第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その19


 作戦を実行するために、みんな夕焼けのなかを駆け回っていたよ。立て籠もりに選んだ三つの施設を補強するために、あちこちに板を打ち付けたりもした。


 女だらけの集団は、動き出すと早いな。ホムンクルス同士というのもあるのだろうが、連携がよく取れているな。正直、軍隊以上に細やかな結束だ。


 ……さて、オレたち猟兵の仕事には、休むことも含まれる。ゼファーによる長距離移動に、『アルテマのカタコンベ』班はもちろん……『フラガの湿地』班の消耗もキツい……見知らぬ土地で、しかも空気の薄い高山地帯での冒険が続いたからな。


 オレたちは物資を運ぶ作業とか、バリケードの構築なんかを手伝うよりも、休息を優先すべきではある―――しかし、結束を乱すわけにはいかない。働き者の『コルン』たちの前で、指揮官であるオレが堂々と寝てしまうわけにもいかん。


 なので、オレたち『パンジャール猟兵団』も『コルン』たちに貢献出来る仕事をするのだ……何かというと、食事を作ることである。これは、バリケードを構築したりすることなんかに比べると、そこまで体力を消耗することはないしな。


 さてと、何をチョイスするかだが。


 ……可能な限り簡単で、大量に作れる料理……鍋で作れるものだ。具材を切り、煮込むだけの料理がいい。体が温まるものがいいな……そして、『メルカ』の舌に合うものを作るべきだろう。


 『メルカ』の人々の好きな味……花蜜、蜂蜜。


 そうだな。ここの人々、皆、甘党である……しかし、それだけではない。スパイスも愛しているな。塩の味付けよりも、スパイスの辛さを重んじていることを、オレは記憶している。


 きっと。この土地は寒いから、スパイスの方が、体が温まるのだ。甘味も、栄養価を求めているのだろう……。


 鍋、甘い、辛い、温まる……アリューバ半島で、マルコ・ロッサに出会ったオレからすれば、選択肢は一つしかなかったよ。


「……全員のために、カレーを作ろう」


「カレー?ソルジェ・ストラウスは好きなの?」


「好きだぞ。ゾーイは苦手か?」


「ううん。好きだけど?なんか、カレーって、錬金術みたいよね。鍋でたくさんのスパイスを煮込むのって?」


「そうだな。何か薬を調合する作業に似ているかもしれない。さて、ゾーイが好きなら、『メルカ』の人々も好きだろうな」


「ちょっと、その発想、安易すぎないかしらね?」


「……甘口で、フルーティに作れば問題ないだろう。辛いのが好きな場合は、あとでペッパーを追加してもらおう」


「まあ、戦場だし、文句は出ないんじゃない?」


「食事は大事だ。体力を維持させ、モチベーションも上げてくれる。そして、カレーならば、大量に作れるぞ……オレたちには、カレーのスパイスがある。ざっと、200杯分のな」


「え……どうして、そんなに?」


「もらったのだ。とある国のスパイに」


「どうしてスパイが?」


「長らく続いた潜入生活で、心を病みかけていた。そんな彼を、カレーが救ったんだ」


「……答えを聞いた気がしないのだけれど?」


「それ以上の深いことは、何だか詮索できなかったんだよ」


「スパイって、疲れる仕事なのね」


「らしいな。ストレスが溜まるのは確かで、彼曰く、スパイスを炒めていると、心が落ち着くらしい……」


「愉快なお友達がいるのね」


「まあ、交友関係は広い方かもしれないな。さて!炊き出しチームに合流だ!!」


「なんだか、楽しそうね?」


「オレも料理好きなんだよ」


「そう。一夫多妻向けの性格かもしれないわね」


 死んだ魚のような瞳でカレーを作りつづけている、マルコ・ロッサのことを考えると……あまりそんな気持ちにはならないけどな。


「じゃあ、がんばってね。私は、コナーズ先生とコーレットの手伝いをしてくるわ!『アルテマ』に心を支配されたり、『アルテマの呪い』で殺されないようにしたいものね!」


「ああ、任せたよ。カレーの方は、オレたちに任せろ」


「ええ。そこそこ期待しておいてあげる」


 そう言い残して、ゾーイは『集会場』へと向かったよ。ああ、『集会場』に錬金釜と素材を持ち込んでいる。そこで『コルン』たちにも手伝ってもらいながら、あの薬を調合していくんだよ。


 夜通しかかるかもしれない作業だからな。敵の襲撃中だろうが何だろうが、お構いなしに、錬金術師チームは、『対アルテマ薬』を量産する。


 ……そう言えば、コナーズは、二つの性能をもつ薬を、一つの薬品にまとめることにも成功したらしい……ホント、いい仕事をする男だ。


 創造性というか、実用性の追求に向いている研究者なのかもしれないな。


「……おい、兄ちゃん」


「どうした、ガントリー?」


「オレの腕は料理よりも、あっちで木材切っている子供らを手伝いたい」


「子供好きなのか?」


「いいや。どちらかというと嫌いだが……あの連中の下手なノコギリの音が、耳障りだ」


「ドワーフさんの血が騒ぐか?」


「下手な鋼の使われ方を見るのも聞くのも、耐えられないのは確かだぞ」


「わかった。行ってやれ」


「ああ。行ってくるわ!!おい!!クソガキども、ノコギリの使い方が、なっちゃいねえぞ!!オッサンが、手本を見せてやる!!」


 お手伝い中の『子供コルン』たちの前に、ドワーフのオッサンが工具の手本を見せに参戦だな。『子供コルン』たちも、工具の使い方をドワーフに教えてもらえれば、バリケード構築のための素材の切り出しが早くなるだろう。


 適材適所かもな?ガントリーは見た目が怖いから、ああして子供たちの世話をして、女だらけの集団に馴染む努力がいるかもしれん。それに……彼は、知り合いを守ろうとする。子供に馴染めば、命がけで子供たちを守るだろうさ。


 ……さてと。頭脳労働中のオットーを除いて、『パンジャール猟兵団』は、炊き出しチームに合流する。カレーの概要を教えると、辛くて甘い料理は好きだと言われたよ。というか、カレーも時々だが、作るそうだ。


 そういえば、ロビン・コナーズもミートソースに、カレー粉を混ぜていたな。錬金術師って、カレーが好きなのだろうか?……錬金鍋で、カレーとか煮ているヤツもいるんだろうかな―――マルコ・ロッサに教えてやりたい気がするね。


 オレたちは、カレー作りを開始する。


 200人分のカレー粉を、油を垂らした鍋の底にどっさりと投入だ。猟兵女子ズが『おばちゃんコルン』たちと一緒に、野菜をカットしていく……ミアは、肉切り班に志願し、巨大な包丁で牛の肉を捌きにかかっていた。


 お兄ちゃんが、切ってやりたいなぁ……っでも。大丈夫。ミアはナイフの達人だもんね!指を切ったりはしないさ。


 オレは……鍋の底でカレー粉を炒める。それを、焦げ付かないように腕力を使うんだよ。スポーツ用品にでも転用出来そうなほどに巨大なしゃもじで、突っつきながら、スパイスを炒めていくのさ。


 強力なカレーの香りが、オレの顔面を痛める。スパイスに目つぶしされているような気持ちになりながらも、その香りを楽しむ。胃袋が、ぎゅーって鳴いたよ。食欲をそそる香りだった。


 そいつが香りだってくると……お湯を入れた。細かなこだわりの手順とかも、今回はムシだ。時間がかけられないからな!切られた具材を次から次に、鍋の中に放り込んでいく!!


 野菜、牛肉、皮を剥いて潰したトマト……そして、蜂蜜と牛乳……あと、すり下ろされた無数の果物とか、コーヒーとチョコレートとも……とにかく、ガンガン突っ込む!!


 そこからは鍋に大型しゃもじを突っ込んで、ぐるぐると混ぜていくだけだ。なかなかの力仕事だな。軍隊でも、調理当番がそこそこイヤがられるのも分かる。数十人分とか、数百人分の食事を作るとなると、かなり体力を使っちまうのさ。


 どんな戦士でも、メシが食えなきゃ凡人にも斬り殺される。食事ってのは、軍事作戦上、疎かにすべき行為ではないのだ。何より、オレたち『パンジャール猟兵団』は過酷な傭兵。体力を回復してくれる食事を、疎かにすることは美学にも組織哲学にも反する。


 強さとは、健康に依存するのだ。


 健康であるためには、バランスの取れた食事が不可欠……っ。数十種類の食材が融けているこのカレーは、きっと、結果的にバランスがいいんじゃないかと思うんだよね。


 ゴボゴボと、大きな泡が吹き上がり、カレーは巨大な鍋のなかで煮立っていく。大型しゃもじで鍋をかき混ぜる度に、甘くて辛いカレーが完成していくんだという実感が得られるよ。


 『おばちゃんコルン』たちが、ゼファーから回収してきた米袋から、大鍋に米と酒を入れて、米を炊き始めてくれるな。カレーライスだ。カレーの食べ方は、文化圏により色々あるようだが……ボリュームを考えると、これが一番かもって考えている。


 とにかく、腹一杯、食べておきたいんだよ。


 栄養価の高いものを喰って、寝て……戦に備えるんだ。保存食はあるが、やはり温かい料理こそ、戦士のモチベーションを上げてくれるというものだ。カレーライスには、チーズも合うしな……。


 オレは、すっかりとカレーになった茶色い液体のなかに、小麦粉を入れていく。より高栄養かつ、米に合うように仕上げていくのだ……ドロドロしていた方が、米に絡んでいいと思う。


 色々なスタイルが、きっとカレーには許されていると思うが、『パンジャール猟兵団』としての答えとしては、このスタイルなのさ。何故なら、高栄養だから。戦場で不足しがちな野菜も取れるしね。


 肉も美味いが、やはり植物も食べなければな。ガルフ・コルテスが、とにかく何でも食べろって言っていたな―――本人は、ピーマンが、死ぬまで嫌いだったんだがな。ペッパーは好きなのに、不思議なハナシだ。


 亡き先代の団長のことを考えながら、しゃもじで延々とかき混ぜた結果……ついにカレーは完成していたよ。


 全員集まっての食事……ってワケにはいかないのが残念だ。皆が、それぞれのタイミングで休憩に入り、カレーを食べていくことになる。感想を聞いてみたいところなんだけれど……それは、また今度にしよう。


 もう、星が出ていやがる。


 星ばかりが出る、晴れた夜空。


 月のない晩が始まったよ。この広いレミーナス高原のどこかで、地下か、それとも地上に這い出ているのかは分からないが―――『アルテマ』のヤツが、邪悪な呪術を準備しているのだろうな。


 時間はない。オレたちは、お互いの役割を全うするだけのこと。


「……よし、皆。オレたち『パンジャール猟兵団』は、さっさとカレーを食って、休憩タイムだ。食事が終われば、さっさと寝ちまおう。見張りは、ゼファーがしていてくれる」


「うむ!……可能な限り、休息を取るべきだな!……敵は、真夜中に来るだろう。邪悪な者の訪れは、深夜だと相場が決まっているからな」


 そうだ。相場じゃなく、予想になるが……おそらく、戦いは深夜から明け方……そして、仮眠を取った後、『アルテマ』を含む第二陣との戦いになるだろう。食事も睡眠も、戦いのためには大事ってわけだ。


 このカレーのあとは、『アルテマ』を殺すまで、保存食ばかりかもしれない。そう考えると、カレーに突き刺すスプーンにも、気合いが入るね。

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