第六話 『青の終焉』 その21
まあ、突発的なアイデアに過ぎないわけで、別に名案だとは思っちゃいなかったが、ゾーイは……想像していたよりも強く、首を横に振っていたよ。
「ダメ!!絶対に、ダメッ!!」
「……ダメか」
「ええ、ダメね。錬金術師でないアンタが、『星』を喰らっても、得られるのはより強大な力だけだと思うし」
「バカには意味ないのか?」
「というよりも、『星』はね、『呑んだ者の願いを叶える』みたいなの……その者の、本質的な願いを……だから、アンタとか、私は、そういう意味じゃ、特にダメだわ」
「……どういう意味だ?」
「自覚、あるでしょ?……アンタも私も、『邪悪』なのよ!」
「……たしかに、自覚はある」
なにせ、魔王を公言しているぐらいだしな。ヒトなんて、どれだけ斬り殺したり焼き払ったか分かったもんじゃない。
「……私やアンタが、『星』なんかに触れたら……アルテマごときじゃ済まないわよ」
「なに?」
「アルテマは、ただの錬金術師や賢者の類いなのに……後世まで、これだけの惨事を招いているのよ?それを、私たちみたいな攻撃的で暴力に長けた者が触れたら?」
「もっと、とんでもないバケモノになる?」
「『魔女ごとき』……みたいなことになるんじゃないの?アンタ、人間族の限界以上の魔力でぶっ放したはずの私の『炎』を、簡単に回避したでしょ」
「簡単に回避したわけじゃないぜ。きちんとした技巧と経験があっての行為でな……」
「ただでさえ怪物なのに、『それ以上』になったら?……誰もアンタを止められない。冗談じゃなく、何千万人も殺して回るようなバケモノになるかも……」
「そいつは、世界の終わりみたいだな」
「ええ。だらか、私たちみたいな者は、『星』に触れちゃダメよ……アルテマぐらいの『小物』ならともかく。アンタは、絶対にダメだからね?」
念押しされて否定されたよ。オレは、美女に怒られて頭を垂れた。
「分かったよ。君がそんなに怖がるんなら、やめとくさ」
「ええ。ホントに怖いわ……もしもね、そんな事態になったら、誰も得る物はない。失うだけよ……私やアンタの『本質』は、破壊とか殺戮なんだから」
オレの本質が、破壊とか殺戮?
……振り返ると、たしかに血塗られた思い出ばかりだな。この思い出が、より強大な力で飾られるわけか…………ふむ。たしかに、悲惨極まりないだろう。
『星』ってのは、ヒトによって異なる願いの叶え方をするわけか。いや、力の与え方が違う……オレでは、知識よりも力を求めるかもしれない。たとえば、帝国軍の全てと単独でも渡り合えるような、『破壊神』みたいな力があれば―――。
「―――アンタ。今、目を細めた」
「ん?」
「何かを見ようとしてた。きっと、今、求めたでしょう?」
「……ああ。たしかに、『破壊』のイメージだったよ」
「その『力』は、実現するわよ。大陸中の町を焼き払いたいの?……『星』は願い事を叶えさせるために、野心も増やすわ。私たちみたいな、力量を備えた『悪しき者』は触れちゃダメなのよ」
ゾーイは本当に恐れているようだ。魔王どころか……『破壊神』みたいに暴れるオレとか自分のことをか?……『叡智』を継いでいる彼女が想像することだ、実際に、ありえる可能性なのだろう―――。
「―――つまり、『星』ってのは、それほどまでの『ゼルアガ/侵略神』なのかよ?自らの意志ではなく、呑んだ者の本質的な欲望に従い、力を授ける?」
「そうよ。『ベルカ・コルン』は、それを閉じ込めて来たんだから……あんまり自我が無い『ゼルアガ/侵略神』なだけに……容赦も制限も無いのよ。ヒトの悪意のままに、力と知識を与えるだけ……ある意味、どんな『ゼルアガ』よりも厄介よ」
「……じゃあ、ククルが『星』に触れたら?」
「『真のコルン/魔女の尖兵』の願いは、いつだってアルテマの『保存』だけよ。それ以外の願いは、些末なものね。『星』を宿した『アルテマの死体』が動き出す―――そして、たぶん、『メルカ』を求めるわ」
「……どうして、『メルカ』を?」
「決まっているじゃない」
「蛮族には、イマイチ分からないぞ。何をさせたいんだ、アルテマのゾンビは?」
「さっきも言ったけど、『保存』させるためね。『自分を産ませるための腹』を求めるのよ……アンタは知らないでしょうけれど、『ホムンクルス』同士ってね、『臓器』の交換も可能なの。同一の存在だからね」
「臓器の交換?……ゾンビとか?」
「そうよ。『メルカ』の『ホムンクルス』に産ませた子から、有能な『部品』を千切って来て、『アルテマの死体』に移植するのよ。そしたら、アルテマはより昔の『形』に復元されていくでしょう?」
「壊れた人形の手足を変えるみたいにかよ?」
「ええ。人形じゃなくて、ヒトの筋肉とか内臓を交換していくのよ。数十人分の新鮮な臓器があれば、何十回かの邪悪な手術の果てに……かつてのような美貌の魔女に戻るわよ。アンタの知っている『ホムンクルス』たちの、誰にも似ている魔女の形になるでしょうね」
「……ちょっと待て、とんでもない緊急事態じゃないか?」
「大丈夫よ。『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』は、負けやしないわ」
「まあ、負けそうな気配は無かったが……」
あの巨大なサイズを考えるとな。騎士どもは、かなり疲弊しちまっていたように思える。ダンジョンを踏破した後での、アレは、キツすぎるな。
オレがどれだけ無様に失神していたのかは分からないが……少なくとも、そのあいだにオレ以外の三人は、色々とあったらしい。騎士どもも、その間、ずっと休み無しで任務を継続していたのだろう。
かなり、疲れてるだろうな。
しかし、ホント、今は何時なんだろうか?……太陽もない場所だし、気絶しちまっていたせいで、時間の感覚が消失しちまっている……。
だが、相当な時間が経っているのは確かだな。
なにせ、あの崩落が起きたすぐ後には、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の分身の大蛇に仲間たちは追いかけられたようだ。じゃなければ、ククルはオレを見つけて声をかけてくれたはずだしな……。
そこから、鉄兜を失っていた妹分のククルが、『アルテマのカタコンベ』に満ちた『ベルカ』の呪術を受けちまい、『悪堕ち』して、シャムロックの腎臓を片方突き刺しちまったと。
そして、そのシャムロックを、ゾーイが持ち前の知識と気の強さで手術して……?
どうにか一命を取り留めたシャムロックであったものの、ブチ切れたゾーイが、オレと戦ってるククルを殺しに来たわけだ―――ふむ。なかなか事件が多発していたようだ。
まあ、相当な時間が経っているようだな。じゃないと、悪堕ちからの腎臓刺し、手術、逆襲……そんな色々なことを皆でこなせやしない。
さらに言えば、そのあいだに、悪堕ちしてるオレの妹分が、アルカード騎士たちをそそのかして、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』と戦わせていたか。
……ふむ、時系列は分かるが、情報不足だ!
アルカード騎士たちの具体的な戦闘時間は、これじゃ予想がつかないな!!少なくとも、ゾーイがシャムロックの腎臓を手術しているあいだぐらい……どれぐらいの時間か、イマイチ想像がつかん。
でも、アルカード騎士たちは、かなり疲れていそうってことは想像できるよ。
オレたちほどじゃないかもしれんが、連中だって、相当にハードな任務をこなしてやがるぜ……この地下に、オレたちを探して降りて来て、探すついでか、こっちが本命なのか、最深部の攻略に取りかかったわけだしね。
体力は、相当に削られているはずだな。超大型モンスターを倒せるほどの余力は残っているだろうか……?
……だから、もっと戦力が欲しかったか、ククル?
しかし、それにしては変だな。
ククルが、オレの背後から来ていたぞ?
……オレを騙して『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』とでも戦わせるつもりだったのか?……だから、オレを探して、見つけて、騙くらかそうと追跡していたのか?
……だが、彼女は、オレを攻撃してきたぞ―――簡単に騙せたはずなのに、『騙さなかった』?『コルン』ってのは、アホなのか?……さすがに、そうじゃないだろうな。
……つまり、意味がある行動だ。ならば、あのとき『本当のククル』が、『魔女の尖兵』に『オレを騙させまいとした』のかな……?
だから、『ククルのマネをさせずに、襲いかかって来た』……?そうすれば、すでに『悪堕ち済み』って、一発で分かっちまうからな。
くくく!
……だとすると、えらい子だぞ、ククル。お前、さんざん『魔女の尖兵』ってヤツの心に、逆らってやがるじゃねえかよッ!!さすが、オレの妹分だぜッ!!
「ちょっと、何を笑っているの?」
「……いや、ちょっと兄妹の絆を感じていたりしたのさ」
「このタイミングで?……まあ、ほら。耳を澄ませなくても……アンタなら、私みたいな『素人』以上に、肌で感じてるんでしょ?」
「……ああ。戦闘の音が響いているな……」
通路を吹き抜ける風を……いいや、ダンジョンの全てを伝うようにして、その戦闘の激しさが響いて来る。
アルカード騎士どもは有能だろうが、あの『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』が、『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』よりも強いとすれば、どう足掻いたって勝てそうにない……体力が万全でも難しいだろう。
疲れ果てているしね……注意すべきは、マーカス・レイオット博士とやらの『弟子』たちか。『レイオット・チルドレン』……モンスターの肉体を、切断した手足に移植したアルカード騎士ども。
まあ、そいつらが本領を発揮しても、あの程度というのなら、まったく問題はないな。
「この音が聞こえる間は、大丈夫よ」
「ああ……しかし、あのモンスターを大人しくさせなければ、ここからすんなり君やククルは脱出することは、出来ないんじゃないか?アレは、『コルン』を狙ってるわけだろ?」
「……そこは、アンタの出番よ?」
「オレの出番?」
「騎士どもを全員始末して、あのククルを拘束する!……その後で、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』を半殺しにして脱出しましょう?」
「アレは門番だろ?半殺しにして、大丈夫なのか?何なら、オレが囮になって、適当に時間稼ぎしておいてやるが?」
「一人でアレと戦うの?」
「まあ、やってみたくもあるな」
「……そんなムチャしなくても、大丈夫よ。その内、再生する。そのために、『樹霊』をベースに選んだわけだものね……その後は、『メルカ・クイン』に、『人体錬金術』の知識を提供するわよ。モンスター用のヤツ!」
「ルクレツィアに?」
「……『ベルカ』の『役回り』を継いでもらうわ」
「『クイン』たちの戦争の最終的な勝者だからな」
「ええ。責任を託すべき存在よね。いつか、『星』を倒せるほどに強いモンスターを生み出せたら、『星』を殺しに行ってもらうの。そうしたら……1000年続いた災厄も終わり。ようやく、『ホムンクルス』は『星』から解放されるわ」
「オレが殺すんじゃダメなのか?」
「え?」
「いや。そんなに邪悪な悪神なら、オレがぶっ殺してやるよ。何度か、『ゼルアガ』を殺したこともあるしな」
「はあ!?……何度も、『ゼルアガ』に遭遇して、倒したの!?」
「ああ。オレの先祖も、竜に乗って、山ほど巨大な『ゼルアガ』を殺したそうだ。家系だろうな」
「……っ」
ゾーイがビックリしたときの猫サンみたいに、瞳を大きく見開いていた。赤い瞳が、オレをまじまじと見ている。いや……徐々に、その瞳には、恐怖が浮かぶ。
さっきゾーイが見せた洞察とは逆だが……彼女も、何かを見ているようだ。
願望ではなく……多分だが、その真逆。
来て欲しくない『未来』を、彼女の賢い頭脳は想像力の世界から、拾い上げているのかもしれない。『ゼルアガ』を倒すという行為が、そんなに彼女の恐怖心をあおることにつながるのだろうか……?
「……どうした?」
「……いや。いい」
「いいってのは、どういうことだ?」
「……もしも、アンタに『星』が渡ると、本格的にダメだなってことが分かった」
「オレはそんなに欲深くはないと思うがね。バケモノになるようなマネを、自分では選ばない」
「……うん。そうだと思う。でも、リスクがありすぎるわ……だから、ダメ。いい?ホントにダメ。アンタは、『星』に関わらないで?」
「……しかし」
「いいかしら?『選ぶだけじゃないかも』ってことは、考えて―――っていうか!!」
「なんだ?」
「やっぱり、何一つ考えるな!!余計なコトをしちゃうかもしれない!!いいわね?私がさっき言った通りにしろ!!」
「あ、ああ?」
「騎士、殺す!ククル、捕まえる!『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』は半殺し!アンタは、それ以上のコトをしないでいいの!!了解かしら、ソルジェ・ストラウス?」
「……わかったよ。アルカード騎士をぶっ殺して、ククルを拘束。その後……」
「うん!『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』を半殺しにして、脱出!もちろん、おじさまも一緒にね!……その後のことは……私たち、『ホムンクルス』たちに任せて。それが、きっと、最良の道だわ」
「……ああ。分かった」
「よし!じゃあ、とりあえず、おじさまの無事を確認して……って?」
「どうした?」
「……アレ?…………もうすぐそこの部屋が、錬金術の作業場なのに……」
「すぐって、どれぐらいだ?」
「目と鼻の先よ……ほら、見えてるじゃない……あの錆び付いた、扉……その裏側」
ゾーイが青ざめている理由が分かったよ。そこからは、まったく魔力が感じられないからだ。ヒトってのは、死ぬと……魔力がほとんど感じられなくなるもんだ―――。
「―――まさか」
「おじさまッッッ!!!」
ゾーイが走り始めていた。いや……一瞬、『炎』の魔力が揺らいだ?……シンシア・アレンビーの人格が、浮かび上がったのか……?
……いや。考察している場合ではないな。死んで間もないというのなら、蘇生も可能かもしれない。『雷』で、無理やりに止まった心臓を動かしたことだって、オレにはあるんだからな―――。
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