序章 『雨の降る町で……。』 その17
沼地の浮浪児たちを引き連れて、強い雨のなかを歩いたよ。ククリとククルとも合流してな。ああ、ガントリーもいた。ガントリーは、オレの言葉に従うフリをしてくれたわけだ。彼は沼地から離れて、すぐに舞い戻った。
そして……懸念されていた『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』の卵を発見してみせたようだ。それを、ガンガン蹴り割ったのだろうな。ジャック・シモンズは憑き物の落ちたような顔をしていた。
まあ、シモンズは……沼地の浮浪児たちを見ると、気分悪そうな顔をした。
「……うちのニワトリの卵を盗んだ子がいるんだけど」
「気にするな。代償は支払う。オレたちへの礼は、馬は最高のヤツ四頭でいい。そいつに銀貨と馬車をつけるのを忘れるなよ?」
「あ、ああ!!」
まったく、商売人め。頭のなかで計算するまでもないな。ニワトリの卵泥棒の賠償よりも、オレに引き渡す馬の数が減る方が、彼にとっては大きな得じゃないか。
クライアントを上機嫌にしたところで、交渉に入るか。
「アンタ、子供がいるな」
「え?ああ、いるけど?」
「古着があれば、それを売ってくれないか?」
「それは、別に構わんが……そのガキどもに着せるのか?」
「文句でもあるのか?」
「い、いや。ないよ……でも、弟夫婦の子たちにやろうと思っていたもんで―――」
「―――欲をかくと、ろくな目に遭わないよ?」
「そうです。適正な価格でなければ……こちらも、大蟹を二匹倒してあげているんです。本来なら、二倍の報酬を求めてもいいはずなんですが」
「もってけ!!古着は、タダでくれてやるよ!!」
ククリとククルも社会勉強が出来ているようだな。欲深い者には、威嚇することも必要だ。世渡りを円滑に行うためには、そういう技巧も必須だよ。
「あと、お湯もだな……」
「ふ、風呂は貸さないぞ!?お、母屋には、いれんでくれ」
「納屋でもいいさ。ガキどもの体を洗ってやるだけだしな……ああ、お湯さえあれば自力で洗えるな?」
「バカにすんなよ。魔王さん」
くくく。ティートは気が強いガキだな。いいことだ。ガルーナ騎士は、野蛮であり、ヒトをよく殺し、熱い魂の持ち主であることが望まれる。
「あとは……寄生虫だな。虫を吐いた子は、お前たちの中にいるか?」
パスタみたいな寄生虫を吐く。屋外で暮らしている者であれば、腹にそういうモノがわいていて当然だ。
「……そんなの、みんなあるよ」
「だろうな。血を吐いたことはないか?」
「……吐いてたヤツは、三週間前に死んだ」
「そうか」
ガントリーが口笛をヒュウと吹きながら、馬飼い農夫の尻を叩いた。
「な、なにするんだ!?」
「ちょっとした気晴らしだ。魔王さんのデケー刀で斬り殺されるよりはマシだろう?」
「き、君らは、私がその子たちに責任を持つ身だとでもいいたいのか!?」
「別に。ただ、なんだか、気に食わなくてな、お前のケツがよ?」
まあ、たしかに八つ当たりではあるだろうがな。オレも性格が悪いのか、このクソみたいな町の住民たちが、打たれているのを見ると喜びを得られる。
どうしたって、帝国人が嫌いなんだよな……帝国人のために仕事をしたか。屈辱的な一日ではあるが―――この四人と出会えてことはありがたいか。まあ、良しとしよう。トータルで見れば、今日はいい雨の日さ。
「……じゃあ。君たちの中には、血まで吐いたことのある子は、いないんだね?」
「うん。いません」
「良かったわ。胃腸に穴を開ける、怖い寄生虫もいるのだけれど……どうにか、手持ちの薬でどうにかなりそうですよ、ソルジェ兄さん」
ククリとククルたちがハーフ・エルフの女の子と、『垂れ耳/ハーフ・ケットシー』の女の子と話している。乙女同士の方が会話もしやすいかもな。いかつい蛮族のお兄さんとか、目玉を包帯で隠しているドワーフの中年男なんかよりも。
赤い髪のハーフ・エルフがマエリスちゃんで、こっちの金髪の『垂れ耳』がリーファちゃんか。彼女たちは社交性がある。ティートは暴力的なトコロはあるが、リーダーシップはあるだろう。
さてと。
ティートの影に隠れているのは、コンラッドか。
ハーフ・エルフの男の子だな。なんとも大人しそうな黒髪のハーフ・エルフの少年だ。ギンドウ・アーヴィングとは好対照というか真逆だな。是非とも、ああいう悪辣な発明家サンにはならないで欲しいものだよ。
コンラッドは、オレと目が合うと、ティートの影に隠れてしまった。小柄で引っ込み思案か。ティートの『弟分』って感じだな。
「おい。魔王さん、コンラッドをいじめるなよ」
ティートは過保護かもな。まあ、オレをあんまり信用できていないのか?……慎重に相手を値踏みするということも、いいことだがな。
「―――いじめちゃいないさ。なあ、コンラッドよ。何か好きなモノはあるか?」
「え?」
「好きなモノさ。色々とあるだろう?」
オレは、酒、美しい女、戦い……なかなか、齢が一桁の子には通じなさそうだ。ああ、そういえば……肉料理も好きだ。
「食べ物でもいいんだぞ?」
「え、えーと。僕は……ハンバーグが好きです!」
「そうか。美味いもんな、ハンバーグ。今度、作ってやるよ」
「え!?……その、魔王さんが……?」
「男だって料理ぐらい出来る。作れて損するものではなかろう。どうせ食うなら、何だって美味い方がいいじゃないか」
「そ、そうですね!!」
……ガキどもとの会話を楽しみながら、大雨に打たれて沼地を出たよ。ジャック・シモンズの農場へは、それから2キロほど歩くことになった。昼前には到着出来たな。あいかわらず降っている。竜騎士の勘では、一日中降りそうだよ。
納屋でも良いとは言ったが、本当に納屋に案内された。まあ、別にいいんだがな。沼地の浮浪児とか、馬を喰らうような大蟹をヨユーで仕留めてしまうような旅の戦士を、妻子のいる家に上げたくないという気持ちは分かる。
浮浪児たちは不衛生だし、帝国人の嫌いな『狭間』だよ。
それに、オレたちは武装した蛮族の戦士。シモンズの一族の女を犯したり、一族全員の皮を剥いだりするかもしれないしな?……蛮族の鍋の材料にして食っちまうとかな。
まあ、『狭間』やら蛮族なんてものは、文明的な帝国人サンからすれば嫌悪を伴う相手だろう。
オレたちの来訪を間違いなく快く思ってはいないシモンズだったが、忠実には働いてくれた。彼は姿を一度も見せなかった彼の妻子たちに、お湯を沸かせて、そのお湯を大きな木のバケツに汲んで、納屋まで運んで来たな。
7回ほど往復してみせた。素晴らしい働き者ではある。ここでハンバーグの一つでも持ってくれば、彼のことを好きになったかもしれないが、さっさと出て行って欲しいのだろうな。食事を運ぶことはなかったよ。
だが、彼の子供たちの服を持って来てくれたことにも感心してやろう。あとは石けんもくれたことも評価出来るさ。
限界まで痛んだ、浮浪児どもの服を取り替える算段も出来た。ガキどもには、この納屋の中で風呂代わりにお湯で体を洗ってもらうことにしよう。オレは出来た大人だから言わないが、彼らは沼地生活のせいでかなり臭う。
洗っていない髪も、ドロドロでベタベタで固まっているしな。
さてと、分業だ。オレは納屋のなかをシーツで区切ってやる。男女一緒のお風呂タイムをしても問題ない年かもしれんが……まあ、大人になるまで取っておけ、ティートとコンラッドよ。ガリガリの栄養失調の女子の裸など、トラウマにしかならんしな。
「おら、ガキども。さっさと体を洗っちまえ」
「あ、ああ」
「わ、わかりました」
「お兄さんは、外で見張っていてやるから、なんか問題があったら呼べ」
田舎の農夫がロリコンだったりしたら大変だからな。紳士として、とりあえずの保護者として、コイツらを穢らわしい大人の性欲から守らなくてはならん。
雨のなか、小屋の外に出る。ガキどもが、お湯を使って体を洗い始める。なんだか騒いでいるな。ガキは、いつでもやかましいもんだ。
「……じゃあ。オレたちも行動を開始するか。ガントリー、シモンズと一緒に馬を四頭見繕って来い。最高の馬だぞ」
「了解だよ、指揮官の兄ちゃん。ほら、行くぞシモンズちゃん。最高の馬を用意しろよ?毛並み、体重、健康的かどうか、そして年老いてないヤツだ」
「わ、わかってるよ。ちゃんと、報酬は払うよ!」
「……ああ。そうしてくれると助かるぞ、シモンズよ。オレもガントリーも、アンタの今年一番の馬の出来を知っている。そのことを忘れるなよ?……駄馬を寄越せば、オレもガントリーも、乱暴な性格を発揮するかもしれないぞ」
「お、脅すな!!」
「脅してはいない。信頼を築けていないドライな関係だからな。釘を刺しているだけだ。オレはね、帝国人に騙されたことがあってな。そのときは、一族と故郷を失った。察しろよ、オレは帝国人に友情は抱けない」
「……あ、ああ。わかった。う、嘘は、つかんよ。君は、恩人だし……君のことを、私は……恐れているからね」
「いい言葉だ、気に入ったよ、シモンズ」
「ハハハーハッ!!……ああ、なんともクールな指揮官殿だぜ。そいじゃあ、行ってくるぞ、兄ちゃん」
「ああ。いい馬を頼む。魔法の目玉で、中身までチェックだ」
「任せろ。そういうのは得意だ!寄生虫の少ないヤツを選ぶ!」
「アンタ……そんなことが分かるのか!?」
「まあなあ。追加料金次第では、どの馬に危ねえ虫がいるのか、診てやってもいいぞ」
「……騙したりしないだろうね?」
「蛮族は嘘をつかないんだ。嘘をついたら、仲間に殺されて、蛮族鍋の具にされちまうからなあ!!」
「……どこまで冗談なのか、分からなくなる……」
「まあ、信じないなら別にいい。オレの魔法の目玉なら、『ガッデーリ』を見出すことも出来るかもなあ」
「ほ、本当かい!?」
「いなければ、見つからんがな」
「い、いないとも限らないだろう!?」
「そうかなあ……そうだといいなあ」
ガントリーはニヤニヤしながらシモンズを追いかけて行く。さて、あっちは上手くやってくれそうだ。ハッキリと分かった。ガントリーが対応するより、オレが帝国人の相手する方が問題が多い。オレの方が、まさかガントリーよりも好戦的だとはな……。
「『ガッデーリ』って、何でしょうか?」
「聞いたことないよね……」
双子たちが首を捻っている。彼女たちの知識にないのも当然だ。
「……『ガッデーリ』ってのは、20年ぐらい前に大陸中の競馬で優勝しまくった、見てくれの悪い小さな馬だ」
「へー。そういうのがいたんだ!」
「小さくて、見てくれが悪いのに、大活躍したんですね」
「誰しもが、その才能を見いだせなかったそうだぞ。競馬の専門家に見捨てられた、病弱そうな馬……それが実は最強の名馬だったというハナシさ」
「詳しいんですね、ソルジェ兄さん。馬が好きなんですか?」
……正確には競馬が好きかも?でも、馬も嫌いじゃない。
「ゼファーには劣るが、いい動物だよ。さてと……ここを預けてもいいか?」
「どこかに出かけるの?」
「宿屋にいるロビン・コナーズに会って来ようかと思うんだ。なにせ、彼は、この土地の腹痛の経験者だ。いい虫下しを調合させられそうだろ?」
「たしかに!」
「そうだよね!コナーズ先生なら、いい薬を作ってくれそうだよ」
「というわけだ。ちょっと行ってくる。強雨のなかを、妹分に走らせるわけにはいかんしな」
「ううん!!いいよ、私が行ってくる!!」
「……いいのか?」
「うん!!ソルジェ兄さんは、子供たちのそばにいてあげて?……その子たちに、一番、信用されてるのはソルジェ兄さんだもん」
「そうかな?」
「そうだよ。だから、不安にならないように、ついててあげるといいよ!」
「……わかった。頼むぜ、ククリ」
「うん!!ククルは、女の子たちの髪を洗ってあげなよ?そういう繊細なこと、得意だもんね!!」
「ええ。分かった。役割分担ね!」
そして、ククリは宿に、ククルはロリどもの髪を洗いに……オレは、あんまり必要性を感じない、見張り番を継続することになった。
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