第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その11


「しかも、この魔力、黒ミスリルの鎧か?……いい仕事してんな。間違いなく、ドワーフの職人の指が作っているな!!」


「そうだ。グラーセス王国のドワーフたちが造ってくれた、特注品だ」


『かっこいいでしょ?』


「ああ。いいねえ。オレたちも、モンスターを飼い慣らして、ミスリルで補強しておけば良かったかもしれんな。いい仕事するぜ、『蛮族連合』のドワーフどもは!!」


 ガントリーは、ゼファーの鎧を気に入ってくれているようだ。ドワーフってのは、本当に鋼が好きな種族だよ。ノーベイ・ドワーフ族も、グラーセス・マーヤ・ドワーフと同じ気質がどこかにあるんだろうな。


 下手すれば、共通の先祖がいるのかもしれないね……何千年か前には。


「ゼファー、ご苦労だったな」


『うん!『まーじぇ』、いそいできたんだ」


「そう!いい子ね……頭を下げて、撫でてあげる」


『うん』


 ゼファーが大きな首をゆっくりと大地に寝かせた。リエルのやわらかく繊細な技巧を宿す指が、ゼファーの頭をおおう鱗を愛情深く、やさしい動きで撫でてやる。


 金色の瞳をギュッと閉じながら、ゼファーは嬉しそうに鼻から息を吹き出していた。ゆっくり、長いその息は、なんとも愛らしい笛の音のようだな……っ。


「ふふ。甘えた声を出しおって……しかし、カミラたちはどうしたのだ?」


『おっとーが、てきからぬすんできた、うまたちで、『めるか』にむかってるよ』


「なるほど、いい判断だぜ。そうすれば、少しでも、全員が『メルカ』に集結するための時間が稼げる……それに、さすがに全員運ぶのは、難しいしな」


 かなりの大所帯だからね。


 オレ、リエル、ミア、ククル、ゾーイ、ガントリー、ロビン・コナーズ、コーレット。総勢8人だ。あと3人プラスすると、なんとも難しい。重量はともかく、ゼファーの背に乗るのは狭くなるな……乗れなくはないが、狭っ苦しい……。


「ククリは、馬用の秘薬を持っています。『それ』を飲ませれば、馬は普段の三倍近くのスピードが出せます……もちろん、心臓への負担が強く、多用は出来ませんが」


 ククルが『メルカ』の錬金術が生んだ、高性能な薬について教えてくれる。


「三倍か……そいつは、期待出来そうだな」


「馬には負担が強いんですが……緊急事態ですから、仕方がないですね」


「ああ。お馬さんには悪いが、使い潰すつもりで走ってもらおう……まあ、オレの予想では、そう死ぬことはないだろうがな」


「え?」


「カミラがいる。彼女は、『吸血鬼』だ。馬の心臓の拍動や、全身を巡る血液をコントロールしてやれば……脚はともかく心臓は保つだろう」


「……『吸血鬼』……なるほど、『第五属性』……『闇』!」


「へー……そういう人材までいるの?……アンタのとこ、ホント、面白いわね、ソルジェ・ストラウス」


「まあな」


 今後は、『メルカ・クイン』の『ルクちゃん』が、オレたち『パンジャール猟兵団』のサポート・メンバー入りする予定だ。彼女の錬金術の能力は、我々や、『自由同盟』の大きな力になるだろう。


 まあ、とりあえずは……その知識を使って、帝国の錬金術師の『派閥』という仕組みを、大いに混乱させてもらうつもりだが―――まあ、それはいい。


「よし。全員、ゼファーに乗れ!!『メルカ』に移動を開始するぞ!!」


「ほ、ホントに、乗るんですか、ストラウスさん!?」


 コーレットが、泣きそうな顔……っていうか、泣きながら訊いてくる。不憫な表情であり、悲しい気持ちになるべきところなのだろうが……ちょっと、オレ、面白がっている自分に気がついた。


「笑ってません!?」


「気のせいだ。君は、自虐的すぎるぞ」


「そ、そうですね。私って、慎ましい乙女なものだから」


 冗談で言っているのなら、アハハ!って笑うべきトコロかもしれない。でも、乙女心ってのは難解だから、スルーしておくことにしよう。


「だいじょうぶ、コーレットちゃんは、私のコト、ぎゅーってしていていいよ?」


「本当ですか?ありがとう、ミアちゃん!!マイ・フレンドはエンジェルだあ!!」


「うん。あとは、後ろからお兄ちゃんに、ぎゅっとしてもらえれば万全!」


「……それは、乙女の危機を感じますね」


 失礼な。オレをどんなケダモノだと思っているんだろう、あの愉快な苦学生は?


「大勢過ぎるからな。オレとガントリーは、レディー・ファーストの騎士道精神に則り、ゼファーの脚にでもしがみついておくさ」


「マジかよ!?目の見えないドワーフに、厳しすぎねえか!?」


「……魔法の目玉フレンドよ、アンタは『見えないけど見える』んだろ?」


「まあ。そうだな。だが、腕力の衰えを感じる。ゴブリンの頭を、握力一つで握りつぶすのに5秒もかかった。オレの全盛期なら、1秒だぜ?」


「『ベルカ』のゴブリンの頭蓋骨は、特注品だ。そもそも、小鬼とはいえ、モンスターの頭を潰せるんだ。自分の体重ぐらい支えられる」


「あのクソみたいな檻にいるとき、コウモリみたいに一日中、逆さに張りついていたときもあったな……」


 そういう修行を怠らないあたり、ストイックな戦士ではあるな。多くのドワーフ族がそうであるように、ノーベイ・ドワーフ族も『力』を崇拝するタイプの文化らしい。


「―――ということだ!!女子たちと、ロビン・コナーズ、乗れ!!」


「じゃあ、私が、ミアとのあいだにコーレットを支えよう。この子は、落ちそうだから」


「そ、そうならないように、リエルさまに依存します!!」


「依存はするな……とにかく、不用意に暴れるな。なんなら、薬で眠らせるか?」


「いえ……そういうの、逆に怖いですんで?」


「―――リエルさんの後ろには、ゾーイがいいかと。このひと、初心者ですし?」


「あら。蛮族と違って、竜になんて乗り慣れていなくてすみませんね?」


「ゾーイの後ろに、私がいて、頼りない彼女のことを支えてあげますよ」


 ……まあ、このぐらいの小競り合いは仕方ない。ゾーイは、ククルにとって復讐心を抱いても当然の相手だからな。だが、それと同時に……『産まれて来てくれて、ありがとう』と言った相手でもある。


 フクザツな関係だが、2人とも賢い女子たちだ。小競り合い以上のケンカはしないと信じることにしようか。


 ……しかし。ククルがゾーイを初心者あつかいとはな。黙っておいてやるが、君だって竜に乗るのは二回目だろうに―――。


「じゃあ。必然的に、この別居して久しい中年男が、あの若い娘の後ろか。溜まった性欲のせいで、変なセクハラかますんじゃねえぞ?」


「……僕はそんなことする男じゃないよ?」


「だろうな!ヘタレ野郎だからよ!!ガハハハハハハッ!!」


 おいおい、ククルが引いてるんだが……。


 まったく!これだから中年の下品なトークってのはいけない。男と違って、思春期女子は下ネタへのジャッジが厳しいんだよ。


 だが。


 シスコンが騒ぐから、釘だけ刺しておくか。


「……ロビン・コナーズ。ククルはオレの妹分だ、セクハラ的な行為をすると、貴様の指を愉快な形で曲げてやる。脅威的なあやとりが、しやすくなるレベルにな」


「だから、しないよ。僕は……別居中だけど……愛しているのは、妻だけなんだから」


 ほほう。純愛か。いい響きだ。何がいいって、女子ウケがよさそう。そういうのに比べて、ガルーナの婚姻スタイルは、誤解されがちなところがあるからね。オレの一夫多妻とか、親父がお袋を他国から誘拐して来たとか……?


「妻だけを愛するか、いい言葉だな、帝国人」


「そうですね、いい言葉です」


「ホント、コナーズ先生は善良な方ね」


 ほら、基本的に女子ウケがいいんだよ。


 ……しかし、ガントリーはため息を吐いている。


 彼はオレに顔を向ける。きっと、あの包帯の下にある呪術が施されて、潰されている眼球で―――オレを見つめているんだろうな。


「……なあ、兄ちゃんよう。ある意味、不憫だろう?」


「不憫?どこがだ、女子ウケがいいんだぞ?」


「いやいや、ヤツの、この一途さがだよ?なあ……『カッコウのハナシを覚えているか?』」


 後半の言葉は、とても小さな言葉だった。ぶっちゃけ、オレの目玉がヤツの唇の動きを読んだから、ようやく理解できたレベルの小声だ。


 ああ、とんでもない爆弾を放り込んでくる。


 ……コナーズの同僚たちと、ガントリー・ヴァントが言うに言えなかった『疑惑』。『コナーズにも彼のヨメにも似ていない、利発で元気な彼の娘のアリスちゃん』……その子に、生物学的な父親が、『別』にいる疑惑だ。


 コナーズのヨメは、肝臓を痛めるレベルの酒呑みな遊び人らしいし……っ。遊び人のヨメを飽きさせないタイプの旦那にも思えないんだが、コナーズ先生が……す、すぐに浮気されちゃいそうっ!!


「どうした、ソルジェ?顔を引きつらせて?何か、懸念があるのか?」


「いいや、ないよ。よし!みんな、乗れ!!ガントリー、オレたちは頭を冷やす!オレたちはゼファーの脚に掴まりながら、夫婦の愛を信じようぜ」


「ふう。若い男の言葉だぜ。乙女みたいに、まだまだ綺麗な世界を夢見がちだな」


 このドワーフさんは口が悪いんだ。でも、何だかんだで、コナーズを心配してはいるんだろう。男の友情なんて、大なり小なりブラックな部分が入っているもんだよ。


 まあ、仮にアリスちゃんがコナーズ先生の子供じゃなくたって、問題はない。コナーズ先生は、彼女のことを愛しているんだから。


 ……なんていうか。


 オレは、このハナシが真実なのかを知らないんだけど。まあ、下手すれば全部、ガントリーの『嘘』かもしれないのだが。


 ガントリー・ヴァントがオレにそんなハナシをしてくる『理由』は分かっている。オレに、ロビン・コナーズへの『同情』を深めさせようとしているのさ。


 ガントリーは戦士だ。しかも、ノーベイ・ドワーフ族。彼らはね、敵前逃亡を許さず、敗戦必至の状況でも、降伏しようとする同胞たちを殺して回ったような武の存在。生粋の戦士だよ。魂の隅々までが、鋼臭い、血にまみれてきた戦士さ。


 だから。


 ガントリーは、まだオレのコトを、完全には信じていない。


 なにせ、ロビン・コナーズは、オレの『敵』だからだ。オレは、帝国を滅ぼそうとしている存在で、コナーズは、帝国軍に利する研究をしている男だ。亡命させる?……どうだろうな。


 ガントリーが、オレの立場だったら、コナーズのことを、もう殺している可能性がある。少なくとも、ガントリーはそう考えているからこそ、どこか張り詰めた気配でオレを牽制しているのさ。


 このドワーフさんは、いいヤツだな。そして、彼の心も病んではいる。自分を人体実験に使った男に、寛大な友情を抱くってのも……何だか、闇が深い行為に思えるよ。孤独が過ぎて、さみしさのあまり、敵と味方の境目が、消えちまったのさ。


 彼の監禁生活が発症させた、病的な心理だろうな。


「……まあ、安心してくれよ、ガントリー?」


「……何がだ?」


 オレはガントリーのとなりにしゃがむ。ガントリーが警戒を強める。『雷』を指先に溜めているな。リエルとミアが気づいているが、オレが笑顔だからガントリーへの敵意を隠し続ける。


 だが、ガントリーは、気づいているかもな。オレを攻撃したら、猟兵女子ズがアンタを即座に無力化しに動くことを。それでも『雷』を静かに帯電させたまま。いいヤツだよ。友情が深い男だな。


 その彼に、耳打ちする。


「―――コナーズには、利用価値がある。だから、殺さない」


「……そうしてやれ。その選択をするのなら……魔女退治にも、帝国軍とのケンカにも付き合ってやるぜ」


「最高の答えだ。よし、つかまろうぜ?」


「……その待遇は変わらんか」


「戦士のリハビリだ。アンタは、まだまだ、これから、たくさんの敵を仕留めるんだからな!持久力を回復させようぜ!」


「わかったよ、兄ちゃんの口車に乗せられるとしよう!」


 オレとドワーフさんがゼファーの脚に掴まった頃、ゼファーの黒い翼が大きく広がり、レミーナス高原の冷たく強い風を掌握する―――そして、ゼファーはオレたちが掴まっている脚で大地を蹴り、強い東風に乗って、空へと戻っていたよ。

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