第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その10


 『肉の錬金術師』の技巧は大したものであった。挽肉と、缶詰トマトと微塵切りの玉ねぎが、絶妙な塩加減で煮込まれていたよ。マルコ・ロッサのスパイスたっぷりのカレーを知ったオレとミアには、このミートソースに隠れているスパイスが分かった。


「クミン!」


「そして、ターメリック」


「ガラムマサラも!」


「つまり……カレー粉入りだな」


 そのミートソース・パスタは食べながら、オレとミアは静かにうなずき合っていた。美味いぜ。大騒ぎするタイプの感動ではない。とんでもなく庶民的な味だ。安い肉と、必要最低限の材料……。


 シンプルだ。


 だが、それだけに、この味を出せるとはな……ッ。安物ミンチ肉の限界を引き出す、魔法の方程式―――コイツは、スゲー。たしかに、『お肉の錬金術師』だ。貧乏素材を、ここまで美味くしてくれるとはな……。


「静かな感動を覚えたよ」


「うん。本当に美味しい……そして、家庭的なカンジだよね、お兄ちゃん!」


「ああ」


 ミアには、こういう家庭の味を知って欲しい―――そう思わせるほどの味だ。


「素晴らしいぞ、ロビン・コナーズ」


「え?あ、ああ。ありがとう」


「たしかに、君の苦労が垣間見える……貧者の一灯。なんか、そんな言葉が頭に浮かんだよ」


「それって、悪口かい……?」


「いいや。感動しているのさ。この素材で、これだけの深い味を出すとはな……」


「ま、まあ。錬金術師は、出費が多い商売でね……昔から、この安くて量が作れて、それにすぐ作れる料理は、仲間内でも受けがよくてね……アリスにも、よく作るな」


「娘さんの名前か」


「あ、ああ……」


「……心配するな。オレは、たしかに帝国人からすると敵だが、アンタは殺すつもりはない」


「……私は、どうなる?……それに、シンシアさんも?」


「……これから、君らは『メルカ』に運ぶ。ゾーイ……まあ、アンタの認識のことろこのシンシアはオレたちと共に、そこでシャムロックを死なせた『アルテマ』と戦う」


「『アルテマ』?……まさか、生きていたのかい?」


「死んでいるらしいが、『星』に寄生されて動いている。『アルテマ』は『メルカ』で『ホムンクルス/自分の分身』を使い、蘇るつもりらしい」


「……1000年、死んでいたのにか……」


「『星』は、『ゼルアガ/侵略神』の一種だったのよ、コナーズ先生。何でもありだわ」


「……シンシアくん?」


「ああ、すみません。言葉遣いが、荒れてしまいましたわ」


「いや。シャムロックが亡くなったのだ……君は、彼と親しかった。心が苦しいだろう、言葉遣いも荒れるさ」


 事情を説明しないのは、ゾーイなりの気遣いかもしれないな。ロビン・コナーズも一連の悲惨過ぎる状況に、疲れすぎている。


 より混乱するような情報を与えるのは、得策ではない。


「……コナーズ先生。私たちは『星』ごと、『アルテマ』を倒さなければなりません。あの存在は、この世に災いを招きます……」


「でも……勿体なくは、ないかね?」


 ……そういう言葉が出るあたりは、錬金術師なんだな、ロビン・コナーズも。猟兵たちとククルに緊張感が走る。コナーズとの付き合いの長いガントリーは、やれやれといった風な呆れ顔になりながら、フォークで丸めたパスタに噛みついていた。


 父親代わりの存在を『星』のせいで失ったゾーイは、ロビン・コナーズの放ったその言葉に激怒するかなと考えていた。だが、錬金術師の考え方には、彼女自身がよく慣れているようだな。


「悪神は、確かに研究対象としては興味深いです」


 ……それが、錬金術師としては一つの共通認識なのだろうな。


「ですが……どれほど多くのヒトを犠牲にするか分からない存在でもある―――違いますか?」


「……いいや。君の言う通りだよ……」


「そうです。現に、高度な文明の誇ったはずの、この土地の文明も滅びました……攻撃的な悪神です。おそらく、制御は困難ですわ」


「たしかに……そうだね。あのシャムロックさえも、統べることが出来なかった……」


「おじさまの仇討ちでもありますわ。ソルジェ・ストラウスたちと協力し、永遠に悪さが出来ぬよう、処分しましょう。なにか、この『決定』に、不服がありますか?」


 ……やっぱり、ちょっと怒っているじゃないか。


 ゾーイの冷静な言葉が帯びた迫力に、ロビン・コナーズは、誤魔化すような咳払いをしていたよ。ゾーイの冷たい視線に射抜かれるのは、一般人には辛すぎるな。


「……そ、そうだね!勿体なくはあるが―――たしかに、人類の手に余る力を野放しにしておくわけには、いかないだろう……」


「そういうことだ。『ゼルアガ/侵略神』は、この世界の理をも侵食する。存在しておけば、災いを広げるだけのこと。直ちに、討ち滅ぼすべきだな、人類の義務として」


 そう言いながら、オレはパスタをフォークでグルグル巻きにして、口へとほおばった。ガントリー・ヴァントがやっていたから、マネしたくなったのさ。口いっぱいのパスタに、たまらない幸福を覚えるね。


 ボリュームがたまらない。噛んで幸せだし、呑み込み、胃袋に届けると……これもまた幸福感が泉のように湧いてくる。


「……ふー。いい味だ。茹で加減も絶妙だな」


「あ、ああ。高山地帯では、その固さを求めるのは難しかったよ。茹でる温度と、時間が地上とはかなり異なるね」


「……錬金術師らしい目線だな」


「ああ……私は、冴えない男だが……それでも、錬金術師なんだ。根っからのね」


「それは、よく分かったよ。アンタは、錬金術を愛しすぎている」


「全てだから」


 そう即答するあたりに、すばらしい職業観を感じるが―――共に育つべき職業倫理はどこか、伸び損なっているようにも思えるね。良い錬金術師は、倫理から逸脱していなくてはならないものなのかな。


 ガントリーが、この世慣れぬ相棒を叱るように語った。おしゃべりな彼には、献血極まりない一言で。


「テメーには、ヨメと娘もいるだろうが?」


「あ、ああ。もちろん。家族があってのことだ。それは、本当だ。僕は……ちゃんと家族を愛していたい。崩壊しかけているけど、まだ、どうにか……」


「ふん!……テメーは、もうちっと常識を身につけるべきだ。悪神は殺す!……テメーのような凡人は、家族を養うことだけ考えていればいい」


「そ、そうかもね。あの天才シャムロックにムリなことに、僕が手を出すなんて……おこがましいことだ」


 男が一生を賭けた仕事にまつわる野心ってものは、幾つになっても消えないものだな。彼の生存に、一抹の不安を覚えるが……ガントリーとセットで、『自由同盟』の土地に送れば問題はなさそうだな。


 彼の娘と肝臓が悪いヨメは、その後にでも運ぶかね……。


「とにかく、今はアンタの作ってくれた料理を楽しむ時間だ。腹一杯食べて、ゼファーの到着と共に……オレたち全員で北上を開始する。竜の背は冷えるぜ。栄養は、たくさん摂っておくことだ」


「……あのお、ストラウスさん、私は?」


 コーレットが、恐る恐る挙手をしながら質問してくる。


「君も、同じだ。全員と言っただろ?」


「わ、私、庶民の出なもんで、ときどきハブられちゃうんで……ちょっと不安になったんですよ!」


 まったく、社交性に問題を抱える錬金術師だらけだな。


「ちゃんと『メルカ』に……カーリーン山に連れて行く」


「ま、また、戦いに巻き込まれるわけですか……っ」


「残念だが、そういう運命だ。あきらめろ。もちろん、前線に出ろとは言わない」


 だって。君は……役に立ちそうにないからね―――。


「な、なんですか、そのやさしげな微笑み?」


「やさしげな微笑みを向けられたことは、不快なことでもなかろう?」


「そうなんですケド。なんだか、軽んじられているよーな……」


「気のせいだ。君も……すでにたくさん食べているのかもしれないが、胃袋に詰め込んでおけ!戦場で、毎食ありつけると思うなよ?」


「は、はい!!……なんだか、不安なときって、食欲わきますよね!!」


 まあ、14才の少女には、この状況は辛いか。仲間がほとんど全滅状態だしな。よく適応している方かもしれない。


 ……オレたちは、空腹をその絶品のミートソース・パスタで満たしていったよ。レシピも聞いたね、高山地帯での、パスタの茹で方というのにも、興味があったからな。胃袋に十分な食事を詰め込んで……食休みが終わる。


 ゼファーが心に、もうすぐ到着すると囁いてくれたから、オレは動き出した。ククルを誘ってな。ここで見つけた、『メルカ・コルン』の遺体だ。『メルカ』に戻るのならば、彼女を置いていくことは出来ない。


 爆発した錬金釜の近くにある、あのテント……そこに潜ると、彼女の遺体があった。ククルは、彼女の名前を、涙ぐみながら教えてくれた。レイン・リーリィ。いい響きのする名前だった。彼女を、毛布に厚く包んで、オレたちは仲間たちのトコロに戻ることにした。


『おーい!『どーじぇ』!!くくるー!!』


 あのレストラン・テントにたどり着くより先に、ゼファーがオレとククルを見つけて、『ベルカ』の土地に着陸していたよ。道のド真ん中だ。まあ、いいさ。


 オレとククルが、レイン・リーリィをゼファーの腹の底にロープで固定し終える頃、仲間たちがこの場に駆けつけていたよ。


 初めて竜を見た、錬金術師の反応はまちまちだった。


「……ふーん。いいモンスターね。全ての属性の魔力が均質……生態系の頂点として崇められるわけだわ」


「噛みつくかな?あの牙は、いかにも肉食性だよ。噛まれたくは、ないなあ……歯の数と大きさは気になるところだけど」


「…………うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 14才のやかましい娘は、いつにも増してやかましく。とんでもない勢いで、この戦場を走り抜く。モンスターがいるかもしれんから、迂闊な行動は慎むべきだな。


 だが、慣れているのかもしれない。


 それとも、友情でもあるのかね?ミアが風のように加速して、田舎育ちのコーレットの脚力に追いつき、彼女の貧相な胴体に抱きつくことで暴走を止めていた。


「デカい!!怖い!!魔力が山みたいいいいいいいッ!!」


「だいじょうぶ。ゼファーは、いい竜だよ?帝国人しか、食べとことないし?」


「私、生粋の帝国人だあああああああああああああああああああああああああ!!!」


「まあまあ。『ぼーめい』したら、セーフだから」


「ぼ、亡命!?……14才の私には、何か……それ……」


 ―――ちょっと重すぎるか?


「……それ。重要人物みたいで、いいカンジですよね!!」


「そうそう!おいでませ、『自由同盟』に!!」


「う、うん!なんか、40年後ぐらいに出版する予定の、私の『自伝』……スゴく、売れそうだわ!!まだ子供なのに、敵国に亡命?……ああ、グッと来るわ!!天才にしか、歩めないコース!!」


 ……なんていうか。


「帝国人の錬金術師ってのは、みんな、どこか変なのか?」


「私は、慣れたぞ、ソルジェ。慣れだ」


「……変人ぞろいかもしれないけれど、アレはちょっとジャンルが違う気がするわね」


「コーレットくんは、いい子だよ。天才なのには、間違いない。大人顔負けの知識。知恵は回るし、勉強熱心だが…………」


 何か文句のつけドコロってものを、ロビン・コナーズは思いついているのだろうな。無言に意味を感じられる。幼い娘を持つ父親として、あのダメな子を庇いたくなる気持ちってのも、なんとなく分かるよ。


「……兄ちゃん。『蛮族連合』は、あんなのもスカウトするのか?深刻な人手不足を感じさせるよなあ」


「まあ、大陸最大の覇権国家を倒そうってんだ、慢性的な人手不足だ……だから、アンタもスカウトする。コナーズとセットだな」


「へへへ。ああ、面白そうな旅にはなりそうだな。まあ、オレは、帝国ともう一度戦争やれるのなら、それで構わん。嬢ちゃんも、行くんだろう?……その、『中身』は、時々出てた子か?」


「あら。分かるのね、不思議な目玉のドワーフさん」


「まあなあ。しかし、竜か……ひい爺さんが焼き殺されたことがあるんだが、コイツは、狂暴じゃねえんだろうな?」


『―――ぼくは、ぜふぁー。いいこだよ!』


 オレの黒き竜が自己紹介をしてくれた。ガントリー・ヴァントは、ニヤリと唇を歪める。


「なるほどな!良さそうだ!言葉をしゃべりやがる、よく躾けられたモンスターだぞ!!」

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