第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その18
そんな作戦を組み立て終わった頃、ゼファーが帰還した。カミラ、オットー、ククリとククルと一緒にね。そして……『アラカラ液』の大量に入った樽を持ち帰ってもくれたよ。
オレは『フラガの湿地チーム』の任務遂行を称えながら、仲間たちを出迎えた。ククルとゼファーも褒めたけどね。
……時刻は、夕方の四時半を回ろうとしている。『アラカラ液』をコナーズとコーレットに任せて、オレたちは作戦の共有をすることになった。リエルとミアも起こした。夜に備えて、もう一眠りしてもらう前に、食事を摂る必要もあるからな。
ああ、食卓のイスで眠り続けていた、ガントリー・ヴァントも呼んだよ。彼は、カミラを見ると、おお!!と大きな声をあげていた。『知り合い』に飢えている監禁生活の影響なのだろうか……ガントリーは、どんなタイプの知人にも馴れ馴れしい。
「生きとったか!ヒゲの姉ちゃん!!」
「アレは、変装道具っすから!!ヒゲなんて、生えてません!!」
「ハハハハハッ!!」
「どういう笑いっすか!?」
「いや、いいリアクションしてくれるなあってよお?……檻のなかにいたときは、周りの錬金術師どもは、いい意味でも悪い意味でもクールでよ?……リアクション、薄くて、会話をする楽しみが無かった!!」
「そ、それは、ご苦労なさいましたね……」
「分かってくれるかい、ヒゲナシの姉ちゃん!!」
「そういうの止めてくださいよう!!自分は、カミラ!!カミラ・ブリーズ!!親しみを持ってくれるのなら、カミラって呼んで下さい!!」
「ああ。わかったよ、カミラちゃん。美少女の人妻と知り合えて、ガントリーおじさんは嬉しいよ」
「……なんか、からかわれている気がします」
「……ガントリーは、そういう愉快なオッサンなんだよ。とにかく、全員で、移動だ。ルクレツィアとゾーイも連れてこう」
……さて、そのミーティングの場所は、『集会場』だ。何せ、集会場だ。集まって話し合いをするには、打って付けの場所ではあるからな。それに、『立て籠もり作戦』の本丸でもある。現地を確認して、より詳細な作戦を組み立てることに使いたい。
現地視察も兼ねているというわけさ。
さすがの共感能力というかね、『メルカ・コルン』の全員も集まった。まあ、当然といえば当然なのだが、みんなよく似ている。だから、親近感が湧くな。ちっちゃいククリと、熟女のククルがいる。そんな風な視線で見ていると、何だか楽しい。
それはともかく。仕事を始めるとしよう。
オレは色々と描き込んだ地図を片手にしながら、『メルカ』の戦士たちと、『パンジャール猟兵団』……そして、ゾーイとガントリーに作戦を説明していく。
その場で説明した作戦は、二つある。
まずは、今夜の作戦。籠城戦術に対しては、文句が出るかなと考えてもいたが、明日の戦が『本番』だと思えば、今夜、疲弊を徹底的に少なくすることこそが最良の道だということには、皆が同意してくれた。
……オレの作戦に、文句は出なかったよ。
ある程度は信頼してもらえているらしいな。傭兵冥利に尽きるというものだ。ありがいことだよ。
『もう一つの作戦』については、ややフクザツではあったが……基本的にオレよりもはるかに良い脳みそを持っているホムンクルスたちばかりだからな。すぐに理解してくれたよ。
明日の作戦は、『砦』を使う……今夜とは、戦術の意味が大きく違うよ。今夜は『徹底した防御』を哲学にした戦術であるが―――明日は、大きな罠で敵を切り裂く、非常に『攻撃的な哲学』に基づく戦術になる。
つまり、今夜と明日では、運用すべき戦力の『質』が大きく違うということだ。
「今夜の籠城戦で、前線に出ていて欲しい人材は……防御力に優れた人材。盾や、重装の鎧を身につけての動きに優れた、タフな戦士ってことだ。明日の方は、もちろん機動力重視の、軽装弓兵……そういった身軽な者が好まれる」
「……なるほどね。分かったわ、ソルジェ殿」
「いいか、みんな?……両方の戦いで、前線に踊り出て英雄になる必要などない。体力や睡眠時間も、管理したいからな。より効率よく戦うぞ」
「ほほう!スタミナ配分か。ベタだが、集団戦闘には有効な策だぜ、指揮官の兄ちゃん」
「そうだ。いいか?これから全員で、バリケードの構築にあたるが、それが終了後、『今夜組』は、すぐに寝ていてくれると助かる。『明日組』は、『今夜組』の仮眠が終わり次第、睡眠を取ってくれ……体力消耗は、生存確率を大きく下げる。いいな?」
「わかったよ、ソルジェ兄さん」
「そうか。ククリ、『コルン』のチーム分けは任せたぞ?」
「うん!私は、『プリモ・コルン』だからな!……責務を全うする。皆の性格や能力は、把握しているもん!」
……そうだ。これは『メルカ・コルン』を知り尽くす者にしか出来ない任務だ。だからこそ、『プリモ・コルン/筆頭戦士』のククリ・ストレガには相応しい。そして……。
「ククル。ククリのサポートを頼んだぞ?」
「はい、ソルジェ兄さん。ククリが、どんなミスをしやすいか、私が一番よく知っているので、いいサポートが出来ると思います」
「う。は、反論したいけど、真実だから、反論しにくい……っ」
「二人で協力して仕事を成せばいいだけだ。いいか、より大勢で結束する。軍隊の力とは結束だ。より多くの者が、より多くの種類の戦士が、団結して作りあげた力こそが、最強なのだ」
「……うん!仕事にかかる!!皆、こっちに来て!!」
「『砦』に派遣されていたメンバーの勤務時間を、報告して!体力の消耗している者は、『明日組』に回るようにするから!!」
いいコンビだ。『メルカ・コルン』も統率が取れているようだからな。ククリとククルに任せておけば、いい戦力の管理をしてくれるだろう……。
次にすることは、『パンジャール猟兵団』で立て籠もる施設の確認だよ。『集会場』、『図書館』、『物資保管所』……そういった場所を確認していく、どこが弱点なのかを、オットーが指摘してくれるし……オレたちは、その脆弱部位を頭に入れておくのさ。
注意すべき点だ。
「―――つまり、これらの場所が、攻撃されないように、そこを襲っている個体を射殺していけばいいわけだな?」
「そうだ。脆弱な場所には、ペンキで赤くバッテンでも描いていてもらう。そこに取りついた敵から、射殺してくれ」
「了解だぞ、ソルジェ団長」
「ねえ。お兄ちゃん、基本的に引きこもっておくのは分かったけど……『物資保管所』が危険な時は?……戦力的に、ここが一番貧弱。カミラちゃんと、ガンちゃんだけ」
「はう!!……た、たよりないっすか、私?」
「そうじゃないよ、他に比べると単純に弱いだけ」
ミアはシビアな評価をしている。誰よりも猟兵としてのプロ意識が高いからな。
「ああ。ここは崩されやすい。もっとも襲撃されそうな位置にもあるからな。だからこそ地下の通路を使って、脱出してもらう場合もある」
「む、難しい任務っすね」
「というか、君にしか出来ない。『コウモリ』化を用いて、『コルン』たちが、誰も取り残されないように頼む。ガントリーの目なら、複雑な場所で孤立した『コルン』も見つけ出せる。コンビとして、機能してくれ」
「は、はい!!がんばりましょうね、ガントリーさん!!」
「ああ。がんばるよ。猫ちゃんに『最弱』って言われたから、見返してやらないとなあ」
「うん!カミラちゃん、ガンちゃん、期待しているね!」
……戦士としての立場とは、『強さ』に基準することがある。純粋に戦闘能力だけでランクをつければ、カミラもガントリーも、ミアにはとても及ばない。だが、この二人には特殊な能力がある。『コウモリ』、そして、魔法の目玉だ。
それらの能力は、この戦場での人死にを減らしてくれるはずだ。
「……可能性は少ないだろうが、400の飛行型『ホーンド・レイス/曲がり角の死霊』がやって来ることもありえる」
己の護衛を全て捨てて、とにかく攻撃してくる……臆病で、『ホムンクルス』の血肉と臓器を求めているヤツが、そういう選択をする可能性は少ないとは思うが―――サイアクの場合は、ありえるからな。
今夜、400全ての『ホーンド・レイス』が襲いかかってくるということも……。
「そして、そいつらが、施設の内の一つだけに殺到するということもあり得る」
「それって、かなりキツいじゃない!?」
ゾーイがそう言ってくれたよ。素直な指摘でありがたいね。
「ああ。かなりな……それでも、基本的な戦術として、立て籠もりは続けてくれ」
「……そっちの方が、安全なのね?」
「夜空から襲いかかってくる、未知のモンスターに身を晒すよりはな」
「……たしかに、そうね。夜目は利くほうだけど……今夜は、よりにもよって新月」
「そうだ。慎重に動こう。身を守る。それが今夜のコンセプトだ」
「了解です、団長。それで、窓からの援護射撃は?」
「それは許すよ、オットー。魔術による遠隔的な攻撃もな。だが、建物が崩壊でもしない限りは立て籠もる。『外に出ない』が基本的な戦術だ。オレとリエルとゼファーが、戦力を削るまでは耐えて欲しい」
「分かりました」
「……だが。敵がどれぐらい来ているか、どれぐらい施設に分散するか……それらに応じて、戦術的な選択肢を用意しておいてくれるか、オットー?」
そういう細かな戦術は、オレよりも賢い副官に任せた方がいい。作戦に対して、オレの主観ではない目線での評価も欲しいからな。完璧な『策』など無いのだ。どこかに穴があるもんだよ。
戦場では、そういう穴から全てが崩れてしまうもんだ。
「緊急事態の『約束事』を決めておいてくれると、動きやすいし……連携が取れるはずだからな」
「分かりました。施設の構造を確認したら、すぐに、作りましょう」
「頼むぜ。さてと……じゃあ、施設巡りを再開するぞ」
オレたちは、それぞれの施設を見て回り、防衛すべき拠点に対する理解と研究を深めていった。やはり、現物を見るのはいいことだ。地図や図面で受ける印象とは、異なる現実がそこにあったりするからだ。
もともと、どれもが立て籠もるために作られてはいないからな。脆弱な部位は、かなり多くある。リエルは、それらをメモに書き記していく。ゼファーの背から放たれる彼女の矢が、守るべき場所だからね。いい責任感だ。
オレの魔術や、ゼファーの火力では、威力が大きすぎて、建物へのダメージもありえるのだ。空中では強力な攻撃で『ホーンド・レイス』どもを破壊出来るが……建物に取りつかれたら、リエルの精密な矢で仕留めてもらうしかない。
いや。リエルだけではない。この作戦は、それぞれの才能に依存する部分が多い。皆が与えられた役割を、確実にこなすことが必須だ―――誰かが欠ければ、誰かがミスをすれば、作戦全体が機能不全を起こしかねない。
それは脆弱なことか?
いいや。
オレたちは猟兵だぞ?
最強の存在は……『パンジャール猟兵団』は、負けるようには出来ちゃいないのさ。
施設を見終わり、夕暮れに染まる『メルカ』の広場で、オレは猟兵の貌で笑うんだ。
冷たいカーリーンの山頂氷河から流れてくる風に、我が死せる妻、ジュナ・ストレガのことを想いながら、オレの体を流れる血に、戦士の熱量が宿るのを自覚する―――守るべき存在のため、殺戮を成す、それが戦士の本質だ。
「……個々の能力に頼る作戦だ。存分に各々の力を示せ。この戦場を、オレたちの『力』で掌握する!!敵を、狩りまくるぞッ!!」
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