第六話 『青の終焉』 その22


「おじさまあああああああああああああああああッッッ!!!」


 ゾーイが……いや、シンシアか?……分からないが、とにかく彼女が、シャムロックの身を案じて叫んでいたよ。オレはすでに『雷』を指に帯電させている。


 傷口さえふさげば、リエルの作った『造血の秘薬』で血液量をかさ増しして、あとはこの指に宿らせた『雷』で心臓を掴んで、拍動させてやるんだよ。


 それでも死ぬかもしれんが―――ふむ?


「シャムロックは、どこだ?」


「あれ?……い、いない?……ここの床よ!ここの床で、腎臓を手術したの」


「……たしかに、かなりの量の血液が出ていたようだが」


 床にはかなりの血だまりが出来ている。


「そうよ。このまま、倒れてた……でも、容態は、安定していたから……私、ククルをぶっ殺してやりたくなって……ッ」


「シャムロックに意識はあったか?」


「……う、うん、ギリギリ、あったよ。見てたもん、私のこと……見たかったのは、シンシアなのかもしれないけど、見ていたよ、私のことを……っ」


 今は、完全にゾーイのようだ。今、ゾーイは泣きじゃくっている。子供じみている。さっきまであった『強さ』が消えた?……シャムロックの行方不明がショックだからか?


 そうかもしれないが。


 それだけではないかもしれないな。


 『シンシア/弱く優しい子』が出現したから、『ゾーイ/強く攻撃的な子』の精神性まで揺らいでしまう……?


 ……ふむ。複雑な心を宿してしまったな。ただでさえ、数奇な運命のもとに産まれてしまった娘だというのに……アーレスならば、この不憫な娘を、翼に乗せて、勇気づけてやれるかね。


 オレは、その場に膝から崩れ落ちて泣いている『シンシア/ゾーイ』の頭を撫でてやるぐらいだ。


「ソルジェ・ストラウス……おじさま、どこに……っ」


「シャムロックは、フツーの男じゃない。見ろ、この机の上を」


「え?」


 彼女は立ち上がり、出血痕のとなりにある巨大な金属製の作業台を見た。そこには、錬金術の痕跡があった。


「……具体的なことは分からないが、幾つかの薬剤を組み合わせていたようだ。シャムロックだろ?……ヤツは、25年前に、この遺跡を一度は探索済みだぜ」


「う、うん……っ!きっと、おじさまです!」


 ……です?


「ああ。これは、シャリリガの根の溶液で、こっちは、アスルードの飽和液……これは、おじさまがコートに隠し持っている、マグラナの粉末薬の色……これは、強力な止血剤と、強心剤の処方です!!」


「……おい、『君』は……?」


 シンシア・アレンビーか……?いや、それにしては、今、瞳が赤く……?


「……え?なに、ソルジェ・ストラウス?」


「なんでもない」


 ……二人の人格が不安定になっているのか……?人格が、一つになるまで、そう遠くないのだろうか……。


 いや、今は、それよりもシャムロックだな。


「つまり、コレは、シャムロックが自力で自分のための薬を調合した痕跡ってことでいいのか?」


「うん。そうだよ……っ!さすが、おじさまだ……ッ。しぶとい……ふう!ちょっと、安心した。きっと、生きてる……」


「そうだな。落ち着いたか?」


「え?……う、うん?」


「……それならいい」


 『炎』の魔力が、しばらく揺らいでいた……だが、今は、安定している。今は、ゾーイ・アレンビーのようだな。正直、シンシア・アレンビーでは足手まといだ。この戦場は、猛者ばかり。


 シンシアでなく、ゾーイである方が、生き抜ける……頼むから、シンシアよ。しばらく眠っていてくれよ。シャムロックへの愛情が、ゾーイよりも上なら……シャムロックを心配して出てくるかもしれんし、それは尊い行為かもしれないが―――。


 倫理的・医学的にどちらが正しいとか言うよりも前に、シンシア・アレンビーは戦闘能力が皆無なんだ……この戦場には相応しくない。


「……いいか、ゾーイ?シャムロックを追いかけるぞ!」


「うん!……でも、どこに?」


「血痕と、足跡を追いかければいい……あとは、壁も見ろ」


「……あ。壁に、血のあとと……ホコリが崩れたあと……」


「そうだ。シャムロックは、ここで薬を調合し、それを自分に使った……血止めと強心剤で、無理やりに動く……傷口は、完璧みたいだな。ほとんど血痕が続いていない。口から吐いたのを、手で押さえたんだろう。それで、指に血がついていた」


 腎臓をえぐりながら、肺腑を目指してナイフを突き上げたか……完全に殺す気満々の一撃だな。戦士としては、いい技巧だぞ、ククル。そして……よく、あと一捻りを加えなかった。


 殺すつもりであれば、抜くときに横隔膜ではなく、下に向けて押すように切り裂くはずだったんだが―――慌てて、右手で押していたというところか、急所の腎臓の裂傷を、避けようとした……。


 その点も、あとで褒めてやろう。


「なるほど。さすが傭兵ね」


「まあな……あとは、この痕跡を追いかけるぞ」


「わかったわ!」


 シャムロックの痕跡は、壁伝いにこの錬金術の作業場の『奥』に続いている……オレはゾーイを引き連れて、その作業場の奥へと向かった。ゴチャゴチャと無数の薬品が棚に並んでいるな……。


 ここで、何を調合していたんだ、『ベルカ』の民は?そう訊いてみたくもあるが、今は質問よりもシャムロックの確保が先だ……。


 この部屋の奥には、階段があった。その階段は、上に続いている。そこを上がっていく。石で組まれた頑丈な階段だが、さすがに300年の放置はこたえたのか、鉄靴で踏むと、パキキという破壊の音が生まれる。


 その階段のホコリに足跡が刻まれているんでな、シャムロックは、これを登ったらしい。正気だったのか?……微妙だな。疲労と出血。ヤツも体力は限界だったはず。


 強心剤で心臓を拍動させながら……この階段を上がり…………階段の上には……。


「なんだ、ここは……?」


 そこには、割れた巨大なガラスがあった。一瞬、頭痛がする。そうだ、『夢』で見たような気がするぞ……。


「……ここは……『レオナ・アレンビー』が、発見された場所なのか……?」


「え……?ソルジェ・ストラウス、なんで、そんなこと、分かるの?」


「……魔法の目玉の夢で見たのさ」


「へ、へー。アンタ、かなり変なヤツね」


「うるせえ」


「でも。そうか……そうね……コレに、ママが入っていたのかな?」


「多分な。そこでもがいていたトコロを、お前のパパになる男が、素手でガラスをブン殴って助けてた。『夢』の中ではな」


「パパ!カッコいいじゃない!それぐらいされると、惚れるもんね!」


「かもな」


「いい場所ね。パパとママの出会いの場か。でも……今は、おじさまよ!」


「ああ。そうだな……こっちだ。おそらく、意識がもうろうとしていたんだろう。25年前は、脱出用の道が、こっちにあったのかもしれないが……」


「今は、もう無いワケね。あったら、そこを通ってくる」


「だろうな。『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の、触手で出来た大蛇……あれは爆発もする。それで、道のあちこちを爆破して、封鎖したんだろう」


「完全に崩落させて、秘密の抜け道を潰した……よく、おじさまとパパはここまで来れたものね」


「……『夢』のハナシですまないが、そのときはデカい蛇とその内臓にされていた『ベルカ・コルン』が、彼らを助けていた」


「……そうなの?どうして?」


「君のママを、二人に渡したかったようだな」


「……なるほど。調整した『コルン』を、自由にしたかったのね。自分たちの願望を、ママに託した」


「きっとな。さて……走るぞ。イヤな予感がする」


「な、なに!?」


「こっちの方角は、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の巣に向かっているぞ!」


「まさか、そんな、じゃあ!?」


「そこが崩落させていたら、シャムロックは、戦場に迷い出ちまうぞ!!」


 そう言って、オレは薄暗い道を走りはじめた。


 暗い道の先には……明かりが見えている。そして、戦闘の音も聞こえてきた。悪い予感は、戦場では外れないものだな。ダンジョンも、そして、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』も、戦いのための装置……悪意をなぞるようにして配置されている。


 悪い方へと、転がって行きやすいものさ。


 だから。


 だから、念を押す。


「……ゾーイ!」


「な、なに!?」


「『炎』を溜めてろ。君は、それがいちばん、得意だろ?……シャムロックがどんな状況にあるか分からないが……強力な火力で、敵を散らすことが必要になるかもしれない」


「わ、わかった!」


「そうだ!いいか、集中して溜めていろ!」


 ……こうして釘を刺しておきたいのさ。戦闘中に、シンシア・アレンビーにならないように。『炎』を抑制すれば、ゾーイが出ないと言っていた。ならば、『炎』を使っていれば?ゾーイは出現しやすいのかな……?


 猿知恵の臭いがプンプンするが。


 仕方ない。


 気の強いゾーイにしろ、シャムロックを背徳的に愛しているシンシアにしろ、どっちにしろ、ここに放置したところで、戦場に出て来そうだもんな。彼女たちは、オレの命令なんて聞きやしないさ。


 さて。状況が読めないままだな。意識朦朧のシャムロックが、どれだけ正気を取り戻しているのだろうか?……まともな判断が出来るのなら、身を潜めてくれているはず……。


 『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』とアルカード騎士どもの戦いは、激しさを増しているようだ。戦場に近づいているせいもあるのだろうが、さっきから、戦闘の音と振動がダンジョンの壁を揺さぶって、頭に砂が落ちてくる……。


 崩落も怖いから、急ぎ足だ!……さて、正直、単独で挑む方がマシなんだが……どう動くか分からん護衛対象のお嬢さまを放置できない。今は、ゾーイだ。『炎』の魔力を感じられる。


「……ゾーイ!魔力を上げろ!」


「う、うん!」


「君は、オレの命令でぶっ放せ!君と初めて会ったときみたいに、照準はオレがつける!」


「……ええ!分かったわ!」


「いいか?命令を出すまでは、絶対にぶっ放すな。戦況を判断するのは、プロフェッショナルのオレの仕事だからだ」


「……うん!」


 そうだ。作戦、作戦―――理想的には、シャムロックを素早く回収して、撤退。あとから来るかもしれないアルカード騎士どもを、『炎』で焼き払う。


 そのパターンなら、最高だろ?


 速攻。


 速攻だ。


 シャムロックを見つけろ!シャムロックを見つけて、素早く回収、戦場から撤退!それを心がけて、実践するだけでいい!!


 死んでいてくれるなよ、シャムロック!!お前は、嫌いなんだが……クライアントだ。それに。それに、この子には、必要な男だろう?


 ……いつか。オレは必ずお前を殺しちまうんだが……それは、今日じゃなくてもいいはずだ―――。

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