『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』

序章 『雨の降る町で……。』 その1



「ソルジェ兄さん、朝だよ!」


「ソルジェ兄さん、おはようございます」


 左右から、妹分たちの声が耳から入ってくる……アルコールが、まだ抜けていないからか、二人の声が頭のなかで響いてしまう……だが、分かるよ。彼女たちの声には、戦士の使命感があふれている。


 オレを起こすことが、何よりも正義だって信じているのさ。だから、従わなければ、このモーニング・コールは永遠に繰り返されるだろう。ミアのごとく、飛び込んでくるかもしれない。


「ここは、やはり。妹として先輩である、ミアちゃんから直伝の―――」


「―――ええ!それでは、同時に行きましょう!」


 ……会議してるもん!放っておいたら、絶対に飛び込んでくるパターンだ!!……13才のミニマムな体と違い、女として成長しきった17才の、しかも双子が同時にダイブしてこられると、そのダメージは深刻そうだ……。


「……ああ、分かった……起きる。起きるよ……」


 アルコールのせいで、食道とか口のなかが、ただれているような気持ちだね。だが、いいさ、仕事終わりの大量飲酒は、オレへのご褒美。不健康でも、楽しいことはやめられない。


 そんなことを考えながら、オレはベッドの上で身を起こす。


「はい。シャツだよ!」


「急ぎましょう、朝ご飯の時間が過ぎたら、食べられないですよ!」


 ……田舎町の酒場兼宿屋なんて、どうせ客なんていないんだからさ。ちょっとぐらい朝食の時間すぎても、オーダーを受けてもらえるもんだけど。何なら、オレ、キッチン借りて作るけどね。


 基本的にマジメな双子の妹分たちは、田舎の宿屋のルールにも忠実だった。オレは、ククリから渡されたシャツに着替えて、双子たちに両手を引かれて朝食の場に連行されていく。


「お。朝から三人でか。まったく、風紀が乱れていやがるな」


 食卓につくと、濃いヒゲの生えた口で食パンに噛みつくガントリーがいた。ヤツは、オレたち兄妹のスキンシップに対して、おかしな価値観による分析を行っているようだ。


「……三人でなどしていないぞ」


「じゃあ、どっちとだったんだ?」


「どっちともしていないさ」


「何のハナシ?」


「私たちが何をすると言うんですか?」


「……それを、オレみたいなマジメさで純粋培養されているオジサンは口に出来ないな」


 ……この両目を包帯で覆い隠している風変わりなドワーフは、ガントリー・ヴァント。オレと同じように魔法の目玉を持っている男さ。盲目なのだが、眼球に刻まれた呪術のおかげで、『何でも見える』そうた。色彩は分からないらしいがね。


「まあ。小娘ども、さっさと席に座って、メシをたいらげちまえ。美味えぞ、ここのオッサンの焼いたオムレツはよ!」


「はーい!」


「いただきます」


 双子たちは、このオムレツが食べたかったのか。たしかに、金色の卵サンがフワフワしているのが分かる。酒場のマスターが作るオムレツとしては、ハイレベルじゃないか?


「焼き立てが美味い料理だ、『早起き』して正解だったよ」


「ええ?早起き?」


「お寝坊サンですよ、ソルジェ兄さん」


「……ハハハ、そんなことより、朝飯にしようぜ」


 オレはフォークを華麗に操り、その楕円形の愛らしいオムレツの先端を切る。中身は、トロトロってわけじゃないな。チーズと、ポテトと、刻んだベーコンに玉ねぎが具材。酸味の強い特製ケチャップが、ちょっとかかっている。


 鉄製フォークの先に、その切り落としたオムレツを突き刺して、大きく開けた口へと運ぶよ。表面の卵はフワフワだが、中は崩れない。いい火加減だな。よく手入れされた、鉄のフライパンに、しっかりと油を塗ってるんだろうよ。


 フライパンの手入れも、料理人の技巧のうちとは言うしな……ここのマスターは、指の数がちょっと少ないけど、素晴らしい料理人であることは変わらんようだ。


 オムレツを歯で噛むよ。玉ねぎとポテトにベーコンの欠片が、チーズをまとっていやがるな。ああ、栄養満点だ。山脈地帯の、比較的、寒い土地にある『ホロウフィード』の町には、相応しい朝食だよね。


 ポテトとベーコンにチーズ。濃厚で、とても美味い。隠し味というモノは、おそらくない。ただ、シンプルな素材を、最適な道具と技巧で調理しただけの、基本的なオムレツ。職人技を、朝から楽しませてもらえている気がして、オレは満足感にひたる。


「美味いな。コレ……」


 もぐもぐしながら、感想を吐く。双子の妹分たちも、よろこんでいる。


「いい味!ケチャップ、作るの上手だなあ……煮込み方かなあ」


「ちょっと、レシピを訊いてみたくなりますね……そういうの、怒られますか?」


「いや。お前たち美少女な双子に質問されたら、たいていの男は、何でも答えてくれるものさ」


「ほんと?」


「じゃあ、後から、質問してみますね!このケチャップ、作れるようになりたいです」


 オムレツの技巧も素晴らしいがね……まあ、食の好みは千差万別。皆が、好きなように卵を味わえばいいさ―――って、そう言えば、一人いない。


「……ガントリー、コナーズ先生は?」


「ヤツは逃げた。虜囚である身に耐えられなくなったんだろうな」


「ああ。分かったから、本当は、どうした?」


「朝から、薬局にいっているよ」


「どうかしたのか?」


「土地が変わると、お腹を壊す。それが、あのヘタレ野郎の胃袋だ」


「腹痛か」


 旅先ではよくあるアクシデントだ。食べるモノや水が変わると、胃袋サンはご機嫌を悪くすることがあるんだよね。


「安心しろ。ヤツは、腹痛の治療には実績のある錬金術師だ。自分の胃腸にやさしげな薬草を、地元の薬草医からたっぷりと仕入れてくるだろうさ」


「……さすがだなあ。ああ、ククリとククルは、体調は大丈夫か?」


「うん!平気だよ!」


「はい!呪いの方も、消えてしまい……爽快ですよ」


「そいつは良かった。いいオムレツを楽しむのにも、健康じゃなくちゃなあ!」


 この一週間は、ハードな任務だったな。アリューバ半島からゼファーでバシュー山脈まで飛んで来て、悪神と魔女をぶっ殺すハメになっちまった。お花畑を探して焼き払うだけの、簡単な仕事のはずだったんだがな。


 それに、昨夜は『紅き心血の派閥』どもを処分した。そのおかげで、『メルカ』を狙う脅威は、すっかりと消えちまったよ。


 だから、オレは安心して、この久方ぶりの『休日』を楽しんでいられる―――まあ、これからも色々と『メルカ』は協力してくれるからな。苦労した甲斐はあった。妹分たちの呪いを解いてやることも出来たしな!


 『メルカ』の錬金術の知識は、オレたちの大きな力となる。手始めというように、『自由同盟』が悩んでいる、いくつかの風土病の解決につながる薬の処方……それをルクレツィア・クライスは用意してくれているぞ。


 オットー・ノーランと、ゾーイ・アレンビーが、それらの風土病の症状を伝えていくと、ルクレツィアはすぐに薬の処方を思いつけるようだ。なんとも素晴らしい能力だな。まったく、感心する他ない。


 ……ああ。ルクレツィアの、その医学的な錬金術知識は、ファリス帝国との戦いにも有効に作用する予定だ……『自由同盟』側の医薬品レベルの向上というのは、もちろんのことだがね。ひとつ、トリッキーな策を用意してあるよ。


 オレたち『パンジャール猟兵団』の、有能な詩人殿、シャーロン・ドーチェにフクロウ便で情報を送っているからな……そろそろ、準備が出来ている頃なんじゃないだろうか?


 『架空』の帝国人錬金術師、ルクレツィア・クライスの『華々しいデビュー』の準備さ。ルクレツィアの論文を、『自由同盟』のスパイが入り込んでいる、『弱小』の帝国錬金術師の派閥……『白いフクロウの派閥』に送ったのさ。


 『白いフクロウの派閥』は、医療系の錬金術師集団だが……それほど大きい組織というわけではない。


 ただし、その幹部に今年の二月に就任した者は、帝国軍の退役傷病者協会の名誉会長でもある、そこそこ名のある貴族だそうだし、5年前の大きな戦で、左足を失った英雄サンだ。


 この貴族殿の考えは、非常に理想的なんだよ。戦場で大ケガを負った、帝国の退役軍人たちの治療と、彼らの社会復帰に対して情熱を捧げているらしい。


 まったくもって、人道的で、いい考え方だな。


 軍隊の金を、負傷者に注ぐようにしたいという考え方には、普遍的な正しさがある。


 しかし、軍隊の金ってのも無限にあるわけじゃない。


 そもそも、侵略戦争を実行したいファリス帝国軍からするとだ、退役軍人や傷病兵という、『二度と戦力にならない存在』に金をかけるよりは、まだ使い物になる兵士に、いい鋼で出来た槍の一本でも渡した方が、効果的な金の使い方だと考えている。


 平和な時代ならばともかく、乱世だからな。


 軍隊に必要な人物とは、名誉の傷を負ったが、戦士としてはすでに死んでいる男などではない。まだ、元気に戦場を走り周り、敵を槍で突き殺せる若い戦士を求めているのさ。使うなら、そいつの装備に投資したいとな。


 だから。


 オレたちは、『それ』を邪魔する。


 『白いフクロウの派閥』に送ったルクちゃんの論文は素晴らしいものだ。手足を失った戦士の幻肢痛に対して、劇的によく効く薬の処方を、その論文には載せてあるよ。


 『帝国人の錬金術師、ルクレツィア・クライス』の薬は、手足を失った、元・帝国兵たちの日々の暮らしを改善することだろう―――敵に情けをかけているワケじゃないぞ?


 たんに、『白いフクロウの派閥』へ『力』を与えることで、彼らの哲学に、帝国軍の金を誘導するためにやっている。


 有効な治療法が確立したのだ。


 幻肢痛に対する悩みが、激減するぞ?……負傷兵たちは、その薬の導入に賛成するだろうよ。その機運を、『白いフクロウの派閥』と、退役傷病者協会の名誉会長は利用するさ。


 オレのルクちゃんは、切断された四肢の壊疽を防ぐ、素敵な薬についての論文も発表することになっている。続けざまに、退役傷病者協会の理想を体現する至高の薬が登場するってわけさ。


 手足を戦場で失った兵士への、手厚い医療の提供が始まることだろうよ。


 そして。


 最前線にやって来る兵士に投資する金が、わずかながらに減るはずだ。というか、『青の派閥』のように、『兵器』としての錬金術薬物を使おうとしている派閥に流れる金を遮断したい。


 全てではないにしろ、それなり以上の資金をね。『青の派閥』のように、極右化して帝国の侵略戦争政策に絶対の協力を誓う集団など、オレたちにとって邪魔者以外の何者でもないぞ。そういう連中から、資金を奪いたいんだ。


 まあ、傷病者は増えているさ。大陸中で、帝国人の負傷兵は増えているからな。彼らを、オレたちの戦略に利用させてもらうってわけさ。『白いフクロウの派閥』の組織力を高めて、武器ではなく、退役傷病者の方に金を使わせる……オレたちには、いい策だ。


 敵の攻撃力を奪うことにつながるからね。


 ちなみに、ルクレツィアの薬は、ムダに金がかかる処方にしてもらっている。並みの錬金術師では、そのムダな工程や、ムダな素材を省くことは出来ないそうだよ。そうすれば、何の役にも立たない、無益な緑色の汁しか完成しない。


 高い薬だが……効果的なのだから、皆、よく使うようになる。それだけ多く、帝国軍の資金を削ってくれるというわけだよ。あとは……この薬、やたらと『薪』を使うっていうのもコツだな。


 ジーン・ウォーカーたち、『アリューバ海賊騎士団』と一緒に、イドリー造船所と新造軍艦、それに……広大な植林地に放火したことを、オレは昨日のように覚えているよ。風にあおられて、炎は津波のように森林を呑み込んでいった。


 いい山火事だったな。爆笑もんだ。


 イドリー造船所を再建し、そこでまた帝国軍船を製造するためにも、今、帝国中の森から木が切り倒されているだろうよ。材木の価格は、値上がりしているのさ。そこに来て、この『薪』をバカ食いする、素晴らしい薬物の誕生だよ?


 ……帝国軍の財布を、チクチクと削っていくという寸法だ。


 理想的すぎる?……ああ、分かってる。もちろん、軍隊は、傷病兵を見捨てたい『本音』がある。


 偉いヒトというのは、偉くないヒトのことを生き物とは思ってはいないからな。役に立たないならば、いくらでも死ねばいいという本音を持っているのさ。


 だが、そんなことは消費される兵士たちも理解しているのだ。


 だから、偉いヒトたちの善意なんていう、あるかどうかも分からんモノに頼るわけではなく、徒党を組み、さまざまなギルドや組合を作り、権力者どもの搾取に可能な限り抗っているわけだよ。そうしなければ、全て奪われる。


 善意など無き弱肉強食、それが社会の法則ってものだ。末端の兵士はよく分かっている。だからこそ、傷病者協会というものが存在している。なければ、負傷兵はゴミのように捨てられるだけだからだ。


 もしも、ルクレツィアが発表する薬を、帝国軍のお偉いさんがムシしたら?


 野戦病院で、ノコギリに足の骨を切断されている兵士は、とんでもなく文句を言うだろう。


 それどころか、戦場で手足を失うほどに戦うコトを、兵士たちは望まなくなるかもしれない。部下を見捨てる上官など、いくらでもいるが……政治的な規模で、堂々と『それ』を選択すれば、士気は大いに下がるってワケさ。


 オレたちには、とても、いい薬だろ?……敵は、それを採用しても、不採用にしても、大きな損害をこうむるわけだからな。


 敵の攻撃力と、敵の金を削る……さらに言えば、『木材』や『薪』の価格も上げて、帝国の経済活動に対しても攻撃しているのさ。蛮族が考えたにしては、それなりにはいい策だろ?


 それに。


 最終的には、『白いフクロウの派閥』が、『自由同盟』の金と協力で動いていることをバラすつもりだよ。


 『白いフクロウの派閥』を出世させておきながら、裏切り者としてバラすことで、帝国内部にお互いに対する不信感を刻めもするだろうよ。


 帝国軍内部で、退役傷病者協会と、現役将校たちがケンカしてくれると嬉しいね。そうしてモメているあいだに……オレたち『自由同盟』が、帝国軍に強打を食らわす!!


 くくく!!


 ……まったくよう。朝から、そんなことを考えながら美味いオムレツを食うなんて、最高の休日だよ。


 まあ、そんな策の一つで大陸の95%を支配しているファリス帝国を倒せやしないってことは、オレもよく分かっている。だから、この休日が終わったら、また、戦いの日々に戻る予定だよ。


 ルード王国のクラリス陛下からは、いくつかの任務地の候補がフクロウ便で届いているのさ。大きな仕事もあるし、小さな仕事もある。何にしたって、大きな帝国を倒すっていうんだから、手数でコツコツ崩していくほか道はない。


 質で、数を倒す。


 その理想を実現するためには、明日からも帝国人を殺さなければいけないな。


 ……まったく、我ながら、とても血なまぐさい人生を送っているもんだ。


 しかし、アーレスと約束し、魂で誓ったことは、たとえ命が尽き果てたとしても、実践し続ける義務があるのさ。


 オレは、ファリス帝国を潰し……皇帝ユアンダートの首を、竜太刀で断ち斬ってやる。そのためにも……力がいる。力とは何か?……もちろん、裏切ることのない絆で結ばれた仲間たちのことだ。


 無数の小細工と、多くの仲間。


 それらは、竜のあぎとに生える牙のように……強く、多く、煌めく。そして、敵を切り裂き、死に至らしめるんだよ―――。


 ―――たいらげてやるぜ、ファリス帝国よ。オレたちの牙で、この美味しいオムレツみたいに、切り裂いて……喰らって……滅ぼしてやる。

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