第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その29


 またたく間に、三時間が過ぎていた。『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもは、疲れるという概念が存在しないようだ。カーリーン山の急峻な道を上ってくる。飛行型の連中は、その軍勢を上空から守るようにして、つかず離れずの位置を保っているな。


 オレは待っていた。


 『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』の出現をだ。いつ来る?……どこに隠れている?土煙を上げながら、せまい山道を這い上がって来るモンスターの群れを見下ろしながら、オレは……判断を迫られていた。


 『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』は、かなりの脅威だからな。あちらから、先に出て来て欲しかった。


 しかし、いない。悪神が魔女の死体の腐った頭にでも入れ知恵されているのか?それとも、あの『ロイヤル・グリフォン』自身の判断なのか、戦場にヤツは姿を表してはいないのだ。


 昨夜のまま、どこかへと逃げ去ったとは考えにくい。ヤツは気高き狩猟者だ。必ず、この戦場に舞い戻り―――ゼファーを狙うだろう。ゼファーの力と、殺意からは、逃げつづけることは出来ない。


 ゼファーに勝つしか、『ロイヤル・グリフォン』が、生き延びることは出来ない。この戦は、ヤツにとっても唯一の勝機だ。1000年間の世代交代の果てに、『アルテマ』への忠誠心が剥げ落ちていたとしても……生き抜くために、利用するさ。


 ……しかし、こうまで出て来ないとはな。後出しの方が、守る戦は楽なんだがよ。これ以上、時間を与えていては、こちらのリスクが増えるだけ。


 オレは左眼をまぶた越しに指で押さえていた。魔法の目玉に魔力を捧げて、愛しい竜と心をつなぐのさ。


 ……ゼファー。時間だ。ヤツは出て来ないが、こちらから攻撃を仕掛けてくれ。


 ―――りょーかいッ!!いくよおおお、『まーじぇ』ッ!!


 ガマンの限界だったのだろう。冷静さに欠くトコロは良くはないが、その昂ぶる戦意については認めてやらねばなるまい。


 はるか後方から……『メルカ』から昂ぶる竜の魔力が放たれていた。それから、ほんの十数秒後には、オレは一瞬の影に包まれる。ゼファーの影が、『砦』の周辺にいるオレたちを過ぎ去っていたのさ。


「ゼファーだ!!楽しそう!!」


「ガマンしていたんですね」


「……戦闘開始の合図になります!みなさん、弓矢の準備を!!」


 猟兵たちは慣れたものさ。


 だが、『ホムンクルス』たちは、ゼファーの戦いを目の当たりにするのは、ほとんどの者が初めてである……彼女たちは、その黒い瞳に好奇心の輝きを宿したまま、空を駆け抜けていくゼファーを見守っていたよ。


 大人気だな、ゼファー。


 40人のうつくしい戦乙女たちに見守られているぞ?……見せてやろうぜ、竜ってのが、どれだけ強いのか。どんなに強い竜が、『メルカ』の守護神なのかを、示してやるんだ!


「歌ええええええッッ!!ゼファーああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 レミーナス高原の空を揺さぶりながら、竜の歌が解き放たれる!!暴れる竜の劫火の奔流が、よく晴れた蒼穹に黄金色の爆炎を暴れさせた!!


 ゼファーの強襲爆撃だ。


 『アルテマ』を守ろうとして、無数の飛行型『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが肉体の盾となるが―――その空しい努力は、一瞬で崩壊する。獲物に焦がれていたゼファーの心は、怒りの熱量に暴れている。


 敵がいないと。


 雑魚の相手をさせられていると。


 だからこそ、空の王者の吐き出すブレスは、いつになく狂暴に燃えさかっていたよ。『ホーンド・レイス』の空飛ぶ守備兵どもは、黄金色の灼熱の前に消し炭さえも残さず、消滅していったよ。


 空飛ぶ守備兵だけではない、地上の狭い道でも、『悪神と魔女の混合物/アルテマ』から離れることのない守備兵たちも、灼熱の爆撃に蹴散らされてしまう。


「あ、圧倒的じゃないのッッ!!!」


 ルクレツィア・クライスが、大いに驚いてくれていた。29才の大人女子にしては、ちょっとはしたないぜ?子供みたいに、大きな口を開けて驚くなんて?でも、いいリアクションだ。純粋さを失わない君らしいぜ、ルクちゃんよ。


 まあ、ゼファーの戦闘能力の高さに、驚愕しているのは、『メルカ・クイン』だけではなかったよ。『メルカ・コルン』の軽装騎兵たちも、大いに驚いてくれている。口々に、すごい!と、うちの仔を褒めてくれるので、『ドージェ』は大変に嬉しい。


 そうだ、竜に敵う存在など、この世にはいない。


 それと対等に戦えるとすれば、竜を竜以上に知り尽くす、ストラウス家の竜騎士ぐらいなものだろう。強さという階級において……ゼファーは、竜族は、どう解釈しても最強の種族であることは揺らがない真実なのだ。


 しかし。


 もちろん、戦場というものは、強さだけで全てが決まるわけではない。『ホーンド・レイス』のような弱者であろうとも、群れることで強さを構築することもあるのだよ。


 ゼファーが、漆黒の翼で空を叩いて、その身をくるりと躍らせる。


 矢の雨を回避したのさ。


 地上を這う『ホーンド・レイス』どもは、それなりの武装を整えてきているらしいな。空を飛ぶ者よりも鈍重さがあるが……それだけに、よりマトモに武装をしているようだ。弓兵がいる……オレは、オットーに頼る。


「オットー、弓兵の数を数えてくれ」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 ……今、『ディープ・シーカー』を使うと、魔力の消費が多くなるからだ。オレは攻撃のために、魔力を残しておく必要があるのさ。


 『砦』の屋上から乗り出すようにして視界を確保しつつ、オットーは三つ目を開き、敵の群れを分析し始める―――。


「―――弓兵の数は、およそ、100!半数が、弓を装備しているようです!弓以外の、近接武器も持ち合わせているようです!!」


「マルチな攻撃手段の持ち主たちってこと?……昨夜の個体よりも、知性がある?」


 ゾーイがアゴに曲げた指を当てながら、そう考察する。ククリがイヤそうな顔をした。


「つまり……『アルテマ』の知恵が、回り始めているってこと?」


「そうかもね。魔女は死体となって、悪神と融合している。その融合が、より進んだのか……あるいは、より意識が明瞭になった…………っ」


 ゾーイが急に黙ってしまう。辛そうな表情になっているな。唇を噛む。赤いはずの左眼が、一瞬だけブラウンの色に戻ったように見えたのは、気のせいではないのだろう。シャムロックのことを、より愛していたのは、『シンシア・アレンビー』なのだからな。


「……ど、どうかしたの?」


 ククリが心配そうに訊いてやったよ。『ゾーイ/シンシア』は、ちょっとだけ涙ぐんでいた眼を、ローブの袖でぬぐった。その直後には、左眼はあの赤い瞳に戻っていたよ。


 そして。


 彼女はオレたちに、『アルテマ』に対する考察を聞かせてくれた。


「……捨てたんだよ」


「……す、捨てた?」


「うん。あいつ!!体のなかに融けて、私たちのために『アルテマ』を妨害してくれていた、シャムロックおじさまを……た、たぶん、ちょ、ちょっとずつ……刻むようにして、か、体から、取り出したんだ!!」


 ……ヤツの体のなかにいた『シャムロック/邪魔者』を、ヤツは……そうか。ゾーイの言葉を借りるのならば、捨てたのか……。


 『ホムンクルス』たちには、大きな知識がある。だから、オレよりも、ずっと、ゾーイの苦しみが微細なまでに分かるのだろう。


「……ゾ、ゾーイ……っ」


 ククルは、シャムロックに直接的な借りがある。『魔女の尖兵』という特殊な心理状態にあったにせよ、シャムロックを傷つけてしまった。


 そして、あのダンジョンで何が起こったのかを、最も知っている立場の一人だ。シャムロックの命がけの祈りも。『シンシア/ゾーイ』たちの複雑な感情も。多くを知っている。


 だが。


 ククルは許せない。


 当たり前だよ、ジュナ・ストレガの腹に、『リザードマン』の『卵』を植え込んだのは、この『ゾーイ』という人格なのだから……。


 だから。


 ククルは、悲しむゾーイに同情をしつつも、シャムロックの無残な末路を知りつつも、ゾーイにかけるための言葉が、口から出て来ないのだ。


「……おじさま……っ」


「―――敵ではあった。でも、感謝すべき行為をしてくれた。『メルカ・クイン』として、彼の戦いと覚悟に、感謝と……冥福を捧げるわ」


 ……ゾーイに胸でも貸してやろうと思っていたが、その役目はルクレツィア・クライスに奪われていた。ルクレツィアは……ゾーイのママに似ているらしい。ホムンクルスの外見は、皆そうだろうが、もしかしたら、雰囲気こそが似ているのかもな。


 きっと、彼女を慰めることに、最も相応しい存在だと思う。


 ククリとククルは、悲しそうな顔をしている。唇を噛んで、無言のままだ。いいのさ。それが答えでもいいんだ。悲しみも、怒りも。どちらとも正しい。そして……今は、あの勇敢な『父親』のことを悼むべき瞬間でもあった。


「……マキア・シャムロックは、『アルテマ』と戦ってくれた。おかげで、オレたちは、『アルテマ』に不利ではない戦いを挑める。彼のためにも、この戦いに勝つぞ!!」


「そうです!!……彼は、私を見て、懐かしいと言ってくれました!!……ホムンクルスだったゾーイの母親と、彼は親友だったんです!!……彼は、私たちを、守ってくれています!!だから、だから!!この戦、彼のためにも、勝ちましょう!!」


 最も『ゾーイ』を憎みながらも、『シンシア』に『産まれて来てありがとう』と語ったオレのやさしくて強い妹分は、そう語ったよ。彼女の言葉は、ククルの願いは、いつだって『ゾーイ』に届いていたことをオレは理解している。


 あのとき。


 『産まれて来てありがとう』という言葉に、誰よりも飢えていて、誰よりも求めていたのは、『シンシア』じゃなかった。シャムロックに憎まれてもいた、『ゾーイ』だったはず。


 あのとき、その言葉が届いたから……『ゾーイ』は、オレの呼び声にも反応してくれたんじゃないかと、考えている。


 だって、シャムロックの薬で封印されていたはずなのに、出てこれたじゃないか?それって、オレの呼び声だけじゃあよ……どう考えても足りないと思うんだよな。


「―――ゾーイ!!戦いましょう!!勝ちましょう!!勝って、生きて……あなたは、きっと、あなたの人生を生きるべきなんです!!」


「……ククル……っ」


 抱きしめ合うことは、出来ないようだが。それでも、涙目同士でオレの妹分と、オレの護衛対象者は見つめ合えていたよ。無言だ。言葉で伝えるには、少々フクザツ過ぎる感情が、両者のあいだには渦巻いているだろうから。


「……そうだ。生きろ、オレの護衛対象。まずは、そのためにも勝たなくちゃな」


 そう言いながら、オレはゾーイの頭を撫でてやる。


「……こ、子供あつかいするなだし!」


「子供っぽくてもいいのさ。お前は、泣くべき時に泣いてやった。孝行娘だからな」


「……そう、かな」


「ああ。シャムロックは、そういうお前を褒めてくれるさ。ヤツは、オレの敵だったが、間違ったことは一度も言わなかったからな。まっすぐな、オレの敵だったよ」


「……なによそれ、褒め方、変なんだけど?」


「褒めてるか?」


「褒めてるっぽい!」


「君が笑顔で言うのなら……そうなのかもな。まあ、オレは、根性あるヤツは、敵でも、嫌いじゃないんだよ」


 そうさ。


 いい加減、認めてやろう。


 オレは、アンタの敵だし、アンタはオレの敵だが……本当に、アンタの死にざまは、カッコ良かったよ。


 『賢者の石』となることを選び、『アルテマ』の『臓器』に成り果ててまでだぜ?


 そうでもして、『シンシア/ゾーイ』を守ろうとしたアンタは……やっぱりカッコいい。


 もう、すでにあのバケモノの腹には、アンタはいないそうだ。その肉体を引き千切られては、そこらに投げ捨てられたのか。骨も拾ってやれそうにないな。残念だよ。


 ……ああ、本当にスマンね、マキア・シャムロック。オレは、どこまでも守れないんだな、クライアントであったはずの、アンタのことを。


 しかしよ。


 依頼は、全うするぞ。


 『シンシア/ゾーイ』を守る。アンタの『娘たち』を、守ってやるさ。それに、アンタの嫌いな、『アルテマ』をぶっ殺してやるよ。それで、いいだろ?……アンタは、レオナ・アレンビーに似たホムンクルスたちが苦しむ姿なんて、見たくはないだろうさ。


「―――団長!!ゼファーとリエルに、敵の意識と攻撃が集中しています!!今ならば、『風』の『エンチャント/属性付与』の矢による、超長距離射撃、狙えます!!」


「ああ!!オレたちも、攻撃を開始するぞッ!!魔女も、悪神も、今日、ぶっ殺すぞおおおおおおおおおッッッ!!!」

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