第六話 『青の終焉』 その20



「ホント、スケベな騎士なんだから」


「オレの結婚生活なんて、どうでもいいさ」


「そう?」


「君が消えるかもってハナシの方が、重要だろ」


「……うん。そだね。アンタの淫猥な性生活のハナシとか、聞いても仕方ないし」


 そうだろうね。でも、淫猥な性生活とか言われると、お兄さんはどんなリアクションをしていいか分からないから、苦笑してみる!


「……それで。君が『やさしくなったら』、シンシアと融け合って消えるのか?」


「そうだと思うわ。両者の差が無くなったら、本体であるあっちに、私は吸い取られて消えるんじゃないかしらね」


「それは、なんだかさみしいな」


「さみしがってくれるんだ?」


「当たり前だろ?」


「……う、うん。アンタってさ……一夫多妻の才能とか、あるほうなの?」


「さあな。自分でもよく分からんよ」


 何だろう、今の質問は?


 ……まさか、性豪かどうか質問されたのだろうか?オレを殺しに来た同業者に、貴様はセックス依存症だって叫ばれたことあるが……言わない方がいいな。


「……そ、そだね。もっとフェイスの出来が良かったら違ったと思うけど!」


「フェイスの出来とか言うな、そこそこ気にしているんだ」


「あはは!」


「笑うな。笑う要素が無いところだぞ」


「はいはい。ああ、でもさ。私とシンシアのことは、気にしないでよ。なるようになるってハナシだもん」


「そうなのか?」


「うん。一人の体に一人の心。それでいいんじゃない?おじさまたちの『治療』は、効いていたんだよ。『アレ/私』は、シンシアの人生から消える。そしたら、シンシアは、よりフツーの人生を歩めるもんね」


「……そうか。そうだとしても」


「そうだとしても?」


「……あの野郎が、次に君のことを『アレ』と呼んだら、ブン殴ろうと思う。前歯が二、三本欠けちまっても、ヤツの人生には問題ないさ」


「い、いや。その……わ、私のために怒ってくれるのは、う、うれ――――あ、ありがたいんだけど!?……おじさま、瀕死だし。やめたげて?」


「……ああ、了解だ。あの冷血蛇野郎の体調がいいときに殴るよ」


「うん。それなら、オッケーかな?それって、男の友情っぽいし?」


「一方的にオレが殴るんだ。そういうのじゃない。ヤツの認識を変えるには、論戦よりも拳で伝えるのが早そうだってだけだぜ。オレとヤツは、仲が悪いんだよ」


「うん。そうかもね!」


「それに、君もヤツに伝えるべきことがあるぞ」


「なに?」


「ヤツは、君が、自分で自分の名前をつけたと誤解していた」


「ああ、そうだね……初めて出て来たときの私は……なんというか、攻撃的でして……」


「ご両親につけてもらった名前だと、自分の口で言え。君も、ご両親との思い出を持っているということを、伝えろ。君のためにも、ヤツのためにもな」


「……そんなことして、今さら、意味、あるかな」


「知らん」


「え?知らないって、無責任すぎません?」


「そうかもな。だが、オレの嫌いなシャムロックなんぞに、君が軽んじられるのは、オレは何だかイヤなんでね!」


「あはは!……ソルジェ・ストラウスは、いいヒトだなー」


「いいヒトってのは、人を殺して何も思わなかったりはしないもんだ。オレは、そういうモンとは違う。蛮族の戦士なんだよ!」


「……照れてる?」


「……いいや」


「照れてるなー。照れ隠しだなー」


「気のせいだよ」


「はいはい。賢い錬金術師のお姉さんは、そういうことにしておいてあげますよ」


 ああ、賢い錬金術師のお姉さんにからかわれているよ。野蛮人の戦士には、相応しいことかね……?


「―――ソルジェ・ストラウス。次の道を左に曲がって。そこに、錬金術の施設があるのよ」


「……なるほど。ここのモンスターは」


「ええ!錬金術の施設は襲わないように『調整』されているの!……呪術で、血に刻みつける……」


「……『アルテマの呪い』のようにか?」


「そうね。『アルテマの呪い』のように……解くことは、まだ出来ていないけどね」


「……君の母親に施されていた術は?……君なら、それを分析出来るんじゃないのか?」


「期待しすぎね。ママの場合は……長い年月をかけて、改造したんだと思う。たぶん、数十年規模の肉体の改造だったんじゃないかしら……胎児レベルから調整しつづけて、呪術の発動条件を弄って変えた……」


「専門的なことは分からんぞ」


「つまり、胎児レベルからの精密な調整なら、『アルテマの呪い』は無効化出来る。かなりの予算と、大勢の錬金術的技官の存在があれば、一人の胎児をようやく救えるでしょうね」


「胎児なら救える?」


「そうね。色々なことが必要よ。莫大な資金と、時間と人的資源ね」


「……それは、いい知らせでもあるが……君たちは?もう、胎児ではない」


「うん。立派なレディーだわ。だから、私たちは、ママに施された手段では、救えない」


「ならば、他に手段は……?」


「今のトコロ、呪いを抑制する薬だけね」


「君が創ったんだろ?」


「そうね。呪術の構造を考えて、対策して……それでも、『時間稼ぎ』の薬しか出来なかった」


「……そうか」


「あとは、もう……『星』にでも願うしかないかも?」


「どういう意味だ?」


 錬金術師たちに伝わる、職業的な慣用句だとすると、オレには理解できそうにないのだがな……。


「元凶に聞くしかないってことね」


「……アルテマの呑んだ、『星』……」


 このダンジョンの奥にあるようだがな。可能ならば、その得体の知れぬ存在に、触れたくなんてないんだがね―――。


「錬金術師たちの、究極の夢の一つよ。おそらく、異界から来た『ゼルアガ/侵略神』の一種である『星』を喰らい……全てを識る『叡智』と、およそ全てのことを叶えてしまう『魔力』を獲得するなんてね……神サマにでも、なったみたいよ」


「……『星の魔女アルテマ』になるということか?」


「そうね。アルテマと同じような存在になれば……『アルテマの呪い』という、アルテマの創作物を分解する手段だって、分かるかもしれない。もちろん、アルテマが、『絶対に解けない呪い』を創っていたら、ムリだけどね」


「絶対など、ないさ」


「そうね。でも、限りなくそれに近いモノなら、ありえるんじゃない?」


 どうにも、口が閉じてしまう言葉だったな。ゾーイまでも、どこかあきらめているようだ。ルクレツィア・クライスには悪いが……彼女よりも、おそらく錬金術師としての能力はゾーイの方が上だと感じている。


 ルクレツィアに創れなかった薬を、ゾーイは創ってしまったんだから。ああ、ホント、我が友ルクレツィアよ、君がポンコツだなんて思っちゃいないからな?


「……君たちでも、手が届かない高みなのか?」


「何世紀か後には、届くかも?……錬金術師の知識欲は、とんでもないからね」


「それでは、君にも、ククルたちにも間に合わない……」


「薬でしばらくは保つわよ」


「……それでは、解決したことにならない。オレは、もっといい解決策を求めていたんだよ……」


 心が折れそうになる。『メルカ・クイン』よりも賢いゾーイが、あきらめている。錬金術師には……ムリなことだったのか……?


 ああ。


 くそ。


 なんだか、走る気力が失せちまってな。オレは、その場に止まってしまっていたよ。さっさと大嫌いなシャムロックのヤツに、『造血の秘薬』を打ち込まないといけないんだがなあ。


 ゾーイがそばにやって来る。きっと、情けないツラをしているんだろうから、オレは彼女に背中を向けたんだ。


 そうだというのに。


 錬金術師は、好奇心が旺盛だな、ホントによ。


 彼女は、わざわざ、オレの目の前に回り込んできて、オレの顔を見上げてくるんだ。


 ゾーイは悲しそうな顔をしていたな。たぶん、自分たちを哀れむためじゃなくて、オレのことを哀れんでいるようだ……ゾーイは、たしかに……シンシアと共に歩んだ人生において、多くのものを手に入れていたようだな……。


 『魔女の尖兵』などではなく、『ゾーイ・アレンビー』になったのさ。『あの子』の物語はムダなんかじゃなかった。呪いに打ち勝った『レオナ』は、『コルン』なんて産まなかったんだぞ、アメリ……っ。


 ……恨むぞ、アーレス。


 魔法の目玉で、いらん夢など見せやがって。そのせいで、オレは、このアメリと『ヒドラ』と『あの子』の『家』で……やけに辛い気持ちになっている。


「……ねえ、ソルジェ・ストラウス。聞きなさい。ムリなことだって、あるのよ?」


「んなことは、知っているさ。オレは26才、大人だもん。思春期の少年にありがちな万能感とか、9年前に滅んだ故郷に置いて来たんだよ」


「そうだね……」


「それでも……」


「え?」


「このまま、負けるのはイヤでな。どうにかならないものかと、考えている―――ていうか、君でダメなら『最後の手段』があるなってことは、考えているんだ」


「……ちょっと、アンタ、まさか?」


「……なあ、ゾーイ。オレが、『星』を喰うんじゃ、ダメかい?」

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