第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その38


 『星の魔女アルテマ』との戦いは終わった。オレたちは、祝い、歌い、食事を取ったよ。食事を終えると……どっと疲れが出ていた。この五日間は、あまりにもハードだったからな。


 オレたち『パンジャール猟兵団』は、大宴会の現場と化した『集会場』のなかで、ひとまとまりになったまま、ダラダラしちまっている。


 ミアのとなりには、乙女としての恥ともなるだろうが、唐揚げでふくらんだ腹を出したまま仰向けに眠っているコーレット・カーデナがいたよ。ミアと仲良しなので、二人はいっしょに唐揚げをたくさん食べていた。


 コーレットは、育ちが悪いせいか食い意地が張っているな。必要以上の唐揚げを腹に詰め込むサマは、貧しさを感じさせたよ。なんだか、いっぱい食べさせてやりたくなるタイプの苦学生だな。


 オレは、自分のぶんの唐揚げを、彼女に分け与えてやった。普段、ろくなものを喰っていないのだろう。よくバクついていたな。本当に、コーレット・カーデナは、面白い錬金術師サンの卵だよ。


「……彼女、よく働いてくれたからね。まだ子供なのに、がんばってくれた」


 ロビン・コナーズは目の下にクマをつくりながらも、まだ、どこか余裕を感じられる。コーレットの腹に毛布をかけてやっていたよ。


「そうだな。いい爆弾だった」


「あの作業をしながら、コツコツと……精密な作業を任せるには、最適な錬金術師になる……かもしれない」


「不確定なんだな」


「まあ。才能はあるよ、たしかにね?」


 それ以外にも問題はあるのかもしれないな。


「……亡命のハナシだけど」


「そうだな。アンタの人生の課題はまだ解決されてはいない。アンタのヨメの病気の解決に貢献させてもらう」


「……頼むよ。彼女は、余命で1年とまで言われているんだ。その割りには、元気だけど」


「いいことだ。そういう酒呑み女は、3年ぐらいはもつもんだ」


「3年じゃ、短いよ」


「失言だった。それまでに、ルクレツィアの薬でも届ければ、酒漬けになった肝臓も元気を取り戻すんじゃないか?」


「―――あら。ソルジェ殿。魔女も悪神もへっちゃらな貴方も、肝臓をダメにしちゃっているのかしら?」


 ルクレツィアがやって来ていた。長老としての、あの大きな仕事が終わったのだろう。オレたち『パンジャール猟兵団』は緊張する。オットーがオレたちを代表するようにして質問してくれたよ。


「……ミス・ルクレツィア。ホムンクルスの体内から、『アルテマの呪い』は?」


「想像通りの結果ね。呪術は消えてはいなかった」


「そんな!?」


 ミアが悲鳴を上げる。でも、『そう』じゃないのさ。それは、想定内だよ。


「ああ、ごめんなさいね。誤解を招いてしまったわ。呪術の構造自体は残っていた。私たちは、後天的に『アルテマ』から、その呪術を送り届けられてしまう存在だったから。だから、私たちがどんなに治療をしても、新たな呪術が届けられていた」


「治しても、また、かかっちゃう?」


「そうね。だからこそ、私たちにとって、『アルテマの呪い』はどうすることも出来ない呪病だったわ。でも……」


「でも?」


「アルテマも『星』もこの世界から消滅した。今の私たちには、『不滅の呪病』はかかっていないのよ。『アルテマの呪い』を妨害する、ゾーイ・アレンビーとマキア・シャムロック殿が作ってくれた薬……あれを使うだけで、私たちの体内からそのうち呪病は消えちゃうの!!」


 我が妹である、ミア・マルー・ストラウスがその表情を、春の花畑みたいな笑顔にしながら、ルクちゃんに飛びついていたよ。


「うわーん!!よかったよー、ルクちゃーん!!」


「ええ。ありがとうね、ミアちゃん!!」


 ルクレツィアはミアを、ぎゅーっと抱きしめながら、ミアの妹成分を吸収しているようだったな。


「……いい仕事をしたぜ。シャムロック」


「そうよ。おじさまも、がんばったんだからね!」


 ゾーイも戻って来た。彼女も、ルクレツィアの診察に付き合っていたからね。あの薬の第一人者だしな。


「君も、よくがんばってくれた」


「自分自身のためでもあるのだから。それは、当然だし?」


「おいおい、照れるなよ」


「て、照れてないし!?」


 いつかの復讐をしてみたよ。賢いヒトをからかえる機会は、そう無いものだからね。そういうチャンスは逃さないようにしているのさ。


「意地悪な男ね。リエルやカミラは、そういうトコが好きなの?ソルジェ・ストラウスの?」


「いや。そういうトコロが好きなわけではないぞ?」


「ソルジェさまは、やさしいですよ」


「ほら?奥さんたちは、アンタがやさしい男だって言ってるわよ?」


「……やさしいって程のもんじゃないだろ?」


「あらあら、照れてるんだ?」


「……照れてない」


 反撃に対して、またすぐに反撃されてしまったよ。どうにも、ゾーイに口で勝てる日は遠いような気がするね……。


「ソルジェ兄さーん!!」


 ククルが、『集会場』に飛び込んできた。宴会を仕切っていたのに、ククリと一緒にルクレツィアと共に消えちまっていたが―――そうか。


「診断されていたのは、お前たちだったか?」


「うん!!呪病、完治だよっ!!」


 ホムンクルスの双子は、『アルテマの呪い』がいつ発動してもおかしくはない。そんな立場だった。『アルテマ』の『保存』には、役に立たない立場だからという法則においてのことだ。


 『不適格な存在/イレギュラー・コルン』とでも呼ばれる存在だな。だが、もはや、そんな立場は関係ないらしい。呪病は、消えちまったんだからな!


「良かったな。ククリ」


「うん!!ククルも、ソルジェ兄さんに報告!!」


「わかってるわ。もう一人で、先に行くなんてヒドいわ」


 そう言いながら、ククリも『集会場』に入ってくるよ。服を着直しているトコロを見ると、ルクレツィアの診察とか呪病の治療ってのは、服を脱いで行われているのか。まあ、そりゃそうか?体を調べるんだから、服など邪魔だよな。


「ククルよ、服ぐらい、ちゃんと着てから来るべきだぞ?ここには、女以外にも男というスケベな生物どもがいるのだから」


「そ、そうですね。すみません、リエルさん……っ。はしたないと、男のヒトに、嫌われちゃうんですよね?」


 そんなとこない。はしたない美少女は大好物だぞ?……そういう本音を口にしないのが、大人の男だってことを、オレは薄々ながら理解してきているよ。


 ククルは物陰に隠れて、服を着直していた。ククリが彼女の元に駆けつけて、その作業を手伝う。『メルカ』の伝統衣装は、紐で結ぶ場所があちこちあるみたいだな。機能的な印象を受けるが、着脱にはその分、時間がかかるらしい。


「完成!!服、ちょっと小さくなってるよね。ククルの方が、おっぱい、ちょっとだけ大きいし」


「こ、声が大きいから!!」


 兄貴分としては、どんな表情をすべきか困る情報だな。あんまりニヤついているとスケベ野郎認定されそうだから、マジメな顔を作っておく。凪いだ海のような瞳を目指そう。性欲の権化あつかいされるのは、兄貴分として辛いんだよ。


 それに。


 今は、しておくべきことがあるしな。


 オレはその場に立ち上がり、妹分たちを呼んだよ。


「ククリ、ククル。こっちに来てくれ?」


「うん!」


「はい。なんですか、兄さん?」


 目の前に並んで立つ、双子たちを見下ろしながら、オレは可能な限り、自分のなかでは紳士的な微笑みを浮かべてはずだった―――まあ、蛮族らしく邪悪な顔だとか、スケベな顔だったとしても、仕方がない。


 むしろ、そっちの方が、オレらしいかもな!!


 オレは、両腕で、双子の妹分たちを抱き寄せていたよ。


「わあ!」


「そ、ソルジェ兄さん……っ」


 セクハラって怒られてもいいから、抱きしめておく。今は、きっと、兄貴分として最大限の歓喜を伝えてやりたい。オレがね、どれだけ、この瞬間を、よろこんでいるか……お前たちに伝えたいんだ、ククリ!ククル!


「……良かったな!!もう、呪病を怖がることも……そんなもののせいで、死んじまうこともないんだぜ!!」


「う、うん!!」


「はい……色々な方のおかげで……ソルジェ兄さんにも、本当にお世話になって……」


「いいのさ。兄貴分は、妹分を助けて当然なんだよ」


「ソルジェ兄さん……大好き!!」


「ちょ、ず、ズルいから、ククリ!わ、私も大好きなんですからっ!そ、ソルジェ兄さんのこと!!」


「ああ。ソルジェ兄さんも、お前たちのこと大好きだぞ!」


「……あれ、想定通りに、伝わっていない……?」


「……ま、まあ……あのタイミングで伝わっても……これは、これで、幸せな感じだし」


「……とにかく、良かったよ。ククリ、ククル」


「はい」


「なんですか、ソルジェ兄さん?」


「オレよりも、長く生きてくれ。兄として、妹が先に死ぬ苦しみを味わうのは……二度とゴメンだぞ」


「……うん!死なないよ、私たち!!」


「……長く、生きます。あなたを、そんなことでは悲しませたりはしませんから」


「そう約束してくれるのなら、十分だ!!……ほら、メシを食え!!しばらく戦いばかりだったんだ!!栄養をつけて、体力を回復させようぜ!!」


 オレはそう言いながら、妹分をその場に座らせて、とにかくメシを与えてやるのさ。ルクレツィアもゾーイも、腹が空いてはいたんだろう。彼女たちも、この宴に合流を果たしたよ。


 しばらくすると、年配のホムンクルスたちが焼き菓子を大量に持ち込んでくれた。猟兵女子たちは、甘いモノは別腹という言葉を、証明して見せてくれたな。ああ、眠っていたはずの、コーレットもむくりと起き上がり、糖質を求めて焼き菓子へと向かう。


 男たちは、甘いモノよりも酒に夢中になっていた。


 ガントリーと、樽を空ける約束を実行しなければならなかったからな。オレと、オットーと、ガントリーと、普段は呑まないというロビン・コナーズとで、ルクレツィアが提供してくれた古い赤ワインの詰まった樽を開けて、呑み始めていたよ。


「……健康に注意だよ?」


「盛り下がることを言うんじゃねえよ、ロビン。戦で勝った後には、たんまり呑むのが男の道だぜ」


「まあ、健康には配慮しましょう」


「そうだな。オットーの言う通り、健康に配慮して、ゆっくり、ながーく呑んでいくとしようぜ?たくさん呑むぞ!!」


「それって、配慮したことになるのかい?」


「気にすんな。指揮官殿がそうおっしゃっているんだ。捕虜みたいな錬金術師サンは、ガンガン呑めよ?」


「楽しむことも、必要ですよ、ミスター・コナーズ」


「ハハハ!そうだ、そうだ。よーし、まあ。とりあえず、乾杯としようや!!」


 ワイングラスはいらない。オレたちは、戦士なんでね!かわいい作りには用は無い。量を呑めるのが、一番さ!!それに、怪力で叩きつけても壊れない、木で出来た、大きなコップが最高だ!!


 レミーナス高原の木で作られた、その実用性のカタマリみたいな武骨なジョッキに、赤い恵みをたんまりと注いで、戦士たちと錬金術師の先生は、その酒の容器をガツンとぶつけて、赤い恵みを宴会の場に散らすのさ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る