第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その35
『メルカ』の白い城壁に、『鷲獅子/グリフォン』の黒い影と翼が映る。『ロイヤル・グリフォン』と『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の群れ。それらによる同時の襲撃は、オレたちが最も警戒していたものであった。
ゼファーで対応するのが、オレたちのプランだったが……戦場では、あらゆることが起こりえる。
だから、『メルカ』の城壁の上には、『ロイヤル・グリフォン』対策も兼ねて、弓兵たちが陣取っている。昨夜の戦いの主力たちであり、この『メルカ』で敵を待ち構えていた『コルン』たち二十数名さ。
彼女たちが、『グリフォン』にも対応してくれた。
「『グリフォン』だ!!」
「弓で、落とすのよ!!」
弓兵たちは、『グリフォン』に対して、矢を放つ。それらの矢は『グリフォン』の身に命中していく。しかし、ヤツはそうなることも想定していたようだ。全身に矢を浴びながらも、お構いなしだ。
いい根性している。
さすがは、あの『ロイヤル・グリフォン』の『つがい』だな。魔女に呼ばれたのは、ヤツだけでなく、ヤツの卵を産むメスもか。
その『グリフォン』が戦場に影を落としていた。戦場を飛行して、まっすぐと標的へと向かう。『彼女』が狙ったのは、もちろんオレの仲間たちだ。
『ホーンド・レイス』の群れを待ち構えていた、ルクレツィアたち20の軽装騎兵からなる射撃陣形。『彼女』は、そこへと突撃していく気だ。
捨て身の特攻かよ……まったく!なんとも、身に覚えのある策だな!!
「射落としなさい!!」
『メルカ・クイン』の命令で、騎兵たちは矢を次々と放っていく。全身に矢を浴びる。それでも、もう彼女は止まらない。止まらぬように、血まみれの翼で羽ばたき、赤い飛沫と羽根が蒼穹の青へと散る。
『ピキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!』
悲鳴じみた声を上げながらも、あの巨大な翼はルクレツィアを狙ったようだ。翼を捻り、その墜落の軌道をわずかながらに修正したよ。
行動から意味を悟れる。あの集団のなかに、『アルテマ』が特別に狙う存在がいるとするのなら、『メルカ・クイン』しかいない。
少々、乱暴に扱い、たとえばルクレツィアの体が潰れてしまったとしても、『アルテマ』には問題が無いようだ。
『部品』として使うには、大きく破壊された死体であっても不都合がないのかもしれない。それよりも、逃げられたら厄介だと考えたのかもしれないな。
ルクレツィアが獣のように表情を険しくさせつつ、馬を華麗に操っていたよ。仲間の陣形から自分を急いで離して、ヤツの特攻の犠牲者となる者を減らすためさ。
好判断だ。ちゃんと敵の思惑と、自分が置かれている状況を理解している。咄嗟にやれるような判断ではない。ルクレツィアは、敵の特攻を予想してもいたのさ。だから、馬を走らせるほどのスペースが、その陣形のあいだにはあった。
ヤツは、あの黒い翼を羽ばたかせて、ルクレツィアが逃げた北側へと特攻の軌跡を変えていた。上手く誘導することが出来た。ルクレツィアは、仲間のために身を犠牲にした―――いいや、そんなにあきらめのいい女ではない。
ルクレツィアが『炎』を呼び出して、襲いかかってくる『グリフォン』へとぶつける。ヤツの巨体を一瞬で破壊することは出来ないが、おそらく視界を奪おうとしたのさ。その攻撃の精度を、下げるためにな。
『ギャギャウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!』
『グリフォン』は顔を焼かれながらも、鋭い鷲爪の生えた前脚をムチャクチャに動かして、ルクレツィアを引き裂こうと暴れていた。
……我が友、ルクレツィア・クライスが、『グリフォン』の特攻に愛馬ごと巻き込まれていく―――『メルカ』の空に、赤い血のしぶきが爆ぜていた。
「長老おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
ククルが叫んだ。
とても、悲痛な声でな……だが、ククリは冷静だったんだ。もしも、彼女が言わねば、オレが命じるはずであった言葉を、『プリモ・コルン』として部下たちに告げる。
「全員!!突撃するよ!!長老を、カバーしに行く!!」
『メルカ・プリモ・コルン』はそう命じた。
ククリは見切っていたのだ。あの特攻を、ルクレツィアが馬から身を捨てることで、どうにかこうにか逃れていたことをな。
宙へと放たれた血は、『グリフォン』の巨大な爪に切り裂かれた、ルクレツィアの愛馬の背中から吹き出たものさ。
ルクレツィアは、無事だ。即死した愛馬の影から立ち上がった。
……しかし、いい状況にいるとは言えない。体を強打して、味方の集団から孤立しているのだから。
そこに邪悪は反応する。オレたち坂道を登り終えたばかりの騎兵たちが、加速を始めたすぐ後のことだ。
醜い声が、邪悪なる指令を伝えた。食欲めいた言葉だと、オレは疾走する馬の背で考えて、不機嫌さを示すために舌打ちをしていたよ。
『あの『ぶひん』を、つかまえろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
『ギギギキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』
『アルテマ』の叫びに、悪霊の戦士どもは、どこまでも忠実である。悪霊どもは全力疾走しながら、ルクレツィアを求めて、彼女に殺到していく。
……だからこそ、ククリに率いられたオレたちは、戦場へと飛び出していく。馬の背で体を丸めながら、馬に最速を要求していた。
本来ならば、背後から『アルテマ』に突撃して、仕留める予定だったんだがな……戦況ってのは、刻々と変わるものだ。だが、これでいい。オレも、そして『コルン』たちも、『クイン』を失うつもりは無いのさ。
オレたち20騎は、戦場を駆け抜ける―――それに気がついたルクレツィアは、擦り傷だらけの美しい顔でニヤリと笑い。痛む体を傾けながらも、『メルカ』の北へと向かって走り抜ける。
さすがだよ。敵から距離を取って、襲撃されるまでの時間を稼ぐためだけの逃走ではない。戦場をよく見てくれているじゃないか……そうだ。北にこそ、彼女は向かうべきなのだ。そこが、彼女の仲間がいる、最も近い場所なのだから。
そうだ、『メルカ』の北には、14人の『コルン』がいるのさ。
オレたちを援護してくれた『ジャベリン隊』だよ。崖のような斜面をロープで登って、移動を完了させていた。
彼女たちはこの戦場の北に潜んでいた。身を低くして、草と岩の影に隠れたまま、攻撃のタイミングを待ち望み、狩人のように息を殺していたんだよ。
ルクレツィアは、彼女たちのことを頼ったのさ。それがいい、戦場では孤独でいるものじゃないよ。とくに、指導者である君はね!!
「長老を、守れえええええええええええええッッ!!」
『ジャベリン隊』は素早く身を起こすと、ルクレツィアに向かう悪霊どもに、あの強烈な投げ槍の雨を降らす。悪霊どもの最前列が崩されて、ルクレツィアを追いかけるための速度が減衰する。
そのとき、オットー・ノーランが動いていた。好判断をしてくれたよ。オットーは自分の周囲にいる『コルン』たちに、ルクレツィア救援ではなく―――『攻撃命令』を出していた。
「ミス・ルクレツィアは、守られます!!我々は敵本陣を叩き、敵の動きの全てを抑える!!『アルテマ』を狙えば、敵は、『アルテマ』の周りに集まりますッ!!」
そうだ。そうなれば、ルクレツィアを追いかける悪霊どもの数も減るってわけさ。攻撃は、最大の防御になる!!敵に身を守らせれば、攻撃にまで数は割けなくなるということだよ!!
「いいか!背後は、オットーたちが、どうにかする!!安心して突っ込め!!……ヤツらを、蹴散らすぞおおおおおおおおおおおおッ!!」
オレは竜太刀を抜きながら、この突撃していく群れの先頭へと馬を走らせる!!この場所がお気に入りなんだよ。オレも、この軍馬もなッ!!
黒い風が、白骨の群れへと突撃していくのさ!!
竜太刀を振り回し、ルクレツィアを目掛けて走る―――オレのクライアントによからぬ悪さを企てる、その醜い邪悪な者どもに、暴れて踊る、鋼の斬撃を次から次に叩き込んでいく!!
『ホーンド・レイス』どもの首が、四つほど、戦場の鉄臭い空に飛んだ。骨とすり合った竜太刀からは、一瞬の火花が煌めいたいた。
「ハハハーッ!!手斧を補充してもらっておいて、良かったぜ、おい!!」
馬上から手斧を投げつけて、悪霊どもの頭でも割っているんだろうよ。ガントリー・ヴァントはそう叫んでいた。じつに楽しそうにな。彼が背後にいるのなら、オレは前だけに集中出来る。
軽装騎兵20騎の突撃は、悪霊どもを蹴散らしながら、ルクレツィアと『ジャベリン隊』の元へと雪崩込み、合流を成し遂げる。ルクレツィアが、擦り傷だらけの顔で、オレを見つけたよ。
「まったく!いいタイミングで来たわね、ソルジェ殿!」
「危うく、二日連続でクライアントを死なせるところだったが……どうにか助けられて良かったよ」
「そうね!でも、まだ終わりじゃないわよ!!」
「ああ!!むしろ、これからが本番というトコロだ!!……来るか?」
「ええ!!ホムンクルスで最強の女戦士は、やられた以上にやり返す女よ!!」
『最強のホムンクルス/メルカ・クイン』が、オレの馬に乗って来る。いい動きだ。戦士としても一流じゃないか。彼女の俊敏な動きに、木に登れる南方のクロヒョウをイメージしているあいだにも、戦場は動いている。
「敵を、抑えますよ!!」
「了解です、軍師殿!!」
「『アルテマ』を、仕留めろおおおおッ!!」
オットーたちが敵の軍勢に対して、突撃している。オットーはその最前列で、戦乙女たちの盾となる。もう弓は使わない。ただただ鋼で敵を殴りつけるのみ。ここからは、原始的な暴力こそが戦況を支配する時間帯だ。
全力の突撃だ。その威力から『アルテマ』を守ろうと、『ホーンド・レイス』どもが肉体の壁となり、軽装騎兵の俊敏な重量を受け止めようと必死になった。こちらの背後を攻撃してくる余裕は、ヤツらにはなかったのさ。
戦場を観察しながらも、猟兵団長は仕事をしている。視野は広くてね。我々は、ククリの指揮のもと、軽装騎兵は隊列を組み直し終わっていた。あとは、仕事をするだけだ。
「敵が、向こうの対応に集中している!!今こそ、突撃のチャンスだよ!!私たちの突撃で、決めるよ!!ジャベリン隊、抜刀して!!私たちの突撃に、続いてね!!」
「了解!!『プリモ・コルン・ククリ』!!」
ジャベリン隊がサーベルを抜く。ああ、肉弾戦の世界の始まりだ。オレたちも突撃し、鋼で打ち合うべき時が来た。
……全ては、このときのためにあった。
遠距離射撃と罠を仕掛けながら、後退し続けたのは、もちろん敵の戦力を削るためでもあるし―――何よりも、この最後の突撃のために、『コルン』たちの体力を可能な限り残しておくためだ!!
オレたちは、臆病さゆえに無傷を選んできたわけではない!!
完全なる勝利を得るためにこそ、力を温存してきただけだ!!
ククリが剣を抜きながら、全ての『メルカ』人の故郷である、天空の都市に叫ぶ!!
「全員で、突撃だあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「魔女を、殺せええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
戦士の歌が、空を震わせ!!
軍馬の脚が、大地を揺らす!!
鋼を掲げた騎兵と、サーベルを抜いた女戦士たちが、魔女殺しの北風となり、1000年の怨敵を仕留めるために戦場を駆け抜ける!!
突撃とは、同時に行うことで威力が増すものであり、どの戦士もより多く、より同時に走り出すことを目指す……とはいえ、ここまで乱れることのない突撃は、9年も戦場を流れて来たのに初めてだったよ。
『ホムンクルス』の共感する能力が、完全に動きと意志を一つに融け合わせているのさ!!……これは、ただの二十騎による突撃などではない。それとは違う次元の威力があるのだぞ、『悪神と魔女の死体の融合物/アルテマ』よ?
「殺しまくれえええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
『ギギキキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』
曲がった大角の白骨が、オレを青白く光る眼でにらむ。アゴを開き、その空虚な口に広がる無を見せつけてくる。肉薄する。ヤツの身にまとうぼろ切れや、錆び付いた槍の穂先の欠け具合までもが、よく分かった。
敵と自分だけしか、世界にいないようなほどの至近距離だ―――ああ、故郷の風を感じる。ガルーナの空に戻ったような、懐かしさだぜ。この間合いは、勇敢なる蛮族の王国、ガルーナであるかのようだ!!
愛馬と一体となったオレは、馬上でその身を野蛮に躍らせながら、殺意を込めて鋼を振り下ろす!!
斬撃が、錆びた槍を砕き……その直後に、白骨の細首を断ちきってやったよ!!刎ねられた骸骨の悲鳴を浴びながら、ストラウスの剣鬼の血が死を求めて熱狂していくのが理解出来る。
血が爆ぜるようだ。戦に歓ぶ剣鬼の体は、馬上から身を乗り出させて、長大な竜太刀の刃で戦場を斬り裂いてやるんだよッ!!敵の鋼を破壊して、そのまま敵の命をも砕く!!その反動を指で感覚し、全身を新たな破壊のために躍動させるッ!!
勇敢なる黒い馬は、ストラウスの血にあてられたのか、怯むこと無く戦場の中心にいる、邪悪の権化をひたすらに目指していた!!
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