第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その36


 竜太刀が踊り、角の生えた悪霊どもの首を斬り裂く!!鏡あわせのように戦場を駆け抜けるククリとククルの左右の剣が、悪霊を断つ!!彼女たちの背にいるミアとゾーイが、『風』と『炎』の魔術で戦場を撃った!!


 ガントリーは馬を捨てて、ジャベリン隊と共に、突破優先のあまり、オレたちが討ち漏らした悪霊どもへ殲滅の斬撃を叩き込んでいくのさ!!そのおかげで、ただ前の敵にだけ集中すればいいわけだ!!


 軍馬は鼻息荒く、歯を剥き出しにして『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』に噛みついて、その体重を乗せて暴れる首の力で突き崩す!!……我々は人馬一体の襲撃者となり、破壊のために鋼を振り回した。


 オレたちの圧倒的な突撃に、オットーたちの軽装騎兵たちの勢いも増す。『ホーンド・レイス』どもも理解していた。二つの方向からの突撃に、対応せねば、『アルテマ』を守れはしないことを。


 悪霊の戦士どもは、あくまでも忠実であり、『アルテマ』を守るためにのみ存在しているようだ。それだからこそ……オレたちの突撃にも、簡単に意識を取られてしまうのだ。極限状態では、目の前の敵にのみ集中しなければならない。


 仲間のことを信じ、己の目の前にのみ全霊を捧げなければ―――魔女殺しの風と化した、強兵ぞろいの突撃を防げるものではないのだ!!


「怯んだ!!今こそ、崩しますよ!!」


「了解っす!!ソルジェさまたちと、連携するっすよッ!!」


「軍師殿と、カミラ殿に、続けえええええええええええええええええッッ!!」


 オットーの馬上から振り落とされる棍の一撃が、邪悪な骸骨を砕き!


 カミラは馬の背から飛び降りて、『闇』をまとわせた拳で暴れ回る!!


 『コルン』の騎兵たちは、馬を跳び上がらせて、その強靭な前蹴りで敵を押しつぶし、馬上から器用に身を乗り出した女戦士の長剣が敵を斬り裂いていく!!


 『アルテマ』を守る『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもの白骨の壁が、二つの方角から騎兵隊の突撃に貫かれて、粉砕されていく光景がそこにはあったよ。


 『ホーンド・レイス』どもの、数的優位はすでに崩壊している。ヤツらは速く走ったが、その分、空虚で軽く、真の戦士の敵にはなれない。


 錆びた武器では、戦士の振るう鋼と対等の戦いは出来ん。弱兵どもは、ただただ崩され、斬り捨てられるのみだ。その土塊と死者の魂で練り上げられた青白い骨は、暴れる軍馬の体重を浴びせられるだけで、脆く容易く崩れていくのさ。


 『アルテマ』を守る『ホーンド・レイス』どもは、もう残りわずかだ。


 どうするのか?


 『アルテマ』を睨む。あと、たった十数匹に守られただけの……必滅の定めに囚われた、悪しき存在どもをな。


 ヤツは……オレを見つけて、恐怖する。その闇色の不定形の体をゴボリゴボリと泡立たせながら―――怯えて、後ずさりし……それでも、あの暗い闇の胴体に、大きな裂け目を入れながら……ヤツなりの惨めな『口』を作り、叫ぶんだよ。


『ころしてやるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!おまえらなんかに、ころされて、たまるかあああああああああああああああああああッッッ!!!』


 オレは冷静だったさ。


 ヤツがそう叫びながら、その身を数倍に膨らませたときも。ヤツなりの知恵を使った、作戦が、オレたちを空から打ち砕こうとしていたときも。


 なにせ。


 左眼は、ゼファーとずっと繋がっていたからな。翼と翼の技巧を比べ、ゼファーをからかうように踊り続けたヤツの舞いも、全てをオレは見ていたのだ。戦いは、地上だけではなく、蒼穹のなかでも繰り広げられていた―――。


『しねええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』


 膨らみ上がった、ドロドロとした闇が、手当たり次第に触手を伸ばす。敵も味方も、お構いなしに、『アルテマ』の肉体から黒い『枝』が放たれた。稲妻のように鋭角的に曲がりながら、その鋼のように硬い黒い枝は、あらゆる方角へと伸びていく。


 無差別にして、最大威力の攻撃というわけだな。


『ぎゃがやうあ!?』


『ぎぎゃぐうう!?』


 『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが、黒い『枝』の稲妻に貫かれていく。ヤツらを突き殺しても、その威力は減衰することなく、悪霊どもを取り囲む、『メルカ』の戦士たちへと襲いかかった。


 『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』すらも引き裂き、致命傷を与えた『枝』の一撃だからな。その技巧はなかなかの威力。知らなければ、躱せなかったかもしれない。


 だがな。


 オレは見ていたんだよ。


 お前の、その攻撃手段をな。


 あの地下ダンジョンの最奥で、お前はその『枝』を使った暗殺の技巧で……『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』を破壊したな。強い力だ、素早い威力、そして、ヒトの想像力の範囲からは逸脱している、異形なる攻撃手段。


 知らなければ、防げなかったかもしれないな。


 竜太刀が、その『枝』を叩き斬る!『メルカ・コルン』たちが、馬さえ捨てて生み出した身軽さで、必殺の『枝』の稲妻を躱してみせた。馬か乗り手かで迷った瞬間、それらのさまよえる『枝』は『コルン』の刃に刈られてしまう。


 オットーは棍で『枝』の稲妻を打ち壊し、カミラは『闇』の手刀で『枝』を叩き切る。ガントリーは楽しげに笑い、回転しながらの剣舞で『枝』を裂いていたよ。


 死が量産される。


 ただし、オレたちではなく、『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもの仮初めの命だけが壊れていた。戦場で散る命としては、ずいぶんと価値の低い存在だよ。なんとも空虚で、なんとも下らない命だ。


 黒い『枝』を防がれた『アルテマ』は、そのドロドロの本体をゴボゴボと泡立たせている。不安げな泡が弾ける音を響かせながら……困惑の海に溺れる者は、それでも錬金術師の好奇心ゆえか、誰に問うためでもない言葉をつぶやいた。


『―――ば、ばかな……ど、どうしてだ……ッ!?』


「―――弱い貴様にとって、唯一にして最大の攻撃は、その黒い『枝』だよ。威力も速さも十分だ。ただし……オレは、見ていたんだぞ?」


 見ていたさ。


 貴様が、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』を貫いた、その攻撃をな。だから、当然ながら情報を共有しているぞ。 


「……知っていたのさ。貴様が追い込まれたときに、絶対に頼るであろう攻撃手段は、その黒い『枝』であることをな」


 もしも、それ以上の手段があるのなら、貴様はオレと戦った時に使っただろうよ。だが、そうではなかった。それゆえに分かっていた。貴様が追い詰められたとき、最後に頼るのは、その『枝』の射出であることがな。


「知っているのなら、避けられるわよ?……全ての『ホムンクルス』は、その『枝』に射抜かれた『記憶』があるのだから。『恐怖』を私たちに、受け継がせ……支配しやすくしたかったのかしらね?……対応されるとは、思わなかったのかしら」


 ルクレツィア・クライスが、馬から飛び降り、ヤツへと迫る。『炎』を両手に生み出しながら、彼女は1000年分の怒りに貌を歪ませる。


 ああ、なんとも美しいよ。復讐の女神は、黒い髪を凍てつく風に踊らせて―――獲物へと向かう。


『ひ、ひいいいッッ!!?』


「―――怖がったところで、許したりはしないわ。あきらめなさい、アンタは……シャムロックおじさまの仇なんだから」


 右手には『風』を、左手には『炎』を。もう一人の復讐の女神は、二人の乙女の嘆きを魔力に融かして……ブラウンと赤の瞳のまま、串刺しになった白骨どもの間をすり抜けて―――獲物へと向かう。


 黒い双眸と、二色の双眸。ルクレツィアと『シンシア/ゾーイ』が、魔女から継いだ大いなる魔力と怒りの熱量を昂ぶらせていく。


『く、くそおおおおおおおおッ!!』


 恐怖に呑まれた『アルテマ』は、『枝』を動かそうとした。女神たちをその黒く醜い『枝』で打とうとしたらしいが―――この戦場で、最速の暗殺妖精は、それを許しはしないのさ。


 黒猫の風が走る。


 『フェアリー・ダンス/完全無音の暗殺舞踏』……『風』を帯びた双刀のナイフが、ヤツの体から伸びていた無数の『枝』を斬り捨てていた。


 いつからか?攻撃を放たれた、その次の瞬間からだよ。身を屈め、『枝』の影を伝うように走り、『アルテマ』に気づかれることなく戦場をすり抜けた。


 無音と神速のままに……ミア・マルー・ストラウスの握る刃は、黒い『枝』どもを切断して回っていたのさ。ミアの舞踏は、影を踏み、闇を舞う。『暗殺妖精』は、敵へと迫る女神たちのあいだに姿を現しながら、ストラウスの笑みを浮かべるよ。


「ばいばい!」


『……ま、まだだああ!!!まだ!!!わたしには、こいつがいるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 『アルテマ』が叫ぶ。


 そうだよ。


 オレは知っていた。


 左の眼で、見ていたからな。空のなかで、王の座を巡り、翼と翼は軌跡を描き、ぶつかり合っていた。崇高なる戦いであったが……その戦いを、途中で邪魔してくれたな、『アルテマ』よ。


 貴様はみじめに助けを呼んだ。我々の突撃が始まり、自分がついに追い詰められたと悟ったときに。


 ……そのときから、ヤツはこの戦場を目指して、ひたすらに飛んだ。夫婦そろって律儀な魔物だ。その忠誠は、素晴らしいものではあるのだがな―――しかし、もしも、ただ呪術で操られているだけのものであるのなら、何ともつまらぬ行いだよ。


『ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』


 『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』の巨体が、オレたち目掛けて特攻していた。彼は、ゼファーに焼かれている。『アルテマ』のもとへと向かった結果だ。飛翔の技巧は、そのおかげで精彩を欠き……竜の劫火を知ることとなった。


 しかし、『ロイヤル・グリフォン』の金色の風切り羽が空を裂く。いまだに燃える翼で空を打ち、最期の加速を行っていた。『アルテマ』のために、その身を捧げようとしている。戦士たちが、この大型モンスターの特攻に、巻き込まれるのではと直感していた。


 もはや、回避行動は間に合わない。


 あまりにも速く、そして……あまりにも彼の特攻は、我々のすぐそばまで迫っていたからな。


 だが。


 オレはあわてない。


 何故ならば、ずっと左眼には見えていたからだ。彼とゼファーの空の覇権を巡った素晴らしい戦いのことも……彼が、その戦いを捨てて、この戦場へと飛び込もうとしたことも。


 そして。


 それを防ぐために、ゼファーもまた低く飛ぶことで加速を得て、『ロイヤル・グリフォン』を睨みつけていることをな。


 だから―――不安を覚えることはなく、オレは走った。馬から飛び降りて、戦場を駆ける。リエルの声を背中で聞いたよ。勇ましき弓姫は、仔竜に気高き戦士の生きざまを言葉で伝える。


「ゼファー!!こいつを、突き飛ばしなさい!!皆を、守るのよ!!」


『りょうかい!!『まーじぇ』ッッッ!!!』


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 空のなかで、金色の翼と漆黒の翼が衝突していた。ゼファーが、『ロイヤル・グリフォン』に体当たりをして、この墜落に我々が巻き込まれるのを防いでみせたよ。


『なんだと!?』


 目論見の外れた『アルテマ』が、そんな声を漏らしていた。ヤツは、仲間に身を守らせるくせに……それを自発的に行う戦士の心については、まったく理解出来ないらしいな。


 『パンジャール猟兵団』に、仲間を守ろうとしない猟兵はいない。


 しかし、『ロイヤル・グリフォン』も気高き敵だ。竜の体当たりで翼を折られただろうに、それでも、無理やりに羽ばたき、再び地上にいる『コルン』を狙う。少しでも敵を減らそうと、彼は考えたのだろう。


 ゼファーは、もちろん、それも許さない。『マージェ』も、もちろんそうだったよ。


「ゼファー!!噛みつきなさいッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 空の中で、黒竜の白銀の牙が『ロイヤル・グリフォン』の首根っこに噛みついていた。そして、ゼファーは羽ばたくことで身を捻り、『ロイヤル・グリフォン』と共に空で踊った。


 回転しながら、落下の軌道を無理やりに変える―――目指したのは、『メルカ』の白い城壁だ。衝突の瞬間、ゼファーの牙がヤツを離して、リエルは竜の背から宙へと跳んだ。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアンンンンンッッッ!!!『ロイヤル・グリフォン』の巨体が、『メルカ』の入り口の大門近くにある城壁に叩きつけられた。ゼファーは城壁を飛び越えて、『メルカ』の町並みへと墜落していったよ。


 だが、ゼファーは『マージェ』を見ていた。天空に跳んだリエルは、城壁の上へと着地しながら、狩人の才を見せつける。城壁から飛び降りながら、弓に矢をつがえて、城塞へと投げつけられた衝撃に痙攣する『ロイヤル・グリフォン』に近づいた。


 そのまま、リエルの指は慈悲と敬意を込めて矢から優しげに離れて―――壊れて呻く気高き『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』の眉間へと撃ち込まれていた。

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