エピローグ 『星に願いを……。』


 ……願望というモノは、生命にとっては必須の存在だ。そういう本能的な渇望があるからこそ、ヒトは世界をより良くもするのだ。


 錬金術は、欲深い学問ではあるが―――たしかに、ヒトの生活を支えている。それはいい。それはいいのだが……過ぎた探究心が、ヒトを傷つけてしまうこともある。世界の悲しい現実だな。


 『星の魔女アルテマ』を殺してから、二日が経っていた。


 オレたちは、一つの作戦を実行しているよ。


 ゼファーに乗って、『ホロウフィード』の町に来ている。レミーナス高原から、西へと向かった、地方都市だよ。人口は、4000から5000といったところか。それなりに大きな城塞に囲まれている、牧歌的な土地だ。


 南向きの斜面も多く、そこにはブドウ畑が並んでいる。水はけのよく、石が多く乾いた土。そこに育つのは、ワイン向けのブドウたちさ。四十年から五十年もの齢を重ねた信頼の置けるブドウの木々さ。それを見つめているだけで、微笑みを浮かべられる。


 5月の後半になり、春の終わりを告げるような、温かい雨が、この赤レンガの町に降っている。いくつもの尖塔が特徴的な『ホロウフィード』の町の空は、灰色の雲とよく似合っていたよ。


 この作戦のメンバーは、オレと、ククリとククル、そして……ロビン・コナーズだ。ああ、ガントリーもいてくれるよ。コナーズ先生の護衛であり、コナーズ先生が、この作戦に非協力的な態度を取ったときの、説得役である。


 昨夜、オレたちは『ホロウフィード』の安い酒場に部屋を借りた。


 ククリとククルは、初めての『外』の世界に、ドキドキしているようだったな。ヒトがたくさんいる!と感動していた。何万人も住む大きな町に連れて行けば、目を回すかもしれないな。


 オレは妹分たちとデートを楽しんだよ、情報収集がてら、『ホロウフィード』の町並みを探索した。いい思い出になったね。双子の美少女を連れて歩くとか、なんだか、世の男の大半の敵である、イケメン野郎にでもなったようだ。


 まあ、オレよりも、二人の方が楽しそうだ。初めて見る『外』の世界だ。仲間でもない、もちろん敵でもない。そんな『無数の他人』という存在を認識することだって、彼女たちには好奇心を満たす行為だったのさ。


 だが。


 それでも、二人とも有能な『メルカ・コルン』。作戦のことは忘れちゃいない。情報収集がてらのデートの最中にも、ときおり目つきを獣みたいに鋭くして、観察と警戒を怠ることは無かったよ。


 オレたちはね、ここに遊びに来たわけじゃあないんだよ。


 ……オレたちの作戦は、血なまぐさい後処理だ。


 『黒羊の旅団』については、心配しちゃいないんだがね。彼らは、『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』どもの群れと戦い、無残な敗北を喫したよ。彼らは、そのまま東へと去り、本隊へと合流をはかることになるだろう。


 多くの物資を、豚顔どもに奪われて、命からがらレミーナス高原から逃げ出したのさ。彼らが、物資を取り戻しに来ることは、無いだろう。


 『エドガー・トラビス団長』殿は、ずいぶんな守銭奴らしいからな。物資よりも、傭兵を派遣する方に金がかかることを計算するさ。『メルカ』という小さな村を襲うことで、どれだけのメリットがあると考えているのかね?


 トラビス団長は、ビクトー・ローランジュという達人が戻らぬ事実を、『メルカ』の戦士たちに殺されたからだと判断するさ。彼は、守銭奴だ。『メルカ』を襲い、部下の仇討ちをするような人物ではないだろうね。


 もしも、そんな日がくれば?


 フクロウの通信網が、『パンジャール猟兵団』に依頼を届けるだろうね。『エドガー・トラビス』の首は……それから数日後には落ちているよ。オレの勘だが、トラビスは絶対に『メルカ』に近寄らない。


 傭兵としての野性が、その選択を避けるような気がしているんだ。そうでなければ?『黒羊の旅団』を2000人の大戦力にまで、発展させることは出来なかったんじゃないかと考えてしまう。


 有能な傭兵であることには違いがなく、そういう男は、脅威に対して敏感なものだ。『メルカ』は、『黒羊の旅団』と戦い、『パンジャール猟兵団』の戦術をも識った。一週間前までの彼女たちとは、別次元の強さを持っている。


 『黒羊の旅団』では、『メルカ』と『パンジャール猟兵団』の敵にはなれないのさ。余計な血を、お互い流したくはないだろう、トラビスよ?……お前が、愚かで無能な者でないことを祈る。お互いのためにだが……特に、お前たちのためにな。


 ……『黒羊の旅団』については、心配はいらないさ。むしろ、利用価値の方がある。彼らは、レミーナス高原のリスクを世の中に広めてくれるからだ。


 おそらく、誰もあの地域に近づこうとする者はいなくなるだろう。有能な傭兵さえも喰らい尽くす、魔境だよ。冒険者も傭兵も、出資者を見つけることさえ困難になる。危険なだけで、何も手にすることはなかった。


 あそこに行く者たちがあるとすれば……命知らずの盗賊あたりか。


 『黒羊の旅団』の残した『物資』を漁りに、豚顔の群れに挑戦する……そんな勇敢かつ難関な課題に挑む盗賊団の物語ならば、聞いてみたいところだな。


 まあ、仕事が無かった三ヶ月前のオレたちならば、喜んで、その物資を探しに行っているところだがね……豚顔を狩り尽くす?……猟兵にとっては、別に難しいことじゃあない。


 とにかく。


 『黒羊の旅団』が壊滅したという情報は、すぐに世間様に広がる。世間サマが傭兵団の話題を気にしなかったとしても、傭兵や軍隊には、興味深い情報として共有されるだろう。そして、『黒羊の旅団』の動きを監視している『紅き心血の派閥』たちにもな……。


 この町に来たのはね……。


 そっちの対応のためさ。


 『紅き心血の派閥』……その実行部隊である、『アルカード病院騎士団』の騎士ども。より精確に言えば、その中の、『人体錬金術派』……言うなれば、『マーカス・レイオット派』の残党。この町にいるであろう、そいつらを、オレたちは狩りに来た。


 彼らは、『病院騎士団』の中でも異端ではあるようだ。


 その大半も、おそらくあのダンジョンで死亡した。


 しかし……この『ホロウフィード』には、彼ら前線で働く部隊のサポート・チームのような存在があると考えているのさ。『ハロルド・ドーン』……錬金術師マニー・ホークと通じていた存在。


 彼も、ここにいるんじゃないかと考えている。錬金術師という連中は、好奇心が旺盛だからな。それに、『天才』、シンシア・アレンビーを、レイオット博士の後釜にすえたいのならば……礼と忠を尽くそうとするんじゃないか?


 あるいは……とんでもない嘘で、彼女を洗脳しようとしたかもな。


 ゾーイは、こう予測している。


 ―――マキア・シャムロックが、ボブ・アレンビーとレオナ・アレンビー夫妻……ゾーイの両親を、ハーフ・エルフのならず者に『殺させた』。そんな情報を、吹き込もうとしていたのじゃないかとね。


 一種の薬品で、ヒトの心を洗脳することも出来るそうだ。呪病の専門家たちは、呪病の癒やし手である以上に、呪病の使い手でもあるからな。シンシアを、呪術や薬品で洗脳出来ると考えていたのかもしれない。


 恐ろしいハナシだが……『シンシア/ゾーイ』という、不安定な精神の持ち主であるのならば、それが実行出来るのではないかと、シャムロックまでもが『期待していた』らしい。


 『ゾーイ』を消して、『シンシア』に人生を謳歌させるために……シャムロックは、『ゾーイ』を封印するための方法に、呪術的な措置と、『ゾーイ』の洗脳をも試みていたそうだ。『ゾーイ』に眠れと洗脳をかければ?……『ゾーイ』は二度と起きないかもしれない。


 ……実際のところ、そうしなかったのは、『ゾーイ』の協力が『アルテマの呪い』対策に必要だったコトと―――おそらくは、『ゾーイ』に対しても、シャムロックは非情になりきれなかったからだろうさ。


 ヤツは、オレの敵だが……底なしに邪悪な男というわけじゃないんだよ。


 さて、酒場に宿を取ったのは、たんなる宿泊先としてじゃあないよ。酒場のマスターなんてヤツらは、総じて顔が広いからね。


 そんな情報通に、五人分の宿代と、メシ代と、かなりの酒代を支払い……ここのマスターを味方につけるためさ。荒事にもなれている彼は、オレたちが殺人集団だということも理解していた。


 だが、衛兵たちに通報することはない。


 田舎町の衛兵たちが来たところで、その素朴な戦士どもが、我々に敵うはずはないと彼は悟っていた。


 戦で左手の指を二本ほど失っている彼には、オレたちが持つ鋼が放つ、死の香りを認識出来たようだ。彼だって、善良な一市民。無意味な死人を見たくはないさ。しかも、この田舎町では、誰もが子供の頃から知り合いだろうからな。


 オレたちが求めている『獲物』が、町の中の人物たちではないと理解してもらえれば、彼は実に協力的だったよ。


 流れ者同士のケンカさ。


 冒険者同士の、よくある殺人事件だ。


 そんな厄介ゴトには関わらずに、小銭を稼げばいいだけさ。オレたちは町の治安も、町の住民も殺すことはないんだからな。この町にとって、あまりにも無害だよ。


 マスターは、情報を提供してくれた。


 二ヶ月前から、町外れの、かつて教会であった廃墟を借りた連中がいるらしい。その連中は、そこに多くの物資を運び込んだそうな。イース教の土地というのは、廃墟となった後でも、一般人が借り受けることは出来ないというのにな。


 イース教に、何かしら縁の深い存在でしか、借り受けられない。町の連中は、もしかして新しい病院が建つんじゃないかと期待している。今、この町にいる医者は高齢で、患者よりも先に死んじまうんじゃないかと噂されているからな。


 ……酔っ払いどもは、病院になるかどうかに賭けている。


 マスターには、『絶対にならない』という情報をくれてやったよ。彼は、酒場の常連どもから、その情報をつかうことで、また多くの小銭を稼げるんじゃないだろうかね?


 ……あるいは、ツケのたまっている貧乏な農民にでも教えてやって、あるとこから無いトコロへ、金を誘導してやるのもいい。


 農民に恩を売れれば、この小さな店の割りには、非常に美味しい、ジャガイモのグラタン……それの材料となるジャガイモを、安く仕入れる日もあるだろう。


 賭けの胴元であるマスターが勝って、常連どもに嫌われるよりはいい勝利だ。こんな片田舎の町で、嫌われ者になるのは辛かろうからな。


 オレたちは、生温かい雨が降る夜空の下……こっそりと、その古びた教会へと足を運んだよ。


 そこにいたのは、10人ほどの男たち。


 戦士にしか見えない者が、4人……他の男たちは、戦士として現場に出向くには、やや年を取り過ぎていたし、鋼を振るう膂力もなさそうだった。


 ロビン・コナーズ先生の出番だったよ。


 古びた墓地の墓石に身を隠しながら、彼は、祈りの時間に集まっている、信仰心豊かな錬金術師とアルカード騎士たちの顔を確認してくれた。祈りの炎に照らされている、イース教徒のなかには……『ハロルド・ドーン』がいたよ。


 彼らは、オレたちが探し求めていた、『マーカス・レイオット派の残党』だった。ハロルド・ドーンは、マーカス・レイオット博士の弟子たちの一人。彼の熱心な『信者』だということだ。


 オレたちは……彼らに慈悲を与えてやった。


 信心深い者たちを、かつての信仰の場所で斬るんだからな?……ちょっとは、サービスを与えてやってもいいだろう。女神イースには借りはないが、死ぬ前に、祈りを捧げるというのも……彼らの生きざまにも、そして、死にざまにも相応しいものだろうから。


 祈りの時間は、思っていたよりも長く、雨にぬれる体が冷えてしまいそうだったが……戦士は、こういう時、冷静であり、残酷だ。


 暗がりで、微動だにすることなく、獲物を待ちつづける肉食獣をマネしながら―――オレたちは、彼らの長い祈りが終わる時を待ちつづけていた。


 そして。


 祈りの時間は終わりを告げる。


 オレたちは、この町外れの廃墟に、町民も衛兵も近づいていないことを確認すると、すぐさま作戦を実行に移していた。戦士は、四人。それぞれ、一人ずつ殺せばいいという計算になるな。


 四匹の獣は、闇にまぎれて獲物へと近寄ったよ。


 ククルの矢が、闇を走り、一人目を射抜く。


 それを皮切りにして、殺戮はスタートだ。オレの竜太刀がアルカード騎士の太い首を刎ねていた。


 ククルの剣が、騎士の頭蓋骨を叩き割り……ガントリーの双剣が、騎士の体を深く残酷に切断していたよ。


 戦士たちを排除すれば、残りは鋼を持たぬ中年男どもの番である。かわいそう?……いいや、そうは思わない。この中年男どもの悪しき夢が、多くの者を殺した。


 少なくとも、『青の派閥』の錬金術師どもを死に至らしめたし、『メルカ・コルン』たちに無意味な死を与えた。そういった罪を償うためには、死の罰だけが相応しい。何よりも、コイツらを生き延びさせれば、新たな敵を『メルカ』に招く可能性が残るからな。


 錬金術師どもは、こちらを見て、怯えていたよ。おそらく、『黒羊の旅団』から復讐者が来たのだと考えたのだろう。


「金は払う!!」


 その言葉を浴びせてくれたよ。『黒羊の旅団』という組織を、的確に分析している者の言葉ではあるがね―――エドガー・トラビスならば、意外と今後の『財布の中身の供給源』として、『紅き心血の派閥』に雇用されたかもしれないな。


 なにせ、彼らも落ちた信用を回復するのに必死だろうから。


 だが。


 我々の正義は、金では買えないものだよ。復讐者であり、守護者だ。『メルカ』が誰にも狙われないように、オレは敵対する可能性を、今から潰すのさ。


 オレは、ロウソクの灯火が幻想的な演出をしてくれている、その祈りの祭壇に蹴りを入れて、その場所に暗闇を作った。このメンバーには、闇は不利にならないからな。


 暗がりに沈むなか……腕力的にこそ、ほぼ無力ではあるが、欲深く、脅威になりえる錬金術師どもに対する殺戮が行われたよ。


 暗がりにした理由は、オレが錬金術師を舐めてはいないから。彼らは、よく分からない攻撃方法があるかもしれない。下手すれば、自爆だってするかもしれないし、呪毒の霧でも発生させるかもしれん。この部屋は、薬臭いしね。


 だから、闇をつかう。


 暗闇の恐怖に、錬金術師の理性を呑み込ませたのさ。視界が失われた状況では、ヒトはパニックに陥りやすい。戦場にいる心構えがある戦士ならばともかく、食事前の祈りを捧げる彼らには、闇のなかで殺人者と争う覚悟は出来ちゃいなかったよ。


 竜の宿る金色の眼で追いかけたのは……ハロルド・ドーン氏だった。彼の経歴は、素晴らしい。医学系の錬金術師集団、『紅き心血の派閥』の将来の幹部候補……心臓病の研究者。善良なお医者サマでもあるらしいが、狡猾なる知識の探求者でもあった。


 今回の騒動の、親玉でもあるのだろうな。偉いヒトが直々に、こんな僻地にやって来ている。祈っていたのかな?……シンシア・アレンビーを、アルカード騎士どもが連れ帰ることを?


 それとも、かつてイース教徒が『ベルカ』に渡した黄金を持ち帰ることをか?……もしくは、『星』を手にすることかな。1000年前のアルテマのように、『星』を呑み、大いなる知識と魔力を、その身に宿したかったのかね。


 『人体錬金術』そのものは、悪いことじゃないのかもしれないな。大勢の病める人々を癒やすことにつながるのかもしれん。


 ……だが。その目的があるからといって、全てのことが許されるとは、決して思い上がらないことだよ。探求者よ、夜空に散らばる幾千億の星々は……お前の願いを叶えるためだけにあるのではない。


 あらゆる者の祈りと願いの数だけあるものさ。


 誰かの願いを踏みにじってまで、願いを叶えてみたいと考えたのなら―――殺されることを覚悟しておくべきだ。ハロルド・ドーン。お前は、なんとも罪深い願いを、星に捧げたものだな。


「イースよ、私は貴方に―――――――」


 彼の言葉に、どんな続きがあったのか?


 オレには興味が持てないね。


 生かしておく必要はないし、死者の戯言など聞く価値もない。さっさと、この下らん仕事を終えて、仲間たちとメシを食いたい気持ちでいっぱいさ。その尊い時間を前にしたら、中年男を斬り殺すことを戸惑うなんてことはない。


 全てが始まってから、そして、終わるまで。たったの二分もかからなかったさ。そこにいる連中を、皆殺しにするのはな。


 迅速な処刑だった。


 苦しみも、恐怖も、最小限であっただろう。


 それのみが……オレたちが、この賢くて、欲深く……何よりも『敵』である男たちにしてやれる、唯一の慈悲ってもんさ。


 ―――殺した男どもを引きずって、オレたちは土と戯れる。


 その墓地に、新たな墓穴を掘ったよ。ドワーフは、穴を掘ることが楽しいと語り、オレたちの誰よりもたくさん土を掘り返してくれた。


 雑な墓穴に、新たな死者を放り込み……全てが終わったよ。これで、『メルカ』も、そして『ベルカ』の地を狙おうとする者は、この世から消えただろう。古の伝説を追いかける集団など、片手の指よりも少ないものだ。


 ……それでも、オレたちは、姑息な作戦を使う。『ハロルド・ドーン』の研究日誌を回収し、それを使って、コナーズ先生には、ドーン氏の論文を書かせたよ。


 これを、三つほど離れた町の郵便局に届けてもらうことにする……酒場のマスターの友だちである行商人に、小銭を握らせてお使いを頼むのさ。この論文は、錬金術師界に新たな発見をもたらすような、重要なものではないよ。


 ただ、ヤツがしばらく生きていると思わせることにはつながるだろう。そうすれば、捜索隊が来る日も遅れるし……捜索隊が来るとすれば、三つほど離れた町になる。それは、バシュー山脈から離れた、運河の走る町だよ。


 そこには彼の痕跡はないだろうからな。捜索隊や、雇われ探偵が探すのは、運河に沿った町かも知れない。そうしても、得られる情報は無い。


 ハロルド・ドーンご一行様の行方は、こうして永遠に分からなくなる……いい作戦だろ?……ちょっとでも、『メルカ』を守るためにつながるのならね、こうした泥臭い仕事も嫌いではないのさ。


 深夜近くになって、オレたちは酒場に戻ったよ。まずは風呂で土を落とし、それから全員で、酒場のメシをたっぷりと食べて、酒を呑んで……オレたちは、部屋に戻って、ゆっくりと寝たよ。


 アルコールの熱を帯びた体を、ベッドに大の字に寝かせたまま―――オレは魔眼の力をつかい、鎧窓の向こうに見える星空へ視界をやった。


 ……ストラウスの剣鬼が祈ることは、多くはないよ。


 とくに、オレが祈ることは少ないのさ。


 なあ、アーレスよ。


 オレは……『星』に……あの『ゼルアガ/侵略神』に願うべきだったのだろうか?


 セシルを取り戻せるとすれば、それを成し遂げるべきだったのかな?


 ……そうすることが、真実の愛だったのだろうか。


 それを選ばなかったオレは……オレの愛情は……偽善に満ちた、つまらぬまがい物ではないのだろうか?


 ……セシルを想うと、今でも、体が、心が、魂が……辛いんだ。この痛みだけが、オレのセシルへの愛の証明でしかないとすれば―――それは、ただの自己満足ではないのか。もしも、セシルが、命をやり直せるとすれば?


 それを、あにさまは……選んでやるべきではなかったのだろうか。


 だってよ?


 あの子は、7才で、人生を終えたんだぞ。それはさ、あまりにも……短すぎる物語じゃないか。なあ、アーレス…………ストラウスの英雄と竜の魂が、歌となって漂う星の海にいる、オレの黒き竜よ。


 …………お前の背に乗る、我が妹が……せめて……こんな、あにさまを許してくれなくてもいいから。星の海を駆ける、お前の翼を……お前の温かな背中を……楽しんで、笑ってくれていると、いいんだがな…………。


 ……。


 ……。


 なんだか、魔法の目玉が熱いから。アルコールを帯びた、体よりも熱くて、たまらないから。オレは星を見あげることを止めて、まぶたを閉じる。


 星に願うのは、一つだけ。


 竜の魂と遊ぶセシルが、いつまでも、笑顔でいられますように………………。





      第六章、『星の魔女アルテマと天空の都市』、おしまい。



      第七章、『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』に続きます。

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