第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その9
「……ふう」
戦況を頭に描きながら、ゼファーとの連絡を終わらせたよ。あちらの任務は、完璧に終わってくれたようだ。あそこを生き抜いた傭兵たちがどう動くか……?こちらと合流する可能性は極めて少ないだろう。
何故かって?
ビクトー・ローランジュが自分の不利になるような命令を出すことなど、ありえないからだ。作戦が失敗しようが、成功して花畑を確保しようが……どうあったとしても、こちらへの合流を指示などするはずがない。
何故かといえば、合流されれば自身の裏切りが露見してしまうからだ。そんなマヌケな作戦を、『黒羊の旅団』に与えているとは考えにくい……連中は、こちらの惨状を知ることなく、バシュー山脈から撤退する。
おそらく、あのまま東に向かい下山することとなるだろうさ。新月の夜が来る……彼らの雇用期間は終わっちまう。これ以上の仕事は、一銭にもならない。彼らは傭兵として十二分に仕事はこなした。
結果が伴わなかったものの、十二分にレミーナス高原を探索したし、依頼主の命令に従いモンスターとも戦い、死んだ。これ以上、忠義もない雇い主に対して、傭兵がしてやることは何もない。
クールな撤退劇にはならなかったことだけが―――『黒羊の旅団』の、ほとんど唯一の汚点であるだろう。彼らは、よく働いたぞ。次にどこかの戦場で相まみえるのが、楽しみな相手だよ。
そのときは……守銭奴の団長殿と副長殿ってヤツらに、手痛い挨拶をすることになるのか。それとも、同じ『自由同盟』側で戦うことになるかもしれない。このレミーナス高原での『失態』は、彼らの帝国内でのビジネスに大きな影を落とすだろうからな。
……知られないまま過ごしたいね。
傭兵団に恨まれる?……あまり寝付きのよくなる因縁ではない。まあ、こちらの関与は知られることはい。自白でもすれば別だが、そういう非・社交的な発言をするほど、オレたちはガキでもない思っているんだがな。
「―――ソルジェ団長。『あっち』はどうなっているのだ?」
立ち止まったまま熟考しているオレに、リエル・ハーヴェルが声をかけてくれた。彼女の周囲には、ミア、ククル、ゾーイがいたな。
ミアは事情を知っているからフツー。ククルも何となく理解出来ているようだな……ゾーイは目玉を押さえたままブツブツ語っていたオレを、心配していた。
「ソルジェ・ストラウスってば、心を病んでいるの?だったら、仲間ね!」
精神病フレンズだな!……って、ブラックユーモアは、戦場で口にするには痛ましさが過ぎるかもしれん。
「そういうんじゃないさ。竜の眼を通じて、オレの竜と心を繋いだだけだよ」
「そうなの?スゴいわね。いい目玉してるわねえ……欲しくなるわ」
「う、うちの旦那の目玉は、渡さないぞ!」
「そうだ。オレの目玉は非売品だ」
「残念。そのうち、研究したいものだわ」
「……痛くない実験なら、応相談ってところだ」
「そ、それで、ソルジェよ。どうなっているのだ?」
「あっちは完璧。ゼファーと一緒にこちらに向かわせる」
「そうか。それは良かった!」
「じゃあ。お兄ちゃん、みんな!こっちこっち!!」
ミアが軽やかに『青の派閥』の拠点跡地を走っていく。
「ついて来て!コーレットちゃんたちに、ゴハンを作らせていたんだ!食事タイム!」
「ああ。そうだな。オレたち、『遭難チーム』は、かーなり腹減っているもんな?」
「……は、はい!」
「……乙女に空腹具合を聞かないでよ?食い意地汚い、なんだか、はしたない女に思われるのは心外だもの」
「はしたないも何も無いさ。腹が減っては神殺しも出来ん。ダンジョンを歩き回って疲弊しているんだ。休息がてら、栄養補給と行こうぜ?」
「……そうですね!私たち、かなり、疲れているのは事実です……霊泉では、お腹までは満たされませんし」
「私としては、すぐにでも『アルテマ』を追いかけてやりたいところだけど―――」
「―――ゼファーが……竜より速い馬はいない。『アルテマ』が『メルカ』に向かうとしても、十分、追いつけるはずだ」
「……戦場のプロの言葉を信じるわ」
「そうしてくれ。君も、魔力を使い過ぎている」
「……そうね。肉を食べたいところだわ」
「じゃあ。ミアを追いかけようぜ?……メシにしよう。時間的に、ブランチだな!」
オレは太陽に向かって両腕を伸ばし、反らした背骨をバキバキ鳴らす。
「おお。ソルジェよ、背中から、いい音が鳴ったな」
そういうフェチがあるのかな。オレの正妻エルフさんが、背骨が放った音に興味津々だよ。
「今度、マッサージでもしてくれるか?きっと、オレの背中はよく鳴るぞ?」
「竜太刀を背負っておるものな。今度、してやってもいい。私は良い正妻だから!」
「楽しみだな。お礼に、オレも色々とマッサージをしてやるよ」
夫婦でもみ合いか。楽しげな響きだ。
「な、なんだか、スケベなことを考えてはおらぬか?」
「……気のせいだろ―――って、ミアが、帰ってくるぜ?」
「うむ。本当だ。いい動きだな、軽やかで、止まりそうにないな」
「お兄ちゃーん!!」
ミアが飛びついてくるから、お兄ちゃんの義務として両腕を開いて出迎えるのさ。甘えんぼうモードのミアは、オレと兄妹合体したくてしかたがないんだろう。ガシ!っと抱きしめ合う。
「お兄ちゃん、いい知らせがあるよ!」
「どうした、ミア?」
「……捕虜、いい仕事してる!!」
「捕虜?」
「コーレットちゃんじゃない方、がんばった!!」
コーレット・カーデナじゃない方とすると、アイツか。錬金術師のロビン・コナーズ。あの不幸な結婚をしてしまったと、ガントリー・ヴァントに弄られている中年男だ。
「彼が、何をしたんだ?」
「……職人だったの!!」
「錬金術師だしな?」
「うん。お肉の錬金術師だった!!」
「いい響きだな」
腹が、ぐーっと鳴っていたよ。
「とにかく!!急ごう!!育ちの悪そうなコーレットちゃんが、味見と称して、ちょいちょい盗み食いしてるっぽいから!!」
ああ、なんとなく想像がつくよ。あの自称・天才少女のコレットちゃんは、どこか意地汚さそうなトコロがある。
……実家も金持ちじゃなさそうだしな。苦学生が盗み食い……泣けてくるな。
オレはミアを肩車モードにすると、ミアの指示に従って足を動かした。『お肉の錬金術師』の待つテントからは、たしかにいい香りが漂っていたよ。
「あ!!私に栄光の職場を紹介してくれる、ストラウスさんだ!!」
眼鏡で茶色い髪をしたコーレットちゃんが、オレのコトを指差しながら、そう叫んでいた。テントのなかには、『お肉の錬金術師』と、ガントリーと、このやかましい少女がいた。
少女の口周りが、ちょっと赤いことに気がつく。
「……コーレットよ。魅力的な唇をしているな」
「せ、セクハラですか!?ストラウスさん、就職を紹介してくれる代わりに、え、エッチな行為を!?私、まだ14才なんですけど!?」
「オレは、どこのロリコン鬼畜野郎だ。ミートソースがついていると言いたいんだ」
「うえ!?ほ、ホントですか!?ぬう、乙女として、なんという失態……っ!!」
「……何度か死にかけたそうだが、生きていてくれて良かったよ」
この子が死んじゃうと、世の中が少し暗くなるかもなってぐらいは、やかましい娘だもんね。
「あ、あはは!れ、錬金術師の卵として、れ、冷静な行動に務めた結果ですね!!」
「どこがだ。コーレットよ、嘘はよくないぞ」
「り、リエルさまっ!!」
……なんで、リエルは『さま』ってつけられているのだろうか?……そう呼んで奉るのが正当なぐらいの借りを、リエルにしてしまったのだろうか……。
そういえば、この子、初対面のとき、傭兵どもに強姦されそうになっていたな。何というか、よくよくピンチに陥りやすいというか……。
「よう。兄ちゃん、生きていたか?」
「ああ。生きていたぜ。そっちも無事で何よりだ、ガントリー」
「まあなあ。足首捻挫で運動不足気味の中年と、ドジな貧乳のせいで、モンスターと正面衝突したりで疲れたよ。ああ……ここの被害者を埋めるのも―――って、その手の言葉はメシ前にはタブーだな。腹減ってるだろ、足首捻挫野郎のメシでも食え」
「……おかえりなさい。よく、戻ったね」
エプロンをつけたロビン・コナーズが、テントの奥からやって来た。なんというか、錬金術師のローブよりも、似合っているな。
しかし、彼の表情は、オレたちを見回しているうちに、暗くなる。正規の錬金術師って連中は、やはり冷静な科学者であるようだ。オレたちの人数を数えて、気がついたようだな。
「……シャムロックは、亡くなったのかい?」
「……ああ。残念ながら、オレの力が足りなかった」
「……いや。あんなムチャクチャな状況だ……僕は、君たち全員が死んでいると考えていたほどだよ」
「だが、こうして昼飯を作って待っていてくれた」
「そうだね。リエルさんたちが、必ず君たちは生きていると主張したから。それに、僕が今できることは、料理を作っておくぐらいさ―――ミートソースのパスタだけど、それでいいかな?」
「ああ。炭水化物を大量に腹にブチ込んでやりたいところでね」
「遭難していたからね……お腹が減っているだろう。さあ、シンシアさんも、こちらへどうぞ……せめて、たくさん食べてくれ」
「メシをロクに作れんヨメのおかげで、結果的に鍛えられた調理の腕前が、役に立つことがあって良かったな」
「ガントリー、僕の妻のことを悪く言うのはやめてくれよ」
「……褒めているんだがな?お前の料理の腕は、かなりのモンだ」
「いや、こんなの、刻んで混ぜて煮込むだけだ……錬金術みたいなもんじゃないか」
たしかに念から年中、錬金鍋で色々と煮込んでいる錬金術師は、料理人にどこか似ているような気がしなくもないな。
「ごちそうになるよ」
オレたちはこの食堂用のテントに用意されたテーブルに着く。なんだか、視界の端っこでは、『リエルさま』に従者のように仕える、コーレットがいたよ。どれだけ迷惑かけたのだろう、リエルのために召使いの動作でイスを引いていた。
武装したロリコン野郎から、命と貞操を救ってやったハズのオレに対してより、圧倒的に従順な態度である。リエルたちの冒険は、コーレットがかなりの重荷になっていたのだろうな―――。
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