第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その21


 少々、傷が入ってしまっている『竜鱗の鎧』を身にまとい、左腕を『竜爪の篭手』に通した。背中には、アーレスの角が融けた竜太刀を背負う。


 ガルーナの竜騎士サンの完成だよ。


 オレが鎧を着終わる前に、リエルは装備を完了し―――それどころか、隣の部屋に寝ているオットーを起こして、戻って来ていたよ。


「オットーには伝えたぞ」


「ありがとう。ゼファーも、起きてる。『集会場』の前に着陸しているよ……」


「そうか。行くとしよう、ソルジェ」


「ああ」


 不敵に笑うリエル・ハーヴェルにつられるように、オレは唇を開いて牙を見せる。山頂氷河から降りてくる冷たい風のせいで、空気はかなり冷たい……ゼファーの荷物から取り出していた、新たな懐中時計を鎧の首元から引き出して、覗き込む……。


 深夜2時35分か。


 ……よく眠れたな。体調は万全だ。これで、ここから12時間ぐらいなら、戦い抜くぜ。


「ソルジェ兄さん!!」


「おう、ククリか」


 オレとリエルの寝室に、ククリ・ストレガが入って来た。


「く、来るんだな!?」


「ああ。敵が来る……オレとリエルはゼファーと一緒に、空に上がる。『プリモ・コルン/筆頭戦士』として、役目を果たせ」


「う、うん!!」


「……そう緊張するな。オレたちは強い。負けることはない」


「……そうだね!」


「ああ。皆をまとめ、安心させろ。それが、集団における『最強の戦士』の役目だ」


「……ソルジェ兄さんみたいに?」


「そうだな。オレみたいにだ」


「では、行こう。ソルジェ。ゼファーが、到着しているぞ」


「そうだな」


「じゃあ、ソルジェ兄さん、リエル、気をつけて!!」


「うむ。安心しろ。私たちが、どれだけ強いのか……見せつけてやる」


 リエルは微笑みながら、そう言った。だが、ククリに備わる戦士の本能が、脅威を感じ取ったのだろう。彼女はその体をビクリと揺らしていたよ。


 いい野性の勘だ。


 きっと、歴代の『プリモ・コルン』たちのように強く偉大な女戦士になるだろう。だが……もう、『アルテマの呪い』などに苦しむ、ホムンクルスたちなど、一人として見たくはない。悪神だろうが、魔女だろうが……ぶっ殺してやるぜ。


「行ってくるぜ、ククリ!」


「うん!!」


 オレはククリと……そして、『集会場』に集まっていた『コルン』たち、オットー、ルクレツィア、そして……目の下に大きなクマを飼い慣らす、コーレットと、ロビン・コナーズに見送られながら、その建物を後にする。


 いや。演説癖があるからな。


 オレは、『集会場』を出る直前に、竜太刀を抜いて誓うんだ。


「―――我が名は、ソルジェ・ストラウス。我が竜太刀に誓う……この『メルカ』を、いいや、全ての『ホムンクルス』を苦しめた、1000年の呪い……これからの戦いで、完全に断ち斬るぞ」


「うん!!ソルジェ兄さん、私たちも誓う!!魔女も悪神もぶっ倒す!!私たちは、もう誰の支配も、誰の呪いも受けたりはしない!!皆で、勝ち取ろう!!勝利を!!『自由』をッ!!」


 戦士たちがそれぞれの鋼を掲げる。錬金釜の炎が揺れて、戦士たちの鋼に黄金の輝きを与えていく……皆が、静かに。それでも、戦士の貌になる。十分な結束を感じて、オレはそのまま抜き身の竜太刀と共に、外へと出たよ。


 外にはリエルと……ゼファーがいた。


 オレを見つけると、ゼファーは鼻息を荒げながら、西の空を睨んでいる。星ばかりがいる。月が不在の夜空。そこに、満月の光をもつ竜の双眸で睨みつけていた。白銀に光る竜の牙を見せつけながら、ゼファーの赤い舌が言葉と共に踊っていたよ。


『……『どーじぇ』。いつでもいける!……やつらが、わかる!!ぼくの『そら』に、やつらがいることは、ゆるせない……ッ!!』


「その通りだ。悪神にも、魔女にも。この世界の何一つだって所有することは許さねえ。ここは、ククリとククルたちが生きる……ホムンクルスたちの土地だ!!」


「そうだ。行くぞ、ソルジェ!!ゼファー!!……『パンジャール猟兵団』の掲げる『正義』とは何たるかを、戦場に示してやるッ!!」


 エルフの弓姫が、ゼファーの背に乗りながら、凜然とした歌で誓う。


「悪霊も、悪神も、魔女も!!私たちと共に生きるべき者たちを傷つける邪悪は、絶対に許してなるものかッ!!」


「ああ。その通りだ」


 オレもゼファーに飛び乗る。リエルの前だ。オレの背中にいて、オレの影を浴びるのは、オレの背中を守るのは、リエル・ハーヴェルの役目の一つだからな。


 『ドージェ』と『マージェ』が背に乗ったことを悟ったゼファーは、嬉しそうに身を震わせる!新月の空よりも黒い翼を左右に大きく広げていく、カーリーンの山頂氷河から、津波のように降りてくる強い風を、その翼で掌握して……ゼファーは大地を蹴った。


 突風に飛ばされるようにして、『メルカ』の弓兵と、『パンジャール猟兵団』の猟兵たちに見守られながら、竜と竜騎士とエルフの弓姫は空へと帰還を果たしていた。


 風に、邪悪なるものの気配を嗅ぎ取り、ゼファーの鱗が怒りに逆立つ。


 だから?


 決まっているじゃないか。


 オレは戦場になる空の一部を吸い取って、『竜鱗の鎧』の下にある肺を膨らませて……気高き怒りを心に宿す黒き竜に命じるのさ!!


「歌ええええええええええええッ!!ゼファーあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 千里をも駆けるように、大きくを空を爆発させて、竜の歌が広く、強く、どこまでも遠くへと響いて行く!!


 仲間たちへの合図となる。戦が始まる!!魔女と悪神の呪いを打ち砕く、全てのホムンクルスの1000年の集大成の戦いが始まるのだッ!!『自由』を求めた、反逆の歴史は、今から我らの勝利で終結するッ!!


 偉大なる女戦士たちよ!!


 我らも、共に在ることを、この竜の歌で識れ!!この歌を、心に刻め!!我らは、竜の歌声と共に、侵略者どもを打ち砕く、無敵の13鬼……ッ!!大陸最強の傭兵団、『パンジャール猟兵団』だッッ!!


 戦士たちが、竜の歌で目覚め。


 戦士たちが、鋼に指と祈りを絡める頃。


 ゼファーの翼が空を打ち抜き、風を貫く強い速さで、悪霊の波動がうごめく西の空へと突撃していく……ッ!!


 風に歪む雲の海の向こう側に……青白い星の光を宿す、邪悪なモンスターどもの群れがいた。


 『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』……たしかにな。魔眼の望遠の力で見るに、どいつもこいつも不気味にねじれ曲がった大きな角を生やしている。一本のヤツもいれば、頭の左右から二本生やした者もいる。三本のヤツもな。


 とにかく、その骸骨を模した邪悪で醜い青白い土塊は、ボロ布にも似た己の肉体から生えた肉の薄膜を風になびかせながら、やや不自由そうに空を飛んでいる。青白い骸骨の体と、その千切れたボロ布のような膜に、みじめにねじれた大きな角か。


 邪悪さと醜さをまとった死霊の戦士どもが、竜の突撃に気がついたのか、カラカラと硬そうな音でアゴを鳴らしつつ、不気味で耳障りな歌を合唱させていたよ。


『ギギギギギャガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


「……醜い歌だな。いいか、ゼファーよ。『マージェ』が命じる!!本当の歌というものを、教えてやりなさいッ!!歌え!!ゼファーッッッ!!!」


『GAAAOOHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 漆黒の鱗を怒りに逆立てていたゼファーが、『マージェ』の名において、竜の歌を帯びた煉獄の劫火をぶっ放つッ!!


 稲光をも引き連れながら、黄金色の爆炎が、空を駆け抜けていく!!風をも焼き焦がして、雲を融かして蒸発させながら、その怒りの劫火は一切の容赦を見せないまま、『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の群れの一角を焼き払っていた!!


『ががやあああ!!?』


『ぎぎいいいい!!?』


『ぐぎゃあんん!!?』


 十数匹の『ホーンド・レイス』どもが、黄金色の爆炎の果てに四散し、金色のなかに浮かぶ黒い影と断末魔だけを残して消滅していく。


 蒸発していく悪霊どもから、『ホーンド・レイス』どもは左右に離れて行く。オレは呪眼を発動させるのさ―――『ディープ・シーカー』。


 新月の闇空を、駆ける悪霊どもの姿を、オレは数えていくのさ。色彩が失われて、時の流れが緩慢となったその視野のなかで、ヤツらを数えている。もちろん、大ざっぱにだよ。


 だが……およそ、80ということは分かった。


 十分だ。100匹程度で襲って来やがったようだ。想像は当たっている。400の『ホーンド・レイス』のうちの、100……それでオレたちを襲わせるか。疲弊させて、混乱させて……明日の本隊で、『メルカ』を呑み込むつもりだな。


 分かっているぜ。


 どうすべきかは、分かった。


 オレは『ディープ・シーカー』を解除する。闇と、青白い敵の目玉の光と、星々だけの世界に戻ってくる―――。


 鉄靴の内側で、ゼファーの逆立つ鱗を叩く!


 ゼファーはその合図で翼を羽ばたかせて、空を加速し、戦場を貫いていく!!左右に分かれた敵の群れ……狙うべきは、より早く『メルカ』にたどり着くことになるであろう、北側の群れ……そうだ、右に分かれて飛んだ連中だ。


 こしゃくなことに、竜の爆撃で群れごと消し飛ばされる危険に気づいたようだな。その行進は隊列を解いて、不器用に揺れながらも無数に枝分かれしていく。


 あれでは、こちらの爆撃でも最小のダメージしか与えることが出来ないな。


 いい判断だ。


 『アルテマ』の知恵が動かしているのか……?


 それとも、この醜い角野郎どもが、本能的に選択しただけなのか―――どちらにせよ、知恵があるのは分かった。その動きの一つ一つを、オレは見逃さないぞ、邪悪な敵どもよ!!


「突撃して、隊列を散らして乱すぜ、ゼファー!!ヤツらの群れを、砕き、『メルカ』に到着するまでの時間を稼ぐ!!」


『うん!!あの『がいこつ』どもに、『めるか』を、おそわせたりしないッ!!』


「その意気だ!!……リエル!!弓の準備だ!!」


「ああ!!各個撃破は、射手の見せ場というものだッ!!」

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