第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その30


 リエルとゼファーに、『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもの矢が殺到する。ゼファーは華麗に飛び回りながら、矢の有効射程からギリギリ逃げてくれている。リエルも『風』を呼び、襲い来る無数の矢を切り裂いていた。


 矢をムダ撃ちさせるだけじゃない。敵の攻撃性を失わせないほど、ギリギリの位置で飛び回ってくれているのさ。『ホーンド・レイス』どもは、攻撃に夢中になっている。だから?……防御は、当然、おろそかになるってものさ。


 オレと『コルン』たちは、弓に矢をつがえ、敵の群れを狙う。かなりの長距離射程だがな、リエルが作ってくれていた『風』の『エンチャント』の矢なら、届く。敵からは届かないよ。こちらは、高さを利用して、射程を伸ばしているからね。


「飛行型は狙うな!!さすがに、この距離では当たらんぞ!!弓兵から、狙い撃つ!!まあ、当たればラッキーって距離だ!!気楽に撃つぞ!!…………放てええええッ!!!」


 一斉に矢が宙へと放たれる。


 『風』を帯びた矢は、弓に反動を残すこともなく、究極にまで滑らかに放たれる。何とも抵抗というものとは縁遠い、不思議な感覚だ。空気で出来た矢を撃ったような?……そんなイメージだ。ただ、弓の弦を揺らしたかのような反動の少なげな射撃だった。


 アリューバ半島での経験が、リエルの『エンチャント』の技巧を、かつてないほどに磨き上げているのだろう。この『風の矢』は、あまりにも軽く、速く、そして……遠くに飛んだよ。


 直線距離でならば、600メートルほどにもなるのか。撃ち方次第では、400メートルほどは撃てそうな大弓ではあるが……そこまで遠くの獲物たちを狙えたのは、高さというアドバンテージと、間違いなく、高度な『エンチャント』のおかげであった。


 40本ほどの矢は、飛鳥のように軽やかに空を走り、醜い白骨の死霊どもに次から次に突き刺さっていた。オレの放った矢も、命中はしていた。即死させたか?……胴体に当たったからな。生身ならば致命傷だが、アンデッドの類いでは、致命傷にならないかもな。


 だが。


 それにめげているヒマはない。次から次に、矢を撃たねばならない。敵は280、こちらは50にも満たない部隊なんだからな……敵が、こちらの意図に気づいたようだ。竜を射ることに夢中になりすぎて、進軍を止めてしまっていた。


 あの連中は、やはり賢くなっているのさ。こちらの攻撃の間合いを、一応は推し量ってはいたんだよ。


 『アルテマ』が知性を発揮し始めているのだろう。この距離では、こちらの弓が当たらないとも考えていた。常識的な判断だ。だからこそ、裏をかけたわけだな。森のエルフの王族の『エンチャント』……そんな裏技、フツーは考えつけないさ!


『ギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』


 悪霊どもの合唱が聞こえる。骨を軋ませながら、全身から不気味な音を出していた。骨で作る楽器もあるが、どこかそんな硬質に振動する音だったな。そいつは、一種の進軍ラッパの役目があったようだ。


 『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもの止まっていた足が、動き始めていたよ。土煙と地響きを伴いながら、悪霊どもは、ひたすらに走った。盾を構える、錆びた剣や槍を振り上げて、守りの姿勢を選びながら、カーリーン山の坂道を猛進して来る。


 飛行型の大半は、ゼファーとリエルを追い回しているな……役割分担は成功だ。敵の密度を薄くする。それが、多対少で、多に少が勝つためのコツだよ。


 今このとき、280の敵勢は、200と80に分かれて、その密度を減らしているのさ。『アルテマ』よ。気づいているか?今この瞬間、お前たちは、大きく弱体化したということにな……まあ、気づこうが気づくまいが、容赦はしない。仕留めるのみだ!!


「撃ちまくれ!!」


 二射目を放つ。放ったあとは、その矢を目で追うことはない。見たからといって、矢に何の力学も働くことはないからだ。それよりも、次の矢を弓につがえて、狙いを完成させることに時間を費やすべきだな。


 そして。


 オレは叫んだよ。


「オットー!!まだ、『風』の矢の間合いか!?」


「はい!!まだ、『風』です!!」


「わかった!!」


 何の確認かだって?……『エンチャント』の矢は、複数用意してあるんだよ。超長距離射程の『風』の矢。こいつの用法は分かりやすいな。遠くの敵を射るためのものさ。今みたいにね。


 だが、この『風』の矢だって、矢筒のなかに無限にあるわけじゃなくてな。それぞれの背負っている矢筒には、四本ずつしかない。三本は撃つつもりだが……一本は残しておくべきだな。使うべき時がくるかもしれないからな。


 それに、『ホーンド・レイス』どもの突撃も、かなり速いものがある。四本目を撃つより先に……ヤツらは『風』の間合いよりも内側に入ってくるはずだ。


「オットー!!どうだ!?」


「はい!!皆さん!!次は、『雷』の矢をお願いします!!」


「よーし!!『雷』、放つぞ!!……全員で合わせろ!!手の最前列でいい!!3、2、1……撃てえええッッ!!」


 『雷』の矢が放たれる。射程は、300メートルほどだ。敵は、それほどの距離に近づいている。いいスピードだ。ヒトの軍団では、ありえないな。モンスターならではの、無尽蔵のスタミナ。それに依存した進軍速度だよ。


 でも。いくら速かろうが、いくらバケモノじみていようが……相手の戦術を無効化することは難しいものだよ。とくに突撃なんていう、シンプルな戦い方ではな。


 矢が次々と、『ホーンド・レイス』の前衛に突き刺さっていく。盾で防がれる矢もあるが……じつは、この矢には防御という手段は、あまり有効ではないのだ。


 何故ならば、『雷』の矢は、突き刺さった場所が盾であろうが……それどころか地面であろうとも。その部位に強力な電流を走らせて、周囲の敵をも巻き込む、感電の一撃を発生させるからだ!!


 悪霊ども前衛部隊に、稲光が襲いかかる。盾を持つ骸骨の腕が崩れ、あるいは大地から伝ってきた電流に、脚の骨が打撃されていく。『ホーンド・レイス』どもの進軍が、その瞬間、『雷』の一撃に阻まれていた。


 山道という狭い場所に、40本ほどの『雷』の矢を撃ち込めば、局所的に『雷』の壁を築くことも出来るというわけだな。それは、一瞬の拘束かもしれないが……それでも十分である。


 ククリ・ストレガが命じていた。『ストーン・ゴーレム』どもにな。


「ゴーレム隊!岩を投げろおおおおおおおおおおおッッ!!」


 『プリモ・コルン/筆頭戦士』の命ずるがままに、『ストーン・ゴーレム』どもが、持ち上げていた岩を、感電している敵の群れへと向けて、ブン投げていたよ。それぞれ1メートルほどの大きさの岩が、斜面を転がり落ちていく。


 感電していなければ、避けることも出来ただろうし、あるいは受け止めるという荒技も可能であったかもしれない。しかし、『雷』に体の動きが縛られているこの瞬間、それらの回避も防御も選ぶことは出来ない。


 ドガシャアアアアアアアンンンンンンッッッ!!!


 破壊的な音が聞こえて、8つの落石に襲撃された、悪霊どもの前衛が、その岩の下敷きになり、青白い骨格を破壊されていく。


 だが、数が多いというのは厄介ではあるな。


 悪霊どもは、砕けて壊れた前衛どもの死骸を踏み荒らしながら、進撃を続けてくるのさ。物量任せの攻撃だ。多数の者にだけ許された、強引な力だな。破壊された仲間のとなりを、悪霊どもが駆けてくる……。


「団長!!飛行型も、来ます!!」


 リエルとゼファーは必死に、飛行型を誘導してはいるが、雑魚とはいえ数十倍の物量を全て引きつけられるとは限らない。不用意に接近すれば、飛びつかれて、墜落させられてしまうかもしれないからな。


 30匹近い、飛行型の『ホーンド・レイス』がこちらへと突撃してくる。地上の部隊と連携しているつもりかもしれないな。


『ギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』


 骨を共鳴させながら空飛ぶ死骸が襲い来る。その青白いアゴ骨を揺らしながら、ボロ布のように千切れた皮を風になびかせて……『砦』にいる我々に向かって、その悪霊は飢えた犬みたいに一直線に、邪悪な風に化けながら突撃してきた。


 空と地上からの同時攻撃。


 ああ、いつものオレたちがしているようなコンセプトだな。こういう攻撃は、もちろん強い。基本的には戦場ってのは平面的なはずだが、立体的な要素に早変わりだ。前後左右に、高低差の要素が加えられる。対応し、迎撃するのは一苦労さ。


 地上を走る骸骨野郎どもに、空で嗤う骸骨の群れが加わる……とても、楽しめるような状況ではないな。


 ……しかし、特殊な少数を相手に、大勢が相手をしてやる必要はないのだ。オレたち弓兵は、空飛ぶ骸骨どもを無視する。狙うのは、地上の部隊。より確実に、敵の数を減らすことこそが優先課題だ。


 ヤツらがこの空と地上からの同時攻撃をしてくるなんてこと、最初から読んでいたよ。なにせ、オレは竜騎士―――空と地上の連携など、見抜けて当然である。


 だから?……だから、今のトコロ、オレの作戦通りに進んでくれている戦況に対して、『メルカ・コルン』たちは慌てることはないのだ。


 彼女たちも冷静に弓を構える。空を飛ぶ嗤う骸骨どもに、弓使いはいない。ギリギリまで近づけさせても、無害なのだ。狙うべきは……地上の敵どもだ。


 『炎』の矢を弓につがえる。


 我々、弓に指を絡めた戦士たちは、地上を走ってくる、不気味な悪霊の軍勢にだけ、『炎』の矢を放つのさ。


 先端の鋼が赤熱しながら、魔法の火矢がモンスターの群れを迎撃する。この『炎』の『エンチャント』は、鋼を強化する効果があるのだ。敵を力強く射抜き、その体を燃焼させて痛めつけるのさ。


 『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の戦士どもの、青白い体が、矢に射抜かれて、呪いの火焔に焼かれていく。悲鳴のような音を上げながら、アンデッドどもは灼熱の地獄にもがいて暴れたよ。


 仲間の屍を超えての突撃も、この呪い火をまとった射撃の前には、せき止められる。


 もちろん。


 この戦術は完璧じゃない。


 地上部隊の一時的な足止めと、新たに十数体の破壊には成功したものの、空飛ぶ無数の骸骨が、その空虚な口を開きながら、カラカラと骨の歌を浴びせて来やがる。


 飛行型の『ホーンド・レイス』どもの皮も肉もない白い顔までが、生来の右目でも確認できるほど近くに迫ってきていた。ヤツらは、あの揺れる歯で、女戦士や猟兵の肉を喰らいつこうとしているのかね。


 そうさ。矢の威力を、全て地上の敵へとぶつけたのだ。上空にいる、ねじれた大角を持つ骸骨どもには、対応しなかった。だから我々に接近して来ていたのさ。地上を選び、空を選ばなかった。


 当然の結末。この戦術は……未完成さ。


 もちろん、未完成な戦術を用意しているわけではない。まだ途中なだけだ。これから、この戦術は完成されるんだよ。


「―――来たわよ、『メルカ・クイン』ッ!!」


「ええ。見せてあげましょう。このルクレツィア・クライスが、伊達に、『長老』なんて呼ばれていないってことをねッ!!」


 くくく!ルクちゃんは、もっとカッコいいセリフを用意しておくべきだったな。彼女のセリフは不発だったと思いながらも、オレはルクレツィアに魅入られる。


 『砦』の屋上に、二人の大魔術師が君臨している。ゾーイと、ルクレツィアだ。ゾーイの爆炎が高威力なのは知っているが―――ルクレツィア・クライス、『メルカ・クイン』の魔力の高さは、明らかにゾーイのそれを超えていた。


 リエル級だよ。


 ……いいや、技巧を形成するある分野では、リエルをも超えている。そうだ、知識と経験値という分野でな。魔力は、やはり人間族に近しい。エルフの王族には残念ながら劣っているが。


 しかし、『風』を呼び込む繊細さ、『炎』を踊らせる激しさ……魔術の構成。その熟練がモノを言う分野においては、『クイン』たちが継いで来た、1000年の伝統には、リエルも勝てそうにない。


「燃えなさいッ!!『アルテマ』に操られる、みじめな亡霊どもよッッッ!!!」


 怒りと共に、ルクレツィア・クライスが爆炎を召喚する!!巨大な紅蓮の炎が、カーリーンの冷たい空を灼熱の地獄へと変えるのだ!!渦巻く紅蓮が、青白い骨を呑み込み、融かし、黒く焦がして吹き飛ばす!!


「キャハハハハッ!!!やるじゃないの!!!『メルカ・クイン』ッッッ!!!」


 歓ぶゾーイもルクレツィアに負けないほどの巨大な爆炎を、空へとブチ込んだ!!『ベルカ』の伝統を、一部ながら継承している彼女の爆炎は、『メルカ・クイン』とは異なる形状を有している。


 ルクレツィアの爆炎は、巨大な一つの渦であるが……ゾーイの爆炎は、複数の爆炎の牙が、弧を描くような軌道で敵の群れを囲むようにして、爆裂の交差で焼き切るように噛み潰すのさ。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンッッッ!!!


『ぐぎゃがああああああああああああああああッッ!?』


『ぎぎひいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!?』


 悲鳴と爆音が、冷たい風吹く山肌に響いていく。砕けて燃える『ホーンド・レイス』は、邪悪な欠片となって、空へと散った。


「……いい『炎』ね。『ベルカ』の血筋も、有能ね」


「ええ!!あなたの『炎』も好きだわ!!」


 ホムンクルスたちは、何だかんだで気が合うようだ。敵の敵とは、仲良くなれる。そうだ、共通の敵が作る絆もあるのさ。悪の魅力を帯びた絆だが―――戦場らしい、狂暴さに彩られた絆だよ。

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