第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その20
オレたちは腹一杯カレーを貪ったあとで、オットーが完成させた緊急時のプランを確認した。十数箇条の、行動方針だった。丸暗記は、オレたち猟兵には難しいが、ホムンクルスたちは一瞬でこなす。なんだか、頭脳の出来にコンプレックスを感じた瞬間だったよ。
それでも、それぞれの持ち場に毛布を片手に向かいながら、その行動方針を暗記するために、ブツクサ語ったよ。持ち場とは、もちろん、それぞれが護衛としてつくべき施設だよ。
オレとリエルは戦闘になれば、空に上がる予定だが……とりあえずは、『会議場』に向かった。そこにある一室を借りたのさ。そこには、ベッドがあった……うん。一瞬、スケベなことが頭に浮かぶけど、猟兵としてのプロ意識が、欲望に勝る。
勝ったんだが……。
「……そ、ソルジェ……いっしょに、ね、寝るぞ」
「いいのか!?」
「な、何を勘違いしておるか!?……さ、寒いと体力を失うから、一緒に……そういうのは、また今度だぞ、スケベ……っ」
「分かってるよ。たしかに、さっさと眠っておいたほうがいいな」
「うむ。ほら……さ、さきに入れ……あとからだと、お前、襲って来そうだし」
「……オレは紳士なんだけどなあ」
そう言いながら、オレは装備を外した。竜太刀を置き、『竜鱗の鎧』を脱いだ。軽くなった体は、どこか心細くもある。戦士とは、やはり鋼を帯びていてこそ戦士だな。
さて、そのベッドに入る。ちょっと冷たいな。春の終わりとは言え、ここはバシュー山脈最高峰だ。暖炉には薪が入って、炎が揺れてくれてはいるが、ベッドの中まで温かいとは限らない。
「……冷たいか?」
「まあ、そうだな…………ひょっとして、リエル」
「どうした?」
「自分が寒いのイヤだから、オレを先に入れたのか?」
「え?……ち、ちがうぞ?」
……そうだろうか?まあ、いいけどね。リエルは弓と矢をベッドの側に置いて、オレのいるベッドに入ってくる。左側から。オレの心臓の音が聞きたいのかね?
「うむ。よく、温まっておる!」
「……自白を聞いた気がするのだが」
「ち、ちがうぞ?……今のは、言葉のあやさんだ」
「言葉のあやさんか」
「うむ。そーだ。気にするな。魔王になる男だろ、お前は」
そうだけど。それで全てがすまされるもんだろうか?まあ、いいけどね。夫婦二人して寒がる必要はないもん。リエルがオレの側にやって来る……。
「……なあ、ソルジェ。なかなか、忙しい時間ばかりだな」
「そうだな。雇い主がいなくて、山の中で自給自足していた頃の、のんびりさからすれば嘘のようだ」
「……私は、あの日々も嫌いではなかった。皆で、ただ魚を釣るのに夢中になり……一日一日が、サバイバルだった……悪くない日々だ」
「ああ。そうだな。ああいう日々も悪くない」
「だが……いつでも我々は牙を研いでもいた。お互いを訓練相手として、腕を磨いた。だからこそ、我々は戦場で無敵でいられる……いつか、この戦いの日々に、囚われるために強さを得た……」
「そうだな。それでも……疲れたな、と……素直になってもいい時はあるさ」
「……うむ!そうだな。ちょっと疲れたぞ!……死んでいるなどとは思わなかったが、それでも、ダンジョンなどで離ればなれになるのは、さみしいし、ちょっと……怖かった」
そう言いながら、強気のエルフさんが、オレの浸り腕を持ち上げていって、オレは無理やり腕マクラ・フォームに変形完了だ。リエルはその腕マクラを楽しむ。森のエルフ特有の高めの体温が、温かくて心地よい。
「くっつくと、温かいな、ソルジェ」
「ああ……もっと、くっついて来てもいいんだぞ?」
「甘えんぼうだな、ソルジェは」
「そうかな?」
「そうだな。まあ、いい。このリエルさんが、甘えさせてやろう」
そう言いながら、オレの恋人エルフさんが、オレの胴体に腕を回してくる。あたたかくて、やわらかかった。スケベな気持ちもわくけれど、安らぎも感じられるんだよね。いい時間だな……。
「……なんだか、すぐに眠れそうだぜ」
「そうか。それなら、それでいい。私たちは……この『メルカ』の民を守らねばならないのだからな……」
「そうだな。それに……マキア・シャムロックとの契約も果たす。先に報酬だけ渡されてしまったからね」
「ヤツの、命か……」
「そうだ。仕事が終わったあとで、もらい受ける予定だったんだがな……ヤツは、『シンシア』と……『ゾーイ』。あの二人の『娘』を助けるために、命を捨てた。多くの野心を残したままだったのにね」
「……そうか。敵だが―――偉大な、敵だったな」
「そうだな。愛する者のために、全てを捨てることが出来る。そういう男は、カッコ良くもある」
「……だが。見習うでないぞ?」
「え?」
意外だった。リエルは、そういう人物のことを、オレに見習えと言ってくると考えていたから。だが、現実は、そうじゃなかった。
「……死ぬな。お前には、お前を愛する者もたくさんいる。死んではならない。お前は、私だけの夫ではない……愛する者たちのために、死ぬなよ、ソルジェ」
「……ああ。死なない。それに、大事なモノも、ぜんぶ守る」
「……すまぬな。戦場で死に、歌となる。それが……お前たち、ストラウスの生きざまであるべきなのに……ワガママを、言っている」
「謝るようなことじゃないさ」
「……強くなるぞ。ソルジェ。今よりも、もっと、強くなる……たくさんのことを学び、たくさんの仲間を手にして、たくさんの敵を越えよう。そうすれば……」
「ああ。オレも死なない。お前も、皆も、死なせない……」
「うむ!いい言葉だ。さすがは、私の夫だぞ、ソルジェ……」
「……キスとかしていいタイミング?」
「き、聞くなあ!?」
「じゃあ……」
「雰囲気は、今、壊れた。キスはお預けだ。お前、き、キスだけじゃ止まらないかもしれないだろうが?……わ、私は知らないわけじゃないんだぞ、お前が、ど、どれだけ、スケベなのか……っ」
そう言いながら、リエルがオレに背を向けた。なんか、間違ったな。質問なんかせずに、勢い任せで―――ああ、でも、たしかに、そこから先もしてしまいそうだ。
だから。リエルの背中を抱き寄せながら、彼女の銀色の長い髪に鼻を埋めておくだけにする。
「温かいか、ソルジェ……?」
「うん。温かい……なんだか、安らかな感じで眠れそうだ」
「安らかなカンジで眠るといい。お前は、長くダンジョンで過ごしすぎた……痛み止めで、無理やり動いているだろう?少し、薬のにおいする」
「……ああ。でも……『ベルカ・コルン』が、オレに祝福をくれた。『アルテマ』に殺されて、死に行くとき……彼女は……故郷を滅ぼした、『メルカ・コルン』を赦していた」
「……お前は、それに納得がいかないのだったな」
「……オレは、きっと赦せないからな……ファリス帝国のことを」
「それでもいい。ヒトは、それぞれの生きざまがある。お前の生きざまは、私の祈りにも似ている……」
「祈り?」
「……誰もが、生きていてもいい世界が欲しいのだろう?……私が産む、『ハーフ・エルフ』が、遊んでもいい森が欲しいのだ、私はな……」
「……つくるよ。そのために……オレは、敵を赦さない……300年戦ったとしても、3000年戦ったとしても、30000年戦ったとしても……オレは、勝ってやるさ」
「うむ……そうだ。いっしょに、長生きしような、ソルジェ……三万年経っても、お前と一緒にいてやるからな」
「ああ……そうしよう」
「じゃあ、もう寝るぞ。おしゃべり禁止だ……」
「うん…………すぐに…………ねれそう………………」
……疲れてもいるし、お腹もいっぱいだったから。あと、愛する正妻エルフさんが、腕のなかにいて、彼女の体温が、とても温かいものだから。オレはその温もりのなかにある愛情をさぐるように、リエルの銀色の長い髪に鼻を近づけて……花の香りを見つける。
ゆっくりと、睡魔に呑まれていくのが分かる。
オレは、それに抗うこともなく……ただただ、ゆっくりと、銀色の睡魔に沈んでいくのさ…………。
……夢を見る。楽しげな夢さ。
黒い髪をした、母親が……母親そっくりの黒髪の娘たちと遊んでいる。彼女たちもまた双子だった……。
ああ。
そうか……。
まちがっているな。
これは、楽しい夢なんかじゃない。
初夏の黄緑色の草原で、二人の娘が走り回っているけれど。母親と、二人の娘とで、温かい初夏の日差しのレミーナス高原で、お弁当を食べているのだけれど。
やがて。
しばらくの時間が過ぎて。
15才になった二人の娘たちと……ジャスティナ・アルトランデは、見事に『鷲獅子/グリフォン』を狩ってみせたけど……。
……あの娘たちは……双子だから。閉じた生殖の環の中でも、進化してしまった娘たちだから。
イース教徒たちとの戦の前に……死んじまったんだ。全身を、『アルテマの呪い』に切り刻まれながら―――泣いて、叫んで。
次々に死んだ、双子の娘たちを抱きしめて。ジャスティナ・アルトランデは……『アルテマ』を許さないと誓った。
だから。
だから、彼女は……あのとき、『アルテマの呪い』のせいで、血まみれになっていたククルとゾーイを見て……娘たちのことを思い出したのか。
だから。
だから、彼女は……故郷を滅ぼした敵の子であっても、『メルカ・コルン』であったとしても、ククルの傷を癒やしてくれたのか……彼女が、最も見たくない光景だったから。
そして。
そして、彼女は……オレと同じように、ゆるしてなんていないんだ。本当にゆるせなかった存在は……彼女が、300年、戦い抜いた、戦い抜けた、本当の理由は…………っ。
『……なあ、『アルテマ』を、殺してくれるか……ソルジェ・ストラウス』
夢のなかで……あの植物の怪物が……『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』が、ゆっくりとほどけていく。緑と、茶色の、茎と根っこと蠢く枝が……ゆっくりと、ほどけて。何だか、まるで……おとぎ話のなかに出てくる、呪いが解けたお姫さまみたいに。
ひとりの母親の形に戻っていく。
……ああ。
そうか……今になって、君のことが、分かるよ、ジャスティナ。君の愛情と、君の300年経ったとしても、鈍ることのない復讐心の鋭さが。光を放つほどに、それは鋭利なままの祈りとなって―――霊泉に湧いた聖なる水となって、オレの血に融けている。
……君は、いつだって、偉大なる母親だったのさ。あの偉大なる鷲顔の父親と同じように。
さあ。
一緒にいこうか……ジャスティナ。
君が、また西の空を睨んでいる。母親に戻れたはずの君が、西の空を睨んでいる。そこに、許せないヤツがいるんだな?
昏い大地の底から浮かび上がり、月の加護の消えた、闇と星の世界に、歓喜を放ちながら……大地を彷徨う、悲しげな魂たちを、下らぬ儀式の生け贄にして……彼らの魂の影から……骨の形だけを湿った土塊と混ぜ合わせ。
吐き出すようにして、地上へと産んでいく……そいつらは、角の生えた、醜いバケモノたち……ああ。そのやせっぽちの体を、風に歪ませながら……幾つもの『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが夜の空へと踊り出る……。
そうさ。
行こう。
敵が来るのだな、憎しみ消えぬ、母親よ。我が血に宿る、300年の憎しみを、オレに託すといい……オレの影に宿る亡霊たちと共に……愛する者を奪われた、無限の刻にも揺らがぬ怒りを……憎い敵に、思い知らせてやろうぜ。
……血まみれの娘たちを抱えたまま、娘たちの流した血に赤く染まった女戦士は、猟兵と同じ貌で、牙を剥いて笑うんだ―――言葉は、もういらないさ。戦いを始めよう、ジャスティナ……。
夢から覚める。寝覚めは、とてもいい。血に融けた霊泉の聖なる水が、体から痛みを消し去ってくれたから。オレは、リエルの長いエルフ耳に口を近づけて、左の魔法の目玉に魔力を込めながら……愛する猟兵たちに囁くのさ。
「―――行こうぜ、リエル、ゼファー……狩りの時間だぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます