、お前たちの新しい家は、お前たちを歓迎してくれるそうだぞ?」


「ほ、本当ですか?」


「いいの?」


「やったー!!」


「……そうだぜ、マエリス、コンラッド。リーファみたいに素直によろこべ。オレたち、新しい『家』に住めるんだぜ!!」


 ティートの目からは、かなり険しさが取れているな。いいことだ。目つきの悪いガキは世間様からも無意味にウケが悪くなる。


「……そうね。ティートが、そう言うのなら!素直によろこぶわ!ね、そうしましょう、コンラッド!」


「う、うん!そうする!」


 ガキどもは素直なもんだな……。


「……いいか!3人とも、オレたちは強くなるぞ!こんな世界に、負けないぐらいに強くなるんだ!!」


「……うん!!」


「そうね」


「がんばる!」


 沼地の浮浪児たちは……いいや、『メルカ』の子供たちは、なんだかやる気になっていたよ。


 そのなかでも、ティートはとくにな。


 あの青い目で、彼はオレを見てきたよ。


「……魔王さんの騎士に、してくれるんだろ?」


「ああ。その名にふさわしいほどに強くなれたらな。『メルカ』は、とんでもなく高い山にある。あそこで、鍛錬すれば、地上に戻ったとき、無敵の戦士になっているだろう」


「なんか、スゴそうだな」


「スゴいところさ。魔術も盛んだ。全員、学んでおけ。この乱世で、それが使えることで命が助かることも多い。親たちから伝わった、特別な才だ。伸ばすことだな」

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