第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その28
オレが強烈に甘い薬に体を癒やされていたとき、年配の『メルカ・コルン』の女性たちがルクレツィアに数枚のメモを渡していたよ。彼女たちは、60から70代ってところだな。彼女たちがいるのに、ルクレティアは『長老』と呼ばれるのか……。
年齢というよりも、『クイン/指導者』だから、そう呼ばれているだけだろうが―――ルクちゃんが『長老』呼びを嫌う理由も、よく分かる気がするな。もっと、別の呼び名があるはだ。
ああ……口のなかが甘い。苦い薬も好きじゃない。オレは素直な舌の持ち主だから。でも、この甘さが胃袋で躍動して、舌のつけ根を這い上がって来るというかな……とんでもなく、しつこい甘さだ。
ルクレツィアは、これを素敵なことと評したが、どうにも、そんな風には思えない。この場所にいる貴重な男、オットー・ノーランに、この瓶の底にわずかに残った甘い薬を舐めてもらい、感想を聞いてみたい。男の舌には、これって、つらすぎないかと―――。
「―――どうかしましたか、団長?」
「……いいや。何でもない」
……そうだ。
オットーの味覚は、温度に由来するのだ。熱いほど美味いのだろう?……これは、きっと冷たいから、大して美味しくないって言いそうだ。そう言われたところで、オレは共感して良いモノか迷ってしまう。
やめとこう。
今は、考えることがある。
「……お待たせしたわね、二人とも」
『メルカ・クイン』殿が、何やら年上の部下に指示を出して戻って来たよ。察することは出来るな。
「見つかりそうか、『ホーンド・レイス』の『弱点』は?」
「もう見つかったわ」
「……ほう。さすがだな」
「この呪術は欠点が多い。新月にしか使えない、新鮮な死者がたくさん要る……なかなか、この二つを満たすだけでも難しいわね」
「だろうな。その二つのタイミング合わなきゃ使えないとは……」
オレたちは、不運過ぎるタイミングで動いていたようだ。
「満月や新月は、世界を司る魔力の質が、大きく変わる。これを利用して、さまざまな呪術が作られてきた……その時期に戦なんて、するべきじゃないのよ、占星術の観点から言わせてもらえばね」
「大がかりな呪術にハマるからか」
「そう。まさに私たちが体験していることね」
『クイン』同士の殺し合いに勝ち残った、『メルカ・クイン』……彼女たちが継承して来た『叡智』には、占星術もあったな。
『アルテマ』も、占星術の知識を持っていることになるわけだ……天体の配置を使った、大がかりな呪術を画策しても不思議ではないのか。
「オレたちは、運が悪いな」
「そうかもね」
「……ですが、『弱点』を見つけたのですよね、ミス・ルクレツィア?」
「ええ。オットー殿、見つけたわ。マーサ叔母上たちがね」
「……さっきのは、君の親族か?」
「『メルカ』は皆、親族。というよりも、生物としては、ほとんど同一人物だしね」
「そんなことはない。同じ姿形をしていようが、誰もが別人だ」
「……ソルジェ殿は、いいヒトだわ。ホムンクルスの言葉に、あなたの言動は一々、響いて来るわ」
「悪党でありたいとは、思わないがな。いいヒトではないさ……それで、『弱点』ってのは?」
「アンデッドのくせに、呪術にかかりやすいってことが分かったわ」
「角野郎どもを、呪えるのか?」
「ええ。これから、私たちは、『呪毒』を合成する。その呪毒をかけたら、30秒間は見境なく周囲の動く者を攻撃する……」
「『狂戦士の呪い』か。面白そうだが、30秒は短いな」
「数も多くは用意出来ないわね。矢毒にして、40体分……素材が足りないから、それ以上は難しい」
「……使いどころが、肝心だな」
「でも、かなり有効な戦術を組めそうですよ。『従来のプラン』に加えることで、楽になりそうです」
「そうだな。作戦を煮詰めよう。戦術を解放するタイミングを、幾つか作ってくれるとありがたい。戦場で臨機応変に使うためにな」
「わかりました。お任せ下さい」
「……それじゃあ、私は『呪毒』の合成に入るわね。すぐに終わるわ。得意なの、呪毒作り。あっという間に完成させちゃうわよ」
「そうしてくれ。ああ、可能な限り、全員を離れないようにしてくれよ?」
「分かっているわ。あなたが守る範囲が少なくて済むように……でしょう?空を飛んで、急襲して来るかもしれない敵がいるものね」
「そうだ。せっかく、この『メルカ』の美しい建物を犠牲にしてまで、死傷者を減らしたんだからな。オレは、『アルテマ』のせいで、これ以上、君らが苦しむ姿は見たくない」
「ええ。同感よ……夜明けまでには、呪毒を準備して、『対アルテマ薬』を飲んでおく。呪いも洗脳も、気にすることなく、指揮を振るって?」
「ああ。それまでには、オットーとオレで、作戦を組み立て直す。夜明けには、『砦』に向けて40名を移動させる。機動力重視の軽装騎兵だ」
「……彼女たちに、『狂戦士の呪毒』を持たせましょう」
「そうだな。弓と馬術に長けた者がいいだろうからな。外しては、勿体ない。敵の数はおそらく、飛行型の『ホーンド・レイス』が80、地上型が200、『ロイヤル・グリフォン』……そして、『アルテマ』だ」
「まとまって来るのね?」
「ああ。それがあちらにとって最強の策ではあるから。連中は、知性がある……だからこそ、オレの『策』に必ずハマるよ」
「……分かったわ、『パンジャール猟兵団』の団長殿のことを、信じてる」
「いい戦をしよう。君たちを縛りつづけた、1000年の呪い。それをぶっ壊しに行くぞ」
「ええ。それじゃあ、行くわ。錬金術師の仕事をしにね!」
「ああ」
ルクレツィアを見送り、オレはオットーと顔を突きつけ合わせる。地面に二人して座り込み、地図を広げたよ。そこに更新された情報を、描き込みながら……どこを修正すべきか、緊急事態に使うべき選択肢をどう変えるか、なんてことを会議していく。
星が、ゆっくりと動いていたよ。
『メルカ』の街中で、慌ただしい作業が行われている。時間は、いくらあっても足りることのないものではあるが―――今宵もそうだった。より良い作戦を考えていくと、時間は、どんどん流れていく。
オレたちだけじゃない、皆が『アルテマ』との決戦の準備に追われていた。ある者は、寝ることさえも役割だ。
錬金術の薬を作り、爆薬を馬車に積み込み、炙りチーズを乗せただけのパンを夜食としてかじりつきながら……作戦を練り上げていると……とうとう朝が来ちまっていた。
『アルテマ』の到着は、昼……と予測してはいる。
だがね。
記憶の中でガルフ・コルテスの酔っ払った声が囁くんだよ。安心するなよ?敵サンだって、予想を超えることがあるもんだ。命がけって場合は、何を起こすか分からんぞ。
……早起きで得することがあるとすれば、寝首をかかれる可能性が減るってことさ。
……二日酔いで、ゲロ吐きながらでもいいからよう?
……戦場には、ちょっとでも早く向かおうぜ。
……スケジュール通りに動くヤツはね……『守り』には向かねえぞ?キッチリしてるヤツは、簡単に読まれちまうからな。敵サンだって、予測して動く。読まれたくなければ、予想されるよりもズレようぜ?非合理的な動きだけが……読まれんのさ。
そうだ。
今から、オレたちは、非合理的な動きに出る。
夜襲を喰らったというのに、休まない。疲れているはずなのに、あえて前に進み、敵との遭遇時間を早めるのさ。愚かなことか?……そうだ。合理的ではない動きだ。だからこそ、敵には読めない動きになる。敵の選択肢を狭めて、こちらの予想の範疇に敵を捕らえるのさ。
さてと。出陣だよ。『メルカ・クイン』の馬を先頭にして、その直後をオレと、双子たちの騎馬が進む……。
『パンジャール猟兵団』という主力部隊と、40名の軽装騎兵たち。合わせて、およそ50弱の戦力で、オレたちは『砦』へと向かったよ。
ああ、ゼファーとリエルは、まだ『メルカ』に残す。敵が来てから、動き出すので間に合うしな。
それに……もしも、飛行型どもと『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』が、『アルテマ』の護衛につくことなく、『メルカ』を襲撃して来た時の保険でもある……二人が守りについてくれていれば、安心だよ。
オレたちの馬に揺られる短い旅は、朝霧がただよる山道をゆっくりと進んだ。
いい天気だった。大荒れになれば、飛行型の『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが、飛べないかもしれないのにな……まあ、視界を確保できたことは、守る方には有利な条件だよ。
朝陽と霧に包まれた、あの小さな四階建ての『砦』が見えてくる。白い霧のなかから、古びた小さな砦が突き出して、朝陽に赤く染まる姿は、なんとも幻想的である。そこから西の眼下に広がる、レミーナス高原の朝焼けの新緑も美しい。
そこには、『砦』だけでなく、『メルカ』の忠実な護衛と化した、8体の『ストーン・ゴーレム』たちも並んでいる。
朝霧のなかを、『ホムンクルス』たちの到着を歓迎するように、大型5つに、小型3つの影が動いた。
『石造りの巨兵/ストーン・ゴーレム』が、ルクレツィアの乗る白い馬の前に整列してみせた。岩石で組まれた、実に荒々しい形状をしているが……今の彼らは、まるで古強者の騎士であるかのごとく忠実に、女主人の前へとひざまずく。
猟兵、『ホムンクルス』……そして、ドワーフのオッサンが一人に、ゴーレムども。これが、『メルカ軍』の『前衛部隊』の総戦力だ。
「ソルジェ兄さーん!爆薬の設置に入るね!!地雷原を作るよ!!私の呪術で、起爆するんだ!!」
「ああ。『絶対に引っかかるように、あそこに仕掛けとけ』」
「うん!!ムダにしたら、勿体ないしね!!それに、あそこなら、私たちが間違って踏むことなんて、ないもんね!!」
「そういうことだ」
「……あの罠に、そんなに簡単に引っかかるの?」
ゾーイ・アレンビーは不安そうだ。オレたちの作戦に対して、不安があるようだな。たしかに、彼女が心配する理由は分かるよ……二つの選択肢があるならば、敵がこちらの望んでいる選択肢を選んでくれない時もあるからね。
だが。根拠があるんだ。
「間違いなく、ククリが仕掛けた地雷原に、敵サンは食いつくよ。連中は、『メルカ』の位置を把握していたからな。地理情報を頭に入れている。それに……そっちには、『メルカ・クイン/ルクレツィア』を配置する」
「……最高の『エサ/生け贄』ね。『アルテマ』が復活用の血肉と臓器を求めるとすれば、彼女はうってつけね」
「そのエサに食いつかずに、怖いオレたちの方に来てくれる?……ありえないな。仮に、そうしてくれるのなら、ある意味では楽だよ。オレたちには、馬がいるからな……戦線を伸ばすことが可能なのさ」
「スゴい自信ね」
「ああ。策ってのは、二重三重に出来ているものさ。オレたちは、『アルテマ』よりも毛色が豊かだ。色々とやれるってのは、戦場で最高の強みだよ」
「……わかったわ。信じる!ソルジェ・ストラウス、おじさまの仇を討たせてね!」
「任せろ。今日、全てを終わらせるよ―――」
「―――団長!!」
『砦』の屋上にいるオットーが、オレを呼んだよ。その声に満ちる緊張感のおかげで、この場にいる全ての戦士たちが、彼が何かを話すよりも先に『状況』を理解していた。
朝霧に沈む、西を見ていた。誰もがね。
そうだ、レミーナス高原のうつくしい朝には、あまりにも相応しくないことに……悪霊どもの行進が見えるよ。朝露に濡れた、まだ背の低い新緑の道を、呪われた足で踏み荒らしながら……ヤツらは走っていた。
『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の群れだ。戦士のように走る者たちと、昨夜のように風に絡んで飛ぶ者たちだな……そして。その白骨どもの行列に混じり、闇色の肉塊が蠢いていたよ。
『アルテマ』……悪神と魔女の死体の融合した、邪悪なる肉塊だ。今はその蠢く闇色の肉から、まるで蜘蛛のように無数の長い脚を突き出して、白骨どもに守られながら、こちらへと進んできていやがる。
「お兄ちゃん、予想よりも早いカンジだね!」
「ああ。1000年眠っていたせいで、腹でも空いちまってるんだろうよ」
「『私/クイン』の体を狙っているのね?」
「そうらしい。名誉か?」
「それを名誉とは思わないわ。でも、素晴らしい機会ではある。1000年の因縁に、私の代で終止符を打てるなんてね!!」
「その意気だ。さてと……全員、戦の準備だ!!とっとと済ませて、ヤツらを待ち構えるぞ!!作戦は、遵守しろ!!我々は、『武器』であり、『囮』だ!!敵に、混沌を与えてやる!!引っ掻き回し、孤立させ、砕く!!敵を、呑み込んでやるぞッ!!いいか!誰も、死ぬんじゃないぞッ!!」
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